「探偵と怪盗のRondo」1−5



 



 鳩がまた来た。小学校からの帰り、探偵事務所の近くで飛んできてコナンの肩に止まった。蘭に鳩が来たことを告げておやつをもらいまた公園に来ている。
 
「今度は行けそうだなー」
 ここのところ、三回行けなかったのだ。平日は論外として、予告日が土曜日の午後八時、十時、日曜日の九時だったのに行けなかった。
「そろそろ痺れを切らしていそうだ」
 コナンのせいではない。
 一回目は事件が起こった。探偵事務所に依頼があって小五郎が行った先の屋敷で殺人事件が起こり蘭と一緒に付いていったためコナンはいつもと同じように解決した。その日は前回の依頼で入ったお金で三人で外食しようと付いていった。屋敷に行ったのは詳しく話を聞くためだ。だから話をしてから出かけるつもりだったのに、事件が発生した。
 決して自分のせいではない。
 次は博士のところで久しぶりに出たミステリの新刊を読んで満足してから、パソコンで情報を仕入れた。FBIのジョディから電話があって、最近の状況を報告しあい、今度会って打ち合わせたいという内容だった。それから灰原と博士で意見を言い合った。
 そして先日は、やはり博士のところでパソコンを使いつつ情報収集をして、ジョディから電話があって現在抱えている問題と次の計画を話して、会う約束をした。他のFBIのメンバーも日本に来るらしい。
 そして、灰原と問題点や疑問を語った。
 そんなこんなで、KIDと会っていない。
 来られる時といって、二ヶ月ほど予告状だけもらい行かないのはさすがに気が引ける。もう必要ないでしょう?と取りやめになったら己の暇つぶしがなくなる。
 ただでさえ、日頃は十分に本も読めないのに。
 毛利探偵事務所で、分厚いミステリの新刊は読めない。文庫でさえ無理なのだ。
 そんな自分の最上の暇つぶし。なくすのは惜しすぎる。それにKIDとの会話は素の自分でいいから楽だ。どんな暴言を吐こうとも言葉遣いが悪かろうと、本当は中身が高校生探偵であると知っているから気兼ねなく会話できる。
 子供の演技をしなくていいのは、本当に気を張らなくていいから楽だ。
「とにかく、今度は行こう。……事件が起こらないといいな」
 自分が予定を決めてもそのまま実行できた試しがないのは何でだろう?事件になぜか遭遇する。探偵だからなのかもしれない。
 この時のコナンの考えを哀か博士かKIDあたりがもし聞いていたら、事件体質なんですとよとはっきりと教えただろう。コナンは認めたくないかもしれないが、それが事実だ。
 
「そういや、お前。なんて名前なんだろうな?」
 マジシャンが使う鳩は雛から育てて自由自在に動かせるようにしつける。一羽ずつ愛情をもって育てるだろうから、名前があるのが普通だ。
 確かにKIDが仕事に使っている鳩だ、とても賢くしつけられている。
「あの時は、無事でよかったよなー」
 暗殺者に狙われたKIDの片眼鏡と共に怪我をして落ちていた鳩を見つけたコナンはそのまま連れて帰った。幸い骨に別状はなくて、手当をすれば無事に飛べるようになった。
 コナンの肩に止まり、くちばしで頬に擦り寄る鳩はとても可愛い。
「うーん、名前が呼べないと困るし。仮だけど、俺が付けていいか?」
 コナンが伺うように鳩を見つめると、鳩はくるくると鳴いた。
「賢いよなー。言ってること理解してるみたいだ」
 コナンは首を傾げ考える。
 真っ白いKIDの鳩。純白の羽に赤い瞳。いつも空からやって来る。
 青い空からやってくる姿がKIDに重なって見える。白いマント、シルクハット、スーツ、靴。青いシャツ。赤いネクタイ。
「……ブラン、でどうだ?」
 コナンが怖ず怖ずと聞いてみると、鳩は気に入ったようで肩から降りるとそのまま腕の中に入ってきた。コナンは両手で抱きしめながら背中を撫でてやる。益々、頭とくちばしを擦り寄せて懐く。
「いいみたいだな?じゃあ、今日からブラン。本当の名前は別にあるだろうけど、俺はブランと呼ぶな?」
 コナンは相好を崩して楽しそうに笑った。
 
 




