「探偵と怪盗のRondo」2−2






 
 工藤新一。彼は全国的に有名な高校生探偵である。
 日本警察の救世主とご大層なあだ名で呼ばれるほどの有能な探偵だ。今まで数々の事件に遭遇してきたが迷宮となったものは一つもない。
 そんな彼だが、しばらく姿を消していた。
 それは表向き、やっかいな事件に巻き込まれたと理由を付けていたが、実際はやっかいな事件どころではなかった。世界の警察機構が追っていた大きな組織との大がかりな捕り物という、とても人には言えない大事件に関わっていた。
 第一、その間、新一は子供の姿にされていた。
 ある時、うっかり組織の人間の取引現場を目撃したため、毒薬を飲まされたが、どんな摩訶不思議か、新一は小さな子供の姿になってしまった。どのくらいの年齢を遡ったのかは、新一の昔の健康診断の結果でも照らしあわせねばわからない。
 が、たまたま会った幼なじみにとっさに六歳と答えただけで、本当に六歳であるとはわからなかった。実際に通った小学校で一年生の中で彼は小柄だった。その時名乗った偽名は江戸川コナンだ。幼なじみの家、毛利小五郎探偵事務所に居候している合間、事件が起こっても子供姿では信用してもらえないので博士の発明品を使って小五郎を隠れ蓑に事件を解いた。おかげで「眠りの小五郎」として彼は著名な探偵となった。
 その後、同じように幼児化した人物と出会う。
 彼女の本名は宮野志保。偽名は灰原哀。コナンと一緒に小学校に通った。
 彼女は元組織の科学者で、毒薬として使われ新一を幼児化させたものを研究していた人間だった。姉を亡くしたせいで、組織に反抗して始末されるかもしれないと思い、自棄で新一と同じ薬を飲んだ。志保も幼児化して逃げ出したところを阿笠博士に助けられたのだ。
 
 その後、様々な事件と出会いにより、組織の人間と相対したり、用心深く探ったり、FBI、CIAとの関わり合いを持つことになる。
 FBIは、組織との攻防の時に協力しあった。その時、コナンという子供の姿である新一の意見を正しく聞き一緒に考えてくれた人物がいた。新一と同じ思考能力を持ち、拳銃の腕も神業という優秀な人物だ。彼の名前は赤井秀一。
 だからこそ、主にFBIと協力して組織をつぶす計画を立て包囲網をしいていく事にした。FBIの中には優秀な人材も数多い。
 計画を立てる中心的な頭脳の役目を新一と赤井が負った。
 
 ジョディ達と連絡を取り、下準備をしてから新一は毛利家から去ることにした。女優である母親に変装してもらい江戸川文代となって息子のコナンを迎えに来てもらった。そうして、江戸川コナンの存在を消した。
 灰原哀として生きていた志保も今まで博士の家で世話になっていただけなので、親類のところに引き取られるという理由で転校した。
 新一と志保は米花町から離れ都心に近いFBIの隠れ家に潜伏した。セキュリティは高い場所である。二人はそこで活動に入った。
 日本でできることは隠れ家を中心として動き、アメリカや他国でないと出来ないことは偽造パスポートとはいってもFBIの協力があるので偽造ではなく証人プログラム用の安全なパスポートで海外へ渡った。
 そこでまた暗躍して組織の金脈や力を削いでいく。
 志保は自分の研究をしながら、バックアップに努めた。
 新一も主にあらゆる情報を必要なものと確証のないもの、フェイクに分け淘汰し綿密な計画を作る。赤井率いる部隊は新一の思うように動いてくれた。
 外堀を埋めるように、その隙間を付いて核心部分に入り込む。
 
 元の姿に戻れない限り、実戦部隊には参加できない。
 子供の体では足手まといになる。体力や運動能力が圧倒的に足りない。いくら博士が発明して便利な道具を作ってくれても。
 拳銃の腕はそれなりなりであることは仲間も知っていたから、一応何かあった時のために狙撃の練習はしておいた。
 博士も実践に使えるものや、もしものための道具を新たにいくつも作って提供してくれた。いつも心強い味方だ。
 もうすぐ大詰めだろう頃、アポトキシンに関する研究資料を見つけた。すぐに志保が解析し、使えそうであると判明する。だが、他にも研究資料がある可能性は捨てきれない。志保は、資料を全面的に信じていいのか悩む。それでも、ある程度の研究結果は自分で試してみる価値はあるだろう。志保はバックアップに重点におき研究も進めた。
 そんな中、決戦がやってきた。
 最後の戦いには、新一と志保は未だ小さなままであったから実行部隊には加わることは不可能だった。誰かに最後を委ねるにはあまりに強大な組織だ。
 その代わりなるべく近くでフォローすることにした。見取り図と部隊が持つ発信器とを照らしあせ誘導する。
 じりじりと焦る気持ちを抑え、報告を待つ。待機メンバーが待つ場所では通信を通してでないと中の音も聞こえない。
 やがて、赤井から一報が届く。
 それは皆が待ちこがれた知らせだった。組織が滅んだ瞬間だった。
 
