「この手の中に残るもの」2



 「1. 呪文を唱えましょう」


 必用なものは………。
 シャツやスーツなどの衣類はトランクに。モバイルと携帯とパスポートとお金とコンタクトと機内の暇つぶしに文庫本数冊と………それはショルダーバックへ。

 (………やっぱ、ドレスっているのか?)

 頭を巡らして仕方なくトランクに放り込む。

 「あら、出かけるの?」

 小振りな革製のトランクに洋服を詰めて体重で押している華奢な後ろ姿に、少女の高い声がかかる。

 「ああ、ちょっとな」

 声をかけられた主は聞き覚えのありすぎる相手に振り向いて微笑した。年は少女と同じくらいだろう、15、6。大人にはまだなりきれない子供との中間に位置する身体は細くて可憐だ。肩まで伸ばされた漆黒の髪に雪のような肌、薄く色づいた唇に恐ろしく整った美貌。そして何より、天球のような蒼く輝く瞳は誰をも惹きつけるだろう。
 声をかけた少女は薄茶色の瞳を思案させながら、赤茶色の長く伸ばした髪をかき上げた。

 「何かいいことでもあったの?楽しそうよ」

 長い付き合いの少女は相手の僅かの変化にも敏感だ。

 「あった。ほら」

 美貌の主は一枚のカードを少女に投げた。それを落とすことなく受け取り、視線を送ると少女はゆるやかに微笑んだ。

 「………そう。どうりでね」

 カードの中身についての詳細は少女にはわからなかった。その文章が意味する内容もどのような関係が美貌の主にあるのかも………。ただ、少女にわかることは差出人だけだった。少女はカードを返すと、部屋を横切り大きなクローゼットの前で扉を開けて中を物色し始めた。

 「もう、行くのよね?」
 「ああ、これから出るけど………?」

 トランクの蓋を閉めて、スーツと揃いのブルーグレイに薄くストライプが入ったジャケットに袖を通して、美貌の主は少女を見て首を傾げる。
 少女はいくつか物色した中から青いリボンの付いた帽子を取り出し、「こんなものかしら?」と言いながら近寄ると蒼い瞳の主に被せ満足そうに微笑む。

 「志保………?」
 「紫外線は美容の敵よ」
 「………わかった」

 小さく頷いて蒼い瞳が仕方なさそうに微笑んだ。

 「じゃあ、行ってくるから」
 「お土産よろしくね。いってらっしゃい、有希」
 「ああ」

 有希と呼ばれた主は楽しげに目を細めて、少女に手を振った。





 「2. 偽物と本物」


 パリから少々離れた、ロアール川の支流シェール河畔に位置する………「Chateau de Chenonceau」………シュノンソー城。
 シェール川をまたぐように築かれた優美な城館は、16世紀初期に築かれたルネサンス様式の傑作である。
 大きな門からポプラ並木を抜けると、白亜の城が川面に映ったシルエットがこのうえなく美しい。城内には本格的な庭園があり、そこからシェール川にかかるアーチ形の橋は城の中でも格別に美しい逸品である。
 1513年から1521年にかけて建設されたこの城は、代々の城主が女性だったことから、「6人の奥方の城」と呼ばれている。そこからわかるように、城観も城内も女性的である。それは白亜石とスレートのタイル張りの床、美しい梁天井を持つ豪華な舞踏会の場所が残されていることからも、明らかだ。
 城門から続く道は雑木林で春には菫や水仙、自然のシクラメン等が咲き、夏は夏で葉が茂って木陰が涼しく、秋の紅葉、冬は寒いものの細かな木々の枝が美しく、歩くだけでとても優雅な気持ちになる、緑豊かな自然に囲まれている。
 そして、いくつかの人と時代を経て、現在はムーニエ家の持ち物であった。


 「まだ、だろうか………」

 シュノンソー城主である公爵は常なら滅多にその落ちついて理知的な表情を崩さないのであるが、近年稀なほど心ここにあらずの体で部屋を行ったり来たりしている。先ほどから1分と経たぬ時計を何度も見ては進まぬ長針に眉を潜めていた………。

