「星に願いを 3章 2」






「受かったよ!」
「おめでとう!」

 運転免許が取れた。朝から試験を受けて昼頃に帰ってきた快斗は新一に免許証を見せた。それに、新一は嬉しそうな笑顔を浮かべ大歓迎でもって受け入れた。
 夏休みに入ってから集中的に通っていたせいで、八月になろうという時期に無事取れた。夏休みは学生などが多く入ってくるせいで、自動車学校は混むのだが、一早く抜け出た快斗はタイミングがとても良かった。皆が通う前から地道に車校へと行っていたせいで、ピークを免れた。
「やっぱり、嬉しいな」
「そりゃ、そうだろ?俺も嬉しい。……なあ、お祝いする?折角だから、車で初ドライブでもして、どこかでご飯食べようか?」
 新一は嬉々として提案する。快斗より新一の方が嬉しそうだ。
「……それもいいかもな。で、どれに乗る?」
 それが問題だった。四台あるのだ、この家には車が。
「街乗りだったらAクラス。コンパクトだから。でも、燃費もいいしどれを取っても問題ないのがプリウス。いきなりドライブに向かないのがバンプラ。ビュートはどうだろう」
 新一は腕を組み首を傾げて思案する。その様が妙に真剣で快斗は喉の奥で笑った。一緒に喜んでくれる新一が微笑ましくて堪らない。
「新一はどれに乗りたい?」
 燃費だの街乗りだの考える必要はなく、ただ新一が乗りたい、と思う車ででかければいいと快斗は思った。これほど、自分のことのように楽しみにしてくれるなんて、運転し甲斐があるというものだ。
「……快斗は?」
「俺はいいさ。だって、これからいつでも乗れるから。新一は何がいい?今日は初乗りを記念して新一が乗りたい車でいいよ」
 遠慮する新一をやんわりと否定して、快斗は聞いた。
「……だったら、ビュートがいいな」
 そっと口にする新一に快斗は笑顔で頷いた。
「わかったビュートで行こう。それで、お昼どこかで食べる?」
「うん。どこか入ろう。でも、お腹空いてるんじゃないのか?お昼食べてから出かける?」
「そうだな。ドライブでどこまで行くかによるけど。……新一はどっちがいい?」
「俺は多少食べなくても平気だけど……、否、食べる、食べてるから。そ、それなら簡単でいいから食べてから出掛けるか?」
 食べなくても平気などというと快斗が穏やかな顔で怒るので、新一は言い直した。
「簡単にパスタでいいだろ?快斗が作っておいてくれているトマトソースがあるから、それに具入れてさ。俺、作るし!」
 慌ててフォローする新一に快斗は、忍び笑いを漏らしつつ、そうしようかと返事をした。
「じゃあ、準備するから。快斗はいいからお茶で用意して飲んでいて」
 そそくさと新一はキッチンへと向かい、快斗はその後をゆっくりと付いて歩き何のお茶をいれようかとのんびりと思っていた。
 
