「星に願いを 2章 4」






「ねえ、新一」
「何だ?」
 やっと期末テストが終わり、皆浮かれ帰り支度をしている喧騒の中幼なじみの毛利蘭が机の前に立ちはだかり声をかけた。新一としては早く帰りたいのだが、幼なじみに捕まると長い。
 今日は折角呼び出しもなく平穏無事の一日だったのだから、このまま真っ直ぐ帰って今日こそは夕食を作りたい。そのはやる気持ちが出てしまったせいか、些か素っ気ない返事になってしまい、蘭は片眉を上げながら問いつめる口調で口を開く。
「一体、どうなってるの?」
「何が?」
「何がじゃないわ。最近、さっさと帰って行くじゃない」
「俺も忙しいんだよ」
 そう、新一は元来多忙な身の上だ。その反論は正しい、はずだ。
「そう。じゃあ今どこに住んでいるの?あのお屋敷にいないんでしょ?」
 蘭は手を腰に当ててきつい目で断言した。
「……まあな」
 新一は認めた。蘭と新一は幼なじみであるが別に毎日行き帰り一緒に行動している訳ではないから、新一が引っ越したことなど蘭にすぐにばれることはないはずであった。元々新一は事件が起これば警察からの呼び出しで出かけていくから、そのせいで休む日もあるくらいだ。授業に遅れてくることもしばしばで、蘭が新一の住居が移転したことに気付くには時間がかかった。三週間ばれなかったのは上出来なのかもしれない。
「で、どこ?」
 どこと聞かれても新一としては言いたくなかった。
 言わなくても済むなら絶対に秘密にしておきたい事実である。
「新一」
 だが、蘭は追求を諦める気はないらしい。ちょっとお目にかかれないくらい鋭い目つきになっている。こんな目は空手の試合でしかお目にかかれない代物だ。決して、全然嬉しくないのだが……。
「……どこでもいいだろ、別に」
 それでもふいっと斜め上に視線を向けてとぼけてみる。
「ふざけないでよ!どこでもいい訳ないでしょ?幼なじみに対していい度胸じゃない。何よ、言えないの?言えない理由がある?疚しい訳?ええ?」
 恐ろしい形相で、蘭はどんと激しく机を叩く。腕力のある蘭が叩くとその反動も大きく机が揺れた。
「そうじゃないけど……」
 新一は困る。
「だったら言えるでしょ?……そうね、じゃあ質問を変えるわ。時々新一お弁当もって来ていることがあるけど、あれは誰が作っているの?すっごく美味しそうで見栄えもするヤツ」
 蘭の指摘に、新一はびくりと肩を揺らした。明らかな動揺だ。
「どうなの?それも言えない?」
 うふふふと蘭は意味深に笑った。その目が決して笑っていない。
 嫌な予感をひしひしと新一は感じた。
 お弁当。それは快斗が時々作ってくれるものだ。自分が作るから手間は一緒だと新一の分も作ってくれるのだ。快斗も毎日作る訳ではないのでそれは時々なのだが、そのお弁当は料理を作り慣れている人間の手によるもので彩りも鮮やかで栄養も考慮してあってとても美味しい。
 それを当然ながら見られていたのだ。どう申し開きすればいいのだろう。
 普通なら母親に作ってもらったと言えばいいのだろうが、新一の母親はあまり料理が上手くなかった。それを蘭は当然昔から知っている。安易に誤魔化すことができない。
「ねえ、新一。結婚したって本当?」
 そして、蘭は爆弾発言を投下した。
「蘭?」
 新一は目を見開いて驚愕を露にするとついで、慌てた。
「おまえ、どうして……」
 声が震える。まずい。とてもまずい状況だ。危機的状況だ。
「そんなのおばさまに聞いたに決まってるじゃない。いい加減私も腹が立っていたし。新一ったら自分から言い出してくれるかと思って待っていったのに、一向に何も言ってくれないから、昨日お屋敷に行って聞いてきたのよ」
 ふん、と蘭は鼻を鳴らして顎を反らした。男らしい仕草が絵になって少しもの悲しい。
(母さん?どうしてばらすんだよ……。俺がどうなってもいいっていうのか?っていうか、なにもストレートに結婚なんていうことないじゃないか……)
 新一はあまりの仕打ちに泣きたくなった。
「おまえ最初から知っていて……」
「当たり前じゃない。切り札は最後に取っておくものよ。証拠は集めておくものでしょ?新一が私に言ったんじゃない、探偵としての知識を」
 蘭は勝ち誇ったようににやりと口角をあげた。
 新一は思いっきり負けていた。女は怖い。敵に回してはいけない、と新一は心で呟く。
「ということで、諦めて招待しなさい。拒否は受付ないわ」
 腕を組み、新一を見下ろし命令する。蘭の様は言ってはなんだが、女王様のそれだった。新一の腰が引けても仕方がないだろう。
「……」
「言っておくけど、嫌だって言ったら幼なじみの縁を切ってやるから、そう覚悟しなさい」
 きっぱりと明言する蘭は明らかに怒っていた。小さな頃から知っているが今まで見たことがないほどの恐ろしい心からの怒りだ。
 新一は頷かない訳にはいかなかった。
(快斗……。まずいことになった、ごめん)
 今日帰ったら報告しなくてはならない。新一は今からそれを想像して憂鬱になった。
 
