「歪んだ螺旋 3」




 


 トゥルルール。トゥルルール。

 新一が帰宅すると、電話が鳴る
 急いで玄関で靴を脱ぎリビングへ向かい電話に出るが、無言で切れた。
 ふう、と新一はため息を漏らす。
 ここのところ、毎日帰宅すると電話が鳴る。だが、出ても切れる。
 新一はネクタイをほどき、上着を脱いでソファに腰を下ろした。疲れて帰ってきてこれだと嫌な気分になる。
 ポストから取ってきた山ほどの郵便物が目に入り、仕訳しないとならないなと思う。
 気分を変えるつもりで、郵便物に手をやって宛名で仕分けし始める。相変わらず父親宛のも母親宛のもなくならない。住んでいないと知っているのに、なぜ送ってくるのだろうか。
 一通父親宛だが、どう考えても自分宛の手紙を見つけた。
 どうせ、パーティの招待状だろう。装丁も豪華だ。厚手の和紙の封筒はうっすらと模様が入っている。封にはその人物の印章が使われている。
 まったく、好きなのだから。
 可愛がってもらっていると自覚はあるが、公の場に出ていくのも躊躇われる。行けないが断りの電話だけでもしておけばいいだろうか。
 そんなことを考えながら、次々と仕分けていく。
 だが、中からあるものを新一は見つけた。見るからに勘が伝えてくるものがある。その封筒を手に持って、ふうと息を吐いてから封を切る。
 中から現れた便せんには、新一の、ここ一週間の行動が細かく書かれていた。
 
 ○月△日 月曜日
 8時1分に家を出て8時20分に帝丹高校へ行く。そのまま授業を受けて3時45分下校。途中4時22分木村書店に寄る。本を一冊買う。4時55分帰宅。24時14分就寝。
 ○月▲日 火曜日
 7時55分に家を出て8時16分帝丹高校へ行く。今日の授業には体育があるが休む。3時29分下校。4時10分帰宅。4時21分、友人が遊びに来る。20時5分友人が帰る。23時34分就寝。
 ○月◎日 水曜日
 8時5分に家を出て8時24分帝丹高校へ行く。授業を終え、3時22分パトカーが校門まで迎えに来て事件現場へ移動。19時23分帰宅。19時30分隣家の子供と隣の家に行く。21時5分帰宅。23時13分就寝。
 ○月□日 木曜日
 7時51分に家を出て8時13分帝丹高校へ行く。そのまま授業を受けて3時25分下校。4時3分に帰宅。4時14分、友人が遊びに来る。20時15分友人が帰る。24時10分就寝。
 ○月◇日 金曜日
 8時5分に家を出て8時24分に帝丹高校へ行く。そのまま授業を受けて3時30分下校。4時13分帰宅。4時29分、友人が遊びに来る。20時1分友人が帰る。23時44分就寝。
 ○月●日 土曜日
 10時23分、友人が遊びに来る。友人と13時11分に出かける。13時35分に木村書店で本を三冊買う。14時43分丸特スーパーで買い物をする。15時55分帰宅。そのまま友人が泊まっていく。23時56分就寝。
 ○月◆日 日曜日
 11時33分隣家の子供が来る。19時20分子供が帰る。19時55分友人が帰る。23時9分就寝。
 
 
 さすがに、いたずらのレベルではないとわかる。
 新一は眉間にしわを寄せる。
 ずっと見張られていた、といっていい。新一が家を出て何をしているか。誰が来たか。何時に寝たかまで書かれているということは、電気が消えた時間まで観察されていたと示していた。
 最近、帰宅と同時に鳴る電話も同一人物の可能性が高い。見張っていれば、新一が家に入った瞬間電話すればいいのだから簡単にできる。
 さて、どうするか。
 これが、イタズラと呼ばれてるものではなくストーカーと呼ばれる類に属することはわかっている。ストーカー規制法ができたのだ。警察に協力している新一は細かく知っている。
 ただ、実質の被害はまだない。他人なら十分に気持ちが悪いだろうが、新一は犯罪に慣れすぎていた。それに、有名人の両親と自分も名前を売っているせいで、こういった事がなかった訳ではない。もっと軽いイタズラなら山ほどある。
 もしかしたら、気が付いていないだけで、すでに軽度の手紙を何度も送っているのかもしれない。
 ひとまず、いつも通りに保管しておこう。新一は様子を見ることにした。
 
