「ウェディング狂詩曲」8




 


「ほら、できた!」

 せっせと編んでいた花冠を掲げてみせ、目の前の少年の頭上に乗せる。白爪草で編んだ花冠は少年のふわふわした髪に似合って嬉しくなる。
 花冠は母親から習ったおかげで、作ることができる。でも、小さな手で扱っても折れない白爪草が一番いい出来に仕上げる。今日の出来は、なかなかだ。
「ありがとう」
 少年がお礼を笑って言った。
「でも」
 少年は自分の頭に折角作った花冠を置いた。
「うん、やっぱりしーちゃんの方がにあう!」
 少年は、満面の笑顔でそう言った。
「……そう?」
「そうだよ!ぼくのためにつくってくれたのはうれしいけど、しーちゃんの方がぜったい、かわいい!」
 少年は力説した。そんなものだろうか。似合うと言われて嬉しくないはずはない。
「しーちゃん。ぼくとけっこんして!」
 少年は指輪を指にはめて、真剣に言う。指輪はぶかぶかで落ちそうだ。
「けっこん?」
「うん。ぼく、しーちゃんがだいすきだ。だから、ぼくのおよめさんになって!」
 指輪をはめて結婚してとは正真正銘のプロポーズである。
「はじめてみたときから、しーちゃんをすきになったんだ。ひとめぼれなんだ!」
 少年は熱心に訴えた。
「きーちゃん」
「うん」
 自分がよぶと行儀よく待つ少年。
「ありがと。うれしい」
 なんでも真剣には真剣に返しなさいと言われている。その通りだと思う。
「でもね、きーちゃん。ひとつ、やくそく」
「やくそく?」
「うん」
「やくそくをまもったら、けっこんしてくれるの?」
「いいよ」
「なら、ぜったいにまもるから!」
 少年が瞳をきらきらさせる。青と紫が混じったような瞳がとても輝かしい。
「きーちゃん。なら、……………………」
「なら、やくそくはまもるよ!」
 少年はぎゅうと抱きしめ自分の頬にキスをした。抱きしめられている心地よい体温と、頬に感じた暖かい唇に目を閉じる。
 再び目を開くと、自分の手は小さくなかった。抱きしめられている腕も大人のものだ。顔をあげて視線に入った顔は。
 
 
 
 
「ああ……。そうか」
 思い出した。様々なことを。新一は自分が今まで夢を見ていたのだと自覚した。
 あれは、幼い頃の記憶。
 
 五歳くらいの時に少年にプロポーズされたのだ。自分は母親の趣味で女の格好をしていたから、少年は勘違いしたのだ。
 青い宝石の付いた本物の婚約指輪をもらった。あんな子供が持っていてはおかしい代物だ。どう考えても、彼の親が用意したものだろう。どんな思いで子供にあの指輪を渡していたのか定かではないが、あの時初めて新一は少年に会った。それなのに、少年はその指輪を新一に渡した。
 そんな幼い想いを否定したくなかったのか、親は訂正しなかった。
 その後、何度か少年に会った。会う度に、遊んだ記憶がある。そして、新一の性別を訂正する機会はなかった。
 だが、ある時ぷっつりと途切れた。元々それほど会っていた訳ではない。だから親同士の親交が途絶えたのかもしれないと予想することができる。
 とはいっても、あんな指輪をそのまま自分がもっていてはいけない。返さなくはならない。
 今度こそ、あの少年は本当に好きな女性に渡さねばならない。
 
 机の上にある指輪のおさまったビロードの小箱。先日もらった造花の輪が二重にしてフックにかけてある。
 だからこそ、夢に見たのだろう。
 幼い顔の少年。成長したらどんな風になっているのか。面影が彼とかぶる。
 新一は今は自分の手の中にある指輪を左手の薬指にはめてみる。するりと収まる指輪。
 昔はぶかぶかだったのに、大きくなったらぴったりだ。
 青い輝きは、美しい。
 これは、自分のものではない。本当に必要としている人がいるのだ。
 