 「公爵、落ち着いて下さい」

 ここ数年秘書を務めているレオンはその様子を珍しげに眺めながら、公爵が気に入っている紅茶をテーブル置く。

 「ああ………」

 わかっている、と答えながらそれでも落ち着いていられないようだ。座らず立ったまま窓まで歩み寄り、外を見ている。

 「ジョルジュがパリまで迎えにいっていますから、そのうち到着しますよ」
 「そうだな。もうすぐだな………」

 公爵の専用運転手が今日の来客をパリまで迎えにいって随分立つ。
 粗相のないように、と公爵が言い置くほど迎える客は彼にとって大事らしい、とレオンは推測する。どなたがみえるのですか、と聞いても口を割らないのだ。どうやら、あまりに大切過ぎて言いたくないらしい。

 コンコン。

 ノックがして扉が開くと長年務めている使用人のフランクが「お客様がご到着されました」と頭を下げながら報告に来た。

 「おお、着いたか!!」

 顔に喜色を浮かべて、飛び出さんばかりの公爵を留めてレオンはお客人を迎えるために部屋を出た。長い廊下を渡り螺旋状になった階段を下り吹き抜けになっている玄関に、館の中を興味深げに見つめながら立っている客人を見た瞬間、レオンは瞳を見開いて驚愕した。

 肩まで伸びた漆黒の髪、白雪のような肌に、黒曜石のような煌めく瞳がこちらを見つめて、桜色の艶やかな唇が笑みを浮かべていた。どこからどこまでも奇跡のような美貌。ブルーグレイのスーツに身を包んだ美少女がそこにはいた。

 「………」
 「………?」

 絶句しているレオンに美少女は小さく首を傾げる。すると柔らかそうな黒髪がさらりと頬にかかる。レオンは我に返り、挨拶の言葉を掛けようと口を開いた。

 「有希………!!!」

 が、レオンが何か言う前に公爵が待ちきれずに玄関まで降りてきたらしい。その少女の名を呼ぶと足早に階段を下りて近付き少女を抱きしめた。

 「シャルルおじさま、お久しぶりです」
 「本当だよ。元気そうだね?」
 「ええ、もちろんですわ」

 有希はにっこりと微笑んで公爵をを見上げる。

 「ああ。疲れただろう?遠い所をわざわざ来てもらって………」
 「そうでもないですわ。飛行機であっと言う間ですもの」
 「さあ、こっちにおいで」

 公爵は親しげに有希の肩に腕を回し居間に連れて行こうと促した。



 「どうぞ」

 レオンが有希の前に紅茶をそっと出した。有希はふわりと立ち上る香りに何か気付いたように瞳をパチパチと瞬いて、緩やかに微笑えむと「ありがとう」と返した。予め公爵から銘柄を指定されていた紅茶である。多分、彼女が好きな紅茶であるのだろう。
 有希がティカップを手にして一口すすり、ふうと一息付いたのを見計らうと公爵はレオンを隣に呼んだ。

 「有希、紹介しておくよ。秘書のレオン君だ。長年務めていた者が身体を悪くしてから………もう何年も立つが、働いてもらっているんだ。大変有能なんだよ」

 公爵は頼りになるんだと、微笑む。

 「はじめまして、有希です」

 有希は立ち上がりにっこりと微笑んで細くて綺麗な手を出した。それをレオンは軽く握って握手する。

 「こちらこそ、レオン・フォルグです」

 穏やかに目を細めて微笑んだ。

 「有希は私の友人の子供でね、幼い頃からの付き合いなんだよ」
 「そうでしたか」

 レオンはなるほど、と頷く。

 「ああ………。それにしても綺麗になったものだ」
 「おじさまったら。からかわないで下さい」

 公爵が目を細めながらうんうんと一人で悦に入るので、苦笑するしかない有希だ。

 「どこからどう見ても綺麗だろ。そうは思わんか?レオン君は………」
 「そうですね。もちろんお美しいと思いますよ。はじめて目にした時は驚いて声も出ませんでした」

 レオンは公爵に同意する。
 それは全くの事実であるため、異議などある訳がなかった。
 二人から誉められても有希は困ったように笑うしかなく、「お上手ですのね」と言うだけだった。


