「探偵と怪盗のRondo」1−7






 
「誘拐なんてされないで下さい〜」
 KIDは嘆いた。
 今日は今度の予告状を名探偵に届けるため、鳩を連れて探偵事務所の側に来ていた。さすがに鳩だけ待機させておいてコナンが来たら側によるという技は確率が低い。KIDはだから自身が側にいて、コナンが近づいたら鳩を放すのだ。
 今日は出かけていて、まだ帰宅していない。
 コナンの予定はかなり調べてある。探偵事務所の出入りも確認してある。それは隠しカメラが設置してあるおかげだ。
 ちょっと迎えに行きましょうかと思ってコナンが帰宅する道を逆にたどる。
 
 そして、その途中で見つけたのが、泣いている歩美だ。
 なにがあったのか、事件の匂いをかぎ取りKIDは様子を見る。ここで歩美に話しかけて事情を聞くのが一番早いが、そう簡単にはいかない。今日のKIDは変装をしていない素の姿だった。この高校生の姿で歩美にあうのはまずい。それに後々不審者として疑われては、自由に動けない。
 歩美がすくりと立ち上がり、きっと顔をあげて走り出したのでKIDはその背に盗聴器を投げつける。コートの裾に無事に付いた盗聴器を確認してKIDは間をあけて歩美を追った。
 交番に駆け込んで訴える歩美の話を聞いて、彼らが誘拐にあったことを知る。
 阿笠も後で到着して、歩美との会話を聞き警察がどう動くか話が進む間にKIDは小型のパソコンを取り出し、いろいろ操作して一つの発信器をたどる。
 画面上にある一つの点滅。
 その場所を見ながら、移動速度を観察して車でまだ犯人が逃走しているだろうと予測が付いた。どこに向かっているのだろうか。
 高速に乗ることはなく、一般道を走っている。
 点滅が、少しずつ移動する。誘拐されて時間は経過していないし、都内は渋滞もあるからまだ彼らは東都内だ。
 東に移動している。
 自分もロスを無くすためにすぐ移動した方がいいだろう。機動性のためバイクを取ってから走ろう。
 KIDは小型のPCを手に持ったまま急いでバイクがおいてある場所まで移動する。
 一刻を争うというのに、混雑している町中が腹立たしい。やがてバイクを確保する頃には点滅は消えた。消えた場所に一番近いルートを叩き出して、KIDはバイクを飛ばした。
 そして、点滅が消えた地点にやってくる。消えた地点の地図から照らしあわせて、建物がいくつかある。雑居ビル、マンション、店舗など。
 逃走に使った車が隠しておける場所だ。誘拐した人間を誰の目にも付かないで車から運び出せる場所。
 付近を用心深く歩いてみる。バンで白、スモークガラスが張ってある。
 マンションでは人の目があるから不可能だ。駐車スペースは一階部分にあるし。
 雑居ビルも同じように駐車スペースが近くにない。そうするといくつかのビルとマンションの合間にある店舗が怪しい。店舗はシャッターが降りていて、車を置いておけるだろう。そこならシャッターを下ろしてしまえば容易に人を運び込める。
 ただ、店舗は一つではない。二階建て、三階建て、一階だけ、と三つある。
 
 KIDはPCの地図を見ながら、ぐるりと回る。
 すると、再び画面の中で点滅が始まった。KIDはそれを頼りに用心深く一つ一つ店舗を探る。
 そして、やっと該当する場所を見つけた。
 
 
 
 
 
 ドン、バタン、と少し騒がしい音がしたと思うと、扉が開いた。
「名探偵!」
 白い衣装をまとった怪盗KIDが現れた。そしてコナンのところまで真っ直ぐに近寄った。
「ああ、KIDか。早かったな」
 コナンは、驚いた風もなく当たり前として受け入れていた。早かったなという台詞からも、KIDが助けに来ることを前提としている。
「遅いくらいですよ!誘拐なんてされて。本当に。……やっぱり役だったでしょ?」
 KIDはそう笑って男から取り戻したコナンの携帯を手に持ち、ストラップの部分を揺らす。
「そうだな。発信器を渡された時は過保護かと思ったが、立派に役立ったな」
 KIDから渡されたストラップ型の発信器。
 以前、私のためにもって下さいと差し出されたのだ。いつKIDの逃走経路に来るかどうかわからないコナンを現場で待っていいか知りたいのだと切々と訴えられた。来ない可能性が高くとも、事件に巻き込まれもしこちらに向かう途中だったらと期待してしまう。だから、遠くにいるのか近くにまできているのか、自分にわかるようにして下さい。それに、何かあったら駆けつけますとKIDは言った。コナンは根負けして受け取った。
「別に過保護ではありませんよ。事件に巻き込まれる名探偵が悪いんです。お願いですから自覚して下さい」
「ああ?俺が悪いのか?これはどう考えても不可抗力だろう?」
「不可抗力でも!究極の事件体質だと自覚して、注意して下さいよ」
 ひどい目にあったというのに、全く堪えていないコナンにKIDは切々と説教した。
「注意なんてしている!俺が事件を呼び込むみたいに言うな!」
「……」
 まさに、事件を呼び込んでいるとKIDも黙って聞いている哀も言いたかった。
 言っても無駄だと諦め気分だったが。
 
