〜第7話〜 工藤家のバカンス。 それは一般家庭からは、遠くかけ離れていた。 南の島がいいわと有希子が言えば、アメリカ合衆国ハワイ諸島の一端、マウイ島の高級リゾートホテルに決定した。 決定したはいいが、原稿を上げねば休暇に行くことができない優作はそれはそれはがんばって締め切りに間に合わせた。そうでなければ、「新ちゃんと二人で行くから」と脅されたのだ。 置いてきぼり、なんて寂しいのだろう………。 優作はそんなことは絶対にご免であった。 天は優作に味方したのか、締め切りを守った大作家は、愛する家族と機上の人となった。 ハワイ諸島、マウイ島。 季節風が吹く東側はハレアカラ火山にぶち辺り、雨が降り湿気があるため森林が覆う。その反対西側は山に遮られ水分を落とし乾燥した快適な風が吹くためリゾート向きの気候である。 青い海に、からりとした快適な風が吹く、白い砂浜の南国のリゾート。 オアフ島では観光客やバカンスに訪れる庶民が多いが、マウイ島は断然人が少ない。 その上、彼らが訪れるホテルは、有名人がお忍びでこっそりやって来る、時間をゆったりと過ごすための特別な場所である。 客室が全てコテージである完全独立型のホテルは自然に囲まれた広い庭とプールを有しているため、他の客と逢うこともなく過ごすことができ、食事も自分たちで簡単に用意してもいいが………キッチンも付いているし、食材も揃えてくれる………ホテルに依頼すれば毎食部屋に届けられるのだ。 そこは、世俗や多忙な日常を忘れ、緩やかな時間を取り戻す場所。 地上の、楽園。 「プールはいりたい、パパ」 新一は白いタイルが敷き詰められたプールサイドで優作を見上げながら、にっこりとおねだりした。 それなりの深さのある澄んだ水が太陽に照らされて、青く輝いている。きらきら反射する水面が新一のわくわくした表情を浮かべた蒼い瞳を揺らす。それを優作は眩しげに見つめ、新一を抱き上げた。 「よし、一緒に泳ごうか?新一」 「うん!」 優作は新一を腕に抱いたままプールに入った。優作が底に足を付けるとちょうど胸まで水面がきた。新一には当然深すぎるため、水には浸かるようにしつつ決して離さないようにしながら優作は水の中を歩き始めた。 「きもちいい………」 新一は小さな手で水をちゃぷちゃぷと触れながら、ねえ?パパ、と優作を見上げた。 「ああ、気持ちいいね」 優作はそれににっこり微笑みながら片手を安定させ、もう片方の手で新一に水をかける。それにきゃらきゃらと笑顔を見せる新一は大変可愛かった。 水に親しむことは情操教育に良いだろう。都会では味わえない空気と水はきっと新一に素敵な思い出を与えてくれる。でも、紫外線に当たりすぎると新一の白い肌が傷ついてしまうな、気を付けなくては(もちろん日焼け止めはしている)………そんなことを思いながら優作は新一と共にプールを一往復ほどした。 「優作、新ちゃん!」 有希子が大きく影を作るパラソルの下で手を振っている。 優しい風が真っ白のサマードレスと、麦藁帽子に付いたレースのリボンを揺らす。 「ママ!」 新一が小さな手を有希子に振って、笑顔を見せた。 「有希子、浮き輪投げてくれないか」 「いいわよ」 有希子は側に置かれた水玉模様の浮き輪を拾い、勢いを付けて彼らに投げた。 ふわりと重力を感じさせないで水面に落ちた浮き輪を優作は拾い、その輪の中に新一を抱き下ろした。 「新一、掴まって?」 「うん」 新一は真剣な目で浮き輪をぎゅっと掴む。 「よ〜し、行くぞ?」 優作は浮き輪の縁を掴むと円を描くようにくるくると回す。 「わ〜〜〜!!!すごいよ、パパ!」 楽しそうにはしゃぐ新一。 「新一、足をばたばたさせてごらん?」 「ばたばた?」 「そう、こういう風に」 優作は見本を見せるように少し泳いでみせる。その際わかりやすいように水飛沫を大きく立ててばた足をする。 「こう?パパ」 新一は小さく足を動かしす。 「そうだよ、上手だね?そうすると、もっと前に進むよ」 懸命に足を動かすと新一はゆっくりと水面を移動した。浮き輪に掴まっているため、足だけに集中しても大丈夫であるし、もし浮き輪から誤って手を離してもすぐに新一を助けることができるように優作は注意を払っている。 「うわ、みてみてパパ。ぼく、およいでるの??」 「そうだよ、泳いでいるよ新一」 嬉しそうに瞳を輝かせる新一に優作は笑みを深める。 「もう一回りしようか?」 