「あのさ、お礼をしようと思うんだけど」 「なにが?」 「だから、えっと、KIDにさ。この間すごく世話になったし」 頬をピンク色に染めて、照れくさそうにして相談する新一はとても可愛らしかった。 KIDにお礼をしようと思って志保に相談を持ちかける新一だが、相手は選んでいる。彼女以外相談できる人はいない。 志保は、思わずこの間なにがあったの?と聞きたくなった。 なぜ、恥ずかしそうなのか。ピンク色に染めた目元や頬、首もとがなんとも色っぽい。だが、KIDが何かしたとは、また考え難い。 もっと進展があったら、自分に報告があるはずだ。いや、ないかもしれないが、わからないはずがない。それに、心持ちに変化が出た感じだろうか? もし、恋人にでもなれば、自分にこんな相談なんてしないだろうし。 「いいんじゃない。いろいろ心配もかけたし、助けてももらったんだし」 「そう思うか?ならさ、なにがいいと思う?」 「そうねえ、特別何か当てはないの?」 「うーん、決めかねるというか、わからなくて。だって、俺あいつのこと知らないし。何をあげたら喜ぶかもさ」 あなたのあげるものなら、何でも喜ぶわよと志保は思ったが口を噤んだ。自分が塩を送らなくてもいいだろう。でも、それなりにお礼はしてもいい。 「そうだわ。時期も時期だから、またチョコレートにしたら?」 「チョコレート?」 「そうよ。去年もあげているでしょ?」 確かに昨年もチョコを渡している。 今年もチョコレート?悪くはないと思うけど。あの時は子供の姿だったからデパートでも買えたけれど。女の子に見えた子供の時とは違うだろう。今だと、あの手は使えない。 「だめじゃないけど。志保、でもどこで?」 「あら、今なら高級店にそのままいけばいいわよ。それなら人も多くないから。ある人に日頃の感謝をこめて贈りたいのですがって最初に説明して助言を求めれば、楽に買えるわよ。変な目でみられることもないわ」 志保は流れるように説明した。それは事実であるし、新一がお願いして嫌がる店員などいるはずがない。嬉々として協力してくれるだろう。間違いない。保証してもいい。 「そうか、そうだな」 それも手だなと新一は納得した。KIDは甘いものを食べるようだし。食べ物なら邪魔にならないからいいだろう。 新一は高級店にチョコレートを買いに行くことにした。 志保に勧められたチョコレート専門店。 勇気を持って透明なドアをあけると、いらっしゃいませという声がかかり、少しだけびっくりとする。 自分に視線が集まる気がして、困る。男性の客は当たり前だがいない。ただ、他の女性客も二人だけだ。 どこを見ても色とりどりのチョコレート。種類も豊富で、目移りする。さすがに高級だけあって一粒単位でも売っている。ガラスケースに入ったチョコレートは小さな宝石のように煌めいていて、KIDが好きそうだなと漠然と思う。 どれにようか。 迷う。 「何かお探しでしょうか?」 新一の迷いをかぎわけ店員が完璧な微笑を浮かべて寄ってきた。 「あの。日頃お世話になっている人に贈りたいんです。どういったものがいいでしょう?」 志保にレクチャーされた通り話すと、店員は親身に相談に乗ってくれた。 「そうですね。その方のお歳や好み。ご予算によって違ってきます。当店自慢のチョレートの詰め合わせもございますが、いいと思うものを詰め合わせ箱に入れラッピングも致します。その方は失礼ですが甘いもの、チョコレートはお好きですか?」 「好きだと思います。結構、チョコもケーキも、煎餅もなんでも食べます」 「お歳はどうでしょう?」 「歳?うーん」 ここで自分と同じくらいといっていいのだろうか。若く、同じくらいだと予想しているが、二十代とでも言ってみるか。 「おわかりでない?」 「二十代かな。そんな感じです」 「なるほど。そうですね、ではチョコレートも種類がありますので、こちらへどうぞ」 新一を店員はガラスケースの前に連れていく。 「こちらは生チョコレート。ミルクと抹茶とダークチョコの三種類です。柔らかい口溶けで、優しい味がします。そして、こちらがトリュフです。トリュフも種類が豊富です。こちらは、ミルクチョコレートガナシュをミルク・ダークチョレートにつめてココアパウダーでコーティングしたもの。その横が、カプチーノムースをダークチョコレートでつつみチョコレートシェービングでトッピング。その隣が香ばしいマカダミアンナッツのプラリネをミルクチョコレートで包みココナッツをトッピングしたもの。横のピンク色をしたのが、ストロベリー。ストロベリーのミルクチョコムースにホワイトチョコレートで包んでストロベリーパウダーをまぶしたもの。隣がキャラメル」 店員は続ける。 「お隣のケースには、宝石のような粒のチョコレートがあります。こちらが、ヘーゼツナッツプラネリをホワイトチョコで包み込んだもの。隣がミルクチョコガナッシュをミルクチョコレートで包んだもの。アップルガナッシュをミルクでつつみヌガティンをトッピングしたもの。ラズベリー風味のダークチョコガナッシュをダークチョコでつつみ、ラズベリーを上にのせたもの。見た目の美しく、中も風味豊かな味がします」 新一は頷きながら、説明を聞いた。 「是非、試食してみてください。ご自分が美味しいと思ったものを選んでくださいませ」 店員は笑顔でそう勧めた。 その通りだ。自分が美味しいと思わないものを人に贈るなんておかしい。 新一は小さくカットされた試食を、いくつか食べる。 どれもこれも美味しい、ひとつずつ味が違う。たくさんの種類があって、どれも素晴らしくて迷う。 だが、決めないといけないしな。 