 音信不通になっている彼。もう忘れているのだろう。
 あまりに昔のことだ。きっと、想い出は風化されているのだ。そうでなくては、この指輪はここにない。
 もし覚えていて、否、思い出して、彼が大切なものだから返して欲しくとも、今更言えないだろう。だったら、自分が返さなくてはならない。
 それとも、彼にとってこの指輪はもう価値がないだろうか。面倒な手続きをふまえる必要を感じないだろうか?彼の親はどうだろう?子供が昔少女だと勘違いして渡してしまった指輪だ。ガラスでもイミテーションでもない本物の宝石だ。それをないことにする気があるとは思えない。彼の親は知っていたはずだ、自分が少女ではないと。あの母親と父親と友達関係が築ける夫婦なのだ。知らないはずがない。息子が勘違いして一生懸命になっている姿を面白がって見ていたかもしれないではないか。あの両親の仲がよい夫婦なのだから。そうでなくては、あんな風にはならなかった。
 どっちみち、自分が行動しないと、指輪は新一の元にあり続ける。新一の両親も相手の両親も動く気がないようだから。
 新一は指輪を外し、ビロードの箱におさめ蓋を閉じる。
 今度、これを開けるのは自分ではない誰かだ。
 
 
 
 
 
 新一は街角に立っていた。デパートの前の屋根があり人が待ち合わせによく使う場所だ。
「ふう」
 吐息が漏れる。いい加減、もう帰ったら駄目だろうか。
 新一は胸中でぐちぐちとぼやいた。
「お嬢さん。どうしたの?ひとり?」
 ジーンズにシャツにコートという今風の大学生くらいの男性が新一の前に立ち声をかけた。
 新一は返事をしない。
「ねえ。……うわ、美人だね」
 新一の顔を覗き込んで、感嘆する。
「着物姿もいいね。似合ってるよ。綺麗だ!」
 男は誉めまくる。新一の堪忍袋が切れそうだ。だが、そうできない訳があった。
「人と待ち合わせをしているので。ごめんなさい」
 なるべく楚々として言い放つ。お呼びじゃないんだよ!
「誰と?友達?」
「……彼氏と」
 新一は頬を染めながら言う。学んだのだ。彼氏と言っておけば、去るしかないのだ、ナンパというのは。恥じらうようにいうのがポイントだ。あまり簡単に言うと真実味がないらしい。
「えー。彼氏?彼氏いるんだ、そうだよなー」
「もうすぐ約束の時間なの。だから」
「わかったよ、残念だな」
 名残おしそうに男は去っていった。よし、これで19人。あと一人。そうすれば帰れる。こんな姿ともおさらばできる。
 新一がなぜそんなところで一人立っているのかというと、それは幼なじみとその親友のせいである。正確に言うなら二人の罰だ。
 
