「あれ?」 コナンが小学校が終わり友人達と別れ、毛利探偵事務所に着きこれから階段を上ろうとすると、一羽の鳩が飛んできた。そしてコナンの肩にちょんと止まる。 「……KIDの?」 純白の人に慣れた鳩。足に紙が結んである。ふむと、少しだけ思考して紙を外してポケットに突っ込むと、コナンは鳩を丁寧に抱えて階段を上った。 「蘭姉ちゃん!」 「お帰り、コナン君」 「あのね、鳩が飛んできたんだ!すっごい人に慣れていて、誰が飼っているのかな?可愛いよね〜」 コナンは蘭に胸に抱いた白い鳩を見せる。 「本当ね。おとなしいわ」 「パンとかある?あげていい?」 「いいわよ」 コナンは蘭からパンの欠片を受け取って鳩のくちばしに運んでやる。ぱくぱくと啄む姿はとても愛らしい。 「可愛いわね」 「うん!僕、公園で遊んで来るね。そこで放してくる」 「それがいいわね。鳩も帰巣本能があるらしいから、飼い主の元に戻るんじゃなかしら?」 「ならいいね!……また、遊びに来てくれるといいな!」 コナンの子供らしい願望に蘭も笑う。 「きてくれるかもよ?この辺り散歩しているなら、あえるかもしれないから。こんなに慣れているし、コナン君覚えてもらえたんじゃないかしら?」 「だったらいいな!」 にっこりとコナンは嬉しそうに笑って、行って来ます!と言って出かけた。 「あ、ついでにお菓子よ。一緒に食べなさい」 「ありがとう!蘭姉ちゃん!」 もらった焼き菓子をポケットに入れてコナンは鳩を抱えて外に飛び出した。 「これでいいだろ。おまえがこれから来ても、蘭は喜んで迎え入れてくれる」 くちばしで鳩がコナンの頬をつつく。 「おまえさ、ひょっとして、あの時の鳩?」 鳩はコナンに異様に慣れている。いくらKIDからの遣いで賢い鳩だとしても、初対面の人間に慣れるとも思えない。昔コナンは傷ついたKIDの鳩を助けたことがある。傷に薬を塗って包帯を巻き、飛べない鳩をしばらく預かっていた。手ずからエサをやり一緒に過ごしたせいで、懐かれた。 コナンはその時のことを思い出しながら、鳩を間近に覗き込む。 鳩はまるでコナンの言葉がわかっているように、羽を一度羽ばたかせて、すいりすりと擦り寄る。コナンは頭を優しく撫でてやり、ポケットから蘭に持たされたお菓子を小さく割って、鳩にやる。美味しそうに食べる鳩を見つめ癒されつつ、コナンは別のポケットからKIDからの手紙を取り出して広げた。 中身は今度の予告状だ。 コナンはにっこり笑ってから楽しげに鞄からペンとノートを取り出し、暗号に集中する。 なにも資料もないが、しばらくその場で頭をひねる。ヒントになるものは何だろう?規則的なものか。暗示的なものか。 数字にしてみるか、アルファベットになるか? ペンでノートに書き殴る。 ぐるぐると考えて、頭の中が活性化する気分を味わう。 上質な暗号は綺麗だと思う。解けた時は感動する。 もっとも、悩んで解けた後にがっくりと気分が下がる時もある。わくわくして解いたのに結局内容がアレだったり、下らなさすぎたりする。 暗号に区別を付けるなと言われるかもしれないが、可能なら楽しいものの方がいい。一目見てわかるものは、自分の中で暗号ではないし。暗号の意味をなしていないのだから仕方ない。 KIDの暗号は幅広い。 きっと雑学から学術的なことまで知識が豊富なのだろう。実は暗号を作るのは才能が必要だ。彼には、天才的なひらめきがあるのかもしれない。 そんな誉め言葉を言葉にすることはないが、それくらいコナンは認めていた。 「ああ、ごめん。放っておいて」 暗号に集中しすぎて鳩のことを忘れていた。 コナンは残りのお菓子を鳩に与えて頭をよしよしと優しく撫でてから両手で持ち上げ、 「よし。ありがとうな!」 鳩を上に向かって放した。すると鳩は一度旋回してから空に飛んでいった。 「よう!」 高層ビルの屋上に、コナンはやってきた。気軽にかける言葉は決して探偵が怪盗にかける言葉として正しくはないが、二人にとっては普通のことだった。 「お久しぶりです、名探偵」 KIDはコナンを認め、優雅にお辞儀をする。KIDが予告状を届けるようになって、数度目となる邂逅である。初回は、思い切り蹴り付けられたことが印象深い。それ以後は、そんな酷い扱いはされていないので、KIDとしては安堵している。 「それにしても、ずいぶんと……」 KIDはコナンの姿を上から下まで見て、彼にしては珍しく語尾を濁す。 「灰原が着て行けって!」 コナンは冬装備だった。 暖かそうなタートルネックのセーターの上に厚手のダッフルコート、マフラーをぐるぐる首に巻いて手袋はもこもこだ。足下はコーディロイのズボンに厚底のスニーカー。