 
 
「新一!」
 元気のいい声が玄関でして、快斗がやって来た。
 今日も賑やかだ。問題の手紙はすでに別に置いておいたから快斗の目に触れることはないだろう。わざわざ見せることもない。
「今日はお菓子を作ってきたよ!」
 手に抱えた包みを、そういって自信満々に差し出す。
「なんだ?」
 料理の腕とお菓子作りの腕は折り紙付きだ。今までにも自宅で作った菓子を差し入れてくれたし、ここでデザートといっていろいろ作ってくれている。新一は快斗が作る菓子がかなり好きだった。
「今日はさくさくクッキーだよ。セサミとチョコチップの二種類。セサミは薄く作ってあるから、どれだけでも食べられるよ」
 快斗の自信作らしい。
「そっか。じゃあ、お茶を入れるが、紅茶がいいか?」
「紅茶の方があうと思うよ。できるなら、セイロンとか癖のないヤツ」
「わかった」
 新一はキッチンで快斗の希望であるセイロンの缶を取り出して、カップなどの用意をする。火にかけた薬缶が沸騰したら、ポットを暖めて湯を一度捨て茶葉をスプーンで計り入れ、お湯を注ぐ。熱を逃さないようにするため、ティコージーをかぶせておいて、その間にカップを湯で温める。砂糖壷とミルクを用意してトレーに乗せる。
 すべてをトレーに乗せてリビングへと向かう。
 そして、丁寧にテーブルに乗せて、カップに紅茶をそそぎ入れた。
「はい、快斗」
「ありがとう。新一も、はい」
 快斗は広げたクッキーを新一の方へ押し出した。新一が紅茶を入れている間快斗は、持ってきたクッキーを皿に盛っていた。皿は勝手知ったる他人の家ということで、食器棚から持ってきた。
「「いただきまーす」」
 さくさくのクッキーはとても美味しかった。薄く焼いたセサミクッキーは香ばしい。チョコチップは甘いが、甘すぎることはない。適度な甘さで紅茶との相性もよくて、新一は気に入った。
「これ、いいな」
「そう?気に入ってくれて、嬉しいよ。また作ってくるね」
「サンキュ」
 新一はにこやかに頷く。快斗が作ってくれるようになって新一はお菓子を食べることが多くなった。市販されているものは甘いからだろう。手作りのお菓子は新一好みに砂糖の量が調節されているから、いくらでも食べられる。
 おかげで、楽しみの一つになっている。
 
 
 
