「星に願いを 1章 2」






 新一はぶらぶらと歩いていた。
 警察から事件の要請があって、無事に解決して……割合簡単だったのだ……まだ十分に明るい時間帯であるから散歩がてらに歩き、公園にやってきた。
 授業中に呼ばれ早急に事件を解決したから、公園にはまだ子供もいる時間帯だ。砂場で遊んでいる子供。遊技で遊んでいる子供。子供を見守っている母親。穏やかな光景がそこにはあって、新一は訳もなく入っていた力を肩から抜いた。
「はあ……」
 自然大きなため息も出る。そのため息は、悩みがありますと白状しているような憂いを含んだ色を滲ませている。
 新一がこれほど消耗し、憂い顔になる理由ははっきりしている。
 先日知った事実。
 自分に生まれながらの許嫁がいたことだ。それも、男の。
 今でも信じられない。こんな冗談のような馬鹿馬鹿しいことが真実だなんて。自分に突きつけられた事実は、新一を相当打ちのめした。大打撃だった。
 本来なら、新一の性格からいって人の言いなりになるようなことはない。いくら可愛がってもらっている祖父であろうと、自分の人生は自分で決める。将来しかり、伴侶しかり。
 しかし、しかしだ。
 一概に、嫌だ、無理だでは済まされない事実が横たわっている。
 新一の祖父は工藤一成といい財政界に君臨する御大だ。大手銀行の会長を務め今は退いているが、実権は握ったままだ。元々、財閥系の一端である血を引く身で大手銀行に関わって人生を生きてきた。彼は景気だけではなく、株も読む。そんな噂がまことしやかに流れているせいで、老人の元を訪れる日本企業の重鎮は多い。
 そんな祖父であるが、息子である優作は全く別の仕事に就いた。
 世界に名高い推理小説家だ。まさか祖父も優作が文筆業を営むとは思っていなかったようだが、成功をなした時から認めている。
 祖父は、昔から後を継げとは言ったことがない。息子である優作にも孫である新一にもだ。別段、血脈によって支配されている銀行ではないせいだろう。株は所持しているから収入もあり口出しもできるが、自分の一族で支配しようという気はないらしい。やろうと思えば、できただろうに。
 優作も作家である傍ら、資産運用はしていたから元々資産家である工藤家は今も変わらず金持ちである。それは住んでいる住居が洋館といって差し支えない屋敷であることからもわかることだ。
 別邸に住んでいる祖父一成は……こちらも建築様式は多少違うが立派な洋館だ……孫の新一をとても可愛がっている。早くに亡くした妻に似ているといっては懐かしそうに新一を見て相好を崩す。高校生で探偵をするくらいの聡明さと頭脳を誇り、その上容姿端麗だ。こんな孫がいて可愛がらない方がどうかしているとは孫バカである彼の弁だ。
 突飛な行動を取ることもあるが、概ね新一には優しく甘い一成である。が、今回のことにおいて彼は折れるとは思えなかった。どんなに、理不尽であろうとも、だ。
