「パパとしんちゃん」4
第10話〜第12話




〜第10話〜



 その日、優作は旧友の訪問を受けた。

 「やあ、盗一」
 「久しぶりだね、優作」

 二人は懐かしそうに目を細めると硬く握手を交わした。
 均等の取れた身体を黒いスーツで覆い立ち姿が絵になる優雅な男。それは優作が知る彼そのものだ。彼との付き合いは優作が小説家になってからだが、もう随分と長い年月が過ぎている。

 「最近ずっと海外公演が続いていたからね。日本にいなかっただろ?」
 「そうだな。これからしばらくは日本にいるよ」
 「へえ。日本に身を落ち着けるのかい?もし、日本でやるなら是非見に行かせてもらうよ?」
 「ありがとう。その時は招待させてもらうよ」

 優作も盗一と呼ばれた友人もくすくすと笑いを忍ばせる。

 コンコン。

 ドアが小さく開き、新一が小さな顔をドアの隙間から覗かせた。それに気付いて優作は微笑みを浮かべて手を広げて向かい入れた。

 「おいで、新一」

 新一はうんと頷いて部屋に入ってくる。そして、優作の側まで来るとそのまま膝に乗って目の前にある初めてみる人物に不思議そうに首を傾げる。

 「新一、ご挨拶して?」
 「うん、くどうしんいち、4さいです」

 優作が促すので、新一は名前を名乗り、にっこりと天使のように微笑んだ。
 そして、優作の耳元に唇を寄せて小さく聞く。

 「パパ、だれ?」
 「彼はね、パパのお友達なんだ。黒羽盗一、世界屈指のマジシャンなんだよ」
 「くろばとういち?マジシャン?」

 わからない、という顔で再び新一は首を傾げる。そしてじっと目の前の瞳を見つめた。新一の子供である故にどこまでも透明で綺麗な瞳とかち合い、盗一は驚きの色を浮かべた。そんな盗一を認めて、優作は苦笑する。

 「彼はマジシャンだから、不思議なことができるんだよ………」

 優作はにっこりと新一に微笑むと、盗一に視線を向けてにやりと意味ありげに笑う。
 盗一は微笑して、頷いた。

 「では、新一くんのために披露しましょうか」

 盗一はそう言って立ち上がると、優雅に一礼してみせた。その瞬間からその場は、彼の独壇場、ステージだ。
 彼の姿は真っ黒のスーツ。胸ポケットには白いチーフが入れられ黒い靴も磨かれている。いつでもマジジシャンであることを忘れないのか、隙のない着こなしである。
 どこからなのか、先程までは何もなかったのに黒いシルクハットを取り出し、それを中に何も入っていないのを確かめるようにふってみせる。
 そして、小さな声で「1・2・3」と彼が唱えると、シルクハットから真っ白の鳩が飛び出した。
 鳩は盗一の指に止まり、彼が腕を持ち上げると飛び上がり天井を旋回して新一まで飛んでくる。新一の肩に止まりホーホーと鳴いてつんとくちばしで頬をつついた。

 「う、わ〜〜〜!!!」

 新一は瞳を見開いて鳩を見つめた。赤い目は人なつこく新一を見つめてくる。
 
 (いったい、どこからはとがでてきたんだろう?)

 新一は首をひねる。
 次いで盗一はポケットから白い布を取り出し優雅に表と裏の面を見せ何もないことを再び確認させると、シルクハットに布を小さく畳んで入れた。そして、指で数度力を注ぎ混むようにシルクハットの上で動かして呪文を唱えると、そこから純白の薔薇が一本出現する。盗一はしゃがんで新一に視線をあわせて、その薔薇を差し出した。

 「ありがとう」

 新一は嬉しそうに薔薇を受け取った。

 (まほうみたいだ………)

 「すごーい。おじさん、まほうつかい?」

 新一は驚喜して瞳をきらきらと瞬かせると、盗一を見上げた。

 「あはは、そうだね。人に夢を見せる魔法使いであったらいいな」
 「だったら、くろいまほうつかいだね?」
 「どうしてだい?」
 「くろいおようふく、きてるから。そこからまほうをだすから。くろいまほうつかいなんだ」
 「黒い魔法使いかあ………、なかなか格好いいね。新一君、ありがとう」