 
 事件が起きた。
 殺人事件だ。
 
「今日って予告日じゃなかった?」
「そうだなー。今日は行くつもりだったんけど、無理かな?」
 なぜ事件は起こるのだろうと哲学的なことを思う。今日こそはと思ったのに、やっぱり事件。
「……あなたがいて事件が起こらない方が珍しいわよ。仕方ないわ」
「すっげーイヤな意見だな。確かに、いつでも、どこにいても、問答無用で事件に出会うけどさ。俺のせいじゃねえ」
「……自覚は必要よ?いいじゃない。探偵と事件は切っても切れないものだと思えば。事実でしょ?」
「探偵と事件ね」
「そうよ。世の推理小説はそうして成り立っているじゃない。ホームズのワトソン役が私で申し訳ないけど」
 ここはファミレスだ。
 今日は博士のビートルで出かけていた。
 哀は実験の薬品が足りなくて、専門店へと連れていってもらったのだ。ネットでは購入できる限度がある。店で買いたいが子供の姿では無理があるので、大人の阿笠がいて初めて買える。
 コナンは本屋で手にとってミステリや専門書などを購入したかった。ネットでいつも購入して阿笠邸へと届けてもらっているが、実際に見てさわって中身を立ち読みするとどれも欲しくなって購入すると山となる。自分で書店で買う場合は子供のお使いを装うが大量の本はやはり大人の阿笠がいるからこそできることだ。車だから多少買いすぎても運べるし。
 そんな理由からコナンと哀は自分の買い物を存分にした。阿笠の発明のために必要なものも専門店で買った。すべての買い物を終えて夕飯はどこかで食べようかという流れになり、子供連れでも気軽に入れるファミレスに落ち着いた。
 それなのに。どうしてここで殺人事件が起こるのだろう。
 コナンは自分の日頃の行いを少しだけ反省した。
 客の一人がいきなり倒れた。ウエイトレスの悲鳴で店内は騒然となり、コナンはその場に走り寄り倒れた男性の様子を見て脈をはかるがない。顔を見て目、鼻先、口中や手、足など各部を観察して男がすでに死亡していることを確認して救急車!と騒ぎ立てている店長に、客の死亡を知らせ、「呼ぶなら警察だよ」と伝える。店長は、あわてて警察を呼んだ。その間にコナンはハンカチで指紋が付かないようにしながら男性のポケットに携帯ががあることを確認し、男性が座っていたテーブルをざっと見る。男性が飲んでいた珈琲、水、灰皿にゴミくず。それらに鼻先を付けて臭いをかぐ。イスや足下も見て不振な点がないか観察する。
 警察に電話をかけた店長は店内の客にまだ帰らないようにと伝えた。警察から現場を保存するために、一人ずつ事情を聞くため残っているようにと説明していた。
 
