「なんで、こんな事に」 純白のウェディングドレスをまとった美しい人が眉をひそめて、切なげにこぼす。 「なんでって、そんなの今更でしょ?」 快活に笑って美人に片目を瞑ってみせるのは背の高いショートカットのこれまた美人だった。 「でも、とっても綺麗だわ。私なんて比べるのが馬鹿みたいに、綺麗なんだもの。嫉妬なんてできないくらい!」 うっとり見つめながら、美人を誉めるのは長い髪を結い上げ、上品なスーツをまとった可愛い雰囲気を持つ女性だ。 「誉めてもらっても、嬉しくありませんよ、正木さん」 美人は、ため息をもらす。 「いいじゃない。どこからどう見てもうっかり惚れそうなくらい美人なんだから。誰も、これがあの工藤新一なんて思わないわよ?」 「佐藤さん……」 美人はがくりと肩を落として、やがて苦笑した。 彼女ではなく、彼は工藤新一、探偵である。まだ高校生でありながら警察に協力して事件を解決し、いまだ迷宮なしと誉れ高い。おかげで日本警察の救世主とまで言われる始末だ。 目の前にいるのはその新一ともなじみ深い佐藤美和子刑事。捜査一課に身を置く有能な女性刑事だ。 そして、もう一人正木と呼ばれた女性が、新一がウェディングドレスなどに身を包んでる理由だ。 実は今日執り行われる予定の結婚式に殺人予告が届いた。彼女に恨みといより正木家自体に恨みを持つ者の仕業である。正木清香は性格も穏やかで優しい人柄なのだが親がやり手であるため、このような事態を招いたとすでにわかっている。父親である正木慎也は人から多大な妬みや恨みを買っていた。一代で築いた会社はいまや一流企業だ。そこに至るまで、きな臭いことも犯罪ぎりぎりのこともやったといっていい。目的のために手段を選ばない。ライバル会社を蹴落とすのに、あらゆる方法を使った。 だが、父親は殺人予告を脅しだと取り合わず警察には通報しなかった。一方母親は不安に思い、新一の母親である有希子に連絡を取り相談し、そのお鉢が新一に回ってきたのである。 式の最中に狙われる確率が高い。殺人予告には、この結婚をめちゃくちゃにしてやる、血で汚してやると綴られていた。式の最中は教会の扉も閉めるため逃げることも容易ではない。 結婚式を延期しても、犯人があきらめるとは思えない。再び殺人予告が届くだけだ。だから、新一が身代わりとなり新婦として結婚式に出て犯人を取り押さえるつもりなのだ。 佐藤刑事がいるのは、新一が連絡したからだ。犯人の行いを阻止し、逮捕するには刑事が必要だ。だから、内緒で新一が佐藤を呼んで打ち合わせた。 「ほら、背筋を伸ばして。犯人がいつ仕掛けてくるかわからないんだから。花嫁らしく楚々としていてね。ヴェールで隠れるけど少し伏し目がちでいて。正木さんの顔を犯人がよく知っていて、別人だとわかるとは思えないけど、ばれたら元もこもないし」 「ええ、わかってますよ。出来るだけ楚々としていますとも」 「私は隣に待機しているけど、工藤くん、無理はだめよ」 「はい。でも、犯人がどうやって仕掛けて来るかによりますね。ナイフ、拳銃、爆弾。爆弾だけは避けて欲しいところです」 「爆弾?工藤くん、大丈夫?やっぱり身代わりは止めた方が……」 爆弾という物騒な単語を聞いて清香は蒼白になる。自分の代わりをつとめてくれるのはありがたいが、そんなに危ないなんて他人にやらせていい訳がない。 「ああ。大丈夫ですよ。これでも修羅場はくぐっていますから。多少のことではやられません」 新一はにこりと笑って清香の心配を受け流す。 「正木さんこそ、ここから動かないで下さいね。誰かに会ってしまったらばれますから」「はい。ちゃんと隠れています。見つかったら工藤くんに迷惑がかかるから」 清香が新婦でないとばれたら、犯人がどんな行動に出るか予想できない。 「用心して下さい。