「ウェディング狂詩曲」7


 




 クリスマスの12月23日から25日の三日間、世間ではそれにあわせパーティをしたり恋人同士で過ごしたり、家族と団らんをする人間が大勢いる。
 当然それにあわせて、いろいろな商売が行われるのだが、まるで風物詩のように見かける光景がある。最たるものが、街頭で売られているケーキだろう。
 ケーキ屋の前で駅の前で、デパートの前で、至るところで売れている。売り手も可愛い子をアルバイトで雇っているのか、なかなか華やかだ。
 
 巷ではこじんまりとした店だが美味しいと評判の「パティスリー・アンジェ」も例に漏れず街頭でクリスマスケーキを売っていた。先ほどから列ができて、ケーキが飛ぶように売れていた。この店のケーキが美味しいのは当然だが、もう一つ訳があった。売り子が二人とも大層見目麗しかったからだ。それに二人とも赤と白の配色のサンタの格好をしていた。下はミニスカートでブーツ、頭の上にはボンボンの付いたサンタの帽子もかぶっている。俗にいうミニスカサンタの格好をした美人二人に、街ゆく男性が引き寄せられるように行儀よく並んでいた。
 
「ありがとうございます!」
「500円のおつりです」
 美人たちは愛想良く微笑みながらケーキを売る。彼女たちを見るとスマイル0円では決してないのだと理解できるだろう。
 彼女たちの笑顔を振りまかれた男たちは幸せそうにケーキを受け取って名残惜しげに帰途に付く。
「……寒くないですか?佐藤さん!」
「我慢なさい。女は皆これに耐えているのよ?」
 小声でやりとりをする二人だが、そのうちの一人は実は男だった。それも全国的に名前と顔が売れている日本警察の救世主工藤新一その人である。
 新一と一緒に売り子をしているのは佐藤美和子。捜査一課の女刑事だ。彼女とは最近こんなことばかりしていると新一は少し悲しくなる。
 なぜミニスカートなどはいてケーキを売っているのか。それは今朝までさかのぼる。目暮警部から「実は銀行強盗の密告があった」と連絡が入ったのだ。それだけなら新一のところまで要請など来ないのだが、実は現在年末のため警察官が出払っているのだ。それに、先日あった殺人事件も捜査中である。これは新一は関わっていない。関わるような事件ではなかったのだ。そして、人手不足なのだと聞いて、この間もそんなことを言ってかり出されたと思いつつ出向くと、そこにはやはり佐藤が待っていた。そして、目的の銀行を道路を挟んだ斜め向かいにあるケーキ屋で張り込むことになったと説明された。すでに銀行内には刑事が数人入っている。
 だが、新一をおそった悲劇はそれからだった。
 ケーキ屋の街頭でクリスマスケーキを売る。それはいい。外で監視できるのだから。サンタの格好をするのもいいだろう。それは世にあふれている。だが、なぜ自分が女性の格好、それもミニスカートなどはかなければならないのだろう。新一は当然反論した。だが、佐藤の反撃はもっともすぎて、拒否できなかった。
「捜査に協力してもらうんだから、なるべく売り上げに報いたいのよ!ならミニスカサタの格好をして客を呼び込んだ方がいいでしょ?変装にもなるし。第一、工藤くん顔売れているのはもう前回でわかっているでしょ?あきらめて、女装しなさい。似合うから」
 そんな台詞をまくし立てた佐藤に新一は頷くことしかできなかった。
 結果、新一は寒空の下、可愛らしいミニスカサンタの格好でケーキを売っている。
 
「チョコレートケーキですか?2800円になります。……はい、3000円お預かりします。200円のおつりです。ありがとうございました!」
 新一はいい加減慣れた台詞を微笑みながらのたまう。いい加減顔がひきつりそうになる。が、サービス業だ。新一は自分を奮い立たせる。
 でも、寒い。なるべく暖かくしているが、それでもミニスカートだ。足下はブーツだが、隙間が冷える。上もまさか分厚いコートを着る訳にもいかないが、風邪を引いてはいけないと、薄くて可愛いコートをはおっている。デザインがまるでサンタの衣装とお揃いのようで違和感がない。カイロも背中とポケットにあるし万全だが、寒いものは寒い。女性は寒さに耐えておしゃれしていると、新一は今回実感した。
 