 しばらくそうやって時間を過ごした後、公爵は次第に真剣な顔になった。
 有希が到着したのが夕方であったため、すでに外は夕闇色に変わっている。夜空の中辺りには月がぽっかりと浮かんで白亜の城を照らしていた。

 「レオン君、あれを………」
 「はい」

 レオンは公爵の言葉を受けて、部屋の隅に置かれた棚からそれだけでもアンティークであり高価であろう宝石箱を取り出し丁寧に両手で抱え公爵に渡した。
 公爵はジャケットの内ポケットから鈍く光る鍵を取り出し、小さな鍵穴に差し込みダイヤルになっている数字を入れる。カチリという音を立てて僅かに開いた隙間から指をかけて蓋を開けると、そこには大粒のエメラルドが鎮座していた。
 深い緑色をしたエメラルドはその大きさにして、インクルージュンがほとんどない貴重なものだ。室内の明かりに煌めいている、新緑を想わせる自然の彩。
 あまりに見事な緑色なので通称、『森林(もり)の姫君』と呼ばれている。

 ペンダントになったそれを公爵は丁寧に掴み上げて目の前に掲げた。

 「有希………」

 大切そうに呼ぶ名前。

 「長らく預かってきたが、やっと返すことができる………」

 まるで自分の主人に対するように公爵は少女に恭しく差し出した。
 有希は小さく頷くと、ホワイトゴールドでできた鎖の部分を摘み、手のひらに大粒のエメラルドを落とし静かな眼差しで見つめた。
 そして、無言のままきびすを返し、部屋にある両開きの窓まで来ると大きく開けた。そこから月光が有希を照らす。

 「………?」
 「………」

 見守る二人を余所に、有希はエメラルドを目の高さまでもってくると月光に翳して見つめた。

 「………何も私には見えませんわ。KIDはこのビックジュエルに何を見るのでしょう」

 歌うような涼やかな声で、誰に告げているのかいないのか、不可思議に問う。
 そんな憂いを浮かべた有希に不安を覚えたのか公爵は心配そうに目を細めた。

 「有希………KIDの予告だが、大丈夫かい?」
 「ええ。自分のものは自分で守るのが道理でしょう?」
 「もちろん、そうだが。私は君に何かあったらと心配だよ」
 「KIDは人を傷つけることはしませんわ」

 有希は自信ありげに笑う。

 「でも、KIDの偽物も出るというよ。その名を語って悪事を働く不貞な輩もいるという………。もしそんな奴が現れたら………」
 「今回のKIDは間違いなく本物ですわ」
 「本当かい?」
 「ええ。私、本物のカードを見たことがありますもの」
 「君が言うなら、そうなんだろうね………」

 きっぱりと言い切る有希に公爵は反論の言を持たない。
 怪盗KIDから届いた予告状。それには『森林の姫君』を貰い受けると綴られていた。
 けれど、警察には届けていない。
 その理由は、宝石の持ち主が公爵ではないからだ。
 持ち主自身が、必要ないと言うのだから、公爵は言うとおりにするだけだった。
 有希は手を首に回してペンダントを付けた。胸元に下がる大粒のエメラルド。その深い緑の輝きは彼女の美貌を引き立てた。

 「ああ………とても似合うよ」

 公爵は目を懐かしそうに細める。その瞳に映る色を見つけて有希は薄く微笑む。

 「そんなに、似ています?」
 「………似ているね。君のお母さんに」
 「でも、私は母ではありませんわ」
 「もちろんだよ。母親譲りの美貌だけれど、君は君だ」

 その美しい横顔も惹き付けて離さない存在感も誰をも魅了してやまない瞳の輝きも、全てが酷似している。けれど、血の繋がりのある親子であっても決して同じではない。それくらい公爵も理解していた。頭では………。

 「ただ、あまりにも………」

 似すぎている、と口の中だけで呟かれる心の声が、有希には聞こえた。

 「ねえ、シャルルおじさま。似ているだけでは所詮偽物でしかないのですよ?どれほど母に似ていても、おじさまが想う母の代わりにはならないのです。そして、私もそう………」
 「………有希」
 「知っていましてよ?でも、母が選んだのは父なのです」