「うん!!!」 優作は浮き輪の端を持ちながら再び水の中を歩き始めた。 南国フルーツを使ったトロピカルドリンクが透明なピッチャーに入れられている。 鮮やかな色彩のハイビスカスが庭に咲き乱れる。 コテージ内の全ての家具はクラシカルな様式を残した籐で編まれた涼しげな形のもの。 ソファにはハワイアンキルトのクッションが、寝室には枕やシーツなど同じ模様で一式揃えられている。 そのソファで新一が眠っていた。 遊び疲れたようで、気持良さそうに穏やかな寝顔だ。それに薄いタオルケットを有希子がかけてやり黒い髪を梳く。 「ねえ、明日は何をしようかしら、優作」 優作を振り返り有希子は楽しそうに明日の算段をする。 「そうだね、車でラハイナに行ってもいいし、何もしなくてのんびりしてもいいよ。有希子がより綺麗になるエステサロンもこのホテルの一角にあるらしいし、行って来てもいいんだよ?」 「………じゃあ明日はのんびりしましょうか。ラハイナは明後日でいいわ。エステはここでなくてもいいし。そうそうお風呂に入れる薔薇が洗面台の上の籠に置いてあったのよ。後で新ちゃんと一緒に入ろうと思うの」 有希子は、はしゃいだ声で微笑む。 「そうかい。楽しみだねえ」 優作はこの楽園の一時に思いをはせて、目を細める。 次の瞬間、窓から穏やかな風が通り抜けてカーテンを揺らした。まるで彼らを歓迎するかのように………。 この楽園は、誰をも暖かく迎える場所。 けれど、優作は妻の有希子と息子の新一がいる場所が自分の楽園なのだと、知っていた。 彼は夜、皆が寝静まった時間に日課にしている日記を印した。 今日の新一は初めて泳ぐことができた、と。 嬉しそうな笑顔が常夏の風の中、大層可愛らしかった。 もっとたくさん笑って欲しい。そしてそれを写真に収めよう。 ちなみに、彼の日記は新一観察日記、またの名を新一成長記とも言った。その日の新一が事細かく印されているため、いつパパと呼んだか、いつ立てたか、歩けたか優作の頭には入っているらしい。 〜第8話〜 『新一が自分の身を守れるように、護身術を習わせよう!』 そう優作が決意して、しばらく経ったある日。優作は新一の手を引いてある道場へやってきた。 「よう、山田」 「久しぶりだな、優作」 笑顔を浮かべ出迎えた細身の男に優作が手を出し、二人は握手を交わした。見かけは細身だがしっかりと筋肉が付き均等の取れた身体を持つ山田は優作の学生時代からの友人だった。酒を飲みかわし語らい、目を瞑ってもらえる多少の悪さもした仲だった。 「今日は頼むよ」 「話は聞いてるが、まあ、ゆっくりやるしかないだろうな」 「ああ。わかってる。ほら、新一挨拶しなさい」 優作は自分の足下にいる新一の手を引き、前に出す。 「こんちには」 少しはにかみながら、新一はにこやかに微笑む。それを山田は目を見開いて見つめた。 「………、有希子さん似だな」 「そうだろう?有希子に似て将来美人になるぞ?今でも十分可愛いが………」 「親馬鹿発言だが、否定する必用がないな。お前が心配するのがわかる」 にっこりと可愛らしく微笑む新一は山田が今まで見た子供の中でダントツだ。それは思わず誘拐したくなる、浚ってしまいたくなる可愛らしさ。優作が護身術を教えて欲しいと自分に依頼してきたのも頷ける。それくらい身につけておかなければ将来、否、現時点でも危ないだろう………。 山田が師範を務める道場では、合気道を教えている。 合気道とは簡単に言えば、円運動で相手の力を流して丸く誘導し、柔らかく相手を押さえ込む格闘技だ。 合気道には「合気」と呼ばれる技法があり、呼吸力や中心力といった力で、ほとんど力を使うことなく敵を投げたり押さえつけたりする技法のことだ。「合気」は筋力とは全く別のものだから、体格の小さな者でも大きな人間を制する事が可能になる。 もちろん修得するには長い年月がかかる。それは一朝一夕で身に付くものではない。 しかし、合気道には実戦で起こりうる状況に応じた技が無数にあり、刃物に対する対処法、座った状態からの投げ、関節技や投げ技があり、それ故に実戦において最も有効な護身術の一つでと言われている。 そこからわかるようによく女性が護身術代わりに習うのは、この合気道である。その姿はまるで舞を踊っているように流麗で、決まった型は大層美しい。護身術代わりに習ったのに、その魅力に取り付かれて続けている女性も少なくない。 