 真っ黒のタキシードに準ずるスーツを着ている盗一は、新一に不可思議な存在と映ったようだ。誰が着てもいいのではなく、彼が纏う雰囲気がそう感じさせたのだろう。

 「きにいってくれたの?」
 「ああ、すごく気に入ったよ」

 盗一は微笑みながら新一の頭を撫でた。

 「………黒羽だからちょうどいいかもね?我が息子ながらいい名をつけるものだ」

 優作はそんな親馬鹿なことを恥ずかしげもなく言う。

 「お前に似ず、いい子だな?」
 「俺に似ず、は余計だ」

 盗一の揶揄する言葉に優作は鼻をならした。

 「新一君、またね」
 「うん。また、きてね」

 新一は黒い魔法使いに小さな手をふった。

 「ああ、約束するよ」

 魔法使いの笑顔に新一も可愛らしい笑みでもって答えた。
 それが、魔法使いとの出会いである。



〜第11話〜


 5月4日。その日は新一の誕生日だ。
 可愛い新一の誕生日にあの両親が何もしないことなどあり得ない。随分前からホームパーティを企画して準備を進めていた。美味しい料理やケーキ。喜ぶだろうプレゼント。両親や親しい知人、友達や隣の阿笠博士。新一を愛する者達だけで祝うパーティ。
 その中には新一が『黒い魔法使い』と呼んだマジシャンも含まれていた。誕生日には特別に新しい、まだ誰にも披露していないマジックを見せてくれると約束していたのだ。新一はそれをとても楽しみしていた。
 が、当日新一は熱を出して誕生日どころではなかった。
 誕生日はいつでも祝えるが新一の体調が一番大切であるから、パーティは延期された。
 そして新一は自室の大きなベットの中で寝ている。
 
 (せっかく、みんながおいわいしてくれるはずだったのに………)

 新一は悲しんだ。
 『黒い魔法使い』との約束も果たせない。
 朝起きてみたら新一の熱が高くて、皆を心配させた。子供は元々体温が高いし、体調の変化ですぐに高熱を出しやすいものだ。39℃まで上がった体温は見ていて苦しそうで、水枕と解熱剤、水分と安静でどうにか安心できる程度の微熱に下がったのは夜を迎える頃だった。ずっと付いていた有希子も、やっと安堵してゆっくりと眠らせるために部屋を離れた。

 どれほど時間が経ったのか、新一がぼんやりと意識を浮上させ喉が乾いたなと感じていた時………。
 ベランダ越しにあるカーテンが舞い上がった。
 空いていなかったはずの窓。息子を愛する両親が熱のある新一に冷たい風を当てる訳がない。鍵は閉められていたはずである。
 風が出ているのか、ふんわりと揺れるカーテンに新一は視線を奪われてじっと見つめた。好奇心には勝てず、怠い身体を叱咤して起きあがり床に足を付いた。そのまま力の入らない身体を緩慢にゆっくり動かして窓まで近付き、カーテンを引っ張った。

 現れたのは、白。
 丸い月が頭上にかかり銀色の光を降り注いでいる中に、白いものが立っていた。
 新一はその姿を見つめて、ぼんやりとした表情で小首を傾げた。
 白いもの………純白のスーツにシルクハット、床に届くかと思うほど長いマントに身を包んだ人間は新一の前にふわりと降り立つと、腰を屈めて視線をあわせた。

 「だれ?」

 素朴な新一の疑問に彼は苦笑する。
 先日から再び日本で聞かれるようになった「怪盗KID」という名前を新一は知らなかった。怪盗と呼ばれることから、警察に追われる盗人。彼が盗むのはビックジュエルとよばれる宝石であり、盗んだ後、それを落ち主に返すことから義賊的、紳士的に世間からは認められ人気があるということを。もちろんその特徴である純白の衣装も片眼鏡も仕草も手並みも、偉大なるマジシャンであるかの如く『月下の奇術師』とあだ名が付く程だと。

 「こんばんは」

 KIDは己の胸に手を当てて優雅に挨拶した。

 「………こんばんは」

 新一も躾された通りに律儀に挨拶を返した。夜中に人の家の2階のベランダに現れるという非常識さと不審さに気付かない。それはもって生まれた好奇心故か、手中の珠の如く育てられ人を疑わない故か。

