『 如月の望月の頃、昨日と今日が出逢う時「夜の女王」を頂きに参上します。怪盗KID 』 随分と久しぶりに怪盗キッドから予告状が届いた。 最近は日本だけでなく世界を舞台にしていて、有名な宝石を盗んでいた。日本での仕事は1年ぶりであろうか?怪盗キッドの名は再び世界中に広まっていた。 さすがに数年前のように特別捜査委員会は日本警察として存在はしていないため、「担当中森刑事」は存在しない。もちろん刑事、中森としては怪盗キッドの現れる所に掛けつけるかもしれないが。 新一は目暮警部から要請を受け、美術館へ向かうこととなった。 元の姿に戻ってから1年、新一は世間からその名を隠してきた。コナンとして生きていた頃も「工藤新一」の名を出すわけにはいかなくて、やっと組織も壊滅したというのに、かたくなに新一は目立つ事を避けていた。自分一人の問題ではないと自覚したのか、両親や知人友人にかかる迷惑を考えてか、協力の要請を受ければ喜んで事件解決に心を傾けたが、自分が関わっているという事実は隠し続けた。 マスコミにもここ数年出ていない。 名探偵といわれた少年はひっそりと、知る人のみに鮮やかに輝いて見えた。 「やあ、新一くん。今回もよろしく頼むよ」 目暮警部は変わらない肥満気みの身体を揺らしながら、新一を迎えた。 美術館は建物そのものが有名な建築家の設計によるもので、そのすじでは知る人ぞ知る、美術館である。建物自体はアールヌーボ風の優雅な曲線を至る所にあしらって、広い庭園にも力が注がれこの一画だけヨーロッパのようで日本の街中にあるとは到底思えなかった。 「Queen Of Night 」 世界最高峰と歌われるブルー・ダイヤモンド。その大きさ、深い色、輝きは比類無き宝石。 ブルー・ダイヤといえば、ホープ・ダイヤモンドが有名である。かの宝石は輝かしくも血塗られた破戒と滅亡の宝石、不幸を呼び込むのかと思われる逸話に彩られている。 しかし、宝石が呼び込むのではなく、権力の、財力の象徴としての「宝石」を巡る争いが耐えなかっただけであろう。所詮、宝石は無機物、石であるだけで、それに価値を見いだすのは人間だけなのだから。 そのホープ・ダイヤには適わないながらも十分な大きさのブルー・ダイヤを中心に50カラットのダイヤがちりばめられ、照明の光の中きらきらとまばゆいばかりの輝きを放っていた。しかし、本当の姿は月の光の中で現れる、と言われている。 その名の通り、夜の女王のように、優美に、威厳に満ちた魅力にあふれる。 この宝石は建物の最上階、大きな窓の有る小ぶりな部屋の中央に置かれていた。部屋にはこの宝石が納められたガラスケースだけである。月夜には窓から注し込む月光によりクイーン・オフ・ナイトが最高に輝くように設計されている。 これだけの高価な宝石を納めている建物だというのにセキュリティはごく簡単なものしかなかった。 オーナーが無粋だと、付けたがらなかったからだ。もともとオーナーは予告状が届いた時も警察には通報しないつもりであったが、事務員が動転して知らせてしまったという経緯がある。そのため、大事にはしたくないオーナーと厳重な警戒体制で望みたい警察側と折り合いが悪かった。 新一は応接室でこの、なかなか変わったオーナー、加賀谷に会った。 加賀谷は目暮警部と新一を一別すると、ふん、とばかりに視線を外した。 目暮はやれやれ困ったという表情でハンカチを取り出し汗をぬぐう。 「加賀谷さん、こちらが今回応援に来てくれた工藤新一くんです。高校生ながら抜群の推理力で我々の力になってくれます」 「誰が来ようが関係ない。しかし、あんたらは高校生に頼らんと、怪盗一匹捕まえられんのか?」 「あのですね、加賀谷さん………」 言いつのろうとした、目暮を右手を軽く上げて制して、新一は 「能力に年齢は関係ないと思いますが。加賀谷さんはみすみす怪盗に大切な宝石をくれてやるつもりではないでしょう?」 「もちろんだ。だが、警察は………」 「わかりました。警官は最低限残して、帰しましょう」 「新一くん!」 目暮の方があわてて叫ぶ。 「いいじゃないですか。宝石の持ち主が嫌なんですから。要は守ればいいだけですよ。そうですね、加賀谷さん」 「うむ………。あんた、若いのにようわかっとるな」 「ありがとうございます。せっかくですから、加賀谷さんもあの、気障な怪盗に逢いましょう?」 そして、新一はにっこりと、微笑んだ。 その笑顔に加賀谷は今更のように、新一の美貌に気付き驚いた。 