 新一は二人と約束をしていたのだが、殺人事件が起こり要請が来たことによりそちらを優先させたため、怒りを買った。クリスマスパーティだったのが、怒りに油を注いだ。絶対に来てね、エスコートしてね、と言われていた。
 おかげで、新一は彼女たちの罰ゲームを受けることになった。
 女装して立っている間20人にナンパされること。
 それもただの女装ではない。なんと振り袖だ。裾に御所車と桜が散っていて金糸銀糸が縫い込んである代物だ。新年だからちょうどいいでしょと言われ、二人に振り袖を着付けられ、髪もアップにされ簪を指し化粧もされた。
 二人はここの反対側にあるティールームでお茶をしながら様子を見ている。新一が逃げないで罰ゲームをやり遂げるのを見届けるためだ。
「ふう……」
 少し寒い。着物とはいっても、1月の寒空の下だ。新一は空を眺める。今日は雪が降るかもしれないな。
「今日はまた一段と綺麗だな。俺の花嫁は」
 いい加減聞き慣れた声に視線をやるとそこには青年が立っていた。黒いコートに白いマフラー。ブラックジーンズに足下は黒いブーツ。全身が黒一色でマフラーだけ白色なのが目立つ。
「……」
 なんでまた、こんなところで会うのか。実は近所に住んでいるのか?
 にこにこ笑っているのが、腹立たしいやら悔しいやら、最後の一人がこいつで力が抜けたやら。複雑な心境で新一は青年を見上げた。
「どうした?」
 どうしたと聞かれてここで話せるか。罰ゲームで女装してナンパに20人会わなければいけないなんて、言えるか。
「折角だからお茶でもどう?彼氏を待っていたんだろ?なら俺でいいよな?」
 おまえ、いつから見ていた?聞いていた?新一はきっと青年を睨んだ。だが、振り袖を着た日本美人が睨んでも麗しいだけだ。
「ほら。冷えてるじゃないか。行こう」
 新一の手を引いて青年は歩き出す。触れている青年の手は温かい。手を繋いで歩いていて初めて青年が歩調をあわせていてくれるのがわかる。着物を着て草履を履いて新一は歩幅が狭くゆっくりしか歩けないのだ。
 ああ、蘭と園子に連絡しないと。自分が男と歩いていくのを見ていたはずだ。まさかナンパに乗ったとは思わないだろうが、知り合いに見えただろうか?
「ほら、もう少し。大丈夫?」
「ああ」
 新一は頷く。彼が新一に危害を加えないと知っているからこうして連れていかれるのを許している。そうでなければ、逃げていただろう。
 
「ここ。珈琲や紅茶が美味しい。ケーキも」
 青年は新一を促して店内に入る。そして出迎えた店員に窓際の席に案内された。
 
 
 
 目の前には、新一の珈琲と青年の紅茶が乗っている。ケーキもオペラを青年が、苺のタルトを新一が注文した。
「美味しい……」
 確かに青年が勧めるだけあって珈琲が美味しい。苺のタルトも苺の酸味と甘みとクリ−ムが絶妙だ。パイがサクサクしているのもいい。
 思わず頬がゆるむ。蘭と園子につき合って美味しいケーキは食べるが、そこに満足できる珈琲が付くことは滅多にない。
「奥様は満足?」
「バカ」
「じゃあ、彼女は満足?俺彼氏だろ?今日」
「……バカバカ」
 変わらず自分を新婦か彼女扱いする青年を罵倒する。自己紹介もしてない、名前も知らないはずである状況では呼びようがないのはわかる。たとえ、名前を知っていたとしてもだ。
「俺の新婦は照れ屋だな。で、あそこでなにをしていた訳?」
「……友達との約束を破った罰ゲーム。ナンパに20人あうまで、あそこで立っていろってさ」
 注文が来る前に二人にメールだけしておいた。が、返信が「がんばってね」とは何だ。何がいい男ばっかりゲットして羨ましいだ!
「それはそれは。でも罰ゲームよかったか?」
「おまえで、20人目だ。だから無事クリア」
「タイミングいいな。さすが夫婦。いや、恋人」
 どこまでなりきれば気が済むのだろう。まあ、いいけど。
 本当に、今日会うなんて思わなかった。先日会ったばかりなのに、これは運がいいのか悪いのか。
「なあ、ちょっと聞いていいか?」
「なに?」
 首をひねって正面から見てくれる瞳に、新一は切り出した。
「婚約者ってどう思う?」
「婚約者?なんだ、また……」
 青年は驚いたように目を瞬く。いきなりこんな事を聞いたら誰でも驚くだろう。わかっている。
「深い意味はない。ただもし昔からの婚約者という存在がいたらどうする?」
「それは、どうだろう?今時婚約者、許嫁がいるなんて驚きだけど。お互いに好きならいいと思う。どんな形でも結婚するならいい。……昔の取り決めみたいなんなら、本人達の意志を尊重した方がいいと思うけど?」
 思案しながら、青年は答える。
「本人達の意志な」
「そう。知らない間に決められていたら、困るだろ?」
「困るな……」
「なんで、そんなこと。まさか?」
 暗に自分にいるのかという視線を無視して新一は美しく笑う。
「全うな意見だな、うん。同意見でよかった」
 
 
 
 



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