「ウェディング狂詩曲」3







『新ちゃん、ありがとうね!』

 電話口から母親のはしゃいだ声が耳に届く。
 無事に殺人予告の犯人を捕まえることができたから、あの後安心して正木清香は式を挙げることができた。ありがとうございますと感謝をされたことも記憶に新しい。
「まあな。それにしても、なんで俺のサイズを細かく知っている訳?」
『そんなの当たり前でしょ?私は新ちゃん母親だもん。息子のサイズくらい知っているわ!服もたくさん送っているじゃない!』
「そうだけど!なんで、指輪のサイズまで?ふつう知らないよな?俺だって知らない!」 ドレスから指のサイズまで知っている母親とはどうだ?自分でも知らないのに、いつ知った?
『私に不可能はないのよ』
 おほほと笑う有希子の新一は二の句が告げなくする。そういわれると本当に魔女か?と思いたくなるくらい、年齢を感じさえない。新一は有希子が聞けば大層失礼なことを考えた。
『それにしても、新ちゃんのウェディング姿見たかったな!ねえ、撮ってないの?』
「撮る訳ないだろう?なんで、そんな恥を残すか!」
 新一は吐き捨てた。
『ええー、綺麗だったんでしょ?見たかったな。でも、いいか。そのうち実物を見られるもんね』
「……は?」
 今、とんでもない台詞を聞いたような気がする。
『は?じゃなくて。新ちゃん、婚約者いるでしょ?……新ちゃん、忘れちゃったの?』
「婚約者?」
 なんだそれは。
『本当に、覚えていないの?新ちゃん小さい頃から婚約者がいたでしょ?婚約指輪までもらったでしょ?覚えてないの?』
「…………」
 そういえば、昔そんなことをいわれたことがあった気がする。その時は忙しくて婚約者という台詞が耳から素通りした。
 もっと、前か?小さい頃?婚約指輪?え、……婚約指輪?どこかにそんなものがあった気がしてきた。クローゼットの奥にしまってあったような。身体が小さく縮み幼なじみの家で過ごしていた期間があるおかげで、いろいろ片づけてそのままになっていたものがたくさんある。
 
「……青いヤツだよな」
『そうよ!なによ、覚えているじゃない!』
「……忘れていたかったな。それに、そんな昔のこと言われてもさ、もう時効だろ?」
『そんなのだめよ?だって、あれ本物の婚約指輪なんだから』
「…………本物」
『どこからどう見ても本物よ。新ちゃん、ちゃんと確認しておいてよ』
「…………ああ」
 そういう以外新一は気力がなかった。
 
 
 
 

 そして、クローゼットの奥から探し当てた小箱。
 一見で宝石が納められているとわかる美しい箱だ。上品なビロードに包まれた箱は新一の手に収まる大きさだ。
 新一はそれを開けてみる。
 青い宝石の付いた銀色の指輪。たぶん、プラチナ台。宝石も大きさがある。
 何の宝石だろう?色からすれば、サイファアが一般的だが、宝石の大きさから考えると子供の頃にもらった事実としてあり得ないな。高価すぎる。
 なら、どれだろう?色が豊富にあるならフローライト?
 タンザナイト?ブルートパーズ?ブルートルマリン?
 考えても自分では鑑定まではできない。どちらにしても、本物であることに変わりない。
 新一は賢明に思い出そうとするが、ぼんやりとしたものしか浮かんでこない。さすがに五歳の時の記憶すべてはない。有希子がいうには、五歳の時にプロポーズされて婚約指輪をもらったそうだ。
 すごくイヤなことだけ覚えている。当時有希子の趣味で女の子の格好をさせられていた。ぴらぴらしたワンピースやスカート。白やピンクなど可愛らしい色合いの、レーズやフリルにあふれた洋服ばかり着せられた。髪も実は有希子の趣味で長く伸ばしていたから、複雑に編んだり結って、リボンや花を付け散々遊ばれた。
 
 もしかして、相手は性別を知らずにプロポーズした可能性が高い。というか、たぶんそうだろう。そうでなくて、自分が婚約指輪をもらう立場にない。ふつうはあげる方だ。
 ああ、申し訳ない。これは、最悪の事態ではないのか?
 少女だと思ってプロポーズをしたのに、実は男だなんて知ったら悲劇だ。
 ……でも、返さないといけない。だって、これがあると婚約が成立したままだと母親は全うなことをいった。自分も相手も困るだろう。
 ふつうは、婚約を解約する時、婚約指輪は返すものだ。
 だからなんとかして返さなければならない。母親は相手のことを知っているはずなのに、今までなにも言わないなんて面白がっているのだろうか?ただ、自分も記憶が薄くて実感が沸きにくい。返す相手の顔も名前も思い浮かばないのに、どうしろというのか。
 それでも、婚約破棄するためには指輪を返却しなくてはならない。自分はなんとかして破棄したい。それだけは事実だ。
 
 
 
 



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