「ウェディング狂詩曲」6







「なら、急ごう」
「ああ」

 二人は時計塔があるエリアまで走った。ここまで来たモノレールは一方方向へ巡回しているから乗ると遠回りになる。人を避けながら駆け足で通り過ぎていく美形のカップルはかなり目立った。だがそんなことを気にしている余裕がない。
 息が上がったが、短時間で移動できた。隣の青年が涼しい顔をしているのが少しだけ恨めしい気になるが、まともに動けるという保証でもあるので良しとする。
「時計塔のからくりの内部が一番あやしい。でも他に15に関する場所があるかもしれない。ミュージアムもあるし。そこら辺探してくれ!」
「ああ!」
 青年は頷くとすぐに駆け足で時計塔のアーケードに不審な点がないか探しに行った。新一は二階のミュージアムへと階段を上る。
 ミュージアムは、ここトロピカルランドの模型や写真で歴史などが飾られている。ここでしか買えないグッズも売られているから、そこそこ人もいる。
 ただ、三時にはパレードが始まるから場所取りをしている人も多くて、アトラクションならともかく、こうした場所は人はまばらになる。
 新一は細かいところまで見て回ったが、不審なものはなかった。
 やがて青年がやってきた。
「何もなかった」
「そうか。こっちも同じ。やっぱり上るか」
 二人はその場を離れ、時計のからくり部分へと続く扉の前まで来た。当然だが、鍵がかかっている。だが、許可を得ている時間はない。自分も出来ない訳ではないが、適任者がいるのだから任せるべきだろう。
「じゃあ、頼む」
 簡素な依頼に、青年は悪戯っぽく笑うと、ポケットから針金のような道具を取り出して、鍵穴に入れてかちゃかちゃと回す。それほど待たずに、かちりと音がして、扉は開く。
「サンキュ」
 今回は感謝しておく。犯罪だけど見逃す。犯罪を示唆した本人にそれを正す権利はない。
「行こう」
 螺旋状になっている狭い階段を上る。登り切るとからくりが回っている場所に着いた。歯車がいくつも回っている。
 二人は素早く内部を探す。歯車の奥や隅を探していくと、
「あった!」
 青年が声を上げた。新一はすぐ側まで行く。
 中位の箱を慎重に青年があげていくと中からは爆弾が現れた。表示されている時刻は、0時52。刻々と減っている。
「三時に時計塔を爆破するつもりだな。ちょうどパレードの時間に花火をあげるつもりだ。この前を通るから被害も大きい」
「派手好きだな」
「派手好きじゃない犯罪者なんていない」
 新一が断言すると青年はちょっと笑った。こんな時とも思えない余裕がある。
「で、このタイプは扱ったことある?」
 青年は話を戻し爆弾を指で示す。
「平気だろう。厄介なヤツじゃなくてよかった」
 昔、大層厄介な時限爆弾に遭遇したことがある。爆発する手前で次の爆弾の在処を液晶メッセージとして流すという卑屈なタイプは、それで命を落とした人物がいるほど非情なものだった。あれにくらべれば、その比ではない。
 新一は鞄からポーチを取り出す。そこには道具が入っている。なぜ、そんなもの佐藤が新一に最初から渡しているか、それは新一が爆弾処理に優れていると知っていることと、今回は時間がないのが理由だ。その場で解体しなくてはならない時は速やかに処理しなくてはならない。新一が逃げるような人間ではないと理解しているからこそだ。
「道具、持ってるのか」
「ああ。まあな」
 新一は道具を広げ、解体を始めた。
 パチン、ペンチでコードを切る。順番に、慎重に無駄なことはせず、進める。
 時間は0時49分。焦る必要はない。
 パチン。パチン。
 新一が切るコードの音しか響かない。
 青年は新一を黙って見守っている。穏やかな目で注がれる視線に、新一は信頼されているのだと実感する。そうでなくて、どうして爆弾の側にいて新一に任せているというのか。
 パチン。
 それにしても、犯人はここを爆破して満足なのだろうか。トロピカルランドのシンボルを爆破すれば、ニュースになるだろう。おもしろおかしく取り上げられる。
 なら、もっと派手にあげなければならない。爆弾が見つかってしまったら、それも水の泡だ。予告を出しているから、見つけられる可能性は0ではない。
 あれ?
 何かが意識の奥でかすめる。新一は爆弾を見つめる。
「……!なあ、これ一つだと思うか?」
 新一は青年を見ず処理を続けながら話す。
「一つじゃない?いくつも?時計塔を崩壊させるくらいの大きさにするため?」
「そうだ。たとえ、爆弾が見つかって解体されても、保険があるなら話は別だ。安心していたら、ドン」
 青年は立ち上がり、すぐに至るところを探し始めた。先ほどは見ていないような細かい場所まで念入りに。
「あった……」
 青年は最奥で一つ見つける。そして再び、探し出す。ぐるっと見回して、考えるように目をすがめ入ってきた入り口あたりを丹念に探す。
「こっちにも一つ」
 盲点を付いた場所だった。扉の頭上付近だ。
 それからも青年は探した。発見できたのは二つだけだった。青年はなにも言わずに爆弾の解体を始めた。真剣な目で、迅速に解体をしていく。青年のポケットには七つ道具でも入っているのか、今度は針金ではなくハサミを取り出して作業している。
 新一はひたすらに、解体した。捜索は青年に任せ、自分がやるべきことをする。
「ふう……」
 終わった。新一は顔をあげた。青年が解体をしている。新一は立ち上がり、青年の作業の進み具合を見てから、もう一つの爆弾のところまで行く。青年がカバーを外しているからすぐにわかった。
 そして、新一はそこに座り再び解体を始めた。時刻は0時33分。
 パチン。パチン。
 時間は過ぎる。
 新一が息を詰め、慎重に作業していると青年がやってきた。
「終わったよ」
「そうか。これで、全部だと思うか?」
 新一は視線は爆弾に向けたまま問う。
「隅々まで探したけど、結局三つだった。もし、あるなら、ここ以外。どこか15に関係する場所だ。けど、見つかっていない。わざわざ予告を出しておいて、実は別の場所だったでは予告を出す意味はない。ルールを守る義理は犯人にはないけど、まあ、たぶんそこは守ってるだろう」
「なあ、犯人はどこから見ているだろう?自分は安全で、でもよく見える場所」
 パチンとコードを切って新一は思う。
「犯人か。そうだな、あそこか?」
 青年は小窓から見える一点を指さしにたりと口角をあげた。新一はふと顔をあげる。青年の指の先。そこには時計台と同じくらいの高さの建物があった。円柱型の建物は下に子供向けのアトラクションがあって、上は展望スペースがある。ここからもいい具合に離れている。
「いるかもしれないな、ちょっと頼む」
 新一はそう言って携帯を取り出して短縮を押して掛ける。青年は、すぐ新一の続きを代わりにやり始める。
「もしもし?佐藤さん?……ええ、爆弾ですが探しました。時計塔のからくりに。……今最後の一つを解体しています。たぶん、これで大丈夫だとは思いますが。……はい。それでですね、犯人がいるかもしれない場所があるんです。ちょっとお願いできませんか?……ええ。時計塔から少し離れた建物で、高いヤツです。……そうです。その展望スペースで時計台を気にしている人物がいたら。……スイッチを持っているかもしれませんし。はい。お願いします。……こちらは、大丈夫ですから。はい。じゃあ」
 通話を終えて、新一は細く息を吐いた。
 ちなみに、彼らが小声ではなく話しているのは爆弾が仕掛けられている場所を調べるとき同時に盗聴器なども調べているからだ。だから新一は佐藤に電話で犯人の指示も出した。
「一応、探してもらっておいた。……悪いな」
「いや。もうすぐ終わる」
 青年はそう告げた通り、2分後に処理を終えた。
 