 うーん、それにしても、KIDか……。
 哀は二人のやり取りを観察しながら、考える。
 彼はKIDに助けられることをよしとした。ある意味、賭だけど、助けを求めた。ずいぶん信頼しているものだ。
 そうだ、どうせなら、彼に消毒してもらおうかしら?お仕置きのために。
 今後、あんな男を煽るような危ない方法を取らないように灸を据える必要があるのだ。彼は嫌がるだろうが、KIDに直に消毒してもらう方がいい。
 一応、自分もここまでやってきたことは認めていい。フォローを任せてもいい。
 よし、と頷いて哀は声をかけた。
「二人の世界を作っているのに悪いけど、ちょっといいかしら?」
「お嬢さんも無事でなによりです」
 KIDは哀に視線をやって微笑んだ。
「あら、ありがとう。ところで、縄をほどいて欲しいの。江戸川君を先にしたいだろうけど、事情があるから私を先にしてくれる?」
「レディファーストですね」
「いえ、江戸川君のことが絡んでいるからよ」
 ふっと鼻先で笑う哀に、KIDは近寄って丁寧に縄をほどいた。
 哀は赤くなった手首をさすりながら、ふうと息を吐いてからソファを移動してコナンの側までより、首もとをいきなり開いた。白くて細い首が目に飛び込んでくる。
「「な……?」」
 コナンとKIDの声が驚きではもる。
「ここよ、KID」
 哀は右下の首筋を指さした。
「誘拐犯の一人に変態のロリコンがいてね、彼は目を付けられたのよ。顔とか首筋とか触って、ここを舐めたのよ。わざと煽っていたから自業自得ともいうけど、それは逃げるために必要なことだった。でも、だからといって、許せずはずないじゃない?で、KID。あなた消毒しない?」
「私がですか?」
 KIDは目を瞬く。
「ええ。あなたがやらないなら、私がするけど?」
「是非、私にお任せを」
 KIDは即刻是の返事を返した。その際、きらりと片眼鏡が光る。
 哀が退いて、KIDがコナンの拘束された手を自分の方に引き寄せ、もう一つの手を細い首に寄せた。
「ちょっと、待て!」
 コナンは顔を寄せるKIDに精一杯の抵抗を込めて睨み付ける。
 意志の強い蒼い瞳が、困惑と羞恥と怒りできらきらと煌めく。細い首を振ってKIDの手を遮ろうとするが全く意味をなさず、うっすらと肌が赤く染まるだけだ。
「KID!」
 コナンの潤んだ瞳と切なげな声にKIDは苦笑した。
「それは逆効果ですよ。名探偵」
 無意識に雄を煽る媚態に、KIDは理性を働かせながら息がかかる距離にある白い肌を舐めた。ひくりと腕の中で震える身体を堪能しつつ小さなキスを落とす。
「……っ」
 飲み込んだ悲鳴に瞳をいっぱいに潤ませたコナンの頭を安心させるように撫で、手首の戒めを解き甲にキスを落とした。
「無事で何よりです」
 コナンの顔を覗き込んで真摯に無事を喜ぶKIDに結局なにも言えなくなる。
「サンキュ」
 だから、まだ伝えていなかった感謝を言葉にした。
 
 
 
 KIDに助けられてしばらくするとサイレンが聞こえてきた。
「先ほど通報しましたから」
 コナン達が捕らわれていた部屋の隣、KIDによって意識をなくしている男達を縄で縛り終えると、KIDは丁寧にお辞儀した。
「それでは、おいとまします」
「KID?」
 問うまもなく、KIDは姿を消した。
「……警察にどう説明しましょうか?」
「事実?信じるか?」
「助けてもらってアレだけど、説明するの面倒ね」
「そうだな」
 コナンは笑った。
 正直にKIDに助けてもらったと言った方がいいだろうか。ハートルフな怪盗だから、それで警察も納得してくれるかもしれない。自分たちが倒したとか仲間割れとかでは説明が付かない。
 またKIDの話題が増え新聞や雑誌を飾るに違いない。
 
 
 

 


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