「邂逅」1



 探偵になると決めたのはいつの頃からか?
 父親の書く小説の主人公ような、家の書庫に山のようにある本のような謎をとく、真実を見つけるそんな人間になりたいと思った。 
 中でもコナンドイルが大好きで、彼のような真実を探求する探偵に憧れた。

 昨日、夢を見た。
 小さな頃、誰かに「探偵になるんだ」と言っていた。
 そうしたら、肯定の笑顔で。
 笑われなかった。
 約束の指切りをした。
 誰と?おぼろげな記憶………。

 けれど、これは夢じゃない。幻でもない。
 以前どこかで、実際にあったような。そんな感じがする。
 これはいつの記憶だろうか?
 記憶の底に眠るおぼろげな情景。これは予感だろうか?


 先日、父親である優作からあるマジックショーのチケットが送られてきた。
 古い友人の息子だかなんだか、有名なマジシャンらしい。何でも、アメリカを中心に活躍しているらしく日本公演は初めてで、本来ならなかなか手に入らないプレミア付きのチケットだと聞いた。
 アメリカにいてどうして日本公演のチケットを入手しているのかは、相変わらず謎だが「ぜひ、行ってこい」という国際電話までして来たほどだ。

 本来新一は「探偵」にというか、「謎」に興味が有るだけで、マジックにはあまり興味はない。
 知識としてあるだけで、わざわざ見になんていかない。小さな頃に連れられ何度か行ったきりだ。そのため、今回もあまり乗り気ではない。が、どこか記憶に引っ掛かったのだ。
 夢を見たせいだろうか?
 よくよくチケットを見ると、「〜黒羽快斗による華麗なる奇跡〜マジックショー」と書かれており、新一の古い記憶を刺激した。
 
 黒羽快斗・・・。

 黒羽という、マジシャンは一度見たことがある。小学生くらいの時だろうか、父優作に連れられ子供心に驚愕と感動のステージだったことを覚えている。そして、その時………。





 新一は現在春から高校3年生である。
 組織が崩壊し、コナンと哀のための解毒剤が開発されるまで、およそ3年が費やされた。そして、やっと元の新一に戻れる、と喜んだのも束の間。二人は歳を取っていなかったのだ。3年間分の時が止まったままだった。
 子供の身体から細胞を再び大人に戻す解毒剤はいわば劇薬である。

 いくらマウス実験をしても投与の量でどこまで戻せるかもわからない上、失敗する可能性も大きかった。それでも、ある程度の確率を見込んで作られた解毒剤は再び二人を子供から大人の身体に成長させた。が、激痛と骨をも溶かすような副作用を伴う過程を乗り越えても元の健康な身体とはいかなかった。

 免疫力の低下、心臓への負担から不整脈は当たり前、貧血に眩暈は日常茶飯事で、一時期外出禁止であったが、現在はようやく落ち着きを見せ、無理をしないことを条件に日常生活を送っている。
 そして、もう一度17歳からスタートすることになってから半年が過ぎた。新一は現在かりそめとは言え、平和に学園生活を楽しんでいる。

 ただ、周りの人間との違和感は拭いされなかった。同じ歳のはずなのに自分より大人の蘭………。
 自分だけ置いていかれたような孤独感。
 周りと自分がどこか、ずれているような、写真でいうとピントがあっていない、あいまいな写真のような現実。確かに、ここにいるのに。流れる時間のスピードが違うような気がする。

 何事もなく平和な生活がひどくはがゆい。
 同じ立場の哀、本名は宮野志保であるが、今大学病院の研究所で働いている。阿笠博士が後見人となり本当の父娘のようにつき合っていて、どこかしあわせそうだ。もっとも、過去を忘れたわけではなく、罪滅ぼしのような生活だ。

 時々新一も志保に会う。
 最初は「志保」と呼べず、「灰原」と言ってしまい慣れなかったが、阿笠博士が「志保くん」と呼ぶのを聞いているうちに馴染んできた。誰でも偽名ではなくて、本当の名前で呼んで欲しいから。
 数年コナンと呼ばれている時の違和感は忘れられない。

 「新一」と呼ばれて初めて、自分の存在を確認できる。誰にも呼んでもらえない名は、存在が消えてしまうような気がする。
 志保の透き通るような肌、作り物めいた現実感の伴わない横顔。会うたびに肌から色が抜けていくようだ。
 生きることを通して研ぎ澄まされて行く。
 志保は研究に打ち込むことで現実と折り合いを付けているのだ。
 そんな生き方を少しだけうらやましく思う。

 平和なことが一番だけど、謎を解いている時が一番自分らしいと新一は思う。
 自慢の頭脳や、観察力をフル回転させて事件を追い込んでいく時は時が止まったことさえ忘れていられる。まさにその時こそ自分の時間は止まっているのだから。





 プラチナチケットであるマジックショーの会場は満員御礼状態だ。
 新一の席はなんと最前列、ど真ん中。
 まったく、何考えてるんだ、親父は………。
 新一は、はあ、と疲れたようにため息をついた。

 どう考えてもこんな良い席は招待客だろうと思う。まわりは割りと年配の関係者なのか、上流階級らしく着飾った人が多かった。新一のような学生、それも高校生は皆無に等しい。しかし、だからと言って新一は決して浮いてはいなかった。幼い頃から世界的推理小説家と元世界的女優の子供として、公の場には数えられないほど出席し慣れていた。また、新一のまとう存在感はただの学生には見えなかった。

