今日のマジックショーは大成功といっていいだろう。鳴り止まぬ拍手と歓声の中、満足げに黒羽快斗は微笑んでいた。ブレスも多く取材に来ていたようで、明日には新聞や雑誌に今日の活躍が大々的に紹介されるであろう。 新一は客席から人が居なくなるのを待つと、やっとホールから出て、関係者以外立ち入り禁止と書かれた奥の控え室に向かった。もともと、幼い頃から、両親と出演者を訪ねるのは慣れているし、ホールの作りもわかっているため、すぐに目当ての部屋を見つけた。 新一はノックをするべきか、迷ったが結局止めた。ドアを開けると、そこには先程の青年が座ってこちらを見ていた。にっこり、と営業用でない笑顔がそこにはあった。 「どうぞ、待ってたよ。新一」 新一はふっと、息をはくと、 「招待状をありがとう」 ポケットに入っていたカードを持ち上げ、新一は表情を和らげた。 「成功おめでとう、快斗」 「サンキュー。やっと、約束が果たせたな」 快斗は立ちあがり、新一の傍に寄ると、背中に腕をまわし抱きしめた。 新一は少し驚き瞳をみはった。けれど、身体の力を抜き身体を預けた。長身の快斗に抱きしめられると、頭がちょうど、胸のあたりだ。 「何年振りだろう?」 「さあ、10年は経ってるんじゃねえ?」 「ふふ、新一は、綺麗になったな」 「あのなあ、何言ってんだよ」 「本当さ。俺は嘘は付けない。子供の頃も可愛くて綺麗だったけど、今は奇跡みたいだな」 「ふん、褒めても何も出ないぞ」 新一は顔を上げると目の前にある快斗の頬を両手で引っ張った。 「こんなに、でかく成りやがって。少しは遠慮しろよ」 本当に、快斗は立派な青年に成っている。自分とは3年分開いてしまっている上に、新一の身体は劇薬の投与で壊れる寸前であったし、これから成長するのかさえ、疑わしいのだから。新一は少し寂しく思った。しかたないことだ、とはわかっているが、いざ久しぶりに会う友人に見せ付けられると堪えるものだ。新一は快斗から離れるためにと胸に手を当てやわらかく押す。快斗はすんなりと新一を手放した。 快斗は新一に椅子に座るように促した。そして自分も向かいに腰を降ろす。 「優作さんに頼んだんだ。新一に見せたくて………」 「どおりで、親父が絶対行って来いってうるさかったわけだ。なるほどね」 新一は納得がいったようで、部屋に所狭しと並んでいる花の中にあるピンクのシンピジュウムの花弁に触れた。今日のお祝いに彼のファンから送られた花たち。見栄えがして長く持つランが多くをしめていた。 「ニューヨークのショーで会って、それからは夫婦で見に来てくれてるよ。それで、日本公演の企画が上がった時優作さんにお願いしたんだ」 「う〜ん。てことは、あの席は決まってたんだな。最前列中央通路側。舞台に引っ張り出すには絶好の場所だな」 新一は上目使いで快斗を見つめる。快斗は肩をすくめると、 「やっぱり、ばれた?せっかくだし、最高の再会にしたかったからさ。なかなかの演出だっただろ。新一に気に入ってもらえる、って思ったんだけど?」 快斗は器用に片目をウインクさせた。こんな気障なしぐさが様に成る日本人はそういないだろう。ハンサムな彼には職業上よく似合う。優雅な身のこなしで器用な指先、ステージに立つ事をビジネスとした者特有の存在感、切れ長の魅力的な瞳からはどこかいたずらっこのような印象を受ける。 「気に入ったぜ。だって、あのカードマジックは俺のためにやったんだろ?俺が思い出すように………。だとししたら成功だな」 新一は胸のポケットから薔薇を指で摘まむと快斗に指し出した。 快斗はとても嬉しそうに薔薇を受け取ると、左手に握り込み一瞬の内にそれを消し去った。 「新一も約束通り、名探偵だな。その推理力には脱帽だ」 どこから取り出したのか、シルクハットを持った快斗はそこからカードを一枚取り出す。新一に向けてカードを裏から表へ返した。そこにはハートのジャック。 「新一はハートのジャックそのものだよ、俺にはね」 カードマジックは自由に選んだつもりでも、決まったカードを選ばされている。そのため、このカードは先程もショーの中で新一が選んだが、本当は快斗が選んだ物なのだ。 新一はカードを受け取り人指し指でカードをピンと弾いた。 「まったく、変わってないな快斗は。見掛けはこんなに変わったのに、性格はそのまま大人になったな。