「佐藤さん……!」 「つべこべ言わないの!」 「でもっ!」 「人手不足なのよ。それに、工藤君顔が売れているから、ばれるでしょ?」 そういって佐藤は新一の細い腕をむんずとつかみを引っ張っていく。 助けてくれんかねという目暮警部からの連絡を受けて、急いでトロピカルランドまでやってきた新一だが、待ってくれていた佐藤に開口一番「女装するわよ」と言われて驚いた。 皆が変装しなくてはならない事態らしい。 佐藤も変装している。 毛先をくるくるとカールした茶色の髪。お嬢さんぽいボルドー色のワンピースに柔らかいボレロ。足下は編み上げのブーツ。 「ほら、いい加減あきらめて!」 「……」 だめだ。佐藤の気負いに新一は負けた。 トロピカルランドから近い駐車場に止めらたバンの中は、変装用の衣装に無線、監視カメラなどがそろった特殊なものだった。 「最小限で押さえおくから。ジーンズはそのままでいいわ。さっさと上は脱いでね」 今日の新一の服装は、白いシャツに細身のジーンズ、深緑色のコーデロイ素材の上着をはおっている。朝夕は少し寒くなってきたためだ。 佐藤は並んだ衣装から素早く選んで新一に押しつけた。 「上にこのチュニックをあわせましょう。カットソーはこれ。それで、このウィッグかぶって。上着は、これね」 有無をいわせない勢いに、新一はあきらめて着替えた。 果たして、車内にある姿見に映るのは、文句の付けようのない美少女だった。 白いカットソーに花柄がプリントされたピンク色のチュニック。細身のジーンズによく似合う。上にはベージュのロングカーディガン。 背まで届く黒髪が白い美貌によく映える。 「うん。じゃあ、リップだけね。それから、イヤリング。ああ、ショールだけもっていく?」 唇に淡い色のリップをぬり、耳に薔薇の形をしたイヤリングを付け、薄い卵色のショールを差し出す。佐藤の一連の行動はよどみなく、新一は言われるがままだ。 「で、これが鞄。適当に女性らしいものが入っているわ。あと道具」 柔らかな素材の茶色の鞄を新一は受け取る。中をみると、確かに女性らしいものが入っているがその横にポーチらしいものがあって、そこに道具が入っていることがわかる。 「ちょっとだけ説明したと思うけど。園内に爆弾を仕掛けたっていう予告が入ったのよ。ただの脅しや悪戯ならいいんだけど、本当だったらとんでもないことだし。爆弾を探すのに警察官だとばれると、犯人がすぐに爆発させてしまうかもしれないから皆変装しているの」 「時間と場所は特定できないのですか?」 「予告時間は午後三時。今日の朝開園直後に犯行予告が届いたから、休園できなかった。で、園長が警察に連絡を入れて、我々が事情を聞いて捜査に乗り出しここまで到着するまでのロスがあったから、本当に時間も人手もなくてね。場所を示すのは「15」それだけ。おかげで、園内の乗り物の号車やお店のテーブルやレジなんかの15番を見て回っている訳。お店の場合は、店員に調べてもらっている。犯人がどこかで見ているか盗聴しているかもしれないから、慎重に伝達ゲームでね」 佐藤は苦笑する。伝言ゲームというが実際は大変だろう。園内にある飲食や土産物などの店舗はかなりある。 「乗り物も客を乗せる前に調べられる場合、調べてもらった。でも、そうできないものもたくさんある。外のジェットコースターとか止めて調べたら、人目に付くでしょ?だから、乗り込んで調べるしかないの。観覧車とかずっと回っているものも、同様で。実際に乗らないといけないし。でもさ、ああいう乗り物男一人や男二人で乗るとすごく怪しいでしょ?だからカップルで乗るようにしたの。女性が不足しているから、他の部署から応援にきてもらっているんだけど、足りないのよ!だから工藤くんには女装してもらったの。うちの男性達は無理だから」 捜査一課の面々の女装姿を思い浮かべて、新一は脳が拒否した。確かに自分がした方が何倍もましだ。 「観覧車はカップルで列を作ってどうにか15番に入り込む手はずになっているわ」 「そうですか。わかりました。ところで、犯行予告見せてもらえますか?」 「ええ、これよ。コピーもらってあるの」 佐藤は新一は一枚の紙を渡す。新一はそれをじっくりと見た。だが、内容は簡素なものだ。 『「15」に爆弾を仕掛けた。 