 ひた隠しにしていた有希の母への想い。それは遠い昔の切ない恋心であった。
 けれど、溢れてきてしまうのだ。心の奥に沈めたつもりであったのに、彼女の幸せを願っているだけであったのに。すでに穏やかな想いに変えたつもりだったのに………。
 まるで、それが有希の瞳に暴かれているようだった。
 責められているのではない。
 ただ、偽りだと有希は言うのだ。
 自分に、重ねる姿は偽りでしかない、と。
 まるで真実しか許さないような瞳は有希そのものであると公爵は思う。

 「わかっているよ、有希。………懐かしかっただけなのだ。もし、不愉快にさせてしまったのなら、すまなかった」
 「いいえ」

 有希は首をふる。

 「私はおじさまを、好きですよ?」
 「………ありがとう、有希」

 慰めの言葉でも嬉しかった。有希は真実しか口にしないのだから………。


 二人のやり取りを無言で見つめていたレオンだが、フランクがノックをして顔を出したので何であろうと廊下に出て用件を聞く。内容が内容であったので、わかったと頷いて公爵に報告する。

 「公爵、警察の方がおみえです」
 「ああ………しょうがないな。通して」

 折角有希と会話しているのに、と幾分気分を害しながら公爵は承諾した。
 しばらくすると、2人の警察官らしき人物がやってきた。一人が責任者であるのか大きな体に厳めしい顔付きで髭を蓄えているのが印象的だ。もう一人はひょろ長い青年で後ろに控えていることから彼の部下であろう。

 「こんばんは、公爵」
 「ご苦労さまです」

 二人は握手を交わした。

 「私はパリ警察から派遣されてきました警部のオーギュスタンです。KIDの予告のことですが………。こちらのエメラルドを狙っていると予告状が警察に届きました。公爵の方にも送られているはずですが………」
 「先日もお話したように、そのようなものは届いていません」
 「しかし、警察には届いているのです。今宵エメラルド『森林の姫君』を盗むと」

 警部は公爵の瞳を伺うように見る。なぜ、KIDの予告が届いていないなどと言うのか理解できないのだ。通常であったなら、警察に護衛や警備を求めるものなのに………。中には腹立たしいが、警察は当てにならないと自身でボディーガードや警備や探偵を雇う者もいるが、そのような様子は館を見回しても一切ない。

 「どうか、警察に守らせて頂きたい。怪盗KIDから国民を守ることはパリ警察の義務なのです」
 「困りましたね」

 今度こそKIDを捕まえようと意気込む警部に公爵は腕を組んで、眉を潜める。

 「本当に、警備も何も必用ないのです。それにあれは私に権利がありませんし」
 「は?」
 「あれは、この方のものです」

 公爵は有希を促す。
 美しい少女の首にかかるエメラルドを認めて警部は驚愕の表情を浮かべた。少女のあまりの美貌とエメラルドを無防備に晒していることを。

 「こんばんは、マドモアゼル」

 警部は気を取り直し、有希の手を取り挨拶した。

 「こんばんは、警部さん」
 「失礼ですが、これは貴方のものなのですか?」
 「ええ………。これは私の父が私のために購入したものです。でも、当時あまりにも幼く、そのまま宝石箱に納めておいてビックジュエルとしての価値を個人で妨げるのは申し訳ないと父は考えました。ですから公爵に預けて時々いろんな場に公開して頂いていたのです」
 「この方の名前を出すのは控えたかったため、私の所蔵ということで今までは出品していたのですよ。やっと返すことができますがね………」

 公爵は横から補足する。
 今まで公爵の名前で公の美術展などに貸し出されて来たのだ。だから、本来の持ち主は誰も知り得なかった。

 「そうでしたか………。けれど、その宝石はKIDに狙われています。どうか我々に警護させて頂きたい。そうすれば、あの怪盗めに指一本ふれさせません」

 警部は力説する。

 「マドモアゼルの大切な宝石を渡さないためにも………どうか!」
 「必用、ありませんわ」
 「しかし………」
 「そのような泥棒に狙われる覚えもありませんし、もし狙われたとしても自分のものは自分で守るのが当然ではありません?」