 
 


「待ってよ、快斗!」
 快斗がとっとと教室を出て帰宅しようとするのを幼なじみである中森青子は廊下で捕まえた。
 今日こそは、離さないという意気込みで快斗の腕をぎゅっと掴んで快斗を見上げてじっと見上げる。快斗は見せつけるように吐息を付いてわかったから離せと言うが、青子は疑っているのか腕を離さない。
「わかった。ここだと邪魔だから、移動するぞ」
 快斗は鞄をもっていない方の手で青子の頭をぽんと叩くと歩き出した。青子はそれに付いていく。
 足早に校門を出ると、快斗はそれで?と青子に視線を向けた。
「快斗、毎日どこに帰ってるの?今どこにいるの?」
 青子は今まで何度とした質問を投げかけた。
 
 快斗と青子は今まで毎日一緒に登校していた。互いに用事がなければ、一緒に帰ることが常だった。なにせご近所である、帰る先は同じで小さな頃からの幼なじみであるから、今までそうやって過ごして来た。それなのに、ある時から……三週間ほど前から快斗は今まで住んでいた黒羽家からいなくなった。ある日、青子に快斗がもう迎えに来なくていいと言ったのだ。なぜと聞いた青子に快斗はここには帰って来ないからと答えた。
 
 青子は納得できなくて問いつめたが快斗は無言だった。それから二人は別行動を取るようになった。実際、話を聞いた次の日青子は試しに黒羽家へと行ってみたのだが、快斗の母親から「快斗はいないのよ」と申し訳なさそうに言われてしまった。朝はぎりぎりに登校して帰りはそそくさと帰る。青子は諦めないで何度も快斗に聞こうとしたし、一度は帰る場所を突き止めようと後ろを付いていったことがある。だが、その時は駅前に行き停車していたワゴンに乗って行ってしまった。そのワゴンには市橋自動車学校の名前がペイントされていて、快斗が行く場所は尋ねなくともわかりきった場所だった。
 自動車学校へと通う人間のために駅前で停車してワゴン車は送り迎えをしている。都内では広い場所が必要な自動車学校がなかなか作れないから、少し市街地から離れた場所に作るせいで、ああいった送り迎えがあるのが普通だ。
 快斗はこの間十八歳になったのだから、それは当然認められることである。マジシャンを目指している快斗だから、免許はこれから必要になるのかもしれない。
 次の日、青子は率直に快斗に自動車学校へ入っているのかと聞いた。それには、快斗はそうだと答えた。「免許が必要だから」と至極真っ当な理由も付け加えて。
 だから、青子としてはマジシャンになるために一人暮らしでも始めたのかと思ったのだ。何か事情があるのだとわかるから、それならどうして自分に話してくれないのかと悲しくなった。
 自分の幼なじみが知らない間にどこかに行ってしまい不安でいっぱいになった。理由を聞かなければ、もう耐えられない。
 
