「探偵と怪盗のRondo」1−4







 コナンは阿笠邸に最近かなりの確率で土日泊まりにやってくる。
 そこで一日の大半をパソコンを扱いながら裏の情報を仕入れたり探ったりする。FBIとも連絡を取っている。
 自分の力を過大評価はしてない。個人でできることなんて高がしれている。
 FBIと協力体制が取れるならこれ以上のことはない。幸い信用できる人間と知り合うことができた。中には組織からも厄介だと認識されている実力者がいるくらいだ。ただ、組織は世界中に広がり強大だから他で協力が得られたらいいのだけれど、CIAとも伝はあるから、上々であるといえるだろう。
 
 今日も、ジョディから電話が入った。FBIからの連絡を他の場所で取る……毛利探偵事務所など論外だ……訳にはいかないため、用心をして阿笠邸で電話するのが常となっていた。ここに盗聴器がないことは毎回確認している。
 Holloと気軽に彼女は話し出し出すが内容は重要なものだった。互いの情報を確認しあって最近の組織の動向と内密に進めているプロジェクトについて打ち合わせる。そして、今度会って詳しく打ち合わせること約束した。他のFBIのメンバーもそれにあわせてやって来るらしい。
 電話を終えて、今話した内容を博士と哀にコナンは話す。時々質問を交えて聞き終えた二人は一度吐息を付いて、うんと頷く。
 少しずつ少しずつ勧めている。組織に見つかったら後始末されるだけだから、慎重に慎重をきさなければならない。
 包囲網を敷いてでないと、組織は揺るがない。一つの支部を叩いても、やがて復活するだろう。だからこそ、地道に進めるしかない。
 
「じゃあ、少しでも使える発明をするかの!」
 博士はおもむろに立ち上がった。
「研究室にいるから、何かあったら声をかけてくれ」
 そういって部屋から出ていった。
 自分にできることをしようという博士の背中を見送って、コナンと哀は一度休憩にすることにした。
 キッチンで丁寧に珈琲をいれて、お茶請けに買っておいた煎餅を出す。リビングでソファに座りコナンはブラックの珈琲、哀はミルクの多めに入った珈琲を手にした。
 
 
「あのさ、俺、常々疑問だったんだけどな」
 珈琲を片手にコナンがふと口を開いた。話のついでと言う口調だった。
「なに?」
「黒の組織ってさ、世界中に根を張って活動して、日本に支部があるのはわかるんだ。確かに活動しているのを俺は何度も目撃したし、灰原だって研究を日本でしていただろう?立派な研究室があった訳だし。で、ジンとかって組織でも名うてのアサシンだろ?ふつう世界中を回って仕事をしているはずだけど、妙に日本で見るよな?それに、ジン、ウォッカ、あのメンバー日本語上手いし。外国人からすると日本語って学ぶの難しいらしいのにさ。ああ、語学が堪能であることも組織の一員である条件なのか?」
「……どうかしらね。私は科学者だったから、選定基準は知らないわ」
「ま、専門によるよな。しかし、あいつらどうやって入国、出国してるんだろう?密航は実は難しいし。資金があるなら専用ジェットで移動?とか思うけど、一人だけにかける費用バカにならないいし、組織だって経費にかけられる金額ってあると思うし。まあ、どっちにしてもパスポートを持たないと困る訳だ。あいつらがパスポートだぞ?どんな名前か知らないが、それで審査されるんだぞ?いや、あの顔でジェフ、ブライアン、シャルル、アーサーとかだったら笑ってお腹が捩れるな。日本名もあり得るのか?え、あれで太郎や広志、悟、秀樹だったら笑い転げる!」
 コナンはさも楽しそうに笑った。
「話しが逸れたが、いかにも風体が怪しいだろ?入国審査で普通は止められるだろ?入国出きないだろ?でも、それは得策じゃない。つまり、やつらは変装しなくてはならないんだ。一般人の振りをして。背広着てビジネスマンっぽくするとか、ラフな格好して海外旅行に行く友人同士とか、夫婦とか装って。アロハなんて着ていたらいいかもしれないし、夫婦はラブラブを見せつけないといけないな。うん考えれば考えるほど、シビアだな!」
「…………」
 哀の方が困った。彼の想像力は、すごい。探偵は、ここまで突き詰めて限界まで考えるものなのか。
 だが、コナンはそれを気にせず続ける。
「で、俺はもっと深く考えた。ひょっとしたら、俺が見てる方が変装なのかもしれないって!だって、普段からジンの長髪といいコート姿といい絶対怪しいし、夏であの姿だったら変態って通報されるぞ?ということは、長髪はカツラで服装なんていくらでも変えられるから、本当はもっとこう凡人ぽい顔とか?もっと優男だとか?実は童顔とか?」
「………………」
 もはやどこにつっこめばいいのか哀は理解不能だった。
 これほど、彼らの逝っちゃった想像をした人間は初めて見た。探偵とは奥が深いのか。それとも業が深いのか。
 哀は現実逃避したくなった。組織の一員であった己が可哀相だ。
「KIDみたいに、ぱっと変身するんだよ。カツラを取って、ばさっとコートを脱ぐとそこにいるのはエリートサラリーマン!七三分けの頭に、銀縁の眼鏡、仕立てのいいグレーの背広、ぴかぴかの黒い革靴。手にはアタッシュケース!これなら、入国審査も軽く抜けるな!」
「………………」
 初めてジンに同情した。
 哀はずきずき痛むこめかみを押さえた。
「今は不法滞在にテロとか問題があるから犯罪者が入国できないように、いろいろ厳しいし。パスポートの偽造も、今では簡単にはいかないし。入国の際、指紋や写真を採取されて、ブラックリストと照合されるし、年々空港には新しいものが導入されて、本人確認が厳しい。だからこそ、不信感を持たれることなく犯罪者としてデータに乗らないようにしておかねばならない。証人保護プログラムがあるくらいだから、組織ならデータの改竄ぐらい出来るのかもしれないが、余計なことははしない方がいい。だって絶対に見つからないとは言い切れない。つまり、入国審査を正々堂々と抜けるのが一番楽なんだ」
 そう思うだろ?とコナンが言うので哀も頷いた。
 一番正解な方法だ。
 自分のパスポートに傷がないなら、正々堂々と入国出国できる。
 それでも組織に入ってから本名を捨て偽造パスポートを使っているなら、それをきっちりと自分のものにすればいいのだ。理屈ではそうなる。
 もしパスポートが大丈夫でも、本人が怪しい場合はやはり目を付けられるので一般人の振りをして入国審査をパスするというコナンの意見は正しい。正しいが、哀はやはり受け止めるには勇気が必要だった。今までの価値観が崩れそうなのだから仕方ない。
 