午後三時にトロピカルランドは花火をあげるだろう。 花火職人』 「花火職人?かなりふざけていますね」 「そうなのよ。本当に花火でも打ち上げてくれるだけなら、いいんだけどね。無駄足なら、その方がいいもの。皆の安全が保障される」 「……それを願うばかりです。うーん、犯人はなにがしたいんでしょうね?それに、たとえば、犯人が爆弾を本当に仕掛けたとして、それはいつだったのでしょう?前日に来て内緒で仕掛けていった?でも、昨日は土曜日で、人も多かったはず。人目につかないように仕掛けるのは難しいと思うんです。閉店間際に人がいない時やパレードの時を狙ったのかもしれませんが。でも、一応点検しますよね?事故とか起こらないように。掃除も。それでも見つからないのなら、見つからない場所なのか、もしかして内部犯なのか」 「……ほんとね!ああ、気がつかなかったわ。それどころじゃなかったし。爆弾を探す方を優先して動いているから。一般人を装って園内を監視はしているの。犯人らしい怪しい行動を取る人間がいないかどうか。絶対に犯人は自分の成果を確かめるからね」 「僕もそう思います。どこかで見ているはずですよね。本物でも、悪戯の偽物の花火でも」 「ええ。でも、内部犯か。調べるとばれるわね〜。誰か一人社員について調べてもらおうか?ああ、時間ないわね!それに15の場所を特定する方が先だし」 「佐藤さん、まだ確定ではありませんから目暮警部に相談して下さい。時間がないのも本当ですし」 「うん、そうね。園長や園に勤める人に、最近変わったことや恨まれることがなかったか確認をしてもらう人を出すよう言ってみて。あとは15の場所が乗り物や店ではない可能性もあるってことね。仕掛けても目立たない。人目に付かない」 「佐藤さん、僕はどうするつもりだったんです?どこかの乗り物を調べる役割があったんですか?」 時間がない。自分ができることはやらなければ。 「ファンタジーのエリアの緑の館のアトラクション。と隣の3Dシアター。これね、ごつい男だと無理なんだ。女子供しかいないのよ。とにかくファンタジーだから妖精とかお姫様とか出てくるの。カップルでも年輩だとちょっと痛い感じの館なんだ。まあ駄目じゃないけど、周りの目が痛い感じ?アトラクションの乗り物の15号にがんばって乗って。その後は工藤君自由でいいよ、任せる。何かあったら連絡する」 「了解です」 二人は急ぎ足で歩く。 佐藤は目暮のところに行くというので、別れて新一はファンタジーのエリアまで移動することにする。だが、実際トロピカルランドは広い。歩いてエリアを移動するのは時間の無駄だ。新一は以前の記憶を引っぱり出す。幼なじみや友人と来た時、確かエリアを移動するための乗り物がいくつかあったはずだ。ボートやモノレール。それから列車のようなもの。 新一は中央のアーケードを抜け、エリア事に別れる最初のエリアに来る。そして、各エリアを順番に回るモノレールに乗るため乗車場に並んだ。一度に多人数を運べるからほとんど並んでいない。そうでなくてはわざわざ乗る意味はないが。新一はタイミングよく来たモノレールの乗りこんだ。真ん中を開けて左右に二列ずつ座席がある。思わず15の席を探す。 足下やどこかに不審なものはないか調べる。 そういえば、モノレールは巡回しているが何台あるのだろう。さすがに15台はないか?新一はこのモノレールの車番がどこかに記していないか、きょろきょろと観察すると、、先頭の出入り口の下に6号と書いてあるのを発見する。 最低6台か。後で誰かに聞いてみよう。もう調べた可能性が高いし。 新一は大きな窓から流れていく風景を見つめる。トロピカルランドの中央に位置する時計塔がそびえている。時計はちょうど真上で重なり、リンゴンリンゴンと十二回鳴っている。時計台の下は歩いて抜けることができるし、二階はミュージアムになっていたはずだ。日曜日だから上から眺めても、人が多いのがよくわかる。 やっとファンタジーエリアに着いた。 新一はすぐに携帯で佐藤にメールを打つ。モノレールに乗ったこと。それが何台あるのか気になったこと。これから緑の館に向かうこと。簡単に書いて送信する。 緑の館はどこだ?迷う訳にはいかない。 園の案内板を探すとすぐに見つかった。新一は現在地と目的地、緑の館とその横にある3Dシアターを確認する。 