 「お誕生日、おめでとうございます」
 「………?」
 「今日は、貴方の誕生日なのでしょう?」
 「うん。………ありがとう」
 「お身体が辛そうですが、どうしました?」
 「うん………。ねつがでてしまって」

 新一は自分の誕生日を知っていることから、目の前の人物が己を知っているのだと認識し警戒心など欠片も持たなかった。

 「もう歩いて、大丈夫ですか?」
 「ねつ、さがったし………」

 しかし、僅かに残る熱のため桜色に上気した頬、潤んだ蒼い瞳でKIDを見つめる新一の様子にKIDは眉を潜める。そして新一の額に手を当てて、一度吐息を付いた。

 「まだ、若干あるようですが?外気に触れていては、また熱が上がってしまいますよ?中に入りましょう」

 そう言って新一を胸に抱き上げると、頓着することなく中に入ってベットに降ろす。毛布をかけて、側にあった上着を肩にかけて暖める。

 「寒くないですか?」
 「さむくないよ?」
 「そうですか」

 KIDは安堵する。自分のせいで新一の熱がまたぶり返しては堪らない。

 「ねえ、どうしてここにきたの?もう、いっちゃうの?」

 新一は純粋さ故に、その理由を問うた。

 「ここに来たのは偶然ですよ。何となく窓の明かりに呼ばれた気がしたのです。そして、すぐにお暇するつもりでしたが、………私からささやかな贈り物をさせて下さいませんか?」
 「おくりもの?」
 「ええ。お誕生日ですからね」

 KIDは新一の小さな手を取り微笑んだ。
 
 KIDは優雅に一礼すると、いつの間にか手にしていたトランプを流れるようにシャッフルして、カードマジックを披露した。そして、シルクハットから兎や鳩を取り出し新一を喜ばせると、部屋中に花吹雪を降らせる。
 夢みたいなマジックに新一はどきどきする。

 (すごい………!!!)

 KIDが再び深くお辞儀すると新一は惜しみない拍手を贈った。

 「すごいね〜。どきどきした………」
 「楽しんでもらえて、幸いです」

 瞳を輝かせる新一にKIDは口元に笑みを浮かべた。

 「ありがとう。またきてくれる?」

 上目使いでおねだりする新一にKIDは目を細める。可愛い我が儘を聞いてやりたくなるのだ。

 「………そうですね、お約束はできませんが………。いつか、また」
 「うん。まってるね、『しろいまほうつかい』さん」
 「………『白い魔法使い』ですか?」

 KIDは新一の呼び名に、面食らった。

 「そうだけど、おかしい?いや?」
 「いいえ。嬉しいですよ。では、おやすみなさい」

 新一が心配そうに見上げてくるので慌てて否定して、了承する。そしてにっこりと笑う新一の額にかかる前髪を梳いて白い額に口付けた。

 「おやすみなさい」

 おやすみの挨拶に、穏やかに微笑して新一は目を閉じた。

 (良い夢を………)

 そんな声を遠くで聞いた気がした………。
 


〜第12話〜
 
 「新一君、こんにちは」
 「あ、くろいまほうつかいだ………」

 新一は盗一の姿を認めると駆け出した。
 お天気がいいので広い庭にある大木の根本で新一は、微睡んでいた。うとうとしながら、どこからか吹いてくる風に身をまかせる。それが気持ちよくて眠るつもりなどなかったのだけれど、いつの間にか目を閉じていたのだ。
 そこへ「新一………!新一!」と遠くで声がして目を覚ましてみると、優作が庭の入り口で呼んでいたのだ。優作は隣に盗一を伴っていた。誕生日にマジックを見せてくれると約束して、新一が熱を出したせいでパーティは延期になったのだが、仕事の関係でその後すぐに彼は来れなかった。一度だけやっと時間を作って新一にマジックを披露すると急いで帰っていったきり逢っていない。
 新一が側まで来ると、彼の側の自分の目線上に同じ年頃の男の子が立っているのがわかった。