「快斗……答えてよ」
 青子の目に涙が滲む。唇を噛みしめて答えを待つ青子に快斗は観念したように、青子の頭を撫でた。
「泣くなよ。……本当に昔から青子は泣き虫だな」
 ぽんぽんと頭を叩き快斗は苦笑する。
「理由を言わなかったのは、どうしても言いたくない理由があったからだ。どっちかというと、すげー恥ずかしい理由だ。なんていうか、ちょっとびっくりするような原因だしな。うちの家というか爺というかそういったせっぱ詰まった理由があったんだよ」
 快斗はいい難そうに視線を一度空に向けて戻す。そして、仕方なさそうに苦笑い答えた。
「今、住んでいるところは、隣町だ」
「……隣町?遠いの?」
「それほどでもないなー。家よりは遠いけど、まあ普通だ」
 徒歩で通える距離だしと快斗は付け加える。
「……ふうん。で、理由は?」
 青子の質問に快斗は一瞬言葉を詰まらせると、それでも口を開いた。その顔はとても真剣だ。
「いいか、聞いて驚け。……………………結婚のためだ」
「……………………は?」
 青子は大きく目を見開いてぽかんと口を開け快斗を不思議そうに見つめた。その言葉を理解できていないことがありありとわかる様子だ。快斗ははあと息を吐いて、再び繰り返す。
「だから、結婚だ」
「はああああああ?けっこんーーーーーーーーーーー?」
 青子は大声で絶叫した。
 公道の端まで届く大声だ。道行く人が何事かと振り返っている。
 思った通りの反応に快斗は耳を塞いで、青子にどう理解させるべきか悩んだ。
 だから言いたくなかったんだ、と心中でぽつりと呟やく。
 青子が何で、と聞いて来ても答えたくない理由。幼なじみに隠し事をしている罪悪感は確かにあったし、悲しい顔をさせる気も本当はなかった。だが、だからといって「結婚するから引っ越す」とは言えなかったのだ。
 いつかはこんな日が来るとはわかっていても、なるべく引き延ばしたいと思ってどこが悪いと快斗は自身に言い訳する。
 男らしくないと言われようが、こればかりは仕方ないのだ。
 青子がこの調子だと、どう見積もってみても今日は早く帰れそうにない。
(新一、ごめん……。ばれた)
 きっと迷惑をかけることになるだろうパートナーに胸中で謝った。
 
 
 
 
 