「では、これを二つと、こっちを二つ。それから、こっちの」 新一はいくつか選んだものを箱にいれてラッピングしてもらう。派手ではない品のいい包装紙とリボンだ。 さすが志保おすすめの店だ。 新一の趣味をよくわかっている。新一は無事に買い物を終えて帰途についた。 二月がやってきた。ちまたでは、ヴァレンタイン用のチョコレートがどこでも大々的に売られている。ピンクや赤色という色合いのポスターやコーナーが出来ていて、女性が大勢詰めかけている。それを横目にして、新一はあそこにはどう勇気を出しても入れないだろうと感じ、つくづく志保のお薦めの店に早く行っておいてよかったと思った。 いつもは気にならないのに、今年はやけに目についてしまう。 自分が購入して準備しているからだろうか。 そして、待ちに待った白い鳩がや工藤邸にってきた。 「ブラン!」 KIDの鳩がやってきたということは近々予告があるということ。そうすれば、同時にKIDもやってくる。 これで、渡せる。 去年は、クリスマスのプレゼントのお礼にチョコレートを買って埋めておいたのだ。だから手渡しはしてない。 自分で渡すと考えると、羞恥がこみ上げる。 だって、なんというかな。今更だが、恥ずかしいだろう。 そして、待ちに待っていたKIDがやって来た。 「こんばんは、名探偵」 「よう、KID」 新一は読んでいた本から顔をあげた。 心中は、KIDが来るのがヴァレンタインより前でよかったという思いでいっぱいだ。折角買ったのだから、後ではなく先に渡したい。 手元の本を閉じ、近寄って来るKIDをどきどきしながら待つ。ベッドに座っていた新一は予め枕の横に用意しておいた箱を手につかむ。いつ来てもいいように、置いておいたのだ。たいてい新一はベッドで寝ているか、ベッドの上だから。時々早い時間ならレポートをしている程度だ。 KIDがすぐ側まで来て新一の横に立つと、新一は自分をすっくと立ち上がった。 「あのさ。これ」 新一は恥ずかしさのため、頬を染めリボンのかかった箱をずいと差し出した。 KIDは目を見開き一拍おいて、それを受け取る。 「ありがとうございます。私に?」 うっとりしそうな美声で新一の耳元に囁く。 「日頃の感謝をこめて。たくさん助けてもらったし。甘いものイヤじゃないと思うけど」 うつむき加減でついつい新一は早口になる。前回は直接渡してはない。顔を見て渡すのは、なんて恥ずかしいのだろう。 誰かにチョコレートなんて、父親以来だろうか。 小さな頃、なぜか自分から欲しがった父親に母親と一緒に買いに行った。そう考えれば、他人に渡すのはKIDがはじめてだ。男の自分はふつう渡さないんだから、当然だけど。 でも、それでも、上品なラッピングでもいかにもヴァレンタインの包装は羞恥を倍増させる。 「チョコレートですよね。好きですよ」 「うん、よかった」 新一はほっとした。KIDが人からもらったものを無碍にするような人間ではないことは知っているが、それとこれとは別だ。 「名探偵がご自分で買ってきて下さったんですよね?」 「……ああ」 なんでそんな確認をするんだろう。いくら自分でも他人には任せない。 でも、自分だと主張するのは、すごくイヤだ。買った時のことを思い出す。 店員は最後に、贈られた相手が喜んで下さるといいですねと微笑んで送り出してくれた。喜んでくれている。そうでなければ、あんな恥ずかしい思いまでした甲斐がない。 「名探偵」 KIDが呼ぶ。 が、顔をあげられない。普段通りには今日はいかない。 チョコレートを渡して告白する女性が緊張してどきどきして、恥ずかしそうにしいている気持ちが、わかりたくなかったけど、わかってしまった。 これは、滅茶苦茶恥ずかしい。今まで、サンキュと軽く受けて取って悪かった。告白も誠意をもってごめんと断っていたけれど、もう少しちゃんとすればよかった。 ぐるぐると新一は考える。 「名探偵。顔を見せて下さい」 優しく即されて新一はおずおずと顔をあげた。予想に反した真面目なKIDと目があう。 「KID?」 不思議に思い問いかける。 「私は期待してもいいのでしょうか?」 「なにを?」 「自分の気持ちに無自覚なのはわかっていますし、嫌われていないことも知っています。自意識過剰ではないと心得ています」 新一は首を傾げる。 「名探偵」 真摯に呼ばれて、新一の息が止まる。 「あなたが好きです」 「……」 目を丸くして新一はKIDを見る。 好き。俺を好き?KIDが? いくら鈍い新一でもそれが親愛であるとは思わなかった。 「ずっとお慕いしておりました。ですから、あなたに何あると私は心配でなりません。あなたの力を過小評価している訳ではなく、好きだからこそ手を貸したいと思うのです」 黙ってKIDを見つめる新一の頬に優しく指を伸ばし、心持ち持ち上げる。そうすると新一とKIDの距離が心情的に近づく。 「お嫌ですか?」 新一は慌てて首を振って否定する。 助けられたことは多々ある。その度に感謝した。嫌だなんて自分がいうはずがない。危機に助けてもらって嬉しかった。KIDに触れられてもイヤではない。好きといわれてもイヤではない。少々混乱しているが。 「名探偵」 KIDはそっと新一に顔を寄せる。新一は反射的に目を閉じた。触れるだけの優しい口付け。唇にKIDの柔らかな感触がした。何度か触れるだけのキスを繰り返し、深く唇をあわせ吸われるに愛撫される。 濡れた音と熱い唇に、新一はKIDの服を掴んだ。やがて、そっと離れたKIDが新一を抱きしめる。 「好きです」 耳元に残る言葉が新一の奥底へとじわじわと浸食した。 |