「なんで……」 「兄さん」 新一とコナンは顔を見合わせて肩を落とした。 今二人は制服を身につけている。これから学校へと向かうためだ。だが、いつもと違うことがある。それは制服が女子用であることだった。 新一とコナンは女子の制服を身にまとい、黒髪の長いウィッグも付けている。 どこからどう見ても美少女だった。 反対に、蘭と哀が男装している。 「陽動作戦というか入れ替え作戦ね。学校には許可をもらってあるから大丈夫」 園子の戦法は、考えも及ばないものだ。 学校の正門前や道すがら、工藤邸の周りなどを張られたら一人でどこにも行けなくなる。少々なら送り迎えをしてもらってもいいが、期間が決まっていないためそれも出来かねる。快斗や白馬ならいつまでだって手配してくれるだろうが、それではただの守りだ。 第一、遠くから写真を撮られても困る。 いくつかの理由や思惑から、新一とコナンを女装させ蘭と哀を男装させた。遠目に見れば、勘違いされるだろう。ついでに混乱するに違いない。 もちろん一人歩きさせるつもりもない。 「まあ、今日はちょっと様子を見るから、二人で先に行って」 園子にそう即され、二人は玄関を出て歩き出す。 不本意だが、仕方ない。工藤家の頭脳は園子なのだから。家長である新一は反論などできなかった。口で敵う訳がないのだ。 美少女同士が歩くと通行人から視線が飛ぶ。 次に男装した蘭と哀に、変わりない園子が出発する。こちらもハンサムに変わりないから同じように人目が集中する。 どんな姿であろうと目立つ工藤一族だった。 無事に学校に着き、クラスに行っても、誰も驚かないのが、不思議だった。 「ああ似合うね、新一」 「とても、綺麗ですね」 快斗と白馬から賛美の声がかかる。 腰までの長い髪にいつもの美貌。そしてスカートから普段は隠されている白い長い脚が晒されている。それだけで、美少女というか美女の出来上がりだ。 実際は、この姿の方が別の意味で危険度が上がるだろうと二人は思ったが口にはしなかった。自分達が気を付けていればいいことだ。 それに、誰も工藤家の男女入れ替えに驚かないのは園子が学校と話しあいをして納得させて、学校中に通達を出させたおかげだ。ここの生徒は、通達を快く受け取って行動している。 「しばらくこれで登校しろって園子が言うんだけど。おかしくないか?」 新一が首を傾げると黒髪がさらりと流れる。 「全然おかしくないよ。綺麗だよ」 「そうですよ。綺麗だといった事に偽りはありません。ああ、コナン君も同じような姿で登校しているのですよね?きっと彼も大丈夫ですよ。この学園は懐が深いですから」 懐が深いのは確かにそうだが、それより発言力のある園子の方が驚異である。 「ならいいけど」 「そうそう。今日は帰り車で送るよ。園子ちゃんから言われいるんだ」 早朝より放課後の方が狙われやすいだろう。今日はひとまず送って欲しいという園子の指示だ。それなら、快斗は帰宅と当時にパティシエ特製の洋なしのムースを持っていくと園子に伝えたら、にたりと人の悪い笑みを浮かべてありがとうとお礼を言った。そして、「なら黒羽君に新一君の方をお願いしようかしら」と胸の内の読んだように言葉にされて、冷や汗をかいた。 今回は新一とコナン二人に関わることだ。同じように護衛が必要なのだ。どちらに回るかは園子の心次第で新一の方に付きたい快斗が自然アプローチをしても仕方ないのだ。アプローチのつもりがなかったとしても、心は正直だ。 「二人ともすてき」 うっとりと歩美は頬を染めた。 目の前には男女の制服を入れ替えたコナンと哀がいた。 コナンはセミロングの髪を背中に流し、サイドをまとめバレッタで留め、短いスカートから白く細い足が覗いている。 哀は髪を一つに縛り、華奢な銀縁眼鏡をかけ男子用にズボンをはいている。制服の男女差はスカートかズボンの違いだけだ。それ以外はシャツも上着もネクタイも同じ。 それを入れ替えても、文句ない美少女と美少年だ。 「そう?」 「うん。哀ちゃんすっごく格好いい!好きになっちゃう」 哀に問いかけられ、歩美は素直にめいっぱい答えた。些か素直過ぎるが。 「まあ、哀は似合うよな」 コナンも苦笑しながら同意した。自分の片割れは男装しても相変わらず冷静でそれが殊の外似合う。 「あら。ありがとう。あなたも似合ってよ」 哀もくすりと微笑む。コナンが美少女に見えるのは誰もが認めることだ。今でもクラス中から視線が飛びまくっている。 「哀ちゃんの言うとおり、コナン君、綺麗で可愛いわ!ほんと嬉しい」 歩美が声を張り上げる。本心から感じているとわかるため、コナンも苦笑うしかない。 「ありがとう。歩美ちゃん」 「えへへ。しばらくこのままなんだよね?