「「こんにちは」」
 蘭と友人の園子が遊びに来た。
「いらっしゃい」
 新一はインターフォンを鳴らした二人に門まで出迎えに行った。一応セキュリティには力を入れている屋敷であるから、門は通常鍵で閉まっている。門の鍵は特製のものでしか開かないし、いくら訪問者が来るからといって開けておく訳にもいかず、新一自ら出迎えることにしたのだ。玄関も同様に見かけは普通だが強固な鍵がついている。
「こっち」
 新一は二人を先導して小道を進み玄関へと誘導して靴を脱ぐように言いスリッパを出す。
「ありがとう」
「なんか、新一君にこうやってもてなされるって変な感じ」
 感謝を口にする蘭と暴言を吐く園子に新一は、口の端をひきつらせリビングへと案内した。
「いらっしゃい」
 そこで、待ちかまえていた快斗が蘭と園子に挨拶した。
「どうも、はじめまして。お邪魔します。新一の幼なじみの毛利蘭です!」
 蘭が畏まって挨拶する。
「はじめまして。蘭の友人の鈴木園子です」
 園子はにっこりと愛想良く挨拶した。
「こちらこそ、はじめまして。黒羽快斗です。今日はゆっくりしていって下さい」
 快斗は自己紹介しながら、にこやかに笑った。その笑顔に好感を持ったのか二人があからさまに安堵した表情を浮かべた。新一は三人のやり取りを一歩後ろで見守り、心中で少し息を吐いた。
 新一だってこれでも緊張していたのだ。
「ほら、二人とも座れよ。暑かっただろ?」
 新一はソファを勧める。リビングにあるソファは何人も座れるほど長い代物でL字型になっている。その向かいには二人用と一人用のソファがあり、奥には立派なテーブルと椅子がある。
「うん。でも中は涼しいから、そうでもないわ」
「全室空調が効いてるからな」
 七月、梅雨明け宣言をした後である。外は太陽が眩しい天気で日中は毎日暑い。だが、屋敷の中はとても涼しく快適である。
「あ、そうだ蘭、先に渡しなさいよ」
「そうね。あの、これ一応お祝いなの」
 蘭は手に下げていた紙袋から四角い包みを取り出し新一へと渡した。新一は目を瞬き一瞬言葉に詰まるが、ありがとうと受け取った。不本意であることが快斗からの目にはばれていた。
「これは後で見せてもらうから。ほら、座れって。お茶にするから。……ああ、お前らケーキ食うだろ?」
「食べるわ!」
「もちろん、頂くわ」
 女性らしく声高に答えた。女性と甘いものは切っても切れない間柄にあるらしい。二人が座ったのを確認すると新一と快斗はキッチンへと向かった。前もってある程度は用意してあるから、これからお茶を入れてケーキを皿に載せるだけだ。
 朝からケーキを焼いた快斗は手際よくホールのケーキを切り皿に盛りフォークを乗せる。その間に新一は選んであった紅茶の缶から暖めたポットに茶葉を入れてお湯を注ぐ。そしてティコージーを被せて4分ほど蒸らす。
 ティカップは白地に可憐な花柄の付いたもので、持ち手に小さな花の飾りが付いている女性に受けそうな一品である。
 ティカップもケーキ皿も、コーヒーカップもティポットもミルクピッチャーもシュガーポットも何もかもが有名メーカーでそろっている。何種類もある中で女性に喜ばれるだろうものを二人は前日までに選んでいた。
 お茶とケーキをトレーに乗せて運び、テーブルに並べると蘭も園子も目を輝かせた。見るからに美味しそうなケーキは上に乗っている苺が宝石のようだ。生クリームでデコレーションされているが、中にはカスタードクリームと苺が何層にもなっていて、口にすればその美味に頬が落ちそうになるだろう。
「すご、美味しそう」
「綺麗ね。これ、どこのお店のって聞きたいけど、よく見れば手作りだってわかるわ。ひょっとして黒羽君が?」
 園子が洞察力を発揮して快斗へ伺うように聞いた。
「そう。まあ自信作だから食べてみて」
 にこり。笑う快斗にますます好感度をアップさせた二人は、いただきますと言いながらいそいそと口に運ぶ。
「お、美味しい!」
「滅茶苦茶美味しいわ。何、これ」
 あまりの美味しさに蘭も園子も相好を崩し、感動する。顔に手を当てて、美味しいわと味わっている。気落ちがなんとなくわかって新一は内心苦笑した。
 快斗の腕はすでに経験済みである。ケーキだけでなく料理も美味しいのだ。
 
 ピンポーン。
 
「あ、鳴ってる」
「行って来る」
 快斗が新一に片手を上げてから玄関へと向かった。
 不思議そうな二人に新一が説明する。
「快斗の幼なじみも今日来るから。どうせならって一緒に招待した」
「へえ、そうなんだ。うん、ちょどいいね」
「そうだよね。挨拶しなくちゃ」
 意気込んでいる二人に、新一も実は同じ気持ちだった。快斗の幼なじみに初めてあうのだ。挨拶は大事である。
 