 「今日は息子を連れてきたよ。新一君と同じ年だ」

 盗一は、「ほら、快斗」と息子に挨拶を即した。

 「くろば、かいとです」
 「くどうしんいちです」

 快斗はおずおずと挨拶した。いつもなら、明るくきっぱりと気後れなどしない、人見知りなどしないのだが、瞳を見開いて新一を見つめて時を止めてしまった。
 つまり、快斗は新一に見惚れていたのだ。
 快斗が今まで生きてきた5年という短い人生で、こんなに可愛くて綺麗な子供を見たのは初めてだった。快斗が通う幼稚園でも、父親の仕事柄海外で暮らしていた時も、これほどの美貌の子供など見たことはない。
 快斗は心臓をどきどき高鳴らせて、新一を見つめ続けた。

 「こんにちは」

 新一はそんな快斗に、にっこりと微笑んだ。
 挨拶の基本である、言葉と笑顔。が、新一がするだけで、快斗は舞い上がった。
 この、笑顔の挨拶のせいで新一は幼稚園入学初日からその場にいた子供も大人も一目で虜にしたのである。その事実は「聖マリア学園の奇跡」と言われいる。
 その清らかな姿と輝くばかりの美しさが天使が光臨した宗教画のようであったため、「天使さま」と公で呼ばれている程だ。

 「………こんにちは」

 緊張しながら快斗は答えた。
 どうやって話したらいいんだろう、と頭を巡らす。
 海外生活が長いせいか、日本語が少しつたない快斗は自分の気持ちや会話をどう伝えていいか困っていた。

 「きみにあえて、とてもうれしい」

 文法にそった日本語だが、少し硬い。

 「………そう?」

 新一は小首を傾げてその吸い込まれそうな蒼い瞳で快斗を見つめる。

 「うん。うれしくてたまらない。にほんにかえってきてよかった」
 「がいこくにいってたの?」
 「けっこうまわってたよ?イギリスやフランス、ヨーロッパのまわりと、アメリカとかたくさん」
 「へえ………、そうなんだ?すごいね。たのしかった?」
 「がいこくいったことないの?」
 「イギリスとアメリカはいった。パパのしゅざいなんだって」

 新一の笑顔に勇気付けられて、快斗は先ほどから沸き上がっていた自分の欲求を申し出た。

 「えっと、しんいちってよんでいい?」
 「いいよ」
 「ぼくのこと、かいとってよんでくれる?」
 「………かいと?かいとくん?」
 「くんはいらない。かいとでいい」
 「わかった。かいと」

 新一が名前を呼んでくれるのが嬉しくて嬉しくて、快斗は有頂天になる。そして、いつもの調子が出てきたのか、滑らかに思った通りの言葉が口から飛び出した。

 「しんいちのめ、ほうせきみたいだね?」
 「………?」

 快斗は己を見つめる新一の瞳に惹き付けられるように手を伸ばして、その頬に触れた。

 「きらきらあおくひかってきれい………。うん、アウイナイトみたい」

 快斗は父親の部屋にある宝石図鑑や標本を常々見ていたため、一目で惹かれた蒼い石を思い出す。

 「アウイナイトってなに?」

 聞いたことのない言葉に新一は首を傾げた。

 「すっごくきれいなコバルトブルーのほうせき!」

 アウイナイト。ドイツ人の学者「アウイン」が発見したラピスラズリの中の鉱物である。瑠璃色の美しい結晶は稀少石であり、あまり流通されていないため入手困難な宝石だ。傷がなく内包物もない最高のものは吸い込まれそうな深い色で輝き、感動するほど美しい。が、当然そういった最高級品は稀で大きなサイズも取れない奇跡的な宝石である。

 「みたことない………」
 「こんど、おしえてあげる」

 快斗は約束した。
 そんなませた会話をしている快斗を大人二人は、呆れつつ見守っていた。
 
 (快斗君、アウイナイトなんて宝石よく知ってたな………、さすが盗一の息子だ。普通、そこで言うならサファイアだろ?それをアウイナイトなんて言うから、新一が興味を惹かれている………。やるな、快斗君)

 (快斗………。宝石に詳しくなったな。いつもいつも見てる成果か?それが役立つ機会があってよかったな………。確かに、お前が言う通りだと思うよ。新一君の瞳はそれくらい綺麗で貴重だ………)