晩秋とはいえ、かなり着ているだろう。 季節感なくいつも同じ衣装のKIDとは大違いだ。 「……お隣のお嬢さんが?」 「ああ」 コナンは頷く。 「最近寒くなったから、夜は特に冷えるし。……確かにこれで風邪引いて学校休むなんてイヤだし、蘭に看病させるのも気が引ける。来週、園子と遊びに行くって言ってたからな」 博士のところで厄介になるというのは手だが、蘭はだからといってコナンの面倒を放棄しないだろう。どうせなら、気持ちよく送り出したい。 「なるほど。彼女は、名探偵の健康管理をしていらっしゃるのですね。専属のドクターだ」 「あいつに逆らうと怖いからな」 科学者は限度を知らないとコナンは時々感じる。頭がいいからなのか、常識が吹っ飛んだところがある。コナンは自分のことは棚上げしてそんな失礼なことを思った。 「名探偵でも、頭の上がらない人がいるんですね」 「いるぞ。何人も。敵わないって思う人間だっているし。アレだ、女性は怖い。ついでに母親も手に負えない」 しみじみと語るコナンにKIDが笑う。 「確かに、女性には敵いませんよね?男なんていつでも子供扱いですから。それに母親には一生敵わないらしいですよ?」 「なんだ、それ。マザコンみたいで、イヤな感じだ。でも、あれには無理だな〜、勝てる気がしない。あれの遺伝子が自分に分け与えられているかと思うと、微妙な気分になるしな」 コナンは深々とため息を付いた。マザコンの自分なんて考えただけで、気分が悪い。でも、勝てる気はこれっぽっちもない。すでに人災だと思っている。 「……名探偵、母親似ですからね」 人を魅了する蒼い瞳も、繊細であるのに艶やかな美貌も、演技力も母親似だった。卓越した頭脳は父親似であることから、両親のまさに結晶といえる子供だろう。 「嬉しくねえ」 「でも、事実ですから」 小さな身体と幼いながらも美貌をコナンはうっかり誘拐されそうな子供だ。誘拐犯も人は選ぶ。気をつけて欲しいと切に願うがKIDがそんなことを言おうものなら、怒るだろうことは必至だ。 でも、昔も同じように、否、昔の方がずっと誘拐は日常的に危惧されていたはずだ。有名人の子供であり、綺麗な子供だ。将来は傾国となることが約束された子供だ。 これで、誘拐を企てるなというのが無理である。 きっと両親が大事に守ってきたに違いない。おかげで自分の価値観を軽く見すぎだ。有名人の子供でなくても十分に犯罪者の目に付くというのに。 なんとかしなくては、とKIDは心中で思った。 「なんで母親に似るかなー」 イヤそうに呟くコナンにKIDは笑いを喉の奥でかみ殺す。綺麗に可愛く産んだ子供に文句を言ういわれては母親として立つ瀬がない。それに世の中の人間に喧嘩を売っていることに気づいていない。世界的元大女優似の容姿が羨ましくない女性はいない。男だからいらないと言いそうなコナンだけれど。 「男の子は母親に似て、女の子は父親に似るというではないですか。それとも、父親に似たかったんですか?」 「それは、もっとイヤだ。ご免だ」 吐き捨てるコナンに、KIDはついに笑い声を立てた。 「父親に似るのはそんなにイヤですか?」 「絶対、イヤだ。あんな性格の悪い男はいないぞ?世の中の人間は外面に騙されている!」 過去に何をされたのか、コナンは感情的に声を張り上げた。 世の父親は、なかなか難しいものらしい。簡単に息子から尊敬はされない。 KIDが思うに、可愛くて構い倒して嫌われているに違いない。 「それはそれは。外見ではわからないものですね?」 テレビや雑誌に乗っているミステリの大作家は穏やかそうな紳士だ。 「そうだぞ!見かけに騙されると痛い目みるぞ?覚えておけ?」 「確かに」 KIDはコナンの助言に大きく頷いた。 目の前にいるコナンがいい例だ。子供だと思って扱って痛い目にあったことが多々ある。そして、大事な存在となった。本当に、痛い目というか転機だった。 「さて、いつまでも話していたいですが、これ以上寒い中引き留める訳に参りませんね」 ビルの屋上は強風が吹き抜けていく。KIDのマントも翻り、その様がよくわかる。 「送りましょうか?」 KIDはコナンに一歩近づき、片手を差し出す。 「イヤ、下に博士が待っているから、帰る」 現時刻は、夜の十一時だ。子供が一人ふらついていて許される時間ではない。土曜日だから博士の家で新しいゲームをしてくると泊まりの許可を蘭から得て、この場にコナンは来た。 「では、また。ご自愛くださいね」 KIDはそう言ってコナンの頬をそっと撫でると、フェンスの上に軽々と飛び乗り、羽を取り出して夜空に飛び立った。 小さくなる白い鳥の姿を見送ってコナンは階段を下りていった。 |