出会った小学生の頃から生意気で、大人顔負けのマジックをして驚かせた………」 「新一も変わってない………」 出会いは偶然。 まだ小学生の新一を連れて父優作がとある、マジックショーに連れていった事から始まる。元々普通の子供が行かないような場所によく締め切りの合間をぬって連れて行く父親だった。だから、遊園地や動物園などのポピュラーな場所には親子で行った事はない。そういった場所は蘭の両親が一緒に連れて行ってくれた。顔の広い優作や由希子の付き会いで幼い頃からパーティやら公演会やら演奏会、展覧会など両親がロスに行くまでは一緒に出席していた。 黒羽盗一も父優作の知り会いらしくマジックショーの後には控え室に会いに行った。 マジックショー自体は大変素晴らしく、子供心にわくわくした。決して派手だけではないマジックもユーモアたっぷりで人柄が感じられるステージだった。 控え室には黒羽盗一と歳の頃は新一と同じくらいの少年がいた。 「やあ、黒羽。素晴らしかったよ」 「ああ、ありがとう、工藤。久しぶりだね」 大人二人は楽しそうに会話を始めた。 黒羽盗一は父親と同じくらいの年齢だろうか、背は優作より高く、笑うと優しそうだ。 傍に居る少年と目が会った。じろり、とにらまれる。 にらまれる覚えはないが、新一は慣れていた。ジロジロ見られたり、興味深く見つめられたり、初対面であろうが意地悪されたり、時には後をつけられたりもした。しかし、昔から運動神経の発達していた新一は自分の身は自分で守っていた。また、隣に住む阿笠博士の発明品も活用し、その度に改良し二人で遊んでもいた。 「こちらが、うわさの新一くんかい?」 「ああ、初めてだったな。新一、挨拶して」 優作は新一の両肩に手を置き、自分の前に出した。 「こんにちは。工藤新一です」 はきはきとあいさつして、おじぎをする。慣れたことだ。 「こんにちは。お父さんの友達の黒羽盗一です。そして、こっちが息子の快斗、ほら快斗!」 盗一はにっこり笑って横にいる少年の背に片手をまわす。快斗と呼ばれた少年はしぶしぶといった感じで頭を下げた。それでもちょっと不満そうに、 「よろしく」 と言った。並んでみると背も同じくらいだ。新一はちょっと興味を引かれて、にこり、と笑いかけた。すると、快斗は驚いたように瞳を見開いて新一を見つめた。 「快斗、せっかくだから新一くんと遊んできたらどうだい?」 「それはいいねえ」 言われた快斗の方は複雑そうだ。それでも頷くと新一に手を指し出す。新一はその手をぎゅっと握ると、快斗について部屋を出た。 そのまま廊下を歩いてある部屋に来た。部屋の中は衣装や小道具が並んでいた。 快斗はつないでいた手を離すと、傍にあった椅子に新一を座らせた。そして、自分は立ったまま、ポケットからカードを取り出した。 「何するの?」 新一は不思議そうに首を傾げる。 「いいから、見てな」 快斗はカードを手速く擦ると新一の目の前に扇型に広げた。 「一枚引けよ」 「うん………」 言われるままに新一は真ん中あたりから一枚抜いた。カードはハートのエース。 「覚えた?だったら、こっちに見せない様に裏を向けてここに戻して」 快斗はカードの束を指でさす。新一はカードをその束の一番上に戻した。快斗はそのカードを擦り、一枚取り出した。そして、新一に向かってカードをめくった。 「ハートのエース………」 新一は拍手していた。 「すごいね。どうして?」 「まあね。これくらい簡単さ」 新一に褒められ快斗は照れたように頭をかいた。そして、カードを片手でぎゅっと握って丸め、呪文をとなえる。あっという間に手をひらめかせると、そこには薔薇の花が握られていた。快斗は新一にその薔薇を指し出した。 「ありがとう。快斗」 新一は感動して嬉しそうににっこりと、もらった薔薇に負けないような笑顔を見せた。 快斗はそれをまぶしそうに見つめると、照れくさそうに笑った。 「快斗はマジシャンになるの?」 「えっ。うん、親父みたいなマジシャンになるのが夢なんだ」 「絶対なれるよ、快斗なら。だって、もうこんなマジックができるんだから」 新一の励げましに快斗は絶対成ってやる、と心に決めた。 「新一は何になるの?」 「俺はね、コナン・ドイルのホームズや父さんが書く小説の主人公みたいな名探偵になるんだ」 「へえっ………。ホームズみたいになるんだ。どうやったらなれるの?」 小学生の快斗には探偵という意味はわかってもどうしたらなれるのか、わからなかった。 