毎日楽しみだわ」 「……よろしくね」 悪気がない歩美にはそう言うしかなかった。 それに、こんな事になっても気にせず声をかけいつも通り話しが出来るのだが歩美のいいところだ。その証拠に、元太と光彦は無言で見つめるしかできない。もっとも、哀に憧れを抱く光彦は、美少年然とした姿にどう声をかけていいか迷っていたのだ。照れが潜んでいるおかげで、話しかけられない。元太は、ただ唖然としていた。男女入れ替えなんてふつうは揶揄うものだが、あまりに似合いすぎて元太として困っていた。 しばらく入れ替えが続くという事実は仲がいいからこそ、少々二人を打ちのめした。 「休日くらい出かけてもいいのよ」 毎日真っ直ぐに帰宅する新一に園子が気分転換を則す。 新一は帰宅する際、黒羽家の車で送られてくる。快斗はほとんど一緒だが、希に家の事情でいない時もある。 コナンは一緒に乗って来る時もあるし、哀や友人と一緒になって帰宅する事もある。 園子や蘭は用心しつつスーパーまで行ったり雑事を済ませている。 朝も、必ず家族で登校する。それに道すがら会う同じ学校の生徒たちも気にして周りを囲んでくれる。 結局、新一だけはどこかに寄ることもなく帰っていた。 「黒羽君や白馬君と誘って遊びに行けば?それなら安心して行けるでしょ?」 「いいのか?」 「いいわよ。用心に越したことはないけど、それでストレスを感じたら保たないわ。いいから行ってらっしゃい」 園子は急き立てる。 「うん、ありがとう。そうする」 笑顔の新一に園子を表情をゆるめ、なら約束しなさいと携帯電話を示した。 新一は、すぐに電話して約束を取り付けた。 「快斗がうちにおいでって。後で白馬も合流する。快斗のとこの紫陽花が見頃らしいから、花見?」 「あら、いいわね。迎えに着てくれるんでしょ?」 「ああ、快斗が」 「OK。決まりね。なら、着替えないと!蘭!哀!お着替えよ!」 大声で園子が叫ぶと、蘭と哀が何か手にもって現れた。ずいぶん早い対応で、まるで準備していたようだ。 「……え?」 戸惑う新一に園子が顔を寄せてきらりとした瞳で告げた。 「出かけるのはいいけど、用心は必要ね。つまり、制服同様女性のふりして行くべきなの。わかるわよね?もちろん」 拒否なんて許さない。そんな意志が読みとれる強い視線だった。新一は思わずこくりと頷く。 「よし。ほら、今日ならこのワンピースがいいかな?」 「白いワンピース可愛いよね。それなら、この柔らかい上着にしようよ」 「なら、メイクはピンクね。髪飾りは、これよ!」 新一を無視し嬉々として三人は盛り上がった。もしかして、最初からこのつもりだったのだろうかと新一が疑問に思うほど連携が取れていて、仕方なく諦め半分でため息を付いた。 「あれ、随分と可愛いね」 快斗が工藤邸まで迎えに来て、新一を見た瞬間の感想である。 白いワンピースは襟や袖にレースがあしらわれ、丈は長く裾には切り替えてフリルがある。上には柔らかそうなオレンジ色のカーディガン。足下は銀色のミュール。髪は両サイドを三つ編みにして後ろで縛り、ビーズの髪飾りで留められていた。そして、唇だけうっすらと色づいている。 とても可愛い。そして綺麗。 工藤家の女性たちがこぞって飾り立てたに違いない。 「あいつらが……」 「うん。目に浮かぶようだよ」 きっと新一を着飾る事が楽しくて仕方なかったのだろう。素材がいいから力も入る。その成果が目の前の新一なのだから、女性陣の気持ちもわからなくはない。 「さあ、乗って」 ドアを開け、新一を黒塗りの後部座席に誘う。 「うん」 スカートであることや華奢なミュールで動くことを考えて、丁寧な動作で新一は後部座席に滑り込んだ。所作の美しさは、普段からのものだが女性の服を着ているためより意識している新一は本当に美女だった。 そのまま緩やかに出発した車の中で、新一の横に座りながら快斗は笑う。 「その姿だとリラックスできない?」 居心地悪そうに瞳を新一は揺らしている。女子用の制服は慣れたせいか毎日送っていっても特別気にならなくなったようだが、ワンピースなど着てミュールをはいているのは、さすがに動きがぎこちないようだ。 「蘭が、ワンピースなんだから所作に気を付けなさいってうるさかったんだ。足を開くな、大股で歩くな、大きく動くなって、細かい。制服でだいぶ慣れたからいいけど、これはこれで難しい」 制服のスカートは短い。そのため、蘭が注意した点に気を付けないと大変なことになる。主に男子生徒の精神が。ついでに、顔も体も美女が粗雑な振る舞いをするのは精神衛生上、辛いものがある。確かに蘭の言うことは正しい。 「そっか。でも、今日は俺の家で来るのは白馬だけだから、あまり気を張らなくていいよ。