「工藤家の人々 2章 1」







 その日は久しぶりにパーティに出席した。
 園子の婚約者である京極真に招待されて工藤家の兄弟姉妹はやってきた。
 京極家は昔から続く資産家だ。そこの長男である真と園子は幼い頃、親同士に婚約を決められてからのつきあいだ。両親が亡くなり工藤家が没落してもその約束は変わらない。すでに園子との婚約など京極家にとっては何の利益もないが、真は今でも真摯に園子を自分の婚約者として接してくれていた。
 そこに恋ではないが親愛や友愛などの愛情は確かにあった。それで十分。資産家同士の結びつきの政略結婚に愛情があるだけで奇跡的だ。
 昔婚約を結ぶ時、本人達の相性や親しさを尊重した結果だ。今は亡き工藤家の両親は政略結婚のためではなく、園子の幸せを望んでいただけなのだ。だからこそ、京極家は真と園子との婚約を解消しない。
 
「今日の園子さんも綺麗ですね」
「ありがとう。真さんもステキよ」
 ホルターネックに裾がひるがえる藤色のドレスに身を包んだ園子に、逞しい身体にタキシード姿がよく映える真がエスコートしながら賛美する。真は今日園子を工藤邸まで黒塗りの高級車で迎えに入ってここまで連れてきた。婚約者同士だから当然だ。
 京極家が持っているホテルの会場で行われているパーティにはドレスアップした人々が話しに興じている。
「おじさまとおばさまに挨拶しなくちゃ」
「そうだな。両親も楽しみにしていたよ。園子さんに会うのは久しぶりだから」
「ええ。少し、ご無沙汰していたわね」
 二人は和やかに会話しながら真っ直ぐに歩いていく。京極家の長男とその婚約者であるから、この場の主役である。自然道は開け、人目が集まる。
 園子も普段とは違い、淑女らしい言動で真に決して恥はかかせない。それにこんな場で弱みなど見せるつもりもない。没落しようとも工藤家は工藤家なのだから。自分の行動が家族の不利益に繋がることになどさせない。
「まあ、真さま。お久しぶりですわ」
「今日はよくいらして下さいました。篠田夫人」
 周りから声をかけられても真は如才なく応える。篠田と呼ばれた女性は大会社の社長夫人だ。
「ご立派になられて。お父様はさぞやご自慢でしょうね」
「まだまだ私は若輩者ですよ」
「ご謙遜ですわ。……こちらは婚約者の?」
「ええ」
 真が鷹揚に頷く。それを受けて園子は笑顔を篠田に向けた。
「はじめまして。工藤園子ですわ」
 優雅に一礼する姿はどこからどう見ても育ちのよいご令嬢だ。
「そう。よろしく」
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ」
 口元に手をやりながら微笑む園子は真の横に並んでも全く遜色ない。篠田が自分の娘を真にと野望を持つ夢を打ち砕くに十分だった。第一、二人とも恋人同士にしか見えなかった。篠田は失礼しますと言って去っていく。
 その後ろ姿を見送り、真と園子は顔を見合わせて笑う。うるさい女性を相手にするのは疲れるが、そうすることは義務でもある。互いによくわかっているから昔から協力して追い払う。結局、二人は理解者であり共犯者でもある。
 
 

