「探偵と怪盗のRondo」2−12




 


 翌日から新一は心ここにあらずの状態だった。
 悩むというかまだ信じられない、いや実感が沸いて来ないような。
 ふわふわとした感じで、自分が足下から浮いているような不思議な気持ちだ。
 つい、ため息を漏らし志保に見られた。
「あら、KIDに告白でもされたの?」
「なんで?」
「わからないのは、あなたくらいのものよ。見ていれば、わかるわ」
 健康診断を終えてお茶の時間である。目の前には美味しそうな珈琲とパウンドケーキがある。ついでに、先日チョコレートを買った時、志保にお礼も兼ねて渡した限定発売のチョコレートケーキもカットされて皿に載っていた。
「嘘だ……!」
 新一が真っ赤になって志保を見る。
「嘘であるもんですか。側で見ていれば一目瞭然よ。……それに、なんでKIDがあんなにあなたのことを気にかけてくれていたと思うの?認めている相手だから?唯一名探偵と呼ぶに相応しいから?それはあるかもしれないけど、あなただってそこまでする?一応自分とは相対する人間のために。危機にはなにが何でも駆けつけファローまでして」
「……」
 志保のいうことは一々正しい。
「私たちはあなたに関して協力者なの。無茶ばかりして事件に巻き込まれて自分を大切ににしないから」
「……」
 もっともすぎて、新一は反論などできない。
「KIDは今まで我慢していたと思うわよ。ずっと見守り続けて。保証するわ」
 それくらいではないと、あなたを任せられないけど、と志保は付け加える。
 
「あなただって、KIDとはいえ犯罪者から渡れた発信器を付けているじゃない。携帯のストラップ。コナンだった時からなんでしょ?信頼しているんでしょ?これが、たとえば親友だという人間から渡されたらあなた受け取れる?共犯者の私と博士。KIDだから発信器だろうと何だろうと受け入れているんじゃない」
 その通りだ。
 博士の開発したSOS発信器。KIDの高性能な発信器。新一の携帯には様々な機能が付いている。それを許せるのは、志保と博士だからだ。一蓮托生と幼い頃からの協力者。そして、KID。コナンだった時、渡された。でも戦いに行くとき一時返した。そして戻ってきて、再び受け取った。約束だったのだ。
 その頃からKIDは特別だ。どこの誰とも知れなくても、信頼できた。裏切らないと知っていた。お人好しの怪盗紳士。
「まったく、今更だと思うわよ」
「なんで?」
「あなた、江戸川コナンの時KIDの逃走経路に行って、好きだと叫んだことがあるのでしょう?それでKIDがなぜか確認に来て現場に誘われて、その後予告状をもらうようになった。間違っていて?」
「いや、間違ってはいないな。そう端的に言われると」
 ちょっと意味深過ぎてイヤだけど。そうは言わずに新一は志保との会話を続ける。
「好敵手として、好きだったの?わざわざ好きだと言いにいくほど?それですっきりしたですって?」
「ああ。そうだけど」
 事実なのに、彼女に言われるとすごく照れくさい。改めて考えると自分はなにをしていたのか。なにがしたかったのだろう。
「KIDのこと嫌いじゃないでしょ?」
「うん。好きは、昔から好き。嫌いなことない」
「ええ。それで?」
 志保に促されて新一は言葉を選びながら自分の思いを形にしていく。
「コナンの時もずいぶん助けてもらった。元に戻ってからの付き合いは多い。あいつうちに来るから。世間話をしたりお茶を飲んだり、昔では考えられないくらい近づいた感じがする」
「うん。で?」
 続きを再び即される。
「やっぱり助けてもらうことが何度もあって。前回のあの時はすごく助かった。心配もいっぱいさせた。誰かの負担になることは嫌いで、苦手だけど、KIDならそれも許せる。頼りになるって思っている。うん。自分でも珍しいことだと思う」
「そうね。文句も何でもいえる関係だし。探偵モードになるとあなた自己のことを抜いて考えるでしょ?」
「ああ」
「KIDはね、探偵としてのあなたをもちろん敬愛しているわ。でも、それだけじゃない。探偵だから認めていても、好きにはならないわ。つまり、世に有能だと認知されている探偵であるあなただけが好きなのではなく、あなた自身が好きなのよ」
「俺自身?」
「そうよ。私も同じだもの。探偵として有しているあなたの能力に助けられたけど、私が大事にしているのは工藤新一よ。名探偵じゃないわ」
 新一は志保の言葉を考える。
「……KID、俺を名探偵と呼ぶんだけど」
 いつも名探偵と呼ぶ。名前で呼ばれたことはない。
「あなた、わからないの?」
「なにを?まだわかっていないのか?」
 志保はため息を付き肩をすくめる。鈍感過ぎて、すでにこれは罪だ。
「……これを言うのはイヤなんだけど。本当は本人に聞いて欲しいんだけど、でも誤解させておくのは、もっと嫌だから。つまりね、『名探偵』という呼称は昔から使っていて、今更変えられなかったのよ。好きになったら尚更。それに、もし呼び方が変わるなら、それは関係が変化してからではないの?ふつう」
「……っ!」
 新一は、耳、頬、目元と全身を赤く染めた。その顔が大変可愛らしくて志保は心中で再びため息を付く。
 もう、この際、早くくっついてくれないかしら?
 彼を取られるのは癪に障るけど、いい加減どうにかしたくなる。見ていると、こうむず痒くなるのよ!
 
「これで最後にするけど。自分の気持ちがわかったら、はっきり返事をしなさい。曖昧なのは駄目よ。ちょうどホワイトデーだからいいタイミングだけど。でも返事はホワイトデーまで待たなくてはならないという法律はないわ。工藤君。初心を忘れちゃ駄目よ。好きなら好きでいいんだから」
 初心を忘れるな。好きなら、好き。つまり、好きだと叫んでいいのではないかと、なる。
 志保の発破に新一は笑った。
 
 
 




 高層ビルの屋上に吹く風はまだ寒い。三月と暦の上では春だが、未だ厳しい寒さだ。
 先日は雪まで降った。最後に雨になり溶けて、幸いにして積もることはなかったが、どこかで桜が咲き始めたというニュースが流れている横で東北で大雪のニュースがあるのは、不思議な感じがする。
 
 そんな中、KIDが降り立った。すでに、警察は振り切っている。遠くでサイレンが聞こえるだけだ。
 
 静寂が支配するの中、ばんと激しい音を立て非常口のドアが開く。
 KIDが視線をやると、そこから現れたのは、最近会っていない新一だった。KIDは驚きをポーカーフェイスで隠し、「こんばんは名探偵」と言いながら優雅にお辞儀をする。
 
 新一はそれに答えることなくずんずんと歩いて来てKIDの側まで来ると、すっと息を吸い込んで。
 
 
「好きだ……!」
 勇気をもって叫んだ。
 
 いつかの再現だ。同じような風景を覚えている。その時と違うのはKIDが唖然として新一を見送るのではなく、その両手で抱きしめたことだ。
 
 やっと想いが通じ合った二人は、しばらく離れないように抱きしめあっていた。
 
 




                                                           END
 
 


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