 組織を潰した結果、他からもアポトキシンに関連する資料が見つかった。
 宮野志保は組織が持ち得た資料を解析分析し、研究に明け暮れた。
 試作品を作り、ラットで実験してみる。人体で実験するには二例しかないため、どんなにラットで結果が出ても絶対とはいえないのが難点だ。
 研究して、研究して、あらゆる仮説を立て志保は新一に研究結果を報告した。
 一度に急激な変化は身体にかける負担が大きすぎるのだ。だから、段階的に成長を促すことにした。
 それでも何年分も成長するのだから、段階毎にしばらく動けない状態になる。
 無事に成長を果たした時、心から志保は安堵した。予断は許さなくても、新一の願いをかなえることができて嬉しかった。
 
 ずっと研究施設があるFBIの隠れ家で成長を繰り返していたが、やっと志保のお墨付きをもらい日常生活を送れるようになって、新一は自分の家に戻ってきた。
 久しぶりの我が家は生活感がない。
 それでも、定期的に業者を入れて掃除していたから、埃は積もっていないがそれだけだった。書庫はしっかりと管理されているから、新一としてはほっとしているが。
 それでも食事は作らなければならない。最低限の家事も。
 隣に住む主治医が心配して体調管理も兼ねて夕飯はこちらでとりなさいと言われているから、遠慮なくごちそうになることにした。そうでなければ、すばらしい監視が付くだろう。
 数日、生活の基盤を築いて、これからのことを思い浮かべる。
 ずっと考えていたが、ふつうの高校生活に戻れる保証はないなと新一は思う。
 二年のはじめに休学し、現在は三年の二学期、9月末だ。あまりに休みが長すぎて、学校も対処が難しいだろう。一年半も通っていないのでは留年になるだろうか。それなら大検でも取って大学でも行くか。
 そんなことを思ってひとまず報告だなと帝丹高校へ行くことにした。
 


 久しぶりに腕をを通す制服に懐かしく思いながら職員室を覗き、担任を捜す。三年でも二年と同じ教師が担任である。
「飯島先生」
 新一はそっと目立たないように呼んだ。
「あー、久しぶりだな。元気だったのか?」
 飯島は振り向いて新一を認めると、驚きで目を大きく見開き笑った。
「一応は。先生も元気そうですね」
「ああ。進路指導室行くか」
 新一が人目を気にしていると悟り、飯島は職員室の三つ隣の進路指導室へと新一を促した。新一はその後をついていく。
 狭い部屋の向かいに腰を下ろし、飯島は察したように口を開く。
「ああ、これからのことだろう?工藤出席日数足りていないもんな」
「ええ。それはわかっています。ですから、一応相談ですね」
 飯島は最近の教師の中では頭が柔らかく話がわかる人物だった。まだ三十代だが、授業もわかりやすく生徒からも慕われている。新一も信頼を寄せている一人だ。
「うーん。どうする?単位というか出席日数足りないからな。これから毎日無遅刻、無欠席でレポート提出なら、学校側もどうにかするかもしれないが。工藤を手離すのは惜しいだろうし、校長もファンだし。が、おまえ、やっぱり警察には協力するんだろ?それが優先なんだろ?」
 飯島は当然のこととして新一に聞いた。
 昔、警察の要請に応じて授業中でも呼び出しに応じてしまう新一に飯島が聞いたことがある。
 その時の答えは、自分が協力することで人の命の救える可能性があるなら、なにをおいても駆けつける。自分の単位と人の命なら、俺は人の命を取る。その答えを聞いて納得した飯島は文句も注意も言わなくなった。
 それ以来、飯島は新一の信念には理解がある。
 新一がなにより人の命を優先すること。彼が探偵という生き物であると。
「そうなりますね」
 だから新一も正直に答えた。
「警察の協力はそれも立派なことだから、ボランティア、校外活動の単位として認めてもらえるかもな。多少は。それ以外授業は出てこれるのか?」
「……申し訳ないのですが、実は体調がよくないんです。ですから、学校側がいろいろ計らってくれても、事件以外無欠席で登校は無理です。主治医から言われていますから。レポートくらいならどこでもできますから、提出は可能ですが。無理なら構いません。大検でも取って大学行きますから」
「……だろうなー」
 新一の返事が予想がついて飯島はため息を付く。
 彼一人では決められない。飯島は頭をくしゃくしゃと掻きまわしてうなる。
「ちょっと校長と相談しておくわ。結論は待ってくれ」
「はい」
 新一は神妙に頷いた。
 
 
 

 
 


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