「こんにちは」
 快斗が連れてきた少女、青子がリビングへと入るなりぺこりと頭を下げた。
「いらっしゃい」
 まず新一が声をかけた。
「いらっしゃい。先にお邪魔しています」
「いらっしゃい。同じ立場みたいだもの。よろしくね」
 蘭と園子の歓迎に青子は少し驚いたように目を見開き、ついで笑った。
「こちらこそ。中森青子です。どうかよろしく」
「はじめまして、工藤新一です。こちらこそ、よろしく」
 綺麗な笑顔で新一は自己紹介した。それに青子は若干頬を染めて、こちらこそと頭を下げる。
 それに習って、立ち上がり蘭と園子も自己紹介した。
「私は新一の幼なじみの毛利蘭よ。よろしくね」
「うん、よろしく」
「私は、蘭の親友兼新一君のクラスメートなの。でも付き合い結構長いわ。今日は折角だから有意義にお宅訪問しましょうね」
「それ、いいね。よろしく」
 園子のある意味、恐ろしい台詞で青子は緊張を解いた。
「青子さんも座って。お茶入れるから」
 新一が立ち話も何だからと三人を座るように即した。それもそうねと納得した女性達はすでに仲良さそうに笑いあい椅子に腰を下ろした。
 青子の分のケーキの用意とお茶の用意を快斗と新一は手早く行う。自分たちの分も一緒に運び、テーブルへと並べやっと一息だ。
「ほら、青子」
「いただきます」
 快斗の勧めに青子は遠慮なくケーキを食べてお茶を飲む。舌で味わってからにこりと笑って、
「やっぱり快斗のケーキって美味しいね。私はアップルパイが一番好きだけど」
 と、幼なじみらしい意見を述べた。
「え?黒羽君ってそうなの?そんなに上手?」
 いいことを聞いたと園子は手を叩いた。一体何を考えているのか、お嬢様の思考は探偵の新一にも理解できないことがある。
「私、そこまでいうアップルパイ食べてみたいな。材料の紅玉なら差し入れますし、必要なものがあるなら取り寄せますから、作ってもらえません?だって、このイチゴのケーキも絶品なんだもの。他のだって食べてみたい。この乙女心を、どうか!どうか叶えて下さい!黒羽君」
 園子は激しく訴えた。乙女とは誰だと突っ込みたかったがそれは誰もが流した。快斗は園子の願いに小さく笑うと、優しい顔で答えた。
「いいよ。林檎の美味しい時期になったら、アップルパイを焼くから招待する。それから、別に材料は気にしなくてもいいよ」
 是の返事をもらった園子は心から喜んだ。
「ありがとうございます!ご厚意に甘えます!でも、材料くらいは持参します。それくらい当然ですから。できれば、絶品のケーキをもっと種類を多く食べてみたいし。今度ケーキの材料を送りますから、もらってくださいね」
 園子はさくさくと話を進めた。さすが鈴木財閥の次女である。常々父親から才覚があると言われているだけのことはある。
 蘭も青子もその手腕に、目を丸くしていた。新一はやはり侮れないと自分を戒める。園子がいる時点で、今日のお宅訪問がどうなるのか決まるのだ。これが蘭と青子だけなら、それほど押しは強くないと予測できるが、園子のバイタリティは別物なのだ。彼女は自分の好奇心を満足させるためなら何でもする人間だ。
「わかったよ。ではこちらも遠慮なく」
 快斗は肩をすくめて了解した。
 新一は心中で快斗ごめんと謝った。自分は謝るしかできないが、後でちゃんと謝っておこうと決める。園子を呼んだのはやはり間違いだったのだ。
 そもそも蘭だけだったはずなのに、園子が加わったのは蘭と結託したからだ。私達は友達でしょと嫌な笑顔で宣った。迫力のある笑みだった。女性は怖いと幾度となく思った瞬間だった。
「そいえば、もらったんだよな」
 お祝いと渡された包み。ピンクのリボンが結ばれていて、なんだが嫌な予感がする。新一は後で見せてもらうと言った言葉を守ろうと包みに手を伸ばす。
 包みを開き、中から現れた品物は……。
「パジャマなの。園子と相談して決めたんだ。新婚さんにはパジャマが定番だって言うからね」
 蘭の核爆弾並の問題発言に、新一は瞬間息を止めた。快斗も目を見開き止まっている。無邪気になんてことを言うのだろうか、この女子高生は。
「いいでしょ?あのねさすがにピンクはやめたの。スカイブルーにしたんだ。爽やかでいいでしょ?」
 うふふと園子も笑う。
 これにどう返せばいいのか、新一はこれほどの困難に今まで遭遇したことはない。同じように、快斗も答えに窮している。
 爽やかな青色のパジャマは一組である。理由なんて一つだけだ。新婚は一着で、パジャマを着るなんて戯れ言を示唆されるなんて……。二人はどう反応していいか戸惑った。
「あの、私もあるの。もらってくれる?」
 そこへ、青子が包みを差し出した。それを認めて快斗は一瞬頬をひきつらせるが、ありがとうと返した。快斗の心中としては、青子なら大丈夫だよな、という切ない願いがある。
「ありがとう、青子さん」
 隣で新一も笑顔で返すが、少々ぎこちない。
 包みを丁寧に慎重に開けてみれば。そこには。
 アルバムがあった。表紙は厚みのある豪華な革張りで、金で縁取りされている。装丁がいかにも特別仕様で、ターゲットがありありとわかる代物だった。
「「……」」
 二人は無言だった。
 パジャマよりはましなのかもしれないが、コンセプトはどう考えてみても同じである。
 なぜ、こう女性は新婚さん仕様のものを贈りたがるのか男性二人には全く理解できなかった。
「これからの思い出を貼って記録に残すのもいいと思って」
 青子の心使いが心に痛い。
「まあ、いいわね!愛のメモリー!素晴らしいわ!この装丁も素敵。趣味がいいわ」
 園子が横から賛同し、手放しで誉める。
「本当ね。いい贈り物だわ」
 蘭も気に入ったらしく笑顔でアルバムを見ている。
「心使いありがとう、青子さん」
 新一が心で泣きながら笑顔を浮かべてお礼を言う。それに青子は照れたようにはにかみ、提案した。
「あの、青子さんって呼ばれる柄じゃないから、新一君」
「そう?じゃあ青子ちゃんって呼ばせてもらうね?」
「うん」
「まあ、青子にしたら趣味がいいかもな。サンキュ」
 復活した快斗が改めて青子にお礼を言った。唯一良心を信じていた青子にまで裏切られた快斗の内心はありがたくなんて思ってはいなかった。もちろん表面上はマジシャンらしくポーカーフェイスでそんなことは見せないが、これからアルバムを使わないでいられない現実に直面して苦虫を潰したような気分に陥っていた。
 新一も同様で、すでにどうにでもなれと半分諦めが入っていた。所詮、男は女に敵わないのだ。抵抗も馬鹿らしい。
 
