パーティがあった翌日。 園子はリビングで家族団らんの傍らお茶を飲みながら切り出した。 「昨日の話だけど。うーん、まあ受けてもいいかな。プライバシーは守ってくれるみたいだし。一切プロフィールは公表しないし、こちらの都合にあわせること。それからギャラが良かった。結構な金額を弾んでくれるの。二人の稼いだお金だから、新一君とコナンの大学の学費に貯めておける。まとまったお金があれば、どこの学部でも行けるよ」 「……なるほど。大学、基本的に大金かかるものね。国立に行っても学部によっては設備費とかかかるし。有名私学でも、当然大金が必要。高校とは訳が違う」 蘭はすぐに納得する。 奨学金はあるが、利子を付けて返すのは大変だ。返さないでいい奨学金もあるし、学費免除で大学から是非来て欲しいという場合もある。もちろん有能な頭脳があればこそだ。 新一もコナンも優秀だから、大学側からのアプローチもあるかもしれないが、それは前提ではない。大学資金は豊富にあった方が断然いい。 つまり、新一とコナンをCMなどに出すのは危険が付き物であまりしたくないが、それを承知で十分な理由があるのだ。 「園子がいいなら、俺は問題ない」 「僕も」 二人の答えは簡潔だった。園子が考えて出した結果に文句も不安もない。 「うん。撮影もね、こっちは学生で学業があるし素人だから日程はさほど取らないで、秘密裏にしてもらう事にしたの。もちろん、万全を期すために私たちも行くし。だから、そこは安心してね」 「わかってる。園子が決めたことだろ?不安なんてない」 「そうだよ。なにかあっても、それは家族で乗り切ればいいだけだもん」 ある程度の危険が予想できた。いくらプロフィールを公表しなくて、内緒にしてくれても人の口には戸は立てられない。どこからか漏れる可能性は否定できない。それでも、園子が決めたのはそれだけの必然性があったからだ。 「大学の資金を考えてくれたなら、俺の方が感謝しないとな。来年大学だし」 「そうそう。僕も自分でできるだけの事はするつもりだけど、選択肢があった方がいいに決まってるから」 二人は微笑みあう。似通った美貌の主が微笑むのは、そこだけ別空間だ。だが、見慣れた家族は微笑ましげに見るだけだ。 「ありがとう」 園子も嬉しそうに笑う。 実質の大黒柱である園子でも責任が重くない訳がない。どれだけ有能でも高校2年生の少女であることに変わりない。 「そうと決まれば、準備は必要よね」 「それは、私の方からも提案があるわ」 蘭と哀は話しに加わった。 「まず、お手入れはしてもらうわよ。写真や映像を撮るモデルは自身が資本だから手入れが欠かせないもの。今回はイレギュラーだけど、モデルをやるからには義務よ。それでお金をもらうんだから」 哀がいきなり立て板に水の如く話を進め始める。 「こっちには、哀ちゃんと一緒に用意した化粧品があるの。哀ちゃんお勧めのサプリメントもあるよ。それで、これが管理表」 蘭は化粧品やサプリメントが入った箱を前に押し出し、何か書かれた紙をひらひら振った。 「肌の状態がモデルの命よ。睡眠不足も論外。怪我も厳禁。もって生まれた容姿と存在感は最高品だから問題はないわ。いい?最大限の努力をするのよ?やるからには極めるのよ?私たちの兄弟がCMに出るのよ、極上のものでなかったら許さないわ。絶対に、賛美しか聞きたくないわ」 ある意味兄弟を愛しているからこそ出た暴言だ。哀は、自分の家族が貶されることを許さない。 「……哀」 新一は思わず哀の真意を問いたかった。否、理解してはいるのだ。彼女は一欠片も嘘を付いていない。すべて真実だが、それが大変問題だった。 モデルをやることになったからには、しっかりと努めるつもりだが。肌のお手入れや体調管理などは予想外だった。 「新一兄さん。私は綺麗な兄さんしか記録に残したくないの」 「……」 綺麗って何だと思ったが反論はできなかった。そして、哀の気持ちが本物である限り新一は家族の望みを叶える。 「わかった」 「兄さんが納得したなら、僕もいいよ。精々努力する」 新一とコナンの同意を得た哀は、にっこりと楽しそうに微笑んだ。表面は天使で裏は悪魔の微笑みだった。 「私に任せて。蘭姉さんは食事も考えてくれることになっているの。園子姉さんから、この事に関しては全権を任されたから、指示には従ってね」 それは決定事項だった。 撮影当日。彼らはスタジオにやってきた。 人は少なく、限られたスタッフでだけだ。