「で、話を続けるけど。組織だって資金は無限じゃない。今は不景気だし、仕事が減っているかもしれない。顧客からの依頼が減少し単価も下がっているかもしれない。一般的な企業だってそうなんだから、組織だけ別とはいかない。雇われているというか組織の一員、たとえば、ジン。給料制、年俸制、歩合制。どれかわからないし、組み合わせているかもしれないが、もし自分の働きに対して十分な給料が出なかったら不満になるだろう。灰原だって研究資金を財政難だし、成果を出していないから減らすっていわれたら困るだろ?資金が足らなくて実験できなくなったらそれを研究している意味はなくなる。
「……確かに困るわね」
 哀は他人は流す方向で、自分のことだけ頷いた。
「うん。だからトップに立つ者は、カリスマがあって企業理念があって理想を語りつつ舵取りできないとだめだ。大きくなると一人だけでは補い切れないから、部下も能力がある者でなくてはならない。それが上手に回っているうちは組織も拡大して成長する。だが、一般的に血筋でトップが交代すると下がるばかりだ。三代目なんてなったら、目も当てられない。企業とはそういうものだ。だから裏の組織のトップもそうなんだろう。で、俺が思うにまだ一代目だ。組織がそれほど長く続いているとは思えない。戦前から今と同じものがあったとは思えないからな。元はあったとしても。代替わりは組織にとって基盤の緩む時だ。ふっかけるならその時は絶好の機会だろう。まあ、それまで待っているつもりはないが」
 哀は、コナンの分析を聞きながら組織の図解を思い浮かべる。
 戦前からあったとは思い難い。一代目に近いことは確かだろう。一代目が基盤だけ作り二代目が拡大したという事は考えられるが、今のトップが長いことは確実だ。
 そして、コナンはまじめな顔で続けた。だが、その後が再び問題発言だった。
「けど、ジンとか薄給とは思えないけど何にお金使ってるんだろうな?俺だったら読書が趣味だから本代ばかにならないし、大金があったらホームズの初版本なんてオークションで買うかもしれない。灰原だって普通に洋服や鞄を買ったら女の子は大変だろ?科学者として研究も好きなら薬品とか実験設備とかお金かかるし。博士だったら発明にお金を注ぎ込む。でも、ジンなんて拳銃にお金かけるにしても限度あるし元々仕事道具だし、車はアレだから金食い虫だろうけど、やっぱり限度があるし。趣味にお金をかけるっていっても、何だろうな?」
 何だろうと聞かれても哀にはわからない。ジンの趣味なんて。人殺しが趣味だったらブラックだ。
 だが、哀の思いなどコナンは宇宙の彼方に吹き飛ばした。
「どうする、あれで美少女フィギュアを集めたり作るのが好きだったら?メイド喫茶行きなれて秋葉原大好きだったら?ファンシーグッズ好きだったら?実は部屋にそんなのがきれいに陳列されているとか!うっとり眺めているかも?ああ、本当はレースとかフリルとか大好きな乙女だったら?普段が普段だから、その反動で可愛いものが大好きで動物とか好きで、子犬とか子猫とか人の見ていない場所でかわいがっているかもしれねえな?」
 哀の頭の中に美少女フィギュアを手に持ち、膝に子猫を抱き、長い髪をリボンで縛り帽子にも花の飾りを付けたジンが思い浮かんで、あまりの気持ち悪さに即刻想像を脳から追い出した。
 やめて。脳が汚されるわ!
 ぶるぶると小さな身体を抱きしめて哀は自分を慰める。
「……想像するだけで悪夢だわ」
 哀は正直に言った。これ以上、耐えられない。
