「吐息までの距離」6
〜休日編 前編〜




 「「「「「あ………!!!!」」」」」

 その時の彼らの気持ちを代弁するなら、女性3人はなんてラッキーなんだろうと心を躍らせ自らの幸せを喜んだ。そして、残る男性2人のうち1人はただ、こんな場所で会うなど奇遇だなと感心し、1人はまあ二人の時間を邪魔されたとは思わないが、歓迎しない訳でもない微妙な心情だった。

 「工藤君!」
 「美和さん………」

 そろそろ北風も強くて寒さに震える街角でのことである。
 彼の前に見目麗しい女性3人が立っていた。いつもはスーツであったり制服であるのだが、今日はまさか警視庁に勤めているとは思えないほどの女っぷりを上げている衣装に身を包んでいる。美和は仕事中には絶対着ない柔らかなベロア素材のワンピースにブーツ。由美はレザー素材のスーツでスカートには艶っぽい深めのスリットが入っているため、パンプス。聡子はこれまた普段から想像できない全身黒づくめのタイトなパンツスーツとヒールの低い靴。
 その艶やかな様を見て、女性ってわからないものだなと新一も快斗も思った。
 普段見ている部分はほんの僅かに過ぎないのだとしみじみと感じ入る。それは自分の母親しかり、哀しかり、だ。

 「今日は、二人でお出かけなの?」

 美和が代表してにこやかに聞いてくる。この中では一番馴染みだ。

 「はい。ちょっと冬物を買いに」

 新一が、な?と隣の快斗を見上げる。それに快斗もああ、と柔らかな微笑でもって答えた。

 「そうなんだ。私たちもショッピングなの。ついでに美味しいものでも食べようってね。なんと今日はベトナム料理よ!」

 新一はベトナム料理、と聞いて少し瞳を見開いて瞬いた。

 「………それは、チャレンジャーですね。美味しかったら教えて下さい」
 「工藤君は辛いもの大丈夫?」
 「普通程度のものなら。激辛は駄目ですけど………」
 「そうだね、あまり辛いのは駄目だね」
 「だけど、快斗の料理はどれも美味しいぞ?」

 新一は快斗の言葉に、付け加える。
 それは、いつもご飯を作ってもらっていると暗に言っているようなものだった。もちろんその微妙な言い回しに気付かない女性達ではない。
 内心ガッツポーズを決めながら、次の行動に出る。

 「工藤君、これからどこか行く予定があるの?」
 「え?特別ないですけど」
 「適当に見て、いいものがあったら買おうかって言ってたんですよ。もう1軒見てきて買ってきたんですけどね」

 快斗がほら、とブランドのロゴが入った大振りな紙袋を見せる。

 「そっか。あのね、珈琲好きの工藤君にお勧めのお店があるのよ?」

 美和は鞄から名刺サイズのカードを取り出して新一に差し出した。

 「ここなの」
 
 カードには店名と電話番号が簡素に書かれている。裏には簡単な地図。
 新一はそのカードをしげしげと覗き込んだ。

 「この間発見したんだけどね。とっても、落ち着いた雰囲気で味も良かったの。これは工藤君に教えて上げようって思ったわ」

 美和は珈琲好きである。それは新一も知っていた。以前珈琲談義に花を咲かせたことがあるため、互いの好みを知っているのだ。だからその舌というか好みに信頼を置いている。

 「へえ。美和さんのお勧めですか?」
 「うん。これが久々にヒットでね〜!すごくいいのよ!」
 「ありがとうございます。この後、行ってみようか?快斗」

 新一は快斗を見上げた。

 「いいよ。行ってみよう」
 「うん」

 快斗の同意を得て新一は微笑む。
 快斗が新一の希望を叶えないことなどないのだが、それがわかっていないのは新一本人だけった。
 そんな二人のほのぼのとした甘い雰囲気を女性達は堪能する。

 「あ、ごめんなさいね、引き留めて。………時間大丈夫だった?」
 「え、………はい」

 新一は安心させるように頷く。

 「だったらいいけど。今って何時だったかしら?」

 ふと気になったように美和が自分の腕時計を見ようとする。すると、快斗がそれより早く、自分の時計に目を走らせ、

 「2時15分ですよ」

 と答えた。

 「あ、ありがとう黒羽君」

 美和はにっこりと微笑んだ。
 その瞬間、会話に加わっていない2人の由美と聡子が目を光らせていたとは、さすがに快斗も気が付かなかった。なぜなら、彼らの行動は快斗の予想の範疇を越えていたのだから………。
 素晴らしい情報をゲットした彼女らは、それはそれは心の中で歓喜しながら表面は平静を装っていた。
 