約束していた以上の配慮がある。 「今日はよろしくお願いします。カメラマンの向島です」 カメラマンが挨拶に来た。歳は四十くらいで無精髭を生やしている男だ。一見軽く見えるが、眼孔だけは鋭く中身が違うことを理解できた。そうでなければ、企画に抜擢されないだろう。 今日はポスターの撮影だけだ。 周りには助手や衣装、メイクなどのスタッフが忙しなく動いている。 「こんにちは。お待ちしていました」 佐山社長だ。 普通なら親会社である社長は来ないのだが、本人自ら待ちかまえていたらしい。自分が手がけている企画のモデルを自らスカウトしたのだから本人的は当然である。それにプライバシーの保護など徹底させなければならず、自分から赴いて取り仕切る必要があったのだ。 「こちらこそ、よろしくお願いします」 園子が前に進み出て握手に応じる。新一もコナンも隣でよろしくと頭を下げている。その後ろに邪魔にならないよう蘭と哀が控えていた。 「いいや。無理をいってすまないね」 「承知したのはこちらですから気にしないで下さい。引き受けたからには、最上を尽くします。二人とも」 にこりと笑う園子の横で、その通りだと新一とコナンも美しく微笑んだ。思わず見ほれてしまうほどの美貌っぷりだった。 「……ああ、それでは着替えとメイクをお願いします。おい!緑川」 「はい!」 向島がスタジオの端にいる女性を大声で呼んだ。緑川と呼ばれた女性は駆け寄りぺこりと頭を下げた。 「緑川です。こちらへどうぞ」 彼女は茶色に染まったセミロングの髪を一つに縛った快活な女性だ。そして、笑顔で新一とコナンを片手を即して案内していった。 「二人が準備を終えて戻って来るまでに、少し説明を。スタジオにはセットが組まれているのでそれをバックに撮影します。ブルーバックも。これは、撮った後で景色なりを合成して使います。今日1日はここでの撮影です。あそこが休憩の場所になっているので、使って下さい」 向島は今日の予定を述べ、端にある簡易なテーブルとイスを示す。 「今日で撮影は慣れてもらって。今度は屋外ですからね。また緊張もするでしょうが、綺麗な場所ですから楽しみにしていて下さい」 佐山が横で補足する。日程表は渡してあるが、予定は未定の場合が多い。 CMは、いくつかのパターンで撮るが、旅行会社のものなので屋外、海や庭園、古城など観光地は外せない。実際の場所ではなくても、そうった雰囲気の出る場所で撮影となる。 「はい。ありがとうございます」 如才なく園子はお礼を言った。 そして、撮影が始まった。 衣装に着替えメイクされた新一とコナンは輝くばかりに美しく、撮影は満足のゆくものとなった。 やがて、その成果がやってきた。 街にポスターが張られ、テレビからはCMが流れる。 当然、工藤邸のリビングでテレビの前に陣取りCM鑑賞会となっていた。出演者用にCMがまとめられたDVDをもらったのだ。 「あら、いい出来ね」 「ほんと、きれーね」 「……いいんじゃない」 女性三人からの感想である。出演した二人は、無言だ。 ああ、とうとう流れるのかと思う。ナルシストではないから、自分の映ったCMなんて見ても嬉しくはない。 が、出来がいいかどうかは理解できる。確かに本人達の目から見ても印象的な作りになっていた。撮影中はどんな映像になるのか不確かだったけれど完成したものを見ると、些か感慨深い。 「うーーん、これだと評判になるわね」 園子が胸の前で腕を組み思案げにこぼす。 「なるでしょうね。間違いなく」 「予定通りね。魅力が余すところなく表現されるし、綺麗な出来でほんとに嬉しいわ」 蘭も同意するが、哀は別方向で肯定していた。 つまり、女性三人の意見は世間から注目されるだろう、ということだ。 それも当然といえば、当然だった。そのくらいのCMだった。 まず、一つ。海辺のパターン。 青い海、白い砂浜。空も青い。それに背を向けた人物が立っている。遠目で、よくわからない。ついで、その人物の足下が映る。白い足と寄せる波。手が水をすくう。そして、美しい顔が画面いっぱいに広がる。さらさらとした絹糸の黒髪に海や空より澄んだ蒼い瞳。白く整った鼻梁に桜色の唇。うっすらと口元が微笑んで、視線が白い鳥へと移る。 セピア色の風景。海にたたずむ少年。一心に見つめる海の向こう。少年の横顔は先ほど映った人物によく似ている。 そして、再び明るい色合いの空に麦藁帽子がひらひらと飛んでいく。白い手がそれを追いかけるように伸ばされ、青年の髪を風が揺らす。