 
 
「でさ、お宅拝見に来たのよね、私達。見て回ってもいい?」
 ケーキを食べお茶を飲み一通り話した後で、園子が口火を切った。予想できていたことである。拒否することは無駄だ。
「ああ、もちろん。でも、さすがにプライベートやいろいろあるから入ってはいけないところ以外だぞ?それ以外なら好きに見て回ってもいい」
 園子に答えたのは新一だ。園子は新一の管轄であるから当然といえよう。
「ええ?私、新婚さんの寝室って見たいんだけど駄目なの?」
「駄目だ。隙を狙って見ようとしても無駄だから。俺達の部屋は鍵かかっている。見ていい場所は、一階全部と、二階の西側だな」
「……ちぇっ、残念。まあ、いいわ。それで案内してくれるの?」
 園子は舌打ちをするがすぐに機嫌を直した。
「いいけど。ちょっと片付けがあるし、やることがあるから先に行ってろ。後から案内はしてやる。先にいろいろ見るのも多分楽しいぞ?」
「なんで?」
 蘭が不思議そうに聞く。
「この家はな、爺共の趣味でできているんだよ。それだけで、わかるだろ?俺達が作ったんじゃないんだ……」
「なるほど」
 蘭は納得した。
「……お爺さまってそんな人なの?」
 青子はそこに疑問を持った。実は青子は快斗の祖父に会ったことはない。だから話にしか聞いていないのだ。快斗自身が祖父の話を滅多にしないから、知識もない。反対に蘭は新一の祖父に会ったことがある。優しい老人というには格好いい男性で、でも一般人とは違うと感じがした。新一の口からも折りにつけ話を聞いていたから、納得もできたのだ。
「いいか、青子。あの爺には良識ってものがないんだ。話なんて通じないんだ。あれは言ってみれが人外魔境だ。人の言葉が通じないんだ!」
「……は?」
 快斗の余りの力の入り具合に青子は首を傾げた。未だかつてこんな快斗は見たことがない。快斗にここまで言われるお爺さんとはどんな人なのだろうと青子は興味を持った。
「化け物の領域に生きている。古狸だ!」
「……ええ?」
「できるなら二度と会いたくない、ジジイだ」
「「「……」」」
 青子も蘭も園子も目を丸くした。
(((一体そのお爺さんは、何者?っていうか人間?)))
 皆の心の内は同じだ。
 新一だけが、視線を落として大きく息を吐いた。快斗の言い分がわかり過ぎるほどわかる同類である。被害者である。
「とにかく、好きなだけ見て回って来い」
 新一は横から気分を切り替えるように、助け船を出した。それに、わかったわと返して三人はリビングから出ていった。その後ろ姿を見送り新一は快斗の肩をぽんと叩く。
「ごめん」
 快斗が照れくさそうに頭を掻いた。
「いいさ。すごくわかるから。じゃあ片づけして夕食の準備をしよう」
「ああ」
 二人は互いに笑って、やらなければならないことを行動に移した。
 







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