 新一は再び大きなため息を付き、公園に設置されているベンチに腰を下ろした。
 祖父の言うことを聞かなければ、新一は探偵ではいられなくなる。
 警察からの要請がなくなるばかりではない。多分個人的に新一に助力して欲しい人間も連絡は絶たれる。例え、警察や事件に遭遇している人間が困ろうとも、祖父には痛くも痒くもない。それに、新一の代わりを紹介しそうである。アメリカからでも優秀な人間を招待して、簡単によろしくと……。
 探偵は新一にとっての存在を問うものだ。
 探偵ではない自分など想像できない。
 もし、探偵ができないのなら。不自由ない暮らしができたとしても、生きながら殺されているようなものだ。毎日退屈で死ぬかもしれない。
 謎をなくした探偵など、この世界で存在できない。
 まるで、生殺しだ。生きながら殺されている。そんな状態に甘んじていられる訳がないのだ。そのためなら、多分新一は何でもするだろう。それが、わかっているから嫌なのだ。
 そんなことをつらつらと考えていると、子供達の甲高い声が反対側から響いてきて、新一はベンチ越しにそちらへ目を向ける。すると、学生服を着た青年が子供達相手にマジックをしていた。
 標準の学生服だから、どこの学校か定かではないがどう見ても高校生だ。痩身のせいか実際より背が高く見えるようだし、端正な顔といい現在は楽しそうに柔らかそうに微笑む目元が女性にもてそうであると伺えた。
 何より、子供に見せているマジックが予想外に巧い。
 子供相手だからそう難しいものではないのだろうが、タネが全くわからない上子供だからこそ、見た目にわかりやすく事象が派手なものを次々に披露している。
 ハンカチを使って、そこから色とりどりのボールを出してみたり、ぬいぐるみを出してみたりする。赤い風船が出てきて、それを針でつつくと中から白い風船が現れ、そのまた中にキャンディが詰まっていて、子供達に配る。
 歓喜による歓声が沸き上がり、次は白い鳩が彼の手から現れた。
 肩に従順に止まった鳩は、青年にとても懐いているのがわかる。嘴をつついてやると頬に擦り寄る。その鳩を白い布で覆い消したり、2羽に増やしたりして、最後には5羽になり口笛と共に空へと舞い上がった。綺麗な線を描いて鳩はどこかへと飛び立ち、青年はお終いと両手をあげて笑った。
 子供達から、子供と一緒に見ていた母親達から拍手が起こる。新一も思わず、一緒になって拍手をしていた。
 とても、面白かった。
 まさか、こんな公園であんなにも素晴らしいマジックを見ることができるなんて思わなかった。落ち込み気味な気分も上昇する。
 本当に、感謝したいくらいだ。
 笑顔になる自分を自覚して、新一は嬉しくてより一層微笑んだ。最近気落ちしている自覚があるから、こうして笑える自分にほっとしたのだ。