白いシャツがはためき、青年は髪を手で押さえる。再び遠めに海が広がる風景。青年が歩いた足跡が砂浜に残っている。そこへ、麦藁帽子が落ちてくる。 「どこかへ、行こう」キャッチフレーズが流れる。 最後に、東花ツーリストのロゴ。 薔薇の庭園のパターン1。 広がる薔薇園に少年の後ろ姿。少年が歩いていく。やがてアーチをくぐると、そこには洋館が立っていた。周りには色とりどりの薔薇が茂っていてまさに薔薇屋敷。テラスには白いテーブルと椅子。テーブルの上には薔薇の模様の茶器が二つある。そして、椅子に座っている人物は本を読んでいる。少年は青年の側まで行く。すると青年が顔をあげた。白い顔が美しい笑みを作る。少年は同じ笑みを受かべ、青年の向かい座る。片方のカップを持ち上げ一口飲む。そして視線をあげると、そこには誰もいない。 迷路のような薔薇園の東屋に青年が立っていて、手には赤い薔薇の花束を持っている。風が花を揺らし花弁が一枚空へ舞いあがる。 「どこかへ、行こう」キャッチフレーズが流れる。 最後に、東花ツーリストのロゴ。これは、「花」の部分が花びらで出来ている。 薔薇の庭園パターン2。 一面に広がる花の上に少年が仰向けに寝ころんでいる。黒髪が花びらの上に散り、白いシャツに黒いズボンというシンプルな出で立ちであるせいか、目を伏せた少年の白い美貌がとても映える。少年の手が頭上に上がり、何かを掴んでいる。 カメラが切り替わり、少年と同じように青年が花園に寝ころんでいる。その手が触れている先にあるのへ少年の指だ。二人は頭を寄せあって正反対にいる。その美しい眺めに花びらが舞い散り、次の瞬間二人は消え花園があるだけだ。 「どこかへ、行こう」キャッチフレーズが流れる。 最後に、東花ツーリストのロゴ。これは、「花」の部分が花びらで出来ている。 古城のパターン1。 ヨーロッパの古城。周りは憂そうとした森に囲まれている。馬車がそこを走り、城へと続く。馬車は城へと着き、そこから青年が降りた。青年はそのまま城の中へと躊躇なく進み、螺旋階段を上がると長い廊下を歩いて行く。ふと目の前に白いものが見えた。青年は追い、やがて鏡の間に着く。四方が鏡で出来ていて豪華絢爛な装飾がされている。白いものがふわりと現れ、やがて少年の形を作る。青年によく似た少年。少年はうっそりと笑うと、鏡に吸い込まれるように消えた。青年は鏡の前までよって行き、伺うようにそっと鏡に触れた。しかし青年もまるで引き込まれるように鏡の中へとかき消えた。 後には鏡があるばかり。 「どこかへ、行こう」キャッチフレーズが流れる。 最後に、東花ツーリストのロゴ。 古城のパターン2。 夜、月が明るく湖面を照らす。憂そうとした森の上には古城が見える。 月光に浮かびあがった少年はまるで銀色の光をまとったように美しかった。少年が湖面を眺める。磨き上げられた湖面は月明かりで少年を写す。 そこに写ったのは、少年をずいぶん成長させた姿で、にっこりと妖艶に微笑んでいる。少年は、思わずそっと指を伸ばす。水面に指が触れた瞬間、地上にいるのは湖面にいた青年に変わっていた。 湖面には少年が微笑んでいる。 「どこかへ、行こう」キャッチフレーズが流れる。 最後に、東花ツーリストのロゴ。これは、「花」の部分が丸い月にくりぬかれている。 「2パターン目はあまり流さないんだって。時々見られたらあれ?って思ってもらえるように。希少価値を狙う人の心をよく掴んだ戦略ね。古城のパターンはミステリを目指したらしいよ。妖しい感じが出ているよね。どれもいいけど、やっぱり妖艶で美麗さは古城のパターン2だよね」 園子はしみじみと唸った。 「なんというか犯罪ちっくよね。別に変なことなんて一つもしていないし露出もないのに!お母さまの美貌そのままよ」 蘭は我ながらに呆れも入っている。こんなに似合ってどうする?という普段思わない気持ちになるのが不思議だ。すでに二人の美貌が論外だと理解しているというのに。女心が複雑なのは仕方ないのかもしれない。 「気を付けた方がいいわね。これを見たら犯罪が起こるわよ」 哀の冷静さが時々憎いとコナンは思う。半身だからこそ、よく考えが理解できていやな感じだ。 「出来が良すぎたのね。評判になることは予想していたけど。うちの学校の生徒はそんな事を漏らすような人間はいないからそこは安心だけどね」 園子が思案するように腕を組んだまま首をひねる。 「まあ、いいわ。明日が楽しみね」 が、そう結んだ。 |