「月の女王 夜の音色 4」






 エーランダ国には6公爵からなる貴族の頂点に当たる「貴議会」がある。
 国王はこれを決して無碍にはできない。そのくらい貴議会の決定は重要だった。もちろん、国政に関係がない事はこの限りではない。すべて国王が貴議会の言いなりになる訳ではないのだ。貴議会が国王を意のままに操ることが出来ないように、国王は拒否権を持つ。それが、国王が治める国だ。
 そして、その日の話題はやはり国王を大変不機嫌にさせた。
 快斗の味方であるウッディ公爵が来ていないから、余計に歯止めが利かなかったのだろう。

 
「ですから、陛下。いい加減王妃をお迎え下さい」
 若手のイズール公爵が口火を切った。彼は最近父親から公爵家を継いだばかりだ。そのせいか、父親からいろいろ言われているらしく、公爵家の役割を果たそうと必死だ。
「後宮へは、相変わらず踏み入れることがない様子ですな」
 ヌール・ライテュン公爵が腕を組みながら、淡々と呟いた。彼は一番高齢で古株だ。おかげで、発言力が大きい。
 長老の発言に勢い付いて、次々に日頃から思っていたことを言い出し始めた。
「どこがご不満ですか?現在の後宮も美しい女性ばかりだと聞きますが」
 アイダモン公爵が、噂ですがと前置きしながら、また続けた。
「ミシンダ国の王女は、大層美しいと聞いています。後宮に入られ前から評判の方ですし、身分的にも王妃の器だと思います」
 後宮に入る女性はある程度の容姿をしている。その美貌を買われて入る女性もいるし、国王に寵愛され御子でもなせば立場が強くなるため、貴族や小国から自慢の娘を後宮へ入れる人間も多い。人質などの理由で仕方なく入るものもいるため、確かに例外も存在した。
 そして、アイダモン公爵の言うことは正しく、ミシンダ国の王女は、美しく賢いと他国にまで噂が流れていた。
「……」
 快斗は、無言を通した。下手に反論したら倍になって返ってくるし、彼らの相手などするつもりはなかった。
「サディアン侯爵の娘も王妃に相応しいかもしれません。なにより、我が国の人間ですから。他国よりずっといい」
 王妃を迎えるなら自国の人間がいいと思う貴族は多かった。
「ああ。彼女はいいお嬢さんでしたよ。父親と親しいので、会ったことがあります。快活で頭のいい女性だ」
 サンボディ・ドル公爵も同意した。
「それは本当ですか?やはり彼女がいい!陛下もきっと気に入って下さる!王妃として隣に並び立つ姿が見たいですな!」
 サディアン侯爵の娘が王妃候補としてかなり人気があがってきた事に、多少の進展を公爵達は感じた。勝手にだが。
 だが、無言の快斗に追い打ちをかけるように強い口調でモッド公爵が言った。
「そうですぞ。そうでなければ、御子をお作り下さい。国王の義務です」
 王妃を据えなくても、後宮には数多の女がいるのだ。身分が低くとも気に入った女との間に御子が生まれれば大歓迎だ。今の国王にはその気が欠片も感じられないため、貴族達はとにかく国王の御子の誕生を願っていた。一度御子が出来れば、次には王妃を迎えたり、他の女にだって目がいくかもしれない。そんな皮算用を貴族たちはしていた。
「今の国王には兄弟もいらっしゃいません。世継ぎがないままですと、国が乱れます」
 モッド公爵はなおも口うるさく快斗に迫る。
「……王族くらい、前国王の弟の子供だっているだろう。侯爵に嫁いだ姉にだって兄弟姉妹大勢の子供がいる」
 快斗は思わず反論した。王族とはある程度いるものだ。なにがあるかわからないのだから。病気に暗殺、怪我あらゆる要素を考えて、現国王に何かあったら次が絶対にいるように。だから、それなりの教育を受けるのだ。
「陛下の子供が世継ぎです。他では、誰が次代を継ぐかで争いが起きますぞ。それくらい陛下はおわかりのはず」
 自分は、それでも命を狙われた。世継ぎと言われたが、だからこそ立場は危うい。
 つい、平常心を忘れ快斗はぎろりと睨んだ。
 鋭い視線を向けられたモッド公爵は自分の発言が国王の逆鱗に触れそうになっているとわかり、こほんと咳払いをして言い訳のように付け足した。
「とにかく、すでに陛下は25歳におなりです。国王の隣がいつまでも開いていてはいけません。このままですと、またごっそりと後宮へ娘を送り込まれますぞ」
 それは限りなく正しかった。
 だが、快斗にはそんな事どうでもよかった。娘を後宮へ入れようと入れまいと勝手にすればいい。そんな事望んでいないのだから、自分だって好きにする。
 