 子供達が青年にお礼をいって去っていく。
 子供が手を振る度に青年も笑って手を振り替えしている。母親に連れられて公園を後にする子供や、友人同士で手を繋ぎ再び遊びに行く後ろ姿を青年と共に新一も見送った。
 取り残されたのは、青年と新一だけだった。
 ふと、視線があう。
 瞬間、時が止まり新一はどうしようかと悩むが青年が優しく笑ってくれたので、自分も笑い返した。すると、青年が新一の方に向かって歩いて来た。
 
 
 
 快斗は時々公園でマジックを披露する。
 その時々によって観客は違う。子供やその母親、恋人同士や友人達とその場にいる様々な人物が相手になる。その客層を見て何をするか決める。
 ある程度、マジックの種は仕込んでおいてその場の雰囲気と客層によって選ぶのだ。
 そういったことも修行の一環だと思っている。もっとも、快斗は人にマジックを見せることが好きだったから苦ではなかった。自分のマジックを見て人が楽しんで、笑顔になってくれることが嬉しかった。
 幼少の頃、父親が自分のためにしてくれるマジックが好きだった。父親が舞台に立って多くの人に笑顔と感動を与えている姿を見て自分もそんな仕事に就きたいと思った。
 元々器用だったから、すぐに覚えた。近くにプロの技があるのだから、刺激も多い。
 快斗の父黒羽盗一は、プロのマジシャンだ。
 それも、日本だけでなく東洋を代表するマジシャンだ。全米のコンテストで優勝したこともある。父が行うショーは夢や希望にあふれている。快斗の目指すべき目標であり、いつか越えたいライバルでもある。
 それなのに。
 自分から夢を奪おうとする人間がいる。それも血の繋がった祖父がだ。
 すべての元凶である祖父は、黒羽重三郎という政治家だ。年寄りが多い国会議員の中で重三郎は若くして何回か当選を果たし活躍すると、さっさと退いた。重鎮となるには、今の重三郎の年齢が議員に多いというのに、未練などないといわんばかりに。
 だが、彼は退いてからも権力を持ち続けた。それは往々にして政治家が必要な資金を溢れるほど持っていたからでもあり、妙なカリスマ性があったからでもある。
 カリスマと簡単にいうが、彼が持つものはリーダーシップではなく他者を平伏する威厳とその場を支配する畏怖を伴う眼力だ。
 その力は今も全く衰えてはいない。
 快斗が祖父のそんな姿を見ることは滅多にないが、一度激昂すると恐ろしさの余り誰も近付けなくなる。いい大人のテレビで名前が通る議員さえもだ。その中で唯一側に寄り怒りを和らげることができたのが、今は亡い祖母だ。穏やかな気性と柔らかな物腰を持つ、祖父とは正反対に位置する人間だった。些か身体が弱いのが難点で、祖父はいつも気遣っていた。政治家の妻など身体が丈夫で肝の据わった人物でないと務まらないのだが、祖母は生憎必要条件を満たしていなかった。心臓は弱いが心は強い人物だったと、快斗は思っている。あの祖父の隣にずっといて笑いを絶えることがなかった人なのだから。
 祖父、重三郎を尊敬はしている。好きか嫌いかと聞かれれば、好きだと答えるだろう。
 だが、重三郎は孫である快斗に目を付け昔から後を継げとうるさかった。その度に断るのが常で、それさえなければいいと思っていたのに。
 今度は、許嫁と結婚しろという。
 それを断れば、快斗の夢の邪魔をする。あの祖父は有言実行の人だ。一度言ったらそう簡単に覆すことはない。それが信条であり、今まで生きてきた歴史でもある。
 つまり、どんなに許し難いことでも快斗はその条件を飲まなければ未来はないということだ。
 マジシャンの夢を諦めることなどできるはずがない。
 今から、次にやりたいことを見つければいいと人はいうかもしれない。けれど、そう簡単に諦めることができるような夢ではないのだ。
 一途で頑固な部分は多分、嬉しくないが祖父と似ている。
 父親とも似ているけれど、祖父との方が相似点が多くて嫌になるくらいだ。
 根本、根元の部分。魂の奥底の人間としての基本。そんな滅多に変えられない部分が、似ていても困るだけだ。同族嫌悪という言葉があるように、類似している点は理解し合えるかもしれないが、反面反発したくなるのも人情だ。まして、自分より生きてきた時間が長いだけ全く歯が立たない。
 悔しいが、それが事実だ。
 嘆いてみても始まらないことくらいわかっている。現実は打開しなければ前に進めないのだ。
 快斗は、暗くなりがちな悩みを払拭しようといつもの公園にやってきた。授業が終わってから真っ直ぐに歩いてきたせいで、子供の姿がたくさん見える。
 そして、気分を変えるように口元に笑みを浮かべ指をひらめかせた。
 