「ねえ、一人?」 いきなり大学生くらいの男に声をかけられた。後ろから顔を覗き込むようにして馴れ馴れしく肩に手をおく。 「一緒に回ろうよ。君、すっごく可愛いね」 「……」 新一は男の手を振り払い先に進む。だが、男はあきらめない。 「そんなに冷たくしないでもいいだろ?」 「約束があるから!」 新一はそう言い捨てると走った。男の手が伸びる前に、さっさと離れて人混みに紛れる。下が元々自分のジーンズで動きやすいから新一は早く走れる。 目的地が見えてきた。少し並んでいる。中にある列を考えると、多少は待たなくてはならないだろう。新一は最後尾に付いた。待ち時間が書いてある。25分だ。 しばらく動けないな。 だが、15号の乗り物に乗れるだろうか?さて、どうしよう。 「彼女、一人?」 新一が顔をあげるとそこには高校生くらいの男が二人立っていた。 「うわー、美人!」 「すごいな〜。可愛い。アイドルかモデルみたい。よく言われない?」 矢継ぎ早に新一に話しかける。新一は眉をひそめて不審そうに男たちを見て断りを入れた。 「一人じゃないから。待ち合わせしているから」 だから、どこかに行け!と心中で思いながら新一はきっぱりと言った。 「ええ?でも、今一人でしょ?」 「待ち合わせって友達?だったら、一緒にどう?遊ぼうよ」 「美味しい店知っているからさ。どう?」 「俺、車だから。なあ?」 しつこい。ナンパなんて、するな。俺は男だ。 まったく、女一人だと大変だな。……人数をそろえれば、15号に乗れるか?いや、こんなやつらは駄目だ。一瞬迷うが、足手まといだとわかっている人間を使うことはできない。 一人の男が新一の肩を抱く。新一が身をよじろうとすると、もう一人が腕を掴んで新一の自由を奪う。どこかへ連れていこうとする下心が見えて、新一は我慢の限界が来る。 こいつら、蹴り倒してやろうか。でも、ここで目立つのはまずい。怪我をさせるのもな。 その時。 「俺のに何している?」 聞き覚えがある声と気配がすると、新一は背後から両手で抱き寄せられた。自然、ナンパしていた男達の手が離れる。新一は、存在を知っている青年に体を預け、ほうと吐息を付く。青年は、新一の肩に顎を乗せて、ちらりとナンパ男たちを見やる。 「なんだ、おまえ」 「俺?彼女の待ち人。……だから、おまえら、およびじゃないんだ」 ナンパ男たちの問いに青年は不遜な視線で答える。 「はあ?俺たちが先に誘ってたんだ、今更遅いんだよ」 「彼氏だって?」 文句を言い合うナンパ男たちに、青年は抱きしめている新一の黒髪に愛しげにキスして見せつけると、冷酷な表情に変えて嗤う。 「痛い目にあいたくなかったら、立ち去れ」 凍えた気配を漂わせ、およそ一般人とは思えない脅しにナンパ男たちは蹴落とされ慌てて逃げていった。 「余計なお世話だった?俺の新婦」 一転して青年は新一に軽く聞いた。 「そんなことない。助かった。新郎?」 新一も後ろをちろりと見上げて笑う。 二人は、先日身代わりとなった新郎新婦の間柄である。名乗ることなく別れたが、互いに強いことを知っている。それに、新一はその気配を前から知っていた。 「なあ、困ったことになってる?」 「……」 「つきあおうか?」 なんで知っているのか。どこまで知っているのか。そんな疑問が浮かぶが新一は今重要なことではないと切り捨てた。 「……時間あるのか?」 この青年も遊園地に来ているなら、誰かと遊びに来ている可能性が高かった。 「ある。だから遠慮なく借りておけば?」 「わかった。借りておく。いつか返すから手伝ってくれ」 わざと気軽な口調で言う青年に新一も乗る。実際人手不足なのだ。ついでに女性の格好をしていると、ナンパが絶えない。これでは行動が制限される。 青年は黒いTシャツに皮素材の茶色いジャンパー、ブルージーンズというどこにでもいる若者の格好だった。やや癖毛の髪に精悍でありながら端正な顔立ちだ。ただ、瞳だけがかけ離れてきれいだった。紫暗の瞳は、どこかの誰かそのままだ。 「了解。説明してくれ」 「ああ。実は……」 新一は小さな声で青年に囁くように説明を始める。格好いい青年が美少女の肩を抱き顔を寄せあい内緒話をしている姿を物騒な会話をしているなど疑う人間はいなかった。 |