「ウェディング狂詩曲」5





 

「なるほど。15ね。ひとまず、これの15号に乗れればいい?」
「そうだ。三人乗りで、全部で50ある。メールで詳細が来た」
 佐藤から新一にあててメールが来た。前知識なく行動することは意味がない。きっと、全施設のデータはあらかじめ手に入れているのだろう。
「OK」
 青年は器用にウインクして、任せてと言う。
 本当に任せる気になるから不思議だ。
 
 段々と新一達の番が迫ってくる。号車は背後の背中に小さく書いてあるようだ。新一は観察する。普段なら見落としておかしくないほど小さい。
 目前にせまったコースター。生憎まだ4である。もう少しだが。
 すると青年が、コースターを管理している制服姿の男に歩み寄り、ぼそぼそと話す。そして、男が頷くと青年は親指を立てて笑う。
「……なにを?」
 新一の横に戻ってきた青年が意味深に笑う。そして、新一をコースター乗り場の少し横にずらす。目前のコースターに次から次へと人が乗っていく。新一が疑問を投げかけるが青年は笑ったままだ。そして、先ほど話していた制服の男が、「次、どうぞ」と声をかける。青年は新一の手を引いて、コースターに乗り込む。
 アトラクションはスタートした。滑り出すコースターだが、もちろん安全バーが降りている。だが、青年はちょいと安全バーを動かして自由を得た。新一も身動きできる。
「調べるか」
「ああ」
 余分な説明など今必要ではない。これは、目指した15号なのだから。二人で、隅々まで調べるが、なにも出てこなかった。
「で、どんな呪文を唱えたんだ?」
 新一は座席に身体を預け直し改めで先ほどのやりとりを聞いた。
「ああ、あれね。『ここの15号のコースターに乗ってプロポーズすると成就すると噂を聞いたんだけど、協力してくれないか?』と言ったのさ」
 青年も座り直し、小さく笑う。
「……」
 新一は黙る。まさかそんな台詞を吐いていたなんて思いもしなかった。確かに、まさか爆弾を探しているとは思わない。不審者とも感じないだろう。
「健闘を祈ると言ってくれた。まあ、式をすでにあげた夫婦だけど」
「……立派な詐欺師になれるぞ?そんな旦那はイヤだな」
 新一は腹いせにぷいと横を向く。その仕草は可憐な美少女の風貌とあいまって、可愛いだけだった。
「もう離婚?」
「バカ」
 軽口を叩く青年の頭を新一はぽかりと叩く。青年はおかしそうに笑うだけだ。
「ああ、さすが緑の館。見ろよ!」
 青年が指さす先に妖精が浮かんでいた。ホログラムだろうか?羽根を付けた小さな少女が仲間と踊っている。そして、先に進むと美しい妖精の女王が佇んでいる。女王が宝玉を右手をあげると、そこから光があふれ、七色の光る粒が一面に落ちてきた。
「きれいだな。すごい」
 新一は幻である光の粒を手で捕まえる。当然何も掴めないのだが、不思議な感動が心を満たす。
「魔法みたいだ」
「ああ、今度は花から妖精が生まれている場面だ」
 水面に浮かんだ花のつぼみが開くと、そこから妖精が羽を広げ空へ飛び立つ。
 コースターは次から次へと進み、その度にシーンが移り変わる。王子と姫の婚礼シーンもある。それを祝福するように、空から花が降ってくる。
 やがて、夢の世界は終わりを告げる。
 二人は、現実世界へと戻った。
 
 

「で、次は?」
「隣のシアター。3D映像で夢とファンタジーの冒険だそうだ」
「じゃあ、並ぶか」
「うん」
 隣り合って二人は列に並ぶ。待ち時間は20分。
 新一は待ち時間を利用して佐藤にメールを送る。緑の館の確認が済んだこと。なにもなかったこと。今シアターに並んでいること。手早く書いて送信し、携帯を鞄にしまう。
「そういえば、お腹空いてない?昼だけど」
「空腹を感じている余裕がないな」
「うーん、でも水分くらいは取った方がいい。このまま続けるなら。俺買ってくるから、待ってて」
「ちょ、と」
 新一が止めるまもなく青年は近くの売店へと走る。その後ろ姿を見送り新一はため息を付く。彼の行動力は自分に並ぶものであることは知っているが、それでもなんというか。こんなに和んでる場合ではない。新一は気を引き締める。
「お嬢さん、おひとりですか?」
「……」
 またかと思いながら顔を上げると、三十代くらいの男性が立っていた。いい年の大人が子供なんてナンパするな!と心中で新一は叫ぶ。
「よければ、一緒に座りませんか?」
 切実に無視したい。
「どうですか?」
 言葉は丁寧でも、やっていることはナンパだ。今日何度目だろうか。皆目が腐っているのだろうか。確かにばれては困るが、誰も女性と信じて疑わない。ああ、一人だけは例外がいたな。自分の乱雑な言葉使いもふつうに流している。
 新一がナンパ男を黙殺してそんなことを考えていると、何かが視線をかすめる。
「お待たせ。ウーロン茶でよかった?」
 青年がにこやかな笑顔で新一にカップを渡していた。新一は、ああと頷いてそれを受け取る。
「私の妻が何か?」
 青年はナンパ男を一言で奈落の底に蹴落とした。
「……!」
 男は呆然としてから、ふらりと立ち去った。
「おまえなあ」
 新一は呆れたような声で呼ぶ。
「嘘じゃないだろ?」
 楽しそうに返されて新一は力が抜ける。嘘ではない。本当でもないけれど。
 