 (((やったわ!確かめたわよ………!!!!時計はやっぱりお揃いよ)))

 まさか、腕時計を確かめようとしてるなどと、誰が思うであろうか。
 しかし、やはり上手く事を運ぶことから伺えるように、美和は刑事であるのだろう。正しく、天職であったのかもしれない。

 「じゃあ、またね、工藤君、黒羽君」
 「さようなら」
 「失礼します」

 3人3用の別れの言葉を残して立ち去る迫力のある女性達を二人は黙って見送った。
 それは一種、嵐と似ているかもしれない、と彼らが思ってもしかたないだろう………。





 美和からもらったカードの裏に記された地図を見ながら珈琲ショップを探すことにして、二人は歩いていた。買い物に来ているので、道すがらウィンドウショッピングも楽しんで、ガラス越しに見える洋服や小物を見つめていた。
 まだ早いだろうに、季節の先取りらしくクリスマスカラーである深い緑と深紅でまとめられたディスプレイが目を引いた。家族に、友達に、恋人に、愛するものへと贈るプレゼント。冬物衣料だけでなく、子供だったら玩具や文具、恋人同士でワイングラス、夫婦で旅行などコンセプトがあって、プレゼンしている百貨店のウイドウ。
 形のあるものであるが、本当に贈りたいものは心である、と言いたいらしくハートにリボンがくるくると巻いてある。けれど、それは皆同じだろう。
 だから、そのディスプレイを見つめて、自然に笑んでいる。
 目を細めて、今年は何を贈ろうか?と知らず知らずのうちに考えている。その時間が幸せの一時であり、渡した時の相手の笑顔を思い浮かべるだけで自分の心が温かくなるのだ。
 
 「早いなあ………」
 「そうだね。街もそのうちどこもクリスマス一色になるね」
 「去年はどうしてたんだっけ?………ああ、まだ元に戻ってなかったんだな」

 新一は昨年は幼い姿で幼なじみと過ごしたことを思い出す。確かに自分であったのに、どこか遠い思い出のような気がする。そう、幻みたいな思い出………。

 「………そうだね。じゃあ、今年はちゃんと新一でお祝いをしようよ」

 新一で、という快斗の言葉に頷きかけるが、ふと疑問に思う。

 「お前は、いいのか?………去年はどうしてたんだ?」
 「去年はね、友達と騒いでた、って言いたいけど半分はお仕事。頼まれたステージと夜の仕事の準備に追われていたよ」

 すでにマジックの腕を買われている快斗は時々ショーの仕事をこなす。クリスマスなどいかにも稼ぎ時であろう。世の中のサービス業は得てして人が楽しんでいる時にサービスをするものだ………。そしてKIDとしての仕事。これまたハードな仕事であったに違いない。

 「そっか。だったら今年は?仕事ないのか?」

 今年も当然仕事が依頼されても不思議ではない。評価が高まれば依頼が増えるのは道理だ。
 新一は心配そうに快斗を見上げた。
 自分のために無理などして欲しくなかった。
 それに、誰か、家族や学校の友達と過ごしたりしないのだろうか?人気者の快斗は誘われたりしないだろうか?ふと、影が差す考えが思い浮かぶ。
 こうして快斗と一緒にいる時間は楽しいが、彼の生活や時間を奪っていい訳がなかった。

 「仕事はね、ない訳でもないけど。23日に1件だから………。だから、24日はお祝いしよう?」

 快斗はにっこりと微笑んで新一を誘う。
 その笑顔に嬉しいのだけれど、心苦しくなる。新一は唇を噛みながら下を向いて快斗に聞いた。

 「本当にいいのか?俺と一緒にいても大丈夫?」

 不安を覗かせる新一に快斗の方が驚いてしまう。

 「どうしてそんな事聞くかな?いいに決まってるでしょう?俺が新一と一緒に過ごしたいんだよ」
 「………だって、クリスマスは家族で過ごしたりしないのか?友達にだって誘われたりしないか?快斗だったら誘われるだろ?」
 「誘われない訳でもないけど………。そうじゃなくて!新一だって蘭ちゃんや哀ちゃんやたくさんの人に誘われるでしょ?園子ちゃんとこの豪勢なパーティに来てねって言われるでしょ?」
 「そうか?」
 「そうでしょ!………俺はこれでもたくさんお誘いがかかるだろう新一のクリスマスの時間を予約してるつもりなんだけど?」
 「………俺と一緒でいいのか?」
 「新一がいいの。新一と一緒が一番!それ以上はなし!」