「そうか、さすがにオタクなジンはないか。なら、銃が好きそうだからたくさんそろえているのかもな。ガンマニア!なら納得だ。あとは、実はコートとか帽子が同じものが十着あるとか?銃撃戦とかあったた穴あくし痛むから好きなデザインをたくさん作っておくとか合理的だ。帽子で銃の照準を微妙に調節しているとか?」
 先ほどより想像は全うだが、やはり著しく偏見に満ちた想像である。ついでにどこかのマンガによる知識まで入ってる。
 コナンは手の中のブラック珈琲をこくりと美味しそうに飲む。
 毛利探偵事務所ではブラックは飲めないのだ。子供には飲ませてもらえない濃いめにいれた珈琲を満足そうに味わって、お茶請けの煎餅をばりばりと一枚食べ終えてから、コナンは再び口を開く。
「でも、なんで裏の人間は黒を着るんだろうなー。形が大事なのか?それとも酔っている?」
「なんでかしらねー。そういえば」
 まだコナンの疑問は続くらしい。哀は心中でため息を付くが、今度は自分も多少は疑問だった。
 自分のためにいれたミルクの多く入った珈琲で喉を潤しながら哀も首をひねる。
 当たり前のように受け入れていたが、盲点かもしれない。
「だって黒服って見るからに怪しいじゃん。それじゃあ、仕事に差し障りがあるだろ?合理的に考えて、黒い服は闇に紛れるから夜の仕事には向くがそれ以外の仕事に向かない。どちらかといえば、人に馴染む、どこにでもいる人間を装った方がいい。大体シャツとジーンズとパーカーや上着。冬なら黒いコートでもいいけど、紺とかグレーとかの方が自然だな。警察から見て怪しかったら職務質問されるし。そういった人間を振りきってもさらに怪しいし、もし口封じで殺人を起こせば仕事はやりにくくなる。支部長クラスの人間だってそれは指示するだろ?何でもお任せなんてありえねえ。裏切ったら殺される世界だぞ?」
「その通りなんだけど、どうしてかしら?頷くと自分が惨めなのよ」
 組織の一員だったことがこれほど虚しくて恥ずかしくて忘れてしまいたいと思ったのは初めてだ。ついでに組織がなんぼのもんだ?という気になる。思い出すと恐怖に陥っていたのが馬鹿みたいだ。
「大丈夫だ、灰原。灰原は組織から抜けただろ?それにお姉さんのためにいたんだし。自分から酔って黒服着て怪しい風情でアサシンなんてしている男とは違う。いいか、あんな変態とは違うんだ。なんちゃってジンとは違うんだ。実はエリートサラリーマンや優男に変身するKIDもどきとは違うんだ。なあ、灰原!」
 にこりとコナンは心の底から安心させるように笑った。そこには一分の嘘もなかった。
 本気で思っているのだ、彼は。
 哀は、泣きたくなった。
 黒の組織なんてコナンの価値観からしたら、ただの馬鹿の集団なんだ、きっと。
 今度ジンに会ったら「実は変態なの?」と聞いてみたい。「それはカツラなの?変装なの?」と聞いたらきっと目を見開いて驚くだろう。言われたことが信じられないかもしれない。屈辱に銃を向けられるかもしれないが、「図星なのね?」といったらどういう反応をしてくれるだろう。考えると愉快だ。もう、彼に対して恐ろしさなんて欠片もない。思い出すだけで笑える。
 哀はすっかり割り切った。
 組織は馬鹿の集団。変態の集団。近寄ったら移る病原体のようなヤツラだ。抹殺した方が人類のためだ。哀の中では、まるで世の中から忌み嫌われるゴキのような存在となり果てた。
 それが数々の暴言を天然で吐いたコナンの唯一の功績だった。
 
 
 
 
 

 


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