「まず、一般的な基礎知識、常識。できるなら各専門的知識や些細な事も見逃さない観察力、それらを総合して答えを導き出す推理力、そしてそこに行きつくまでの持久力」 小学生にあるまじきセリフに快斗は圧倒される。 「例えば、快斗が今日寝坊したしたのか、起きてから時間がなく慌てて用意したこと、お昼にはカレーを食べた事、今日もマジックの練習をしていたか、しようと思っていた事、そして………」 「ちょっと、待って。何でわかるんだ?そんなこと」 快斗は目を丸くして驚く。新一はあたりまえの様に、 「だって、快斗の後ろ髪が気持ち跳ねてるから、朝忙しかったのかなって。前髪や見える所は普通だけど、後ろみたいなとこはわからないかなって。そして、カレーは簡単だよ、だってカレーみたいなスパイシーな香りが快斗からするもん。そして、マジックは普通種を仕込んでおくものだから。快斗俺にすぐ、マジック見せてくれたでしょ、用意しないで。だからあらかじめマジックの練習をしていたか、するつもりだったか、どっちかだよ」 「すごいなあ………」 快斗は尊敬のまなざしで新一を見つめる。 「そんなこと、ないって。快斗の方がすごいよ。練習しなくちゃ、あんなマジックはできないだろ」 新一にしては珍しく照れたようで、少し頬を染める。それがまた可愛くて、快斗はやられたなあ、と思っていた。もともと、初めて見た時から、なんてかわいんだろうと思ってどう接して良いか困ったくらいなのだ。そして、中身もとびきりだ!!もう、一目惚れどころか、二目惚れで、快斗のハートは完全にノックアウトされていた。 今まで短い人生の中でここまで容姿も中身も極上の人間は初めてなのだ。 「俺、絶対親父に負けないくらいの世界的なマジシャンになるよ。約束する」 「うん。快斗ならなれるよ。僕もとびっきりの名探偵になる」 「約束だ」 「約束」 二人は互いの小指を絡めて、指切りをする。 子供だけど、二人だけの約束。二人しか知らない秘密。 「名探偵の噂は聞いてるよ。新一」 「そうか?最近はそれほどでもないだろ」 コナンとして生きていた時は工藤新一の名前は世間から消えていたはずだ。そして、現在はあまり表舞台には立っていない。快斗はどこまで知っているのか?優作はどこまで事情を話しているのか? 快斗は新一を見て、驚いた様子はなかった。自分より幼い成長していない新一。 「いいや。随分活躍してただろう、新一は。世間には隠れてかなり危ない事してたらしいじゃないか、優作さん心配してたぞ」 「………親父そんなことまで話したのか?しょーがねーな。たいしたことないぜ」 優作は心の底から愛している息子の不利になる事は一切しない。快斗にどこまで話したのかはわからないが、十分信用できると踏んだのだろう。そうでなければ一言もあのことは漏らすはずがないのだから。 「新一、言いたくない事は聞かない。でも、俺の前で無理にとり繕う事はしなくていい。優作さん、俺に伝言頼んだんだ。アメリカに来ないかって、新一に伝えて欲しいって」 新一は快斗と視線をあわせない様にあらぬ方向を見つめ、返事をしない。 「すぐにじゃなくてもいいって。いつでも来たい時に来れば良いって。待ってるって言ってたよ」 今までも何度もアメリカに一緒に住もうとは誘われていた。コナンの時からずっとだ。新一に戻ってからも安心できないのか電話で、メールで空きもせず誘ってくる。いや、説得と言った方が正確か?それを快斗にまで伝言を頼むとは、方法を選ばなくなったな、と新一は思った。 新一は知らなかったが優作は実はSPを新一に付けていた。もう、二度と新一に危険なことがないように、と絶えず報告も怠らなかった。だが、自分からトラブルに巻き込まれる新一にSPは振り舞わされっぱなしであった。 新一は快斗に視線を戻すとしっかりと、自分より目線の高い瞳を見つめ、 「俺からまた、親父には言っておくから、悪かったなそんなこと言わせて」 「謝るなよ、そんな必要ないさ。俺はさ、親父さんと一緒で新一がアメリカに来たら良いと思ってる。一緒にアメリカに行こう、って優作さんに関係なく誘いたくて、本当はそれが目的………」 快斗は新一の細い腕を握ると自分の方に引き込んだ。 自分の目の前にある頼りない身体。細くて、しなやかな少年の匂い立つような身体をぎゅっと抱きしめる。 「新一、一緒にアメリカに行こう」 |