 
 快斗と白馬は廊下を歩き執務室へと向かっていた。
「まったく!うるさい爺共め!」
「……」
「あいつらは暇なのか?あんな事を口うるさく言い立てて!そんな暇があるなら、もっと自分が治める領民のことを考えろ!俺のことは放っておけ!」
「……」
 国王とは思えないほど口汚く罵る快斗に白馬は無言だった。
 貴会議には宰相である白馬も出席するが、国政ではなく王妃や世継ぎの話では白馬としても口を挟む訳にはいかなかった。これが、もっと正式なものなら白馬も意見を言うが、どこからどう見ても世間話というか、余計なお世話的な話だった。誰が王妃に相応しいかなどと本気というより世話好きな爺の集まりと化していた。
「おい、白馬!おまえもなんとか言え!」
 だから快斗が腹立たしく思っていることは理解できるが、自分にまで八つ当たりをしてもらっては困る。そのくらい気安いのだが、いささか面倒くさい。
「なんとかと申しましても、特別私が言うことはありませよ。それとも、私から王妃や世継ぎのことをいって欲しいのですか?」
「ふざけるな!誰がこれ以上聞きたいか!」
 誰も彼もそれしか言えないのかと聞きたいのは快斗の方だ。
「本当に、嫌なんですね。……あの鬱陶しさは、わかりますが」
「わかるだろう?そうだろう?」
「はい」
 快斗は白馬の肯定に大きく頷くと、乱雑に扉を開けて執務室を進み自身の椅子のどかりと座る。この椅子は快斗も気に入っている。長時間使う椅子だからこそ、拘った。
「……あちらに時間を取られてしまいましたが、あと少し書類があります。今日中に片付けて下さい」
 白馬は快斗の机の上にある書類をより分けて、必要なものだけ渡した。
「……本当に、無駄な時間だったな」
 快斗が疲れたように眉を寄せ、長い息を吐いた。
「陛下。……では、書類が終わりましたら、気晴らしに行きませんか?」
「気晴らし?」
 白馬の珍しい提案に快斗が思わず顔をあげた。
「ええ。最近の私の楽しみなんです。よろしければ、陛下にもと思いまして」
 白馬は澄まして答える。
「おまえの楽しみだって?」
「ええ。おかしいですか?」
「おかしくはないが、いや、やっぱり変だな。第一、俺を誘うことが変だろう」
 白馬の性格を知り尽くしている快斗は何か企んでいるように感じた。それに、真面目な白馬が国王である自分を気晴らしに誘うだろうか。珍しい誘いに興味はあるが。
「酷いですねえ。私の楽しみは趣味がいいと思いますよ。それに、私の都合でいつでもという訳ではありませんから、貴重なんですよ」
「……貴重?ふうん。そこまで言うなら確かめてみるもんだな」
 快斗はふんと鼻で笑った。
 
 
「さて、参りましょう
「……どこへ向かっている?」
 夜、月が輝く時刻だ。すでに夕御飯も済ませている。そんな時刻に後宮を囲む内側の道を月の明かりを頼りに白馬と快斗は歩いている。城内、城外とそれぞれ兵士が警備をしているが、後宮側の内側は出入りは自由ではない。そこには王のための女たちが住む場所だからだ。警備は信用できる兵士が選ばれる。白馬も宰相という立場にあるため、隊長同様基本的に内部まで入ることができる権利があった。それは、何か起こった時に緊急に対処するためだ。
 だが、白馬がどこでも自由に動けたとしても、なぜわざわざ快斗が大嫌いな後宮へと向かうのか。
 快斗が不審に思っても無理はない。
 要所に兵士が立っていて、白馬だけでなく快斗が横にいる事に付くと驚いて敬礼をする。それに手を挙げて応え、どんどんと進む。
 いい加減、快斗が何なんだと詰め寄ろうとした時、どこからか妙なる音が聞こえてきた。
「何だ?」
 耳を澄ますと弦の音色だとわかる。
 これは、たぶん胡弓だろう。豊かに響くどこか悲しく美しい音だ。
「素晴らしいでしょう?」
「……まあ、な」
 快斗の素直ではない感想に白馬は小さく笑う。
「さて、では、ここで聞かせてもらいましょう。これ以上、近寄ってはいけません」
「……は?」
「何ですか?」
「いや、別に」
 白馬が後宮の印象を良くしようとしているのか、誰かと引き合わせようとしているのではないと疑ったのに、近寄るなと言う。不自然というか、不可思議だ。
 白馬もまるで夜の幻のような楽の音にうっとりと頬を緩ませているのを横目に見て快斗はいろいろ馬鹿らしくなって自分も素晴らしい音楽に聞き入る。
 エーランダが大国一広いとはいっても、これほどの腕前の胡弓は聞いたことがない。
 いったい誰が弾いているというのか。
 こんな時刻に、こんな場所で。
 ついでに、白馬が自分の都合では聞けないとも言っていた。
 白馬が自分のために頼んでいる訳ではない。つまり、仕組んではいないということだ。
 ゆったりと弦の音色がたなびく。そして、曲の盛り上がるところなのか曲調が変わり速い速度になり弦がかき鳴らされる。
 快斗は目を閉じて、その時間を楽しんだ。
 その時。
「……ぎゃっ!」
 ガツンと何かがぶつかり合う音がした。かなり小さいが、それが剣の音だと快斗と白馬にはわかり眉をひそめる。
「……な!っがっ……」
 何かがどんと倒れる音。
 不吉な声がした。
 聞こえた音は小さいが、夜の闇に中そういった事に敏感な二人は何か起こったのだと気付いた。
 そして楽の音が不自然に止まる。
「「……!」」
 快斗と白馬は顔を一瞬見合わせてすぐに走り出した。何かあったのは間違いない。
 やがて、そこには。









BACKNEXT