 
 佐藤からメールにシアターの客席の15番の位置が送られてきた。
 新一はシアターに通されると、15番へと急ぐ。皆好きな位置に座るが、15番は前の方であるため見難く人気がない場所だから、新一は誰と争うことなくう座ることができた。。もちろん、座る前に前後左右見て、足下になにもないか調べる。
「ないな」
「ああ。ないみたいだ」
 青年も少し離れたところからまず観察し隣まで来て違う角度からも調べる。
 
 上映が始まる前に佐藤にメールしておく。
 上映が始まると携帯の電源は切らねばならないルールだから。
 シアターでは入場する時に専用の眼鏡が渡されている。それを掛けると3D映像が見える。それ事態は今更目新しいものではないが、映像と音楽が素晴らしいと評判なのだ。
 勇者が旅をして仲間と出会い、草原や山脈、火山、海など旅をする。その風景は雄大でどこまでも美しい。竜の背に乗って大空から広がる世界を見下ろしたり、王様に謁見し、姫を救ってほしいと頼まれ、魔王と戦いその結果美しい姫を助け出すというよくあるストーリーだが圧倒的な迫力があった。
 最後は勇者と姫の婚礼のシーンで、人間だけでなく妖精や竜、精霊など種族すべてが祝福して終わった。
 上映が終わった後、先ほどまで見ていた世界の扮装をした男性が前まで出てきて、
「おひとりに、妖精の祝福をお裾分けいたします。ここから選んだ座席の番号の方出てきて下さいね」
 そう言って男性は箱から一つのボールを選ぶ。
「16番の方!」
 新一が15番なので隣は青年だ。青年は小さく笑うと立ち上がって前まで行く。
「おめでとうございます。こちらをどうぞ」
 青年に笑顔の男は花で出来た輪を渡す。それは造花だが、とても美しい代物だった。妖精の贈り物と言われても信じてしまう出来だった。青年はそれを受け取り席まで戻る。
 
 上映が終わって外へ出る。
 青年は、その花の輪を新一の頭にかけた。
「え?」
「ああ、綺麗だ」
 長い黒髪と白く美しい顔に、妖精の贈り物はよく映えた。色とりどりの花で出来た輪はまるで映像の中に出てきた姫が付けていた冠のようだった。
「……」
「俺がもっているよりずっと有効的だ」
 自分も男だから有効もなにもないはずだが、現在女装しているためその台詞が言えない。それとも、ありがとうとお礼を言えばいいのか?
 新一は頭に手を伸ばして花の冠を触るが、造花の感触がした。本物の手触りや香りとは比べるものではない。子供ではないのだから、喜ぶはずがないと彼はわかっているはずなのに。戯れだろうが、いつまでも遊んでいる訳にはいかない。
「もらっとくけど、取るぞ」
 新一はそう断って花冠を取り鞄に放り込む。そして携帯を取り出し確認すると佐藤からメールが届いていた。
 内容は芳しくない。ほぼ15に関する場所は調べたがなにもでてこなかったこと。園の関係者を当たっているが噂話はあってもまだ有力な情報は入ってこないこと。が簡潔に書かれていた。
「……今のところ、なにも見つからない。ほとんどの場所は調べたのに。犯人の目星も立たない。本当に悪戯なのか?」
 新一はメールから得た情報を青年に聞かせるように、自身の考えを述べた。
「悪戯か。それなら、どこかで警察官が右往左往しているのを面白そうに見ているはずだ」
「一目で警察官とわかるだろうか?その様子がわからないと、意味ないと思うけど。やっぱり警察官は空気とでわかるのか?」
「わかる人間はわかるとは思うけど、その犯人がわかる人間かどうかは、どうかな?こんなせこいことするような人間にわかるか?」
「やっぱり身内の線か。でもな、なにをしたいんだ?花火職人と名乗っているから、本当でも悪戯でも何か打ち上げる気があると思う」
「あるだろうなー」
「なんで、15なんだろう?警察官が15に関する場所を徹底的に調べることは予想が付く。それを楽しんでいるのか?見つけてもらうのが前提なのか、見つからないのが前提なのか。見つからないのをほくそ笑んでいるのか、それとも見つけてみせろとせせら笑っているのか」
 新一は青年と会話しながら思考を深める。
 犯人の心情はどうだろう。
 現在の時刻は、1時半。爆破予告まで残り1時間30分だ。
「どこが一番犯人として楽しいだろう?どこから見たら優越感に浸れるだろう?爆破するならどこがいい?どこが目立つ?」
 新一は顎に手をあて思考する。
 後手に回っていても見つからない。逆の発想から考えてみないと。
「まあ、バカは高いところが好きって言うけど。眺めるのも高いところの方が優越感が場増かもな」
 青年が揶揄するように、笑った。
「高いところね。ありそうだ」
 新一は犯人の心理を考えると、それは可能性として高いと思う。

 『「15」に爆弾を仕掛けた。
 午後三時にトロピカルランドは花火をあげるだろう。 花火職人』
 
 新一は簡単な犯行の予告を振り返る。
「15。午後三時。花火職人。花火をあげる。爆弾が花火。花火をあげるのに適した場所。犯人が、選ぶ場所。トロピカルランドが花火をあげたと人から認識されて、目立つ場所。15とは本当に場所なのか。ほかに意味はないのか?……で、高い場所?」
 15。午後三時は十五時。同じ?時間が?
 ここで時間に関して、目立つ場所がある。トロピカルランドの中央。シンボル。
 
「時計塔だ」
 新一は断言した。そこが一番適している。

 
 
 



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