 
 キッチンでパスタポットに湯を沸かし、パスタを茹でる準備をしながら具にする野菜やハムを切る。その横で冷凍してあるトマトソースを解凍し、具をオリーブオイルで炒めた中に加えて少々煮る。塩こしょうなどで味付けしてソースを作ると、茹で上げたパスタを皿に盛った上に掛ける。
 これくらいなら新一も手早くできる。普段快斗がやっているやり方をじっと見て覚えているせいで、手順を間違えることもない。無駄な時間も使わない。
 付け合わせに冷蔵庫からプチトマトを出して軽く水洗いし、ガラスの器に盛ると作りおいてあるドレッシングをかけた。
 新一は出来上がった料理をテーブルに運んで箸やフォーク、スプーンを用意する。その目の前で、快斗がガラスのコップに氷をたくさん入れそこに綺麗な琥珀色の液体を注ぎ込む。立ち上がる香りと色から紅茶だと新一にもわかる。
「できた!」
「こっちも、いいよ」
 準備が整い二人は腰を下ろして手をあわせる。
「「いただきます」」
 そう言って、パスタを食べた。トマトソースのパスタは簡単に作ったとは思えない味だ。パスタの上にはパセリと粉チーズが散らしてあり、彩りも美しい。
「うん、美味しい」
「そうか?」
「十分だって。真面目な話、上達したよなー」
 自信が薄そうな新一に快斗は太鼓判を押した。快斗の方が上手いからと新一はいつも言うが、日々上手になっている。それは、美味しいご飯を作りたい、上達したいという気持ちがあるからだ。そういう気持ちなければ、料理の腕は向上しない。
「そう言ってもらえると、嬉しい」
 新一が照れくさそうに口元をゆるめ、目を細めた。
「本当だよ。気持ちが入っている料理は美味しい。家庭の味ってあるけど、それは母親が皆のために作っているからだ。お店で食べたものは確かに専門的な味で美味しいけれど、それでも家の味が一番だろ?毎日外食は飽きる。その点家庭料理は毎日食べても飽きないものだ。プロの味ではなくても、美味しいと感じるのは愛情を込めて作っていることと単純でも美味しいと感じるからだ。まあ、素人が作るから例え同じものでも少しずつ味が違うし、体調で舌の感じ方が変わるから、実は家庭料理は飽きないのだって言うけれどね」
 快斗は小さく笑って、どんな理由でも家庭料理が一番だよと付け加えた。
「うん、そうだよなー。……でも、毎日料理を作っている主婦を偶には外食に連れていかないと駄目だって聞いてけど?感謝しないといけないって。……それなら、快斗も外食へ連れていかないといけないんだよな、やっぱり!」
 力を込めて新一はそんなことを言った。
「誰からそんな情報を?」
 頭痛を少々感じつつ快斗は聞いた。誰が新一にこんな事を吹き込んだんだ?新一にこんなことが言える人間は限られるだろう。それに、現在は夏休みである。それほど誰かと接触していないはずだ。
 というか、主婦イコール快斗で結ぶ新一に問題があるのだが、多分その違和感に新一は気づいていない。その上、感じないだろう。料理してくれるから、感謝しなければならないと思っているようだから。
「えっと、母さん。母さん快斗より料理は上手くないし度々食べに行っちゃう人だけど。それから、蘭。蘭は毎日ご飯作ってる主婦だから。その時一緒にいた園子もそうだって言っていた。偶には外食くらいしたいわー、美味しいもの食べたいわーって」
「……」
(母親と蘭ちゃんと園子ちゃんか……)
 彼らは、新一に影響を与える人間として重要な位置を占める人物だ。彼らに何か言われた場合、新一には反論できない。
「一般的であるけど、全てにあてはまる訳じゃないし。俺、料理やお菓子作り趣味だから嫌なんて思ったことないよ。だから、偶には外食したいわーって思わない」
「そうか?面倒だって思う時もあるだろ?疲れている時や忙しい時。そういう時は作らなくていいし。俺が出来ればいいけど、絶対じゃないから、その時はインスタントとかでいいから」
 快斗も無理はしないで欲しいと新一は訴えた。
「しないしない。適当にするから」
 快斗は手をひらひら振って安心させるように気軽に言う。
「ならいいけど。快斗実は完璧主義者だから。自分で決めた事が不完全だと我慢できないだろ?」
 新一の指摘に、快斗はちょっと驚く。完璧主義者とはいわれたことはない。
「俺が?」
「そう。自分だと分かり難いだろうけど、そうだって!一緒に暮らしている俺が言うんだから間違いない!」
「……そうか」
 力強く断言されると、快斗もそうなんだろうかという気になった。一緒に暮らしている新一が言うのだから無闇に反論はできない。新一にそう思わせる行動を自分が取ったということなのだから。
「そう!だから、適当にするって言うなら本当に適当にしろ?俺のことは気にしなくていいからさ。昔に比べたら結構できるようになったし」
 胸を張る新一が、妙に可愛かった。
「うん。わかった」
「だったらいい。……で、快斗は別に外食が嫌いな訳じゃないんだろ?今日だって反対しなかったし」
「嫌いじゃないよ。ただ、感謝して連れていかないとって思ってもらうのが、困るだけでさ」
 言い辛らそうに語尾が小さくなる快斗に、新一は小首を傾げた。瞳を瞬いて思案するように指を唇に押し当て、口を開いた。
「なら、一緒にご飯を食べに行こうって誘えばいいんだな?快斗と一緒ならきっと美味しいし!」
 にっこりと笑って満足げにそう結論づけた新一に今度こそ快斗は、白旗を振った。負けだと思った。きっと、新一には敵わない。
「そうだね。一緒に行こうって俺も誘うよ」
 きっと、天然なんだ、新一は。
 自覚なく快斗を動かす。外食は決して嫌いじゃない。新一が美味しいと食べてくれることが嬉しくて腕を振るっていたけれど。反対に新一が自分のためにがんばって作ってくれるのが、これまた嬉しかった。そのまだ短い毎日が楽しくて、外食したいなんて思わなかっただけで。
 共に暮らす人が新一で良かったと最近しみじみと快斗は思う。毎日が新鮮なのだ。特別な事は何もしていないと新一は言うだろうが、快斗にとっては新鮮だ。
 短くとも十八年生きてきた歴史があって、その全てを一度に話せる訳ではない。会話の端で好みや趣味や考え方を知ってその度に新しいことを発見する。小さな事でもいいのだ、昔小さな頃、こういうことがあったとか。去年の夏休みは、どこに行ったとか。快斗が作るケーキが好きだとか。
 少しずつ他人だった人がわかりあっていく、過程。それが楽しい。充実している。
「じゃあ、ひとまず、今日はドライブに行こう!」
 宣言するように誘う新一に快斗はもちろんいいよと答えた。
 