 そして、やってきたのは高木刑事達だった。顔見知りにコナンは少しだけ息を吐いてから愛想良く近づいた。
「あれ?コナン君」
 気づいた高木はコナンの名前を呼んだ。
「今日は毛利さんと一緒じゃないの?一人なの?」
 小五郎も蘭もいないことから、コナンが誰と来たのか気になったらしい高木に指で示す。「あっち!博士と一緒なんだ」
「ああ。阿笠さん」
 阿笠が片手を上げるのに高木は納得して、コナンの頭を撫でつつ「それで、どうしたんだい?」と聞いた。
 さすが、つき合いが長いだけのことはある。コナンが見かけよりずっと聡明であることも知っているからだろう。殺人現場でコナンと会って、どんな展開となるか高木も学習している。
「あのね、高木刑事。僕、男の人が倒れてすぐに駆けつけたんだけど、その時すでに亡くなっていたんだ。それも喉を押さえて。心臓発作とは思えないし、持病があったとも見えないし。心臓とかの持病がある人は薬を絶対に持っているはずだと思う。それを探す素振りがなかったから持病は確率が低い。で、喉を押さえているから、もしかいたら誰かに毒を飲まされたのかと思ったんだ。……その男の人、一人でこの店に来て誰か待っていたみたいだとと店員さんに聞いたんだ。携帯を気にして何度も見ていたって。そして、やっとその待ち人から電話が入ったみたいで、いそいそと話しているのを珈琲のお代わりを持っていった時に店員さんが見たんだ」
 整然と話すコナンに今更高木は驚かない。コナンが話すことで無駄なことはない。
 もちろん、警察が現場に来る間に、すでにコナンは子供の振りをして聞き込みをしている。
「毒かどうかは、鑑識が調べればわかるけど。コナン君はどう思っているの?」
「……被害者に毒を飲ませることができた人物だけど。店員は違うと思う。確かに食べ物に毒を入れやすいけど、初めて来た知らない客にそんなことはしない。誰かに頼まれたという可能性もあるけど、疑われる立場だからね。で、お客さんの誰か。誰も近づいてないそうだよ。で、毒が遅効性でお店に入る前から飲まされていた。それだと、男性の行動を追ってみないといけないし、これからの捜査だよね。でも、被害者がどこで倒れるか犯人にはわからない。最後に被害者自身が毒を飲めばいい。もちろん、毒と知らずにね」
「……それは、どういうことだい?」
「仮定だけど、たとえば、誰かとここで待ち合わせていて、その人から電話かかてきた。まだ時間がかかるから、もう少し待ってくれる?と。で、事前に渡しておいた飴でも何でもいいけど、舐めて待っていてと言われればそうするのが人情だ。親しい人なら尚更ね。それに毒が入っていたら、ファミレスという証人がたくさんいる場で、誰の目にも止まらず殺人が可能だね」
 まるで見てきたことのように語るコナンに高木は内心首をひねる。いつも賢いがこれほど最初から答えを口に乗せることはないのに。どうしたことだろう。
「高木刑事!」
 そこへ鑑識から呼ばれる。高木はいったんコナンから離れ鑑識の若者に寄った。
「死因は、毒ですよ。何か食べたのかな。指にも付いていたんですよ。右手の人差し指と親指。こう何か摘んだ感じです」
「ああ。被害者の座っていた席に何か包み紙とかなかったか?」
 テーブルの上にあるものは調べてあるはずだ。そこから毒が入った可能性が高いのだから。
「ありましたよ。ゴミのように丸めてありました。今別の人間がテーブルにあったものすべて調べています」
「……その紙袋を先に調べてくれるかな?それと、被害者の携帯電話を」
「はい。どうぞ」
 高木はそれを手袋をした手で受け取ってボタンをおして操作する。先ほど話していたという相手を探すと、女性の名前があった。
 掛けてみるべきだろうか。高木が悩んでいるとコナンが再び近寄ってきた。
「電話を掛けてきた人に来てもらえば?電話の主が倒れたんですって。きっとすぐに来てくれるよ?犯人なら近くにるだろうし。死んでないのかと思ってあわてて」
 にこりと笑っていう台詞ではない。つまり罠にかけようというのだ。
「本当に、今日はどうしたの?コナン君」
 高木の悪気ない質問に、コナンが困った顔をする。それが子供らしくて高木は少しだけ安心する。
「約束があって。このままだと間に合わないかもしれなくて」
 客は全員残っている。帰宅はまだ許されていない。一応容疑者だからだ。一人ずつ詳しい話と名前、連絡先を聞いて返すしかないだろうと雰囲気が流れているが。
「コナン君なら、たぶん帰ってもいいと思うけど?子供だから、さすがに遅くまでは拘束できない」
「でも、フェアじゃないでしょ?僕だけなんて。大人だってこの後重要な約束や取引があったかもれいないのに。足止め食ってる」
「うん。そうだね。なら、早く解決しないとね」
 高木は笑ってコナンの頭を撫でた。コナンは小さく笑って、うんと頷いた。
 
 
 
 そして、やってきた女性は結局逮捕された。
「ちゃんとしたワトソン役が来てくれてよかったわ」
 哀が揶揄して笑った。
「まあな。ああ、こんなはずじゃなかったのに。俺めいっぱい変だよな?高木さんだから、まあいいかって流してくれたけど、明らかにおかしいよな?」
「高木さんだったことに感謝することね。目暮警部だったら、もう少しお小言もらっているわよ」
 それでも、その演技力と子供らしい言動で警視庁の警察官を手のひらの上で動かしているのだ。哀は時々、彼らはコナンのいうがままだと思う。
「では、急ぐぞ!」
 阿笠がビートルのアクセルをぎゅうと踏んだ。車体が傾いたせいで小さな身体が揺れるがそれをコナンと哀は踏ん張って耐えた。運転が多少乱暴でも間に合わせようという博士の好意なのだ。
 
 