でも、僕が結婚式の代わりをするとして、いろんな事大丈夫なんですか?」 「ちゃんとお願いしてあります。神父さまには伝えてありますし、式がどこまで進むかわからないので、指輪も仮のものをおいてあります。浩也さんにも言ってありますから」 浩也というのは、清香の結婚相手だ。当然、身代わりが出席することは伝えてある。 「指輪?」 「そうですよ。指輪の交換で必要でしょ?有希子さんからサイズを聞いて、用意してありますから、工藤くんの指にあいますよ」 「……母さん」 自分に頼み事をしてきた母親有希子は、用意周到過ぎる。 新一が着ているウェディングドレスも有希子が用意したものだ。清香のものを代用することは感情面とサイズ面で出来ないのだ。 有希子が新一んのために用意したウェディングドレスは、全体的にはシンプルで品の良いAラインのドレスである。使われているレースなどは細かく編まれていて、見るからに高級感が漂っているが嫌みに決してならないデザインで有希子の趣味の良さを伺わせる。 体型をカバーするため、首元はレース素材のホルターネックで胸元まで透けるている。背中は少し開いていて、滑らかなラインが美しく艶やかだ。細く絞ったウエスト部分から後ろに広がるスカートには花柄があしらってある。 黒髪を高く結いあげ、付け毛でボリュームを足し小さな真珠がたくさん付いた髪飾りを刺す。 耳には揺れる真珠のイヤリング。 動きやすいように引きずつほど長くはないベールだが、溶けるような素材のレースは紗がかかったようで、新一の顔をより際だたせる。 薄く化粧された新一だがどこからどう見ても麗人に仕上がっていた。 白い肌は余計な手間など必要なく、軽く整えられただけだ。 パールピンク色の可憐な瞼に、マスカラをたっぷりと塗られた睫毛は瞬くだけで色濃く陰を作る。唇はベビーピンクで艶やかだ。 白薔薇を主としたブーケに、光沢がある白くて長い手袋。 自分の姿が恥ずかしいのか、少し目元を染め宝石のような蒼い瞳を瞬かせる姿は今日の主役にしか見えなかった。誰も、性別が男性だとは疑いもしないだろう。 「有希子さんは、すばらしいですね。工藤くんのサイズを熟知している上、ぴったりと似合うものを選ぶことができるんですもの!私、尊敬します」 清香は、電話で有希子と話し打ち合わせたため、すでに心酔している。その様子を見て我が母親ながら、すでに引退して長いのに人気に陰りがないのは、こういう事なのかもしれないと心中で新一は思った。 「……そうですか。まあ、抵当につきあってやって下さい。喜びます」 若い女の子が大好きで着飾ることが大大大好きな母親である。きっと、着せ替え人形になるだろう。 「さてと時間ね。出陣と行きましょうか」 佐藤が時計を確認して、新一を促した。 「はい」 新一は立ち上がった。 荘厳な音楽が鳴り響いている。 教会とはいっても、結婚式場が経営する建物であるため、普段信者が集まる場所ではない。とはいえ、小さくとも、ゴシック調の建築で人気がある。教会の横に控え室などもあって、最近若いカップルが式を挙げている。 本当なら新婦は父親に付き添われバージンロードを進み、祭壇前で新郎に渡されるのだが、今回は行われない。娘ではない人間を演技とはいえ連れて歩く気がしないし、一応狙われているため父親は拒否したのだ。 だから、新一は純白の衣装をまとった新郎と腕を組んで二人、バージンロードをしずしずと教会の祭壇まで進む。 長いドレスの裾を踏まないように一歩ずつ進み、やがて神父が待つ祭壇で足を止める。一応佐藤に注意されたように目を伏せめがちに楚々とした雰囲気を醸しだしていたから、今のところばれてはないと思う。 そのため、新郎の顔をまともに見ていないが。代理の新婦と結婚式のまねごとをしなくてはならない新郎も可哀想だ。