 
 


 市街地をちょっと抜けて、首都高に乗り都会から離れる。特に急ぐこともなく、のんびりとドライブだ。道は、高速道路は混んでいたが一般道は昼を少々過ぎているせいか空いている。
「快斗、安全運転だな!」
 助手席に座りながら、隣にある快斗を見つめ新一は感想を宣った。
「そうか?」
「そう!免許取り立てなんて思えないくらい上手だな!揺れないし!すごいなー」
 新一は手放しで誉めた。
 実際隣に乗っている新一は快適だ。特に揺れることもなくブレーキも静かだし、右折左折なども丁寧で早い。
 加速も緩やかで、乗っている人間は安心していられる。とても、今日免許を取った人間とは思えない腕前だ。普通、こういうことは経験が物をいうはずなのに。
(これがセンスっていうものなのかな?)
 新一はそんなことを思う。
「同乗者に不安を与える乗り方だけはしてはいけないからさ。それは心がけている」
「なるほど。快斗らしい」
 快斗の心遣いに新一は納得した。とても彼らしいと思う。ただ、それが初心者に普通はできないだけで。新一は心の中で笑みを浮かべながら、
「快斗の隣に乗る人は、安心だな!」
 そんなことを自然に言った。
「……隣に乗るのは新一だろ?」
 快斗はさすがに突っ込んだ。新一の言い方ではまるで家の車で他人を乗せるようである。新一はそこまで考えて発言していないのはわかってはいるが、それとこれとは違うと思う。
「……そうか?……そうだった」
 首をひねり、やがて頷いた。どうやら新一も考えが至ったらしい。
「え、でも、快斗だってどこか行くことがあるだろうし、その時誰か乗せることもあるだろうし。頼まれて誰かの車を運転することもあるだろ?だから、そういう意味で。誰を乗せても安心だなって」
 ぐるぐると言い訳めいた言葉を新一は紡ぐ。
「まあ、それはわかってる。新一は素朴に言ったっていうことも。ただ、うちの車に誰かまわず乗せる気はないから」
 快斗のきっぱりとした意志に新一は神妙に頷いた。
「そっか」
 快斗がこんな風に言うということは、自分がどこかまずかったのだろうと新一は思う。自分に置き換えて考えてみて、ふと感じた。
 確かに、こうしてドライブに行こうと誘っている状態で他人を乗せる仮定は少々まずかった。自分でも家の車に乗せるとしたら、よほどの身内だと思う。そう簡単に誰も彼も乗せない。
 快斗のいいたかったことがわかって新一は、頭を悩ませた。自分は今心の内をどう示せばいいだろうか。
「……えっと、快斗。また、ドライブに行こう?今は夏でちょっとドライブには向かないかもしれないけど、秋になれば気候も良くなるし。紅葉狩りとかいいと思うんだ。……どうかな?」
 新一はドライブを提案してみた。また、二人で行こうと誘っている。誰かではなく、自分と一緒にだ。
 快斗は目を少しだけ開いて、口元に笑みを刻んだ。
「そうだな。それならお弁当持って行こう。いい場所があったらそこでピクニックしようか」
「約束だな!」
 快斗の返事に新一は喜んだ。そして、笑顔で叫んだ。
「秋になったらな」
 夏が過ぎて秋になったらどうするか、の約束だ。それが確かな幸せなんだとわかる。
 快斗は笑みを深めて、お弁当の腕を振うよと付け加えた。ますます新一の瞳が輝いたのは言うまでもない。
 




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