 大人達の内心など知らずに、子供達の会話は進む。
 快斗は胸を高鳴らせながら、心の内を素直に告白した。

 「あのね、しんいち。………ぼくとけっこんして?」
 「………?」

 快斗は一目惚れした新一に、思わずプロポーズしていた………。

 子供達の話の展開に些か大人二人は、驚いていた。
 無言で真剣な快斗と不思議そうな顔の新一を見つめる。
 
 (また、プロポーズされている………。新一は可愛いから当然だけど………)

 プロポーズされている当事者の父親である優作は、馬鹿なことを思っていた。
 それでも内心余裕があるのは以前同じような状況で「パパと結婚する」と言ってくれたからだ。今も同じように答えてくれると彼は信じて疑わなかった。
 けれど、月日というのは残酷である。
 子供は日々、成長をするものだ。
 それを優作は知ることとなる。

 「けっこんって、ずっといっしょにいるやくそくなんだよね?」

 新一は優作を見上げて確認してきた。

 「そうだよ」
 「だいすきなひととするんだよね?」
 「うんうん」

 優作は新一ににこにこと頷く。

 「すきなひとって、つまりいっしょにいたくて、いつでもあいたいひとなんだよね?」
 「………うん、そうだよ」

 (逢いたい人………?)

 どこからそんな知識を仕入れてきたんだ?まさか、幼稚園か?それしかないのかもしれない………。
 余計なことを覚えてこなければいいのだけれど、と優作は心配になる。

 「あいたくて、あうとドキドキするんだってせんせいがいってた………」

 その見解は、決して間違ってはいない。
 どちらかと言えば、結婚というより、好きな人であるが。
 その好きな人と結婚するという説明のため、幼稚園で先生は苦労して表現したのだろうことが伺えた。

 「そんなすきなひととするんだって」
 「………」

 優作は、嫌な予感に捕らわれた。
 真実を知った新一の瞳は輝いている。その可憐な唇で誰の名前を紡ぐのだろうか?幼稚園で同じクラスの女の子か?優作は、その運命の時を待った。

 「ぼく、しろいまほうつかいがすき。だから、しろいまほうつかいとけっこんするの」
 「………は?」

 新一の口から漏れた言葉の意外性に、優作は唖然とする。

 「白い魔法使いって、誰だい、新一?それに、パパと結婚するんじゃなかったのかい………?」

 悲壮感を漂わせて優作は問いただした。

 「ひみつ」

 しかし、新一は可愛く人差し指を唇に置いて笑う。

 「秘密?」
 「うん」
 「どうして………」
 「だってやくそくしたんだもん」
 「………じゃあ、その白い魔法使いっていうのは、どんな人なんだい?」
 「すごいまほうをつかうの。ゆめみたいなの。それでしろいふくをきているの」

 ((………………))

 「ぼく、しろいまほうつかいよりすごいまほうをつえるようになるよ。だから、だめ?」
 「………えっと」

 大人の衝撃を余所に、快斗はへこたれずに新一を口説く。

 (そんなことで、しんいちをあきらめることなんて、できない!まけないから!)