アメリカか………。 新一は内心ため息をついた。 父親にコナンになった時からずっと誘われている。 あの時は自分で解決すると言ったのだ。黒い組織壊滅も自分たちの力だけで、親しい人たちに迷惑をかけないようにと思っていたが、それでも知らない間に手を差し延べられていたらしいことがわかっている。 そして、新一の姿に戻った時身体の負担を知った両親は今度こそアメリカで療養してどうせならこちらで進学してはどうかと持ちかけた。けれど新一はきっぱりと断った。 自分の主治医は志保だけだ。 もちろん彼女も一緒にどうかとは言われたが、彼女にはすでに家族が居た。阿笠博士はすでに彼女の家族そのものであるし、自分のために彼女を振り回したくなかった。 今でも十分悔いている彼女には、これから幸せになって欲しかった。 彼女のやりたいことを、彼女の人生を歩んでほしかったのだ。 結局、なぜアメリカに行かないのかと聞かれれば、自分の足で生きていたいからだろう。 確かに自分はまだ成人をしていない、実年齢は20を越えたが、子供だけれど親の庇護の中でいたくなかった。今までも自分の責任において、行動して生きてきた。これからも、そうだと信じて疑わなかった。黒の組織のため身体が幼児化した時、なんて不自由なのかと思った。6歳の小学生の言うことなど大人は耳に入れてくれなくて、小五郎を隠れ蓑にして事件を解決するしかなかった。それでも、自分で立とうと、自分を取り戻そうと必至だったのだ。それがどうして今更アメリカに行けるというのか? アメリカに行かなければならない自分なりの理由がない限り、行かないだろう。 例えば、学びたいことがそちらの大学にあるとか。 自分の気性を熟知している両親は、仕方ないという顔をしながらも好きにさせてくれている。それでもいつでも見守っているからと、伝わってくる。 その度に、心配させていると自覚がある。 ふう、と吐息を付く。 電話しておこうか………。 ボーンと今時古めかしい時計の音が響く。 ずいぶん思考に夢中になってしまったようで、そろそろ予告時間であると気が付いた。 新一は加賀谷がいる部屋に寄り、伴ってそのまま宝石が展示されている部屋に向かった。 廊下を靴が立てる音が響く。最低限の警察官しかいないから、人の気配も薄い。 展示してある部屋は最上階にある、小振りとは言え十分な大きさだった。部屋の南側には大きな窓があって、そこから夜になると月光が差し込み中央に置かれたガラスケースに届くように特別に設計されているという。 ガラスケースの中にはベルベット素材の布が敷き詰められ、その上に「クイーン・オフ・ナイト」は鎮座している。 月光の蒼い光が照らす神秘的な輝きは、蒼い宝石をより魅惑的に映し出す。その月が今日のように満月であれば、最高に輝くことは必至だ。 「もうすぐ、時間ぴったりに現れると思いますよ」 新一は時計を気にしていた、隣に立つ加賀谷に話かけた。 「工藤くんはKIDに詳しいのかな?」 「過去に数度、逢ったことがあるだけですよ。私の管轄は一課ですから、窃盗は管轄外なんです。今回は、特別というところでしょうか?」 「特別とは何でまた?」 「もともとKID選任者がいたんですけど、ここ数年KIDは海外で姿を現しただけで、日本はさっぱりでしたから担当者がすでになくなっていたんですよ。いつまでも無駄に税金を使う訳にもいかないでしょう?ま、KID専門の探偵もいたんですけど現在は母国に帰っているそうで、今回は経験が少しはある私に回ってきたという訳です」 「それは、すまなかったね」 「いえ、お気になさらず。このまま海外で遊んでいればいいものを再び日本で仕事をする泥棒が悪いんですよ。ま、久方ぶりに見る怪盗の腕が落ちているか、見物ですけどね」 新一は悪戯っぽく、微笑む。 それに加賀谷も、苦笑する。 全く希代な怪盗に臆することなく、かといって傲慢さの欠片もない本物の探偵という輝きを見せる新一に加賀谷は瞠目する。 ああ、そうなのか、と理解する。 新一には今まで加賀谷が出逢った人間の多くにある人間としても卑屈さも、優越感も、何も存在しない。その瞳に映すのは真実だけなのだ。噂には聞いていた工藤新一という奇跡のような存在に今更ながらに感慨深く思う。 「それでは、私は見物させてもらおうか。怪盗の相手は工藤君に任せるよ」 「それは、責任重大ですね」 新一は肩を竦めて見せた。そして、ほら、と壁にかかる年代物の時計を指差す。 