相手の力を利用するのが、合気道の基本だ。 小さな子供には大人に対抗する力などないから、危険な目にあった場合の指南(対処法)を受けさせようと優作はここに連れて来たのだ。 「それじゃあ、新一君。始めるよ。いいかい?」 新一は山田と対面しながら………彼が腰を落として目線を下げているため目を見つめることができる………話に耳を傾けた。 「合気道を極めるのはとても時間がかかる。毎日鍛錬して何年も何年もかかってやっと道の入り口に立つくらいだ。だから、今日はひとまずどうしてもという時の方法を学ぼう」 「はい」 新一は、こっくりと頷く。 「まず、知らない人には要注意だ。例えば道を聞かれてもその場で教えて、絶対一緒に付いていってはいけない。あと車にも乗ってはだめだ。誘拐されちゃうからね?どこかに出かける時は誰とどこに行くか、いつ帰ってくるか先にお父さんやお母さんに言っておくこと。そして、何かあった時は大声を出して助けをを求める。近所の家に駆け込んで助けてもらってもいい。もし、新一君の友達が変な人に連れていかれそうになったら自分で助けるのではなく、近所の大人に助けを求めるんだ。お友達を助けたくても、子供の力では対応するのは難しいから。新一君まで危険が及ぶだけじゃなくて、それを知らせることもできなくなるからね?」 「うん。しらないひとにはついていかない。どこかにいくときはパパやママにいう………。あと、もしおともだちがつれていかれそうになったら、ぼくのちからではむりだから、おとなのひとにたすけてっていうんだね?」 「そうだよ、新一君は賢いね」 山田は新一の頭を撫でる。 「そして、危険な目にあったら、相手にかみつく。これは大人でも痛いから非常に有効だ。それに上腕の裏をつねる。子供の力でも十分に効くからね。もし腕をつかまれたりしたら慌てず、相手の指1本を思い切り折り上げるだけで、はずすことできる。あとは逃げ出すタイミングが重要だな。とにかく、何かあったらすぐ逃げるがポイントだ。………見本を見せようか?優作」 山田は優作を呼ぶ。 「優作、お前相手しろ」 「ああ」 「優作が変な人だった場合………」 山田は優作を後ろに立たせ自分に腕を回させる。そして、優作の親指をもち、ねじる。 「いててててっ………」 優作は身をよじって涙目になる。しかし、山田はそれを無視しつつ新一に説明を促す。 「大人でもこのように、痛くて動けなくなる。わかるかい?」 「はい」 新一は素直に頷く。 「他にも、そこを押さえると痛い場所が人間にある。そこをすかさず攻撃する」 山田は優作の身体を使って、必殺のツボを次々に新一に教えこむ。 「どうしても、危ないと思ったら、ここを突くんだよ?」 「痛いって!!!山田………」 優作が叫んで抗議しても山田は止めなかった。 殺傷能力が高い技。たとえば尖ったペンでもシャーペンでも何でもいい。あったら何でも武器になるから、と教える。あるものは使うんだよ?そう教えられて新一はこくこくと頷く。何事にも興味を示す新一は瞳をきらきらさせてそれに聞き入る。 「じゃあ、実践しようか?………優作」 「………」 これ以上はご免被りたい優作は無言で山田を睨み付けた。 「新一君、お父さんで実践だよ」 しかし、山田はにっこりと笑顔で告げた。 「パパで?」 新一が首を傾げて山田を見つめる。 「そう。お家でも父さんにいろいろ試してみなさい」 「はーい」 いい子の返事に優作はへこんだ。 それからしばらく優作の悲鳴が道場で木霊した………。 「優作、大丈夫か?」 「………大丈夫に見えるかい?」 むっつりと不機嫌そうに優作は答える。 「これも大切な新一君のためだと思って我慢しろよ」 「………」 「ま、お前はどうでもいい。一応、護身用の道具を用意しておくことを勧めるよ。『スタンガン・50万ボルト』『催涙スプレー』 『 防犯ブザー 』とかあるから、考えておきたまえ」 「わかった。新一にはそれくらい必用だろうねえ………」 優作は頷いて忠告を聞き入れた。 「必用だと思うよ。只でさえ、有名人の子供は誘拐されやすい。その上、外見が有希子さん似じゃ誘拐してくれと言わんばかりだ」 優作と山田は身体を動かして疲れて眠ってしまった新一の天使のような寝顔を見つめた。 「「………」」 優作は新一の頭に手を伸ばして何度も漆黒の髪を撫でる。すやすやと眠る新一を愛おしげに見つめて山田に視線を戻すと真剣な眼差しで見つめた。 