 きっぱりと快斗は言い放つ。
 そうでなければ、新一に伝わらないのだから。
 確かに、恋人でないのだからクリスマスに記念日に一緒に過ごすという思考が思い浮かばないのかもしれない。でも、好きな人と過ごしたいという気持ちをわかって欲しい………。二人が出逢ってこうして一緒にいられるようになってから誕生日などお決まりの記念日は存在しなかった。つまり、初めての『記念日』であるのだ。
 自分と過ごすことが嫌なのでない。それはわかる。ただ、そこでどうして遠慮するのだろう?不安になるのだろう?自分が新一以外と過ごす訳がないのに………。

 (まだまだ努力が足りていないのだろうか………?俺の愛は伝わっていない?)

 うう〜むと快斗は一瞬己の過去を振り返った。今までの行為は実を結んでいないのだろうか?それとも方法が間違っている?と第三者が聞いたら十分だろと返事をくれる愚かしい悩みを抱いた。
 しかし、打たれ強いというか、すでに覚悟を決めているためか、ちょっとだけ天を仰ぎ見て、再び新一を見つめると蒼い瞳をしっかりと捕らえて優しく愛おしく微笑む。
 この嘘偽りない気持ちを少しでも伝えたくて。
 信じて欲しくて。
 だから、何度でも言おう。

 「俺が大切な日を一緒に過ごしたいのは新一だけだから。新一以外いないからね?………それに、何もなくても、何があっても新一の傍を離れることはないよ。これは絶対だ」
 「………快斗」

 新一はその自分に与えられる笑顔と暖かい腕に安堵の吐息を漏らす。

 「俺も快斗と一緒にいたいな。クリスマス一緒にお祝いしよ?」
 「ああ。新一のためだけにちゃんとマジックもするからね」
 「ありがとう。じゃあ、さ。来年も約束………」

 幸せそうに微笑んで新一はそうお願いする。
 ここで、誕生日を一緒に、と言わないのが新一らしいところであろうか。クリスマスは一緒にいてもいいのだ、という認識が植え付けられただけ増しなのだ。

 「もっと欲張ってもいいんだけど?これからのクリスマスをって言ってくれないの?」
 「………言ってもいいのか?」
 「さっきから何度も言うけど、俺が新一といたいの。新一さえよければ、全部予約しておきたいくらいだよ」

 心の中で人生ごとね、と快斗は付け加える。
 
 (無理強いはしたくないけれど、本気でかき口説けばこの手に落ちてくるのだろうか?)

 快斗は心から思う。
 これだけ傍にいられて、存在を許されて。
 自分を求めてくれている、というのに恋愛の情を全く理解できていない新一。

 (それでも絶対諦めないし、離れないけど………)

 恋愛に鈍感なのは新一のせいでもない。
 快斗はやっぱり長期戦だよなあ、などと思いつつ新一を軽くその腕に抱きしめた。往来であるが、まあいいかと少し言い訳して大切な存在を確かめる。

 「新一の我が儘はどんなことでも叶えてあげるよ。嬉しいしね。ああ、クリスマスとかは我が儘に入らないからね?」

 そう快斗が囁けば新一は慌てて顔を上げた。

 「俺も。快斗の我が儘聞きたい。叶えたい。いつもいつも感謝してるから。だから、ちゃんと言えよ!お前、言わないから………」

 快斗としては新一の可愛らしい台詞で十分なのだけれど、新一は真剣に言い募る。

 「俺だって叶えたいだからな!」
 「ありがとう。そうだね、………じゃあ、今度聞いてね?」
 「ああ」

 新一は嬉しそうに請け負った。
 そして、ほっとしたように快斗に身体を預けた。
 往来であるが、新一の意識からは抜け落ちているらしい。そこに快斗がいるだけで、他が見えていないようだ。
 快斗が新一の背中を撫でて、髪を梳いてしばらく経つと、新一は思い出したように顔を上げた。

 「行こう?」
 そして少し照れくさそうに、快斗を誘った。もちろん快斗は頷いて新一と並んでゆっくりと歩き出した。
 
 




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