「もうすぐ、三時だ。避難するか?」
「いや。避難したら、解体に自信がないことになる」
 新一は首を振った。見捨てることなどできない。
「避難は避難でも違うけど?」
 だが、青年はウインクして悪戯っぽく笑った。
「違う?」
「ああ、たぶん、もうすぐ耳をふさがないと辛い音量の鐘が鳴る」
「……!そういうことか」
 新一は納得して移動することにした。いくらなんでも、そんなもの味わいたくない。
 二人は階段を下りてミュージアムを抜け地上の通り抜けまで来た。沿道には人が詰めかけている。もうすぐパレードが始まる。
 
「リンゴン、リンゴン」
 三時を告げる鐘が鳴り始める。パレードの大きく軽快な音楽が鳴りだした。花火は上がらない。
 ほっとしていると、新一の携帯がなる。
「はい。……ええ、本当ですか?……そうですか、よかった。ええ、わかりました」
 新一の表情は一気に柔らかくなる。通話を終えると携帯をパチンと閉じて、青年を見上げる。
「確保したって?」
「ああ。……サンキュ」
 本当に、助かった。彼がいなかったら、ここまで手際よく進まなかった。
「どういたしまして。で、これから暇?」
「暇というか、暇?犯人捕まったから。警部や佐藤さん、警視庁の面々はこれから忙しいし。すぐ帰らないと、警視庁人が出払っているからな」
 新一にかまっている余裕など彼らにないだろう。爆弾のあった場所は伝えてあるから、回収に来るだろうし、自分ができることはもうない。
「なら、デートしよう」
「……デート?」
「まだ時間あるし、ここまで来たのに全然楽しんでないだろ?だから、彼氏とデートしよう。彼氏付きならナンパにあわないし。その格好で一人だとナンパにあうだろ?」
 ナンパ。
 今日会ったイヤな思いがよみがえる。認めたくないが、彼が一緒ならそんなものにはあわないだろう。一人でこのまま帰途についたとして、園外に出るまで無事だという保証がないのが、すごくイヤだ。着替えればいいのだが、生憎新一の洋服は警察の車の中だ。今頃、車は移動しているだろう。
 なんだか、素直に頷くのが癪に障る。感謝しているけど。すごーくありがたいと思っているけど。でも、仕方ない。ここで一人になった瞬間、面倒があふれているとわかっているのだから。
 新一は青年の腕に手をかけて、艶やかに微笑んだ。見るものを惹き付けて離さない笑みだった。それが天の邪鬼な新一の返事だった。
 青年は目を瞬かせてから、新一の意図を悟りやがて破顔した。そして、エスコートするように新一を連れて歩き出す。
 結局、日常を忘れて新一は一日中遊んだ。
 
 
 
 



BACKNEXT