 凛とした美しい横顔、濡れたような黒い髪、サファイアのような瞳が煌めいて、長いまつげが影を落とす。近づきがたく不可侵な雰囲気を醸しだし、どこにいても人を引き付けてしまう圧倒的な存在感がある。
 まだ成長途中の少年の華奢な身体からは高貴な香りが匂い立つようだ。

 新一は特別周りを気にした風もないが彼を見た人々はそうはいかないようで、ちらちらと様子をうかがっていた。
 自分に向けられる好奇心と興味と畏怖の視線に見向きもせず、開演時間まで入り口でもらったパンフレットでも見ようと、今まで閉じていたページを開いた。
 そこには今回のマジシャン、「黒羽快斗」のプロフィールが写真入りで載っていた。

 「現在21歳で高校卒業後単身アメリカへ渡りマジック界に入り、派手で鮮やかなマジックはアメリカで受け入れられ一躍脚光を浴びる。もう、10年以上になるが、マジックの練習中に事故で亡くなった父、親黒羽盗一も世界的なマジシャンであり、それを現在受け継ぐ形になった息子の腕は父をも凌ぐのではないかと言われている。もし盗一が存命なら親子2代の希代なマジックが見れただろうが、それが叶わないのは大変遺憾である。彼の得意なマジックは………」

 新一はパンフレットから顔を上げて、思考するようにどこか彼方を見つめた。
 幼い頃父親に連れられ見た黒羽というマジシャンは、今回の黒羽快斗の父親黒羽盗一ということになるのだ。
 BGMが流れていたが、やがてそれが静かになってゆく。聞こえなくなる間際ブザーが鳴った。緞帳が上がる、開幕である。

 舞台にはライトがまばゆいばかりに照らされ、中央に黒いタキシードを着た一人の男を映し出す。
 長身で細身、端正な顔。身のこなしは優雅に一礼して、ふわり、と微笑みあいさつする。

 「これより「〜黒羽快斗による華麗なる奇跡〜マジックショー」を始めます。どうか、ごゆるりとお楽しみ下さい」

 と司会の男性が紹介する。
 主役であり、魔術師である彼は穏やかな笑顔で観客に微笑みながら、器用そうな綺麗な指で魔法をかける。

 最初はごく、一般的なマジックだ。
 何もないはずの白い布から、一羽の鳩が、続いて二羽、三羽、最後には十羽。
 彼の肩や腕に止まり、彼がパチンと指を鳴らすと、一成に飛び立つ。
 羽ばたいた鳩は命令されたように、一列になって飛んでいった。
 よく見かけるマジックでも、彼の場合規模と統一感が一流だ。
 
 ステッキでポンと叩けば、そこからは兎が飛び出してくる。愛おしむゆうに背中を撫でてもう一度布をはためかせれば、そこにはもう何もない。
 はたまた、シルクハットの中からこれでもかと言うほど薔薇の花が溢れてくる。
 彼は観客を沸かせて、満足そうに再び笑む。

 「では、誰かお手伝い下さいますか?そこの、貴方」

 マジシャンは舞台中央に歩みより、右手をふわりと新一の前に差し出した。
 新一は一瞬えっ?という顔をして戸惑うようなそぶりを見せたが、しかたがないな、と肩をすくめて彼の手を取った。
マジックの助手を求められることは最前列に座っているものにはよくあること。これに応じるのは最低の礼儀だと、新一は思った。いくら通常は女性が選ばれるのでは、と疑問に思ってたとしても。
 舞台の上に上がるとマジシャンは胸のポケットからカードを取り出した。そして、手際よくカードがまるで生きたかのような様でシャッフルすると扇型に伏せて広げる。

 「一枚引いて下さい」

 新一はその中から優雅な手付きで一枚抜き取る。カードはハートのジャック。

 「では、私に見えない様に皆さんに見せて下さい」

 マジシャンはどうぞ、というように新一に向かって微笑んだ。
 新一はうなずくと、カードを観客に向かって見せる。

 「皆さん確認していただけましたか?それでは、そのカードを伏せて返して下さい」

 マジシャンは手持ちのカードに混ぜると見ない様に、何度も擦った。そして、その中から一枚取り出し、粉々に破く。破れたカードを左手に握り込みその上から白い布を掛ける。

 「1、2、3!!」

 掛け声と共に布をさっと取ると、そこには赤い薔薇が一輪。それも生花の。
 マジシャンは一輪の薔薇を右手に持ち替え、新一に近づくと上着の胸ポケットに飾った。
 そして、ふと、という表情をして新一のポケットに手を伸ばす。

 「ほほう、こんなところに!」

 そのポケットからは、あるはずのない一枚のカードが現れた。

 「先程のカードはこれですか?」

 新一に向かって、優雅な手つきでカードの表を見せる。そこには、ハートのジャック。

 「はい」

 新一は素直にうなずいた。そして、観客からは拍手が贈られる。

 「御協力ありがとうございます。工藤新一くん」

 マジシャンは右手を差し出す。
 新一は名前を呼ばれ一瞬瞳を見開き、探るように相手の瞳を見つめた。
 彼はくすりと笑うとウインクして、

 「マジシャンですから」

 と言った。
 新一はあきらめたように自分も右手を差し出し、二人は握手を交わした。そのまま、新一は舞台から降りると席に着いた。
舞台では次々にマジックが繰り広げられ、人々から熱い拍手が送られている。
 新一はふう、と疲れたように息を吐くと先程胸に飾られた薔薇を見た。すると胸ポケットに真っ白のメッセージカードが入っていた。

 『ショーの後に控え室までおいで下さい。あなたのマジシャンより』

 綺麗な文字で簡素なメッセージがあるだけだった。





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