他人は絶対に入って来れないから、狙われる心配もない。もしよかったら、その間だけシャツとか服を貸すよ?」 快斗にとって新一ならどんな姿でも構わない。いつも通りで十分だし、こうして美女の姿も堪能できるが、基本は新一なら何でもいい。 「……ほんとか?」 「うん。もちろん」 「ありがとう。……けどな、止めておく」 「遠慮しなくていいけど。理由があるの?」 「携帯でいいから写真取ってきてって言われているだよな。黒羽家の庭園撮って!と。紫陽花とこのワンピースが映えるはずだけど、事実かどうか知りたいから一緒に撮ってと命令だ」 いかにも園子が言いそうである。それにしても、彼女は何がしたいのか。折角だからと新一で遊んでいるだけなのか。主に着せ替えとして。快斗は自分の考えが正しいとは思うが、それだけではない気がしてならない。これは、あれか。もしかして自分を試しているのか。あり得そうで、怖い。 「なら仕方ないね。園子ちゃんに逆らうのは怖いから」 快斗は心中を押し隠して笑った。 「でも、立ち振る舞いは気にしてなくていいよ。疲れるだろうから。俺たちだけなんだし」 「ありがとう。そうする」 新一も快斗の気づかいに微笑んだ。 そうして、三人で穏やかな時間を楽しんだ新一は気分良く帰宅した。もちろん、美味しいケーキをお土産にもらって。 黒羽家と白馬家から出版社に圧力をかけた。 CMに出演して人気が急上昇している美貌の人物を探さないようにと厳命した。 そして、現在新一とコナンを探っている出版社を特定し、これ以上手出ししないように圧力をかけようとした。が、問題の出版社は今にも潰れそうで、圧力が意味を持たない。今度発行される雑誌が売れなければ、潰れる。だからこそ、売れるネタが欲しかった。 手を引けば、援助してやると持ちかけても頷かない。多少の援助を受けてもつぶれるのが少し延びるだけだ。 それなら、最後は雑誌が売れた方がいい。 「以上が調べた結果」 快斗が書類を片手に平坦な声で述べた。 「時間との勝負だな」 白馬も彼らしくない静かな声音で思案するようにテーブルの上に用意された紅茶を一口飲む。 「今度の雑誌発行までに売れるネタが掴めなけらば、潰れるだろう。それを越えてしまえば、もう付きまとわない」 「ふうん。で、今度の雑誌の締め切りはいつ?」 園子は腕を組んで、顎を反らし女王様の如く微笑んだ。 現在この部屋には快斗、白馬、園子の三人しかいない。三人である理由は、まさに作戦会議だからだ。否、作戦会議というより悪巧みの方がしっくりくる。ここにいる時の三人は普段とは違う顔だからだ。 「出版予定が1日だから締め切りはそれより前の1週間前かな。本当ならもっと前だけど、ぎりぎりまで待つだろうから」 「そう。いい加減、鬱陶しいのよね。新一君とコナンは見目麗しいからいいけど。写真も売れるし。けど、そろそろ決着を付けたいわ」 長期戦はなるべくしたくない。家族の精神的負担が大きいからだ。 「あいつら、粘ると思うよ。弱点がないんだ」 家族や恋人など攻められれば落ちる弱点が見あたらない。 「両親兄弟がいない。それか縁が切れている。残った出版社の人間はそんなのばかりだ」 弱小の出版社だ。すでに止めた人間もいて、残ったのが2人だった。 「一応、二人には護衛を付けていますし、何かあれば即刻連絡が付くようにしています。護衛は、プロですから、二人を守ってくれます。それは保証しますよ」 白馬がその役目をかって出たのは白馬家の配下に優秀な警備保障会社があるためだ。 その中に、各地から集めた最高の人間に最上の教育、指導をして作った通称、シークレット・サービス(本当はもっと長い名称である)部門があるため、必要な人材ならいくらでも手配できた。 「ありがとう、白馬君。あと、1週間か。けど、ちょっとね。この人たち、人間性が違うじゃない?特に、こっち」 園子が書類の片方を指さす。 それはコナンが最初に出会った方の人間だ。 「哀からも話を聞いたけど、粘着質の上、視線が犯罪ちっくだったらしいから。自棄になったら、何をするかわからないわ」 こっちだけでも潰せないかしらと園子が物騒なことを平然と言う。 「ああ。そうだな。潰すのは簡単だけど、それを根にもって雑誌関係なく付きまとわれると厄介だろう?最悪どこかにぶち込んでもいいけど」 「最後の手段はありだわね。穏便にしたいのに、困った人たちだわ」 穏便などとはかけ離れた冷たい声音で園子は見せつけるように吐息を吐いた。 「残りのカウントは待つけど。もし二人に何かあったら、絶対に許さないわ。どんな手を使っても排除するわ」 それは園子の決定だった。 快斗も白馬も頷く。異論などあるはずがなかった。 |