「……よう!」
 駆け足でビルの屋上までやってきたコナンは、まだそこに先客がいることを認めて声をかけた。ぜいぜいと息が切れる。
 事件を無事に解決させて現場から急いで博士に送ってもらい、エレベーターに乗り込み、途中から階段を上ってきのだ。
 どうにか、間に合った。
「名探偵。……よくいらっしゃいましたね。大丈夫でしたか?事件だったのでしょう?」
 KIDが知っているのは当然だ。警察の無線も盗聴しているのだから。
「まあな」
 息がまったく整わないコナンは返す言葉も短い。
「まさか、来てもらえるとは思いませんでした。ありがとうございます」
「……別に」
 ぷいとそっぽを向くコナンは耳元が赤かった。照れているのがまるわかりだ。
「久しぶりにお会いできて嬉しいですよ」
「……
「寒くはありませんか?今日はあまり着込んでいませんが?」
「……寒くない」
 息が整わないコナンは確かに暑そうだ。寒そうには見えない。だが、そのうち熱は冷める。
 コナンの今日の服装は、茶色いコートに白いマフラー。手袋も白。ズボンは黒で靴は焦げ茶の厚底ブーツだ。最近は冬らしい気候で本当に寒いから、ダウンのコートを着てもいいくらいなのだ。
「……今はいいですが、そのままでは風邪を引いてしまいますね」
 急いでここまで来てもらったことは嬉しいが、彼が風邪を引くのは本意ではない。KIDは膝を付き自分のマントをばさりと翻してコナンを包み込んだ。
「これで、少しは暖かいでしょう?」
 マントで強風を防いでいるため先ほどまでコナンの髪をなぶっていた風が止まった。コナンは抱き込まれたため、間近にあるKIDを見上げた。
「おまえなあ……」
 ため息を付くコナンにKIDが小さく笑った。
「やっぱり頬が冷たいですよ。暑いのなんて少しだけです。……本当に、お久しぶりです、名探偵。前回から二ヶ月間が開きましたね。噂だけならいくらでも聞こえてくるのですが、お元気そうな顔が直接見れて嬉しいです」
「噂って何だよ?」
「たまたまデパートで事件に巻き込まれたとか、毛利探偵に付いて行って殺人事件に遭遇して解決したとか?落とし物を拾ったら被害者のSOSだったのか?」
 唇を尖らせて抗議するコナンに流れるようにKIDは事実を上げた。
「なんでおまえが、知ってるんだ?」
 コナンはぎゅうとKIDの胸元を掴んで問いつめる。その仕草といい体勢といい、すこぶる可愛かった。大きな蒼い目を睨み上げてぎらぎらさせている様は血統書付きの猫のようだ。そんな多少欲目が入ったことをKIDが考えているとコナンが知らなくて正解だった。知ったら間違いなく、蹴り倒していただろう。
「もちろん、警察無線や電話の盗聴から。ついでに、警察の動向を探っておくのはKIDとして当然のことです」
 コナンのことを漏らさないように聞いてるとはあえていう必要はない。KIDの仕事として必要なのは事実なのだ。
 
「ふうん」
 胡散臭そうにコナンはしぶしぶ納得してみせた。
「ですから、心配していたのです。怪我などしていないだろうかと。そのような連絡入っていませんが、多少のことだと余計なことを警察になんていわないでしょ?面倒だから」
「まあ、な。俺には灰原がいるから。薬も何でも服用していい訳ではないらしいし。副作用がどんな事になるかわからねえらしい」
 どんな成分が自分たちの身体に影響を与えるか、当たってみないとわからないのだ。
「気を付けて下さいね。なるべく怪我をしないように」
「わかってる!灰原や博士から耳にタコができるくらい聞かされているから。服に隠れないと蘭にも見つかるからな。余計な心配かけたくねえし、行動の制限をされる訳にもいかねえ。だから、一応は、気を付けている。人命のかかっている場合は、この限りじゃねえが」
 最後が一番問題なのだ。人の命がかかった場合、コナンは自分より相手の命を最優先する。だから、見守っている方がはらはらするのだ。
「そこに、私も加えておいて下さい。名探偵が無茶をしないかと、いつも心配していますから。いつも覚えておいて欲しいとはいいません。時々でいいので、思い出して下さい」
 優しい瞳でそう諭すKIDにコナンは何も言えなくなる。
 自分の周りは心配性ばかりだ。で、過保護。コナンは、多少心配をかけている自覚があったので、忠告や願いは真摯に受け止めることにしていた。それさえ必要ないなどという傲慢さは持ち合わせていない。人間は一人ではどうやっても生きていけないと子供の姿になって学んだのだ。高校生探偵であった時はできないことはそうないと思っていたし、自分に解けない謎もないし、難解であっても解いてみせると思っていた。あれは、本当に傲慢で無知だった。いざ、子供になってしまえば、体力もないし言うことも信じてもらえないのだ。
「わかった。おまえも数にいれておく。鳩が来たら思い出すさ」
 くすぐったそうに笑ったコナンの笑顔は、普段KIDに見せないものだ。
「ありがとうございます。そろそろ帰った方がいいでしょう。寒さも厳しい。……博士が下でお待ちですか?」
「ああ。大丈夫だ」
 頷くコナンから腕を放してKIDは立ち上がる。
「それでは、失礼します。また、近々お会いできることを祈って」
 KIDはフェンスにひょいと重力を感じさせないで上がり、闇夜に真っ白い翼を広げて飛び立った。
 コナンはそれを見送って、下で今か今かと待っている博士と哀を安心させるために急ぎ足で階段を下りた。
 
 
 
 
 
 
 


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