その指先に誘われるように時計を見つめると12時まであと30秒とわかる。秒針がカチ、カチと進む音だけが静かな室内に響いているため加賀谷は自然に身体を緊張させた。 「5・4・3・2・1!」 新一が小さな囁くような声音でカウントする。 ボーン、ボーンと時計の鐘の音が響く。ちょうど12回鐘が打った瞬間に窓が開いて風がふわりと室内に舞い込んだ。 白い影が室内に降り立つ。 シルクハットにマント。衣装全てが白い怪盗。片眼鏡が月の光に反射してその表情はわからない。どこまでもレトロな怪盗だ。 怪盗は新一を認めると、 「お久しゅうございます、名探偵」 優雅に礼を取った。 「あんまり見ないから、もう、廃業したかと思ったぜ?」 「いくらなんでも、簡単には廃業できませんよ」 「ふん、世の中のためにとっとと店じまいすればいいのにな」 「折角、久しぶりにお逢いしたのに、つれないお言葉ですね」 「つれて溜まるか………」 軽口の応酬である。 どんなに怪盗が友好的に接してきても、新一がだからといって同じように友好的に返したら問題だろう。少なくとも、他に人が居る場所では………。ちなみに、他者がいない場合はその限りではなかった。 怪盗はゆっくりとガラスケースに近付く。 新一も同じように、ゆっくりと相手を観察しながら進む。 穏やかなようでいて、緊張をはらんだ空気が漂う。 しかし、怪盗が一歩だけ先にガラスケースに到達すると、あっと言う間もなくケースからビックジュエルである「クイーン・オフ・ナイト」を抜き取った。 指で摘んで大切そうに唇を落とすと、上着の内側にあるポケットに入れた。 それを新一は無言で見つめる。 しかし、そこで怪盗は逃げなかった。 じっと新一を見つめると、ゆっくりと音を立てないで近づく。 新一はただ怪盗の瞳を見つめた。 緊張する瞬間。 怪盗の怜悧で鋭い雰囲気が、ふわりと一転した。 え?と新一は驚愕した。 そんな、馬鹿な………。 この柔らかな暖かい雰囲気を自分は知っていた。ほんの数日前に接したばかりの大切な存在に酷似している。怪盗は雰囲気も存在感さえも操ってみせる魔術師だけれど、自分の知人にわざわざここで真似る必要はどこにもないのだ。 では、なぜこんな雰囲気を目の前で変えてみせるのか? わざと自分の気付かせるように………!!! 怪盗は気配を感じさせずに新一のすぐ側まで来た。そして細い腕を掴むとあっと言う間に引き寄せて抱きしめた。耳元に落とされる切ない声は「新一」と囁いた。 自分がよく知っている声。 新一は眉を寄せ、苦しげに、痛ましげに間近にある、手を伸ばせば重なるほど近い距離の怪盗の瞳をのぞき込んだ。 新一が何か伝えようと口を開きかけた時、怪盗は強く掻き抱くと 「このまま浚われて下さい」 と言うと同時に身を翻して窓から夜空に向かって飛び立った。 その目にも留まらぬ早業に、残された加賀谷は唖然と見送るしかなかった。 暗闇と、星空と夜景。風も自身を撫でていく、逃避行のような浮遊感。 新一は怪盗に抱きしめられながら、ハングライダーで夜空を飛んでいた。 聞きたいこともたくさんあったが、こんな状態で抵抗もできないし、どう言えばいいのか迷う。 「しばらく我慢して。もうすぐ、着くから」 優しい声が新一に語りかける。こくん素直にと頷く新一に安心したように怪盗は胸を撫で下ろした。 浚って来てしまった………。 覚悟というか、今日はできうるなら最初から自分の本当の姿を新一に知って欲しかったから、浚ってでも連れてくるつもりであった。が、いざ行動に移してみると大胆だなと思う。 怪盗KIDは大胆不敵、稀代の魔術師で目にも鮮やかなマジックを演じて、優雅に宝石を盗んでみせる、いつでもポーカフェイスが売りの月下の奇術師。けれどそんな彼にも適わない人間が存在する。誰でも心惹かれる相手には絶対に臆病になる。 夜風が冷えるようで、新一が身体をふるわせているのを感じて怪盗はマントを被うように囲み先ほどより力を込めて抱き寄せた。安心しているのか、身を寄せてくる新一に安堵する。 拒絶はされていない………。 それだけでも、十分に価値がある。 やがて、とあるホテルの屋上に降り立つと、そっと新一を降ろした。 地に足が着いてほっとしたように肩から力を抜いて、新一は吐息を付いた。初めての空の旅は夜景は美しいが、緊張するものであった。 「ここじゃ、何だから部屋に行こう」 「部屋?」 「そ。日本滞在中ここに泊まってるの」 「わかった」 新一は頷いた。 |