「これから週に1度ほど通わせるから、頼むよ」 「まかしておけ」 山田は請け負った。 天使が自分の身を守れるように………。 それは天使が黄金の蹴りを手に入れると決定した瞬間だった。 〜第9話〜 聖マリア学園、幼稚舎入園式のことである。 晴れ渡った4月の初め。園内にある桜が満開を迎え薄紅色の並木を作っていた。はらはらと舞い落ちる花びら、差し込む陽光。いっそのんびりとした穏やかな午後の一時、しかしその日は園始まって以来の騒動が起こっていた。 この学園は幼稚舎から大学まで揃い、十分な環境で伸び伸びとした一貫教育を目指している。入学する子供は割と有名人や文化人、芸能人の子供が多く存在したがそれが日常と化しているせいか特別に感じることはなかった。ただ、寄付金が多いためよりよい環境が整えられているというくらいであろうか。 その親子が入園式のために学園を訪れた時の騒動は、後に語りぐさになるほどだった。 世界的に有名な推理作家工藤優作、世界中の男性を虜にした元女優有希子。二人が並び立つだけで目立った。まるで後光が差しているかのように彼らが校門を潜り園内に入った瞬間から人目を奪う。 そして、彼らの一人息子新一。 二人に溺愛されている息子は、誰がどこから見ても可愛らしかった。 母親の有希子によく似た容姿は、テレビで見ることのできる子役や雑誌のモデルなど足下にも及ばない程の可憐さだった。正しく天使。その背には小さな純白の羽根があるのではないかと疑いたくなる。 さらさらの黒髪も白くて小さな顔に蒼く輝く宝石のような瞳も桜色に色付く唇も貝殻のような耳も。全てが人々の目を惹き付けた。 母親の有希子が女優を引退したとは思えない程の美貌を備えていたため、有希子と新一の母子は、さながら宗教画のような美しさを醸しだし、「マリア様と天使様」だとどこからともなく囁かれた。 それ以来、有希子は影でマリア様。新一は公でも天使だと言われることになる。 そんな二人の側にいる父優作は、賢者あたりが妥当であろうか?どちらにしても、二人を彩るいいツマである。 それに優作も異議を唱えることはないだろう。二人の良いツマになるなど、父親冥利に尽きるものだと彼自身が思うだろうから。 「新一、今日からここに通うんだよ?」 「そうよ、新ちゃん。ここが新ちゃんの通う幼稚園なの」 「ここが?………ひろいね」 両側から手を繋いだ新一に優作と有希子が微笑みながら説明する。 「おともだちできるかな?」 新一は小首を傾げながら嬉しそうに微笑んだ。それは期待に胸を膨らませている可愛らしい表情だった。 「新ちゃんなら、たくさんできるわよ?」 「そうだよ。新一にできない訳ないよ。列をなすほどできるぞ?」 友達は列をなして作るものではないが、優作は作家とも思えない発言をする。 それは新一バカである証のようなものだろうか?どちらにしても、もし編集者が聞いたなら、うちの先生は………、とため息を付かれたことだろう。 「たのしみ………」 ふんわりと笑いながら、心から告げる新一に両親は内心良かったと安堵していた。特に優作は嬉しさと、これから生活を思って少々の不安をなくせないでいた。道場に通わせているが、何が起こるかわからない。誘拐も虐めも害虫もとにかく目を光らせないとならない、と硬く誓う。 そして、入園式は混乱が起きることなく無事に終えることができた。 しかし、クラス発表の段階で、天国と地獄を味わった親子がいたことは歴然とした事実である。新一と同じクラスとなれた幸運な園児は笑顔でこれから生活を思い、残念ながら違うクラスとなった園児と親は暗雲たる気分に襲われるが、これからの学園生活いつかは同じクラスとなると希望をもった。 クラス発表の後、各クラスで挨拶が行われた。 一人ずつ自己紹介をするのだが、新一が両親に付き添われて前に出た時、皆声をなくして注目した。 「くどうしんいちです。これからよろしくおねがいします」 そうにっこりと花のような笑顔で告げた瞬間、天から舞い降りた天使を確かに人々は目撃した。漆黒の髪に光が当たり、まるで天使の輪のようであった、とは目撃した人々の感想である。 そして、新一の次の順番になっていた子供が、あまりの緊張のため転んでしまったため(新一に見惚れていた)新一が手を差し延べ起こしてやり「だいじょうぶ?」