それにしては、怖がっているそぶりはなく、落ち着いているのがかえって不思議だ。殺人予告が出ていると聞いているだろうに。 新一は、新郎も巻き沿いにならないように守らないとならないと、心で決める。 神父が聖書を朗読する。 神父も事情は聞いているだろうに、緊張しているそぶりはない。さすが、神に仕える人間は違うのだろうか。心が穏やかなのだ。 やがて誓約。神父が聖書を二人間に差しだし聖書に手を乗せるように即す。新一と新郎は聖書にそっと手を乗せた。 「あなたはこの者と結婚し、神の定めに従って夫婦になろうとしています。あなたはその健やかなる時も病める時も、喜びの時も悲しみの時も、富める時も貧しい時も、これを愛し、これを救い、これを慰め、これを助け、その命ある限り堅く節操を守ることを誓いますか?」 神父が朗々と教会中に響く声で決まり文句を述べた。 「誓います」 「誓います」 小さいが、はっきりと二人が答える。そして誓約の証として指輪の交換が行われる。 神父が預かったビロードの箱を開けて新郎に渡す。新郎はそれを受け取り、中から指輪を摘む。 新一はすぐにブーケと外した白い手袋を横手にいる女性に渡す。実は横に控えているは佐藤だ。眼鏡をかけ、多少変装している。 そっとはめる銀色の結婚指輪。 新一は新郎から手を取られ、左手の薬指にそっとはめられた。新一も新郎の手を取って少し緊張気味にはめる。なんというか照れくさいことこの上ない。それにしても、新郎の手は細くて長くなめらかだ。なんの仕事をしているのだろう。 女性が聖歌を歌い始める。高く情感たっぷりの声は教会中に響き渡る。 そして、次は誓いのキスだ。ここまで何事もなく過ぎてきた。ここがクライマックスといっていいだろう。犯人は仕掛けてくるだろうか? 新一は覚悟を決めて新郎がヴェールを取りやすいように少し屈み頭を下げる。新郎はベールを後ろに返して新一の細い肩に手をおく。 自然に、初めて二人の視線があう。 「……!」 一瞬、見つめ合うが、すぐに行動に移した。心持ち傾けて顔を寄せもう少しで唇に触れる時。 「死ね……!」 ナイフをもった男が血走った目で新一に走り寄る。客席から躍り出てバージンロードを向かってきたのだ。 新一は予め武器としてまとめた髪に刺してある簪を抜き取り男の腕に投げた。ナイフを持った手に簪が掠り、男はナイフを床に取り落とす。男がそれを拾いあげようとする瞬間に新一は近寄りナイフを靴で遠くに飛ばし、慌てて襲いかかろうとする男に脚を振り上げた。殺傷能力のある新一の脚を浴びて男は床に崩れ落ちた。その際、ウェディングドレスが翻り、白い足が露になり目のやり場に困るというハプンングがあったが、新一は気にしなかった。 すぐ駆け寄ってきた佐藤が男を押さえ込み、手錠をはめる。念のため、拳銃を所持して佐藤だが、使わなくて済んだ。 その一方で、新一が動いていた瞬間別の場所からも男が拳銃を持って立ち上がり新郎に向かって発砲しようとした。新郎は、どこから出したのか、カードを予備動作なしで投げた。まっすぐにカードは男の手に刺さる。床に落ちた拳銃を再びカードを数枚投げて遠くにやったが、上着から今度はナイフを取り出し振り上げた男に新郎は、あっというまに側まで寄って、腕と首に手刀を叩きこむ。からんと音を立てナイフが床に落ち、男もがくりと意識を失った。 一連のやりとりは、見事だった。 新一は視線の端で新郎の活躍を見やって、きらりと目を輝かす。 後方から現れた男が大声で「逮捕する」といって意識を失った男手に手錠をはめている。どうやら、向こうも同じような状況だったようだ。 新一が新郎の男を見つめていると、視線があった。瞬間絡んで、意味深に微笑み離れていく。 なにが起こったのか理解できない間に、解決していたせいで着飾った出席者達はすべて終わったと騒然となった。 |