 列をさばいてもさばいても、途切れることがない。店長からすれば、すごいことだ。昨年との違いに、美人と売り子とはかくも影響があるのかと一人思っていた。
 過去の一日分がすでに売れている。来年からは、多少かわいい売り子をやとうべきだろうかと本気で思案した。
「これ、追加ね」
 売れる度、店長は自ら店頭の台まで運ぶ。自分で見た方がなにが売れているかよくわかるからだ。好みがあるが、やはり王道の生クリームと苺のケーキが人気だ。その次にチョコレートケーキ。そして、ブッシュドノエル。種類を多くは出せないので、街頭ではその三種類だ。
「はーい。店長、おつりが足りません。100円玉下さい」
「OK。もってくる」
 店長はさっさと釣り銭を取りに行く。本当に、今回の売り子は素晴らしい。これが捜査のため刑事がやっているとは誰も思わないだろう。片方はそれ以上だが。店長も工藤新一を見て驚いた。店の奥で着替えたため、美人のミニスカサンタが二人現れた時は、うっかりと見惚れた。
 そんな店長の思いとは裏腹に、時間は刻々と迫っていた。
 
「今日はまた可愛い格好しているな。俺の新婦は」
 そんな軽口に新一が目の前の客を見やると、そこには最近見慣れた青年が立っていた。
「なんでいる?」
「なんでって、ケーキを買いに?」
 胡散臭そうに新一は青年を見た。神出鬼没過ぎるのだ。本気だろうかと思いながら新一はさっさと返そうと心に決める。今は、銀行強盗犯を待っているのだ。青年にかまっている暇はない。
「わかった。おごってやる。もっていけ。これで借りはチャラだ」
 新一は生クリームと苺のケーキを青年にずいと差し出した。前回の借りをついでに返しておこう。
 それに視線をやって青年は目を細めて笑う。
「ケーキ一つでチャラ?ずいぶん安いな」
「じゃあ、二つもっていけ」
 新一はチョコレートケーキを更に上に載せた。青年はますます面白そうに口角を上げて、新一へ顔を寄せた。新一はケーキの箱を持っているから避ける間もない。
「ケーキは買うよ。だから、借りはこれで、チャラ」
 そう耳元に囁き、新一の白い頬にキスを落とす。
「……なっ!」
 新一は文句を言おうとすると青年がぴったり2500円を出して生クリームと苺のケーキを持って去るところだった。
「おまえ!」
「バイバイ。俺の奥さん」
 新一の怒りなど気にせず青年は後ろ手にひらひらと手を振って去っていった。新一はキスされた頬に手をやって、羞恥にふるえる。
「……彼氏?それとも旦那さん?」
 二人のやりとりは人目を引いていたせいで、並んでいた客も佐藤も新一を注視していた。佐藤が思わず問うてしまっても仕方ない。人情だ。
「な、違います!そんな訳ないじゃないですか!」
 目元や首筋まで赤く染めた新一は可憐だった。否定しても、肯定しているようにしか聞こえない。
「でも、仲睦まじかったわよ。お似合いだし」
 佐藤は新一の性別をうっかり忘れているとしか思えない暴言を吐く。
「だから、違うって言っているじゃないですか!佐藤さんだって、……」
 会ったことあるでしょ?と思わず新一は言いそうになった。佐藤は青年と一応会っている。どれほど覚えているかわからないが、それでも教会であの場にいたのだ。
 誤解を解きたくても、言えない一言だ。
 ばかやろー。なにがこれでチャラだ。新一は青年を罵る。
 
 
 
 銀行の前に車が止まる。そこから男たちが出てくる。人相が悪い。サングラスにジーンズ、ジャンパー。運転席に一人が待機している。
 二人は顔を見合わせて頷く。
「すみません。行きます!」
「後を、よろしく!」
 そう言い捨てて駆け出した。佐藤はケーキの箱を持ったまま。走りながら新一は佐藤の手にある箱をみやって笑う。
「どうするんですか?それ」
「もちろん、使うのよ。だって私たちクリスマスケーキの売り子よ!」
「売り込みをかけてもいいですね?」
「そうよ!」
 にやりと笑いながら二人は銀行に横付けされた車の前まで来て、息を整えさきほどまでの笑顔に変えた。そして、運転席の窓をこんこんと叩く。すると、男がちらりと視線を向けた。その瞬間、目を見開いてやがて下心のある顔になる。
「ケーキはいかがですか?」
 佐藤がケーキの箱を見せる。男は声が聞こえるように窓を少し開けた。
「出張販売中なんですが、よろしければどうですか?」
 佐藤と新一の二人が艶やかに笑う。サンタの格好がなんともいえず、艶めかしい。
「……いくらだ?」
 男は誘惑に負けた。どうせなら犯行がうまく行き祝杯をあげる時にケーキがあってもいいだろうと思ったのか、窓をすっかり開けて財布を出しながら聞く。
「2500円です」
「ああ、ほら」
 男はお金を佐藤に差し出した。佐藤はそれを受け取りポケットにしまうと、箱を男に差し出した。男がケーキの箱を受け取ると、当然ながら両手がふさがる。窓も開いている。二人は視線で頷き、佐藤が窓から腕を出して男を背後に押し倒し、それと同時に新一は車のロックを外す。あっという間に男は拘束された。
 新一は車からキーを抜き取り逃走の可能性を防ぐ。犯人が戻ってきて、もし逃走しようとしても車は動かない。走って逃走となれば捕まる可能性が高い。運転手として残った男を佐藤は室内にあったガムテープでぐるぐると縛り転がす。
「よし。こっちはいいわ」
 ぱんぱんと手を払う。ミニスカサンタの格好でするとまるで女王さまのようだ。
 二人がやったのは、所詮色仕掛け。
 使える人間とできない人間が存在するが、この二人で落ちない男はいないだろう。佐藤と新一が立っているだけで人目を集めている。
 