 「いつか、ぜったい。しんいちがおどろくくらいのまほうをつかってみせるから、そうしたら、けっこんして?」
 「………かいと」

 真摯に見つめられて、新一は悩む。

 「しんいち………」

 快斗は新一の小さな両手をぎゅっと握って離さないようにしながら、新一の瞳を覗き込む。その透明で綺麗な瞳には、真剣な顔の自分が写っていた。

 「………」
 「ぼくはしんいちがすき。だから、だめかな?」
 「かいと………」

 新一は快斗から視線を逸らし一度俯いてから、再び顔を上げた。

 「わかった。かいとが、すごいまほうつかいになったらね?」
 「うん!やくそくだよ?」

 新一の色好い返事(押しまくり、粘ったともいう)に快斗は笑顔になる。そして、今更なしにはさせないと、念を押す。

 「やくそくだからね?わすれちゃいやだからね?」
 「うん」

 新一はこくりと頷いた。その表情が可愛くて、快斗は新一の頬にキスをした。

 「やくそくのしるし!」

 瞳を見開く新一に快斗が高らかに宣言した。




 「盗一、白い魔法使いって何かな?」

 子供達から少し離れた場所で、優作は徐に問うた。剣呑な瞳でじろりと睨み付ける。

 「さあ、何だろうね?」

 しかし、盗一はどこ吹く風だ。

 「………」
 「………」
 「白状したまえ、いつあの姿で新一に逢ったのか!」

 とうとう優作は盗一の胸ぐらを掴み、激しく責める。

 「新一君の誕生日にマジックを披露する約束だったろう?もともとその夜は仕事の予定があったんだけど、新一君が熱で誕生日会は中止になって………。それで、仕事帰りにふらふらとねえ………」

 盗一はそんな優作を全く相手にしないで、お気軽に宣った。一方優作は内心、このぬらりひょん!と思いながら手を離してぷいと横を向いた。

 「ふらふら、と?それでどうしてなんだい?普通友人の私のところに来るだろうに!!!」
 「新一君残念がってたと思って様子を見に降りたんだよ。そしたら、見つかってしまって、マジックを披露しておいた」
 「それなら、黒羽盗一本人としてすれば良かったじゃないか」
 「ベランダから普通の人間が現れるのかい?それはおかしいだろう。怪盗としての自尊心として紳士でありたいし、格好良くしたいじゃないか」
 「………それで、格好付けて『白い魔法使い』なんて呼ばれてるのかい?………誤魔化したって無駄だからね、新一が一度会っただけの人間に結婚するなんていうものか。君、何度かKIDとして逢っただろう?」

 優作は横目で睨む。
 盗一の世界屈指のマジシャンともう一つの顔、闇夜を翔る怪盗KID。
 犯罪者番号1412号などと付けられて、世界中に名前をはせている彼と出逢ったのは、優作が小説家になってしばらくした時のことだった。警察に探偵として協力していた優作はその純白の怪盗と対決する機会に恵まれた。
 そこから、なぜか友情が芽生えたのだが………。
 彼の有名なあだ名である「KID」とは優作が付けた愛称だ。
 番号で呼ばれるのが、あまりに味気なくて。ついつい作家として創作意欲が刺激された結果だ。

 「だって、絶対来てねって可愛い顔してお願いされちゃうとね………」
 「何がお願いされちゃうだ!!全く………」
 「あのねえ、優作。君もどうかと思うけれど。なぜ『パパと結婚するんじゃなかったのかい?』なんて言うんだい?結婚を新一君にどう教えているんだい」

 今度は盗一が説明を求める。

 「それは、3歳の時に新一がよくわかってなくて『パパと結婚する』って言ったから………」
 「普通、訂正するだろう?」
 「もったいないじゃないか!!!」

 あまりの親バカさ加減に、盗一は頭を押さえながら優作を見た。

 「………もう5歳なんだよ?あの年頃の2年は大きい。あっという間に成長するねえ。だから、いつまでもパパと、なんて言ってくれないんだよ?」
 「だからって、何で白い魔法使いと結婚するなんて言われなくてはならないんだい?まして、君の息子にまでプロポーズされて………!」
 「私としては、新一君が来てくれれば大歓迎だんだけどね。くれるかい?」
 「誰が、やるかい。新一は誰にもやらない。どこにもお嫁になんてやらないんだから!」

 優作は、その発言がおかしいことに気付いていない。
 一般であったら、普通の常識をもっていたら、お嫁さんをもらうんだよと答えるべきであるのに。まるで「可愛い娘は嫁にやれない、婿を取る」的発言であるのだが、友人である盗一も、問題にしていなかった。

 「お前に逢わせるべきではなかった………。同じ年の息子がいるって聞いて逢わせようなんて思うんじゃなかった………」

 がっくりと肩を落とす優作に、盗一は慰める。

 「これも運命だよ、優作。人間諦めが肝心だ」
 「運命なんて、認めないからな!」

 がばりと顔を上げて、優作は盗一に反論する。

 「新一は誰にもやらないんだからな〜!」

 優作の大きな叫びに、「じゃあ、快斗を婿に出すか」と盗一がぽつりと漏らすのだが、優作には聞こえていなかった。







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