 有希はたおやかに微笑む。

 「KIDは狡賢く、素早い泥棒です。失礼ながら貴方のような美しく滑らかな指をもつ女性に到底対抗できるものではないのです………」

 警部は首を軽く左右に振ってKIDから宝石を死守する困難さを訴える。

 「………警部、この方は」

 公爵が何か言おうとしたのを有希は手を挙げて遮り、にっこりと微笑んだ。

 「失礼」

 そう言うと、有希は警部の手を掴みどのようなタイミングでか、一瞬のうちにその巨漢を床に沈めた。

 「「「………?」」」

 沈黙が落ちる。
 床に仰向けに倒れいてる警部に、ぽかんと口を開けている若い刑事、呆然と見つめるレオン………反応できたのは事態を予測できた公爵だけだ。
 何が起こったか理解できないでいる警部に同情を覚えながらこめかみに手を当てて公爵は諭した。

 「警部………。この方はとんでもなく強いですよ。人を見かけで判断してはいけません」
 「………ええ?」

 信じられないという感情が溢れた間抜けな顔の警部はどうにか身体を起きあがらせる。

 (………確かにすごい早技だ。けれど、あの細い腕で、綺麗な指で………。可憐な美貌の美少女が………?)

 混乱している頭は、目の前の事実が受け入れられないでいるのだ。それに公爵はなおも追い打ちをかけた。

 「はっきり言って、そこらへんの武道家が束になっても適いませんよ?有希は武術を極めていますからね。………ああ、それだけではなく才色兼備ですよ。なんと言っても、有希は博士ですから」
 「………おわかり頂けました?」

 有希は花がほころぶような笑顔を見せる。

 「ええ」

 頷く以外警部にできることはなかった。





 「もうすぐ、予告の時間ですね?」

 レオンがお代わりを注いでくれた紅茶に、ありがとうと返しながら有希はカップに口を付け一口飲む。警部を軽く追い出して夕食を取り居間で談笑していたが、有希が静かに今宵の最大の演目である舞台の口火を切った。
 腕時計に目を落とし時刻を確認すると有希は公爵に楽しげに微笑みかけた。

 「ああ、10時だね………。それにしてもKIDはどうやって現れるのだろう?」

 有希は細い顎に指を添えて小首を傾げる。そして黒曜石の瞳にどこか悪戯めいた色を浮かべた。

 「………窓から進入するか、堂々と玄関からやってくるのか、それともすでにこの城内に入っているかもしれないわ」
 「すでに?」
 「KIDは変装の名人ですもの。誰かに成り代わっているかもしれませんよ?」

 城内で働いている使用人はそれほど多くはない。清掃に人を雇うこともあるがそれは一時的なことであり、今日この城内にいる使用人は公爵のよく知った信用のおける者ばかりであった。

 「レオン君、誰か様子のおかしい者はいたかね?」

 KIDが誰かに成り代わっているなんて信じられないが、一応公爵はレオンに聞いてみた。

 「さあ、私にはさっぱりわかりません。誰もおかしい者などいないと思うのですが………」
 「………誰にもわかりませわ。KIDは変装するだけでなく本人になりすます天才ですから。ねえ、レオンさん?」

 有希は意味深にレオンに笑って見せた。
 それはどういう意味か、と公爵が有希に聞こうとすると、有希は人差し指を唇に当てて静かにと促した。

 「5・4・3・2・1!………時間ですわ」

 壁にかかるアンティークな柱時計からボーンボ−ンという10時を告げる音が響く。
 沈黙が落ちる室内。
 どこから、いつKIDはやってくるのかという緊張が走るが、時計の音が鳴りやむと同時にゴンという爆発音とともに煙幕が立ちこめて白く視界を染め上げた。

 「有希………!」

 公爵が呼びかけるが返答はない。やがて視界が開けたその部屋には公爵しか存在しなかった。



 


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