「中はどうでしょう?」
「さあ。高木君がんばっていればいいんだけど」
「大丈夫じゃないですか?」
 高木、千葉など目暮の配下のものが客として潜入しているのだから、任せて大丈夫だろう。銀行にもあらかじめ話しをしてある。無駄な抵抗はしないことややり取りの仕方、鞄を渡されたら発信器を入れることなど綿密に打ち合わせている。
 
 しばし、その場で待機していると携帯に連絡が入る。犯人確保のメールに佐藤は今度は通話しても平気だと判断して、電話する。
「佐藤です。ええ、お疲れさま。……うん、こちらも確保。はーい、待っているわ」
 佐藤は通話を終えて新一に笑顔を見せた。
「ばっちりよ。ありがとう、工藤くん。これから警視庁に犯人を運ぶけど、工藤くんはどうする?無理矢理お願いしちゃったから、クリスマスなのに」
「そうですね、帰ります」
「わかったわ。ああ、着替えないとさすがにまずいわね」
 佐藤は自身と新一の格好をかえりみて、苦笑した。新一は頷く。
「着替えましょう。これ、どうします?誰かいないんですか?」
「そうねえ、ちょっと待って」
 佐藤は言うなり、再び電話をかける。
「あ、高木君。あのね、表に一人くれないかしら?運転手の見張りに。私たち着替えないとならないのよ。……うん、お願いね」
 にこと笑い佐藤は親指を立てた。
「来てくれるって」
「よかったです」
 佐藤が頼んでイヤなどど言う男性刑事は警視庁にいない。佐藤は警視庁のアイドルなのだ。新一はそんなことを考えていた。自分のことを棚に上げてることに気が付いていないのが難点ではあるが、誰も指摘しないので、そのままだった。
「佐藤さん!」
 高木が駆け寄ってくる。そして、二人の格好を見て顔を赤くしておろおろした。
「なんて、格好なんですか!佐藤さん。工藤くんも」
「えー、おかしい?似合ってると思うんだけど」
 腰に手を当てすねるように唇を尖らせる佐藤に高木は顔を真っ赤にした。
「に、似合います!でも、でも!」
 焦って弁解しようとするが高木はどもる。まさか色っぽすぎるとは言えない。
「なにー?私たちこれでも売れっ子だったのに。ねー工藤くん」
 問題発言をしながら佐藤は新一の肩に手をやって顔を乗せて艶やかに笑った。新一も苦笑しながら、つきあった。
「そうですね、ケーキが飛ぶように売れましたから。スマイルは0円じゃないんだと知りました。微笑み一つで2500円。かなりぼろいです」
 売れ筋の生クリームと苺のケーキとが2500円なのだ。ちなみに、チョコレートケーキが2800円でブッシュドノエルが3000円だ。
「な……っ、佐藤さん!工藤くんも!」
 赤い顔を青くして高木が叫ぶ。二人の格好と台詞は衝撃的だ。目暮が見たら卒倒するかもしれない。警視庁の面々は、二人の艶姿をきっと脳裏に刻み込むだろう。
「うるさいわよ、高木君。じゃあ、お願いね。私たち着替えてくるから」
「はい。どうぞ」
「お願いします、高木刑事」
 新一も声をかけて背を向ける。早くこんなもの脱ぎたい。二人はケーキ店に戻り奥で着替える。二人が抜けた売り子は店長と元々のアルバイトがやっていた。
 
 帰りに、新一と佐藤はお礼にとケーキを一箱ずつもらった。売り上げの貢献に対する報酬だそうだ。
 
 
 


 
 
 



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