 自分が見せるマジックに子供達の目が真剣に注がれる。白いハンカチから一つ二つ丸いボール取り出す。指先にボールが現れる度、驚きの眼になり釘付けだ。
 視線を外さない目、注視している目を見ると自分のマジックに観客である子供が引き込まれていることがわかる。共にいる母親も同じように楽しんでいてくれる。
 タネがあるとわかっている大人でも、歓声を上げてくれると、父親には及ばないが夢の世界へと連れていけているのだと実感がわく。
 子供達に馴染みのぬいぐるみや風船が出現すると、より目を丸くする。
 己に身近なものほどわかりやすく受け止めやすい。
 赤い風船が弾けて白い風船に変わり、その中からキャンディが落下してくる。色とりどりの小さな甘いキャンディは子供達の好物だ。現実味を薄くするため、近所のスーパーで買えないものを用意している。メーカーのロゴが入っていない半透明セロハンの包み紙に入ったキャンディは通販で買ったものだ。実はネットで見つけて気に入り購入した代物だが、快斗が味見しているから、美味しいことは保証済みだ。
 そのキャンディを子供達に配り、喜んでいる姿を見て満足すると次には鳩を取り出した。快斗の相棒である白い鳩はなかなかに賢い。小さな頃から躾けたせいで快斗の言うことは大抵聞くようになった。
 愛情をかけて育てているせいか、どんな時もついと嘴でつついてくる。指で撫でてやると余計だ。快斗は小さく口元に笑みを浮かべ、白い鳩を何羽も取り出してみせたり消してみせたりした。最後には、5羽に増えた鳩を空へと飛ばすと、子供から声が上がった。
 飛んでいく鳩を見上げ元に戻った視線に、両手を軽く上げて終了の合図を送ると、子供と母親とから拍手が沸き上がった。嬉しそうな楽しそうな声と笑顔だ。それが、何より快斗にとって心地よい瞬間だった。
 ありがとう、とか面白かったとか声が掛けられてやがて子供達は去っていた。その後ろ姿を見送っていると、一つの視線とあう。先ほどから、少し離れた場所で快斗のマジックを見てくれた観客の一人だ。制服とネクタイの色から近隣にある帝丹高校の生徒であるとわかる。快斗のマジックをじっと見つめ最後は惜しげもなく拍手をくれた。
 マジックを行っている時はじっと見る訳にもいかなかったから、今初めて正面から彼を見た。
 まず飛び込んできたのは、その蒼い瞳だ。何に例えたらいいのだろうか。自分は詩人ではないので的確な表現ができないが、空や海の色というには月並み過ぎる。もっと、蒼くて澄んでいる。まるで、満月の夜に透明な水を月を透かして見たような感じだろうか。
 そして、自分の癖毛とは違うさらっとした黒髪と整った鼻梁。見ただけで育ちの良さが伺える雰囲気と、逸らすことができない強い瞳。
 快斗は、興味が沸いて知らずに微笑むと彼へと歩いていった。
 
 
「見てくれたんだ?」
「ああ。すっごく楽しかった。巧いもんだなって感心した」
 話かけると、嬉しそうに笑ってくれた。
「そう?」
「見終わった後は、皆と一緒に拍手していた。あんな楽しい時間を本当にありがとう」
 彼は素直な賞賛と瞳で見つめてくる。
「子供と一緒にわくわくした。風船が割れてそこからキャンディが出来てきたところとか、それを子供にあげるところとか、良かった。俺も小さな子供だったら喜んでもらっただろうなって、思った。ああやってもらうキャンディは格別だから。きっと、宝物みたいだ。それで、鳩がよく懐いていてびっくりだ。可愛いし」
 上機嫌で、快斗のマジックを誉めてくれる。快斗は嬉しくなった。
 こんな風に同世代の青年が手放しで誉めてくれる機会はないといっていい。クラスメイトの前で見せるが彼らはもっと砕けた反応だ。快斗がどんなマジックをするかすでに知っているという認識と毎日顔をあわせる気安さが、わざわざ感想を教えてくれる行為を無くしている。マジックを楽しんでくれていることはわかっているし、彼らから感想が欲しいと思ったことはないけれど。
 エンターテイナーの端くれとして、やはり反応は気になるものだ。
 だから、公園で時々ゲリラ的にマジックをする。
 マジックを普段見慣れない人に見てもらって反応を伺う。どんなマジックが受けるのか、喜ばれるか。仕草も言葉も大切だ。
 舞台に現れた時から観客を魅了する父親のようなマジックをしたい。マジシャンになりたい。
 