「そういえば、しばらく来れないんだよ」
 快斗は徐に切り出した。
「……仕事か?」
 快斗がこんな風に仕方なさそうに言うということは、KIDの仕事である可能性が高かった。ほとんどだと言っていい。コンピュータ並の頭脳を誇る快斗は試験だろうが、お構いなしにやってくるくらいなのだ。あえて試験勉強などはしない。それはほとんどの高校生に喧嘩を売っている所存だが、新一は一般的ではないので気にしなかった。
「そう。東都から飛行機で行ってそこから電車に乗って、その先はバスっていう、すっごい田舎に行くんだ。なんでもビックジュエルを所有している人間がいるらしいと情報が入って。そんな辺鄙な場所で悠々自適に暮らしている人間だから、展覧会なんかに貸すこともなく、公開することもない。個人所有の宝石は、なかなか調べることが困難なんだけど、今回は特にそう。まあ、持っていると断定できるだけでも儲けもの。誰が所蔵しているかまったくわからない宝石も数多いからね。……てことで、自分で本当かどうか確認してこないといけなくて」
 快斗は深くため息を付いた。KIDの仕事であるのに、ため息を付くなど珍しいことだ。
「厄介なのか?」
 心配そうに新一は問う。
「厄介っていうか面倒?その屋敷に入ることもそうだけど、あるならどこに保存されているか、全く手がかりがないから」
「行ってみないとわからないんだな」
「そう。臨機応変。聞こえはいいけど、行き当たりばったり」
 知人などに変装して会うか、使用人などになって屋敷に入るか。人の出入りがほとんどないと、もっと方法を考えないとならないだろう。一応、身の回りの世話をしている人間はいるとわかっているが。
「気をつけろよ。滅多なことはないと思うけど、万が一何かあるかもしれないし」
 新一は快斗のKIDである信念も有能さも知っているから、信じてはいる。それでも物事は絶対ではないから、仕事の度に心配はする。
「ありがとう。……俺のことはいいんだよ、でもさ」
 快斗は新一に安心させるように笑ってから、
「新一。俺が来れない間も、ちゃんとご飯食べるんだぜ?」
 釘を指した。
「信用ないな」
 新一は大きなため息を付いて、がくりと肩を落とした。
「これに関して新一の信用は地に等しいから。哀ちゃんにも怒られていたじゃん」
「……そうだけど」
 反論の余地はなかった。
「ちゃんと哀ちゃんにも言っておくから。適当にしたら駄目だぜ」
 自分の不在を連絡してその間の新一の栄養状態、健康状態に目を光らせる気満々である。こういったことで、快斗と哀の連携はとても深い。
 新一に勝ち目などはじめからなかった。勝とうなどと決して思わないが。
 
「今日のご飯は根菜類のスープと、鶏肉とナスとズッキーニのトマトソース煮込みにポテトサラダ。きゅうりの浅漬け。デザートはりんごのコンポート。たくさん食べてよ。しばらく来れないから、いろいろ作って冷凍はしておくし」
 自分がいられない間の新一の食生活を落とす気はない。
 ご飯も冷凍しておこう。スープもたくさん作って明日暖めればいいようにしておこう。デザートもタッパに入れて冷蔵庫に保存しておいて。やることはたくさある。
「そうと決まれば、作らないと!俺これからキッチンにこもるから。食べたいものがあったら言っておいて。作って冷凍しておくし」
 すでに立ち上がり快斗はいそいそとキッチンへとスキップしそうに軽い足取りで向かう。
 キッチンは快斗の城だ。どこにどんな調味料があるのか、食材があるのか、器具があるのか、この家の主である新一より詳しい。そして、手際よく料理を作っていくのだ。あれは、手先が器用だからという理由では到底納得できない神業だ。新一は快斗の手先を観察して、そう心中で思っていた。恥ずかしいので、伝えていないが。
「具たくさんのスープ作っておいてくれると嬉しい」
「了解!」
 新一のリクエストに快斗が大きな返事をした。すでに、紺色のエプロンをして材料を並べている。快斗がしているエプロンは、二人で選んで買ったものだ。最初工藤邸にあるエプロンを借りようと思った快斗だが、常日頃家事をあまりしない新一がまっとうなエプロンを持っている訳がなかった。母親である有希子の趣味であるピンクのレース飾りが付いた代物と純白のフリルひらひらのメルフェンエプロンという凶悪なものしかなかった。
 二人は、瞬時に買い物に行くことを選んだ。
 なるべくシンプルで使い勝手がいいもの。快斗は紺色で新一は灰色だ。派手な色は絶対にイヤだという気持ちの表れである。
 それ以来、そのエプロンをしてキッチンに立つ。
 
 その夜は、栄養満点のご飯を二人でおなかいっぱい食べた。
 
 





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