と優しく声をかけた時、外見だけではなく中身の極上さに、彼の別名は「天使様」と決定したのだった。 その日のことは「聖マリア学園の奇跡」と言われいる。 幼稚園から帰ってきた新一は必ず優作に今日習ったことを報告に来る。 それは優作が約束させたからである。 「これから新一はたくさんのことを覚えてくると思う。だから、パパに教えてね?」 そう言う優作に新一が嫌だなどと言う訳がなかった。優作と話すことが大好きな新一は、 「わかった、パパ。たくさんおはなしきいてね?」 と笑顔で頷いたのは言うまでもない。 「今日は、どうだったのかな?」 幼稚園から帰宅し手を洗いうがいをして優作の書斎を新一は訪れた。手洗いやうがいは子供の集まる場所であるから風邪など拾ってこないように最初に躾けた。 「きょうはね、まいちゃんとひろくんとあそんだの」 「舞子ちゃんと、浩志君?そうかい、良かったね」 「それとね、とおるくんも………」 舞子と浩志の名をすでに新一友人リストに加えて安心していた優作は、新たな人物の名前に目を光らせた。 「とおる君とはどんな子なのかな?」 さも、知りたいと言わんばかりの口調で新一に優しく聞く優作の内心は、娘が男友達を作る度に眉を潜め、どんな子供なのかチェックを入れる馬鹿親と同じだった。どんな友達なのか、女の子より男の子を気にしているところからも、大層勘違いしていることが理解できる。もっとも優作からしてみれば、こんなに可愛いのだから、男の子が寄ってくるのは当然であり、害虫は早期発見駆除が正しいと思っていた。 「おとなりのクラスなの。すなばでトンネルつくってあそんでたの」 「お隣のクラスなのに、どうして一緒に遊ぶことになったのかな?」 「2クラスいっしょだったんだよ。おとなりのたなかせんせいかぜでおやすみだったの。だからきょうはずっといっしょだったんだ」 「そうかい。田中先生がお休みだったんだ?それから、何かした?」 「えっとね、えほんよんだ。ぐりとぐら。パンケーキやくの」 「ぐりとぐらね。面白かったかい?」 「うん!パンケーキたべたくなったの」 新一はこーんな大きなパンケーキなんだよ?と手を広げて嬉しそうに笑う。それが、また可愛かったので優作はよしよしと頭を撫でた。 「今日のおやつはパンケーキとはいかなくても、ホットケーキにしようか?」 「うん、たべたい!」 「蜂蜜たくさんかけて、フルーツも添えようね。ミルクたっぷりの紅茶もいれよう」 「わーい」 新一が瞳を輝かせて喜ぶので優作まで嬉しくなる。 「そうそう、今日は何を習ったんだい?」 その日のこと、に当然ながら習ったことや行事なども入る。友達と遊ぶという報告も重要であるが、新一に変なことを教えていないかチェックする優作であった。 「おおきなくりのきのしたで、おどったの」 「『大きな栗の木の下で』?そうか、踊ったんだね。じゃあ、見せてくれるかい?」 「いいよ」 新一は頷くと子供特有の高い声で歌いながら、手を動かして身体全体で踊り出す。 これを踊る、という表現はおかしいのかもしれないが、新一からすればたくさん踊っていることになる。 『あなたとわたし、なかよく、あそびましょう』 優作を小さな指で指して、今度は自分にその指を向けて、両手を胸の上で交差する。 『おおきなくりの、きのしたで………』 「上手だね、新一」 新一が踊り終えると、優作は拍手をして誉めた。 新一も優作に今日習ったダンスを披露できて、嬉しそうに微笑んだ。 「パパも、踊ろう?」 そして、優作の手を取ると、ね?と首を傾げて誘う。可愛らしくお願いされた優作が頷かない訳はない。優作は自分も立ち上がり、新一の歌声と共に大の大人がするには些か恥ずかしい踊りを一緒に踊る。 新一と一緒に、こんな風に踊るなんて………。 優作は顔がにやけるのを止められない。その場に有希子がいたならば、貴方そんな鼻の下を伸ばして締まりがないわ、と注意しただろう。しかし、幸運なことに誰もそれを見とがめる者はいなかったから、優作は思う存分目尻を下げ、鼻の下を1メートルくら伸ばし、頬をゆるめていた。親でなかったら変態である。 「そろそろお茶にしましょう」 そこへやっと有希子がやってきた。 微笑ましい光景を見て、まあ、と口に手を当てて驚くがすぐに笑いながら、「新ちゃんお茶にしましょう」と誘った。 「ママにもお茶の後に見せてね?」 とおねだりすることも忘れない。 それは工藤家の日常だった。 |