「そんなに喜んでもらえるなんて、光栄だな」
 快斗はにこりと笑い、青年の前で手をひらめかせた。一瞬の間に、その指から先ほどのキャンディが顔を出す。
「どうぞ」
 青年は、驚きで目を見開き次いで嬉しそうに瞳を和らげた。
「ありがとう」
 目の前で見たマジックが嬉しくて仕方がないという風情で、目を細め相好を崩す青年。
 久しぶりの新鮮な反応に快斗の方が感謝したくなるくらいだ。
「マジック、こういう場所でするの珍しくないか?」
「俺は、時々この公園でマジックをしている」
 素朴な疑問を投げかける青年に答える。
「へえ、そうなんだ。俺は初めて知った」
 知っていたら、前から見に来ていたのに残念なことをしたと青年はこぼす。
「だったら、今度はいつ来る?」
「いつって決めている訳じゃなくて俺の時間があって気が向いた時なんだ」
「そうなんだ……。じゃあ、わからないんだな。でも、だったら今日は気が向いたのか?」
 快斗の説明から、青年がそう推測する。今までの会話からなら当然といえた。
 快斗は一瞬だけ本心を言うか言うまいか悩んだが正直に告げた。知らない人間だからこそ、言えたのだろう。
「今日は誕生日でさ。でも、あまり帰りたくなくて」
「……」
 それは、どういうことだろうと青年は困ったように口ごもった。
「ああ。家ではケーキとプレセントが待っているし、両親共に友好な関係で、何の問題もないよ」
 快斗は青年の杞憂な考えに気付いて、あっけらかんと心配を否定した。
「そっか。でも、何で?誕生日は嫌か?」
「今までは単純に嬉しかった。この年にもなって親が盛大に祝ってくれるのは、面はゆいくらいだけど、今年はなあ……」
「歳を取りたくない?」
 十代の誕生日が嬉しくない人間は少ない。まして、祝ってくれる家族がいてだ。確かに歳を取るとそれだけ分自分に対して責任が重くなる。将来を考えなえればならない時期でもある。けれど快斗の場合の悩みは全く違う事情が絡んでいる。
「そうでもないんだけど、な。まあ、いろいろ」
 どう説明してよいやら快斗も判断に困る。
 歳を取りたくなり訳ではない。高校を卒業して、早くマジックの勉強に本腰を入れたかった。大学に行く行かないは別にして。
 快斗の表情をじっと見ていた青年は、首を傾げつつ指を一本立てた。そして、真っ直ぐに見つめ快斗に向けて指さす。
「将来は、マジシャンになるんだろ?」
「ああ。なりたいって思っている」
 快斗の答えに満足そうに青年は笑った。
「絶対、慣れるさ。俺が保証してやるって。だって、とっても面白かった。もっと見たいって思った。今日の俺はちょっと落ち込んでいたのに、それさえも忘れるくらいの感動だった。だから、他の人も同じように感動すると思う。もっと、たくさんの人が、お前のマジックを見てさ」
 快斗を嬉しがらせる台詞を吐くと青年は快斗の肩を掴んでベンチの隣へと引っ張った。
「ちょっと座れ」
 そして、自分は立ち上がり公園の一角へと走っていった。それを訳もなくただ快斗は見つめた。そして、青年はすぐに戻って来て快斗の横に座った。
「ほら、紅茶にしておいた」
 手に持っていた缶紅茶を快斗に渡し、自分は缶珈琲を持ち「誕生日、おめでとう」と言いながらカチンと缶をあわせた。快斗は目を剥く。
 まさか、そんなことをしてもらえるとは思わなかった。だが、青年はまたもや自分の鞄を開けてごそごそと漁り、そこから薄い長方形の包みを出して快斗に差し出した。
「甘いもの、平気だろ?……子供達にキャンディ配っていたし、家でケーキが待っているらしいし」
 青年は、そうだろうと目を細め楽しげに快斗を伺う。
 焦げ茶色の包みはミルクチョコレートだ。包装からどうやら輸入品らしいとわかる。実は快斗はチョコレートが大好きだ。スーパーで買える安価なものも、デパートでしか買えない高級なものも、すべて。一瞬、自分の好物を言い当てて、超能力かと思ったほど驚いた。
「同級生からもらったから、お裾分け」
 青年は茶目っ気にウインクする。
「ありがとう」
 快斗は、心からお礼を述べた。チョコレートを手に持ちぎゅっと握る。
「安上がりだけどな」
「そんなことない。祝ってくれて、サンキュ。嬉しいよ」
 チョコレート1枚と缶紅茶のお祝いが、こんなに嬉しいなんて。自分こそ、ありがとうと言いたい気分だ。
 俺のマジックを見てくれて、ありがとう。笑ってくれてありがとう。誉めてくれてありがとう。そして、励ましてくれて、ありがとう。
 
 自分のマジックに感動してくれる人がいる限り、誕生日が来たことによって生じる障害も、乗り越えて行けるだろうと快斗は思った。
 
 




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