「折角だからいっぱい食べておけ」
「園子が言っていたものね。このホテルの食事は美味しいって!」
「ああ。園子が言うなら間違いない」
 新一と蘭が下の双子に言い聞かせている。だが、双子のコナンと哀は乗り気ではない。
「うん。適当には食べるよ。腹八分目が一番だから」
「そうね。美味しいと思える量でないと意味ないわ」
「現実的だな、二人とも」
「ほんとねー。誰に似たのかしら?」
「父さんと母さんじゃないな。あの人達は、もっとアレだった」
 新一と蘭とは似ていない双子を微笑ましく見守りながら二人は両親を脳裏に思い浮かべる。立食パーティだから現在飲み物を片手に二人は会場の一角で談笑していた。コナンと哀も皿に少し料理を乗せて、フォークで摘んでいる。色鮮やかで新鮮な材料を使われた料理の数々はどれも美味しそうだ。
 只でさえ美貌の主ばかりであるのに着飾っているため、四人は嫌でも目立った。
 紺色に銀糸が織り込まれた生地でできた細身のスーツの新一は漆黒の髪と蒼い瞳の美貌が眩いばかりの光を会場中に放っていた。
 ふんわりとしたデザインでピンク色のドレスを着た蘭は、長い黒髪は結い上げて真珠の髪飾りで留めている。優しい美貌と微笑みが魅力的だ。
 上着の裾が広がった深い青に細いストライプが入ったスーツのコナンは幼いながらも新一と同様の蒼い瞳で人々を魅了していた。
 ハイウエストで切り替えられた淡いペパーミントグリーンのドレスを着た哀は、薄い色の瞳と髪とは正反対な怜悧な美をまとっていた。
「新一とコナンは母さんとそっくりの美貌だけど、性格違うものね。コナンと哀の性質はどっちかというと父さんなんだけど、ちょっと違う感じがするし」
 彼らの両親は、破天荒な人物だった。お人好しで人情深いが、大胆不敵で天衣無縫という性質で容姿は極上というはた迷惑な人達だった。その魅力で周り中を振り回すという極めて厄介な質だった。おかげで、今でも両親の死を悼んでくれる人達がいるし、残された兄弟姉妹を忘れないでいてくれる。
 それでも、会社が部下に乗っ取られた時は仕方なかった。新一は当時やっと高校に上がったばかりで、跡継ぎとして会社を切り盛りなど不可能だった。才能は中学生の園子の方があったのは誰もが理解していたし。会社はともかく、屋敷や土地などは取り上げられなかったせいで生きていける。だからこそ両親と親しかった人たちも手を出さなかったのだと後で新一は理解した。
「早くに亡くなった爺さんとかかもな。かなりやり手だって聞いているし」
「ああ。それなら園子のそれよね!」
「だろうなー。爺さんは工藤家を作った祖先の再来と言われてたから。園子はばっちりだな」
「それ、少ししか聞いたことないわ」
 哀がふと口を挟んだ。両親が亡くなった時哀とコナンは中学にあがったばかりの十二歳だったのだ。思い出が少ないのは仕方ない。新一は笑って話し出す。
「確か写真がアルバムにあるから、家に帰ったら見せるな。お婆さんは父さんを生んで早くになくなったそうだ。それで爺さんがばりばりと働いて盛り立てたらしい。その商才は素晴らしいと今でもその年代の人には語られている。父さんは家に勤めていた人たちに育ててもらったそうだ。だからこそ、早くに結婚して家族を作りたかったって言っていた。父さんと母さんの馴れ初めは聞いたことあるだろ?母さんが口癖だったから」
「ええ。それは耳にタコができるほど。ラブラブだったのよね」
「そうだ」
 両親がラブラブということは家族仲がいいに決まっている。子供たちは愛情たっぷりに育てられた。その事実を知っている。
「コナンは性質は父さんに少しだけ似ているな。歳を取る毎に似てくる気がする」
「それ、さっきと矛盾しているね、兄さん」
 新一は父さんと母さんに双子が似ていないと言ったのだ。コナンは小さく笑いながらそう言って指摘する。
「似ていないとは言うけど、両親とまったく似ていない子供なんていないからな。二人の遺伝子を受け継いでいるんだ。それが表面に現れるのか、もっと祖先の血が出るのかはわからないけど。そういうのは、俺より哀やコナンの方が詳しいだろうな」
「うん。そうだね。僕と兄さんの顔が似ているように。僕と哀の性質が似ているように。遺伝子は嘘を付かないしこの身体に流れる血は変わらない」
 大事な家族。コナンがなによりも大切にしているもの。それは誰もが同じだ。
 たった五人残された兄弟姉妹は互いをよりどころに生きている。
「そうだな」
 新一はコナンの頭に手をおいて綺麗に笑った。
 その時、遠目にしていた中から声をかける人物がいた。
「すまんが、すこしいいかな?」
 髪に白いものが混じり始めた五十を過ぎた頃の男性だ。身なりはとてもいい。
「なんでしょうか?」
 一応、家長として新一は尋ねた。
「私は、佐山敬三といいます。今、我が社の配下にある東花ツーリストのモデルも探しているのだが、あなた方は正に理想そのもだ!」
 佐山と名乗った男は意気込んだ。
「是非、うちのモデルになて欲しい。……ご兄弟かな?これなら、過去、現在と撮れる。これ以上の逸材はいない!」
 新一とコナンの二人を見やって、力一杯断言した。目が本気だった。
「……」
 新一は困惑した。残念ながら、こういった経験はない。要請がない訳ではなく、すべて園子が仕切っていただけである。その後ろで蘭が携帯でメールを送ってから新一の前に進み出る。園子がいないのなら自分が仕切るのだと蘭は自覚があった。
「お話ですが、今すぐ本人がお返事はできません。すぐに話がわかる人間が来ますのでお待ち下さいますか?いくら何でも、いきなりだとご自身でおわかりでしょう?」
「ああ。もちろんだ。理想がそこにいたから驚いて興奮してしまった」
 佐山は悪かったと謝った。背後に佐山の部下らしき若い男性が立っていて、顔をひきつらせてハンカチで汗を拭いている。
 ちなみに、哀はすぐにそこから離れていた。もちろん、目的があってのことだ。
「ところで名前を聞いてもいいかな?」
 そうでないと呼ぶこともできないからと佐山が苦笑するので、蘭と新一が顔をあわせて軽く頷く。そして、新一がコナンに視線をやるとコナンも目で意志を伝えた。
「私は工藤新一」
「私は新一の妹の蘭です」
「僕は弟のコナンです」
 相手が誰であろうと工藤家として優雅に挨拶する。場所が場所であるから、それくらい所作は使い分けることができる。
「先ほどは失礼した。改めて佐山敬三です。どうかよろしく」
 やっと和やかな空気が流れた時、聞き覚えのある声がした。
「お待たせしました」
「園子!……哀も」
 颯爽と現れた園子と後ろにいる哀に新一は驚く。当然、蘭がメールし哀が迎えに行ったのだ。
「二人をモデルとして使いたいそうですが、私から詳しく伺ってもよろしくて?」
「あなたは?」
 突然割って入った園子に佐山は戸惑った。話がわかる人間が来るとは聞いていたが、それは当然大人が現れると思ったのだ。
「初めまして。工藤園子です。……この顔に見覚えはありませんか?」
「……ああ!」
 佐山は思い至った。このパーティは京極家主催のものだ。その跡継ぎの横に並んでいた少女だ。遠目にしか見ていないが、それだけはわかった。
「大変、失礼しました」
 佐山がいくら大会社の社長でも、京極家と並べる訳がない。その御曹司の婚約者に不興を買うのは得策ではない。
「いいえ。それで、詳しいお話を伺えますか?」
「はい」
 頷いた佐山は自社のプロジェクトを話し出した。
 








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