「工藤家の人々 1章 3」






「工藤君、おはよう」
「おはよう、工藤さん」
「「おはよう」」
「コナン君、今日も綺麗ね〜」
「哀さんも美人。目の保養!いい一日の始まりだわ」
「新作の写真楽しみにしてるからね!」
「私も。全部買ってるからね。コレクションよ」
「「ありがとう」」
 二人揃ってクラスに入ってきた工藤家の末の双子はどんな言葉にもにこやかに挨拶を交わす。たとえ、朝の挨拶としては疑問を覚える台詞であろうと天使の笑顔で微笑んで、見る者をうっとりさせながら軽くあしらう。表の顔は愛想が良いため誰からも声をかけられるクラスの学園の人気者だ。
「おはよう、哀ちゃん。コナン君」
「おはよう歩美ちゃん」
「歩美ちゃん、おはよう」
 自分の席に着いて……兄妹であるのに同じクラスで隣の席という嘘のような配置だが誰一人文句などなかった……鞄を置くと歩美がにこにこ微笑んで立っていた。哀もコナンも彼女には本気の笑顔で挨拶する。
 人当たりが良いとはいえ冷たい瞳が印象的なクールビューティーという渾名が付いている哀は、自分から普段誰かに近付いたりなんかしない。余分な事も話さない。だから寄ってくる崇拝者は多いが友達は少なかった。そんな哀の一番の友達が吉田歩美である。無邪気で笑顔が可愛い歩美。何より芯が強く素直なところが自分には眩しいくらいで哀は気に入っていた。
「哀ちゃん、今日大丈夫?」
「ええ、ちゃんと言ってあるから平気よ」
 哀は鞄からノートや教科書を取り出して机に仕舞いながら頷く。朝食の席で今日の予定は家族にちゃんと告げてある。
「本当?嬉しい。絶対絶対お勧めなの、当たるって有名なのよ!」
「そう。それで恋愛の占いでもしてもらうの?」
 哀はくすりと目を細めからかう。
 歩美が哀を誘った先は今流行の占の館だ。ビルのワンフロアーに占い師を何人も集めていて、好きなところへ並ぶのだ。その中でも人気の占い師は行列が出来るらしい。
「……え、えっと。……哀ちゃんの意地悪」
「意地悪じゃないでしょ。……わざわざ占ってもらうんだから、ただの運勢なんて勿体ないし……それが目的かしらって思うのは普通よ」
「哀ちゃん!」
「誰なんて聞いてないわよ、私」
 真っ赤になる歩美に哀は口元に手を当ててくすくす笑う。歩美は哀を大きな瞳で恨めしそうに睨んだ。しかし哀には可愛いだけだ。
「占いに行くの?歩美ちゃん」
 そこへコナンが軽く首を傾げながら口を挟む。
「え、ええ?う、う、んそう。コナン君も興味あるの……?」
 歩美は頬を染めながら言葉がうわずる。
「女の子は占いが好きなんだなって思ったんだ。可愛いよね」
「……」
 コナンに可愛いと言われて歩美は耳まで赤く染めた。
「歩美ちゃん?」
「あ、うん。占いとかみんな好きだよ。今日行くところは当たるって評判のお店なの。なんでも純粋な紅魔女の血筋の占い師がいるんだって。すごいでしょう?」
 何とも怪しげな宣伝文句である。今時紅魔女とは、誰が信じるというのだろうか。とても胡散臭い。しかし、コナンはそんな内心を綺麗に包み隠して微笑んだ。
「そうだね、そんなに当たるんだ。楽しんできてね」
「ありがとう。もし良かったらコナン君も行く?」
「ごめんね、今日は用事があるんだ」
 コナンは申し訳なさそうに目を伏せて謝った。
「別にいいよ、誘ってみただけだから気にしないで」
 歩美は手を振って気にしないでと繰り返す。
「何だよ、どこか行くのか〜?」
「何ですか?」
 突如として元太と光彦が割り込んだ。
「あ、元太君、光彦君、おはよう」
「おはよう、小島君、円谷君」
「元太、光彦おはよう」
 親しい友人同士である小島元太、円谷光彦に3人は朝の挨拶をする。
 元太と光彦は3人が何を盛り上がって話していたのか気になった。歩美がコナンを前にして頬を染めあわてている様子は気にならない方がおかしい。
「占いについてだよ。良く当たる占師さんがいるの。元太君や光彦君も興味ある?」
 疚しいことなどないためか、何も隠さずに話してくれる歩美に二人は安堵しながら頷いた。
「面白そうですね」
「そんなに当たるのか?じゃあ、宝くじで1億円当たる?」
「元太君、それは無理でしょう」
「えー、じゃあ意味ないじゃん!」
「違うでしょう。全く……そんな事を占う人はいませんよ」
 光彦はため息を付く。
「じゃあ、何なんだよ」
 元太は口を尖らせてぶつぶつ文句を言う。
 それがおかしくて歩美も哀もコナンも苦笑する。
「元太には、まだ占いは早いな」
「そうね、せめてもう少し情緒が育たないと無駄ね」
「元太君、占い師は賭事については占わないんだよ?だから駄目」
 三者三様の言葉に元太はむっつりとする。しかし、どうやら自分が悪いらしいと感じて話を変えてみた。
「あ、そうだ。今日の数学の宿題写させてくれよ。俺、当たるんだ」
「またですか?自分でやらないと身に付きませんよ」
「いいんだよ。な、頼むから見せてくれよ。俺困るんだ」
 元太は両手をあわせて拝むようにお願いする。ここにいるメンバーは元太を覗けば皆頭が良かった。誰に借りても元太は窮地から逃れることができるだろう。
「仕方ないですね……。じゃあ僕が貸しますよ」
 光彦は肩をすくめながらため息を付いた。
 ここで哀や歩美のノートを借りさせる事を回避させたいと思うのは光彦の男心である。気になる女の子の大切な直筆のノートを元太に見せるのは嫌なのだ。ここでコナンに貸してあげれば、と言わないのが光彦が人がいいから故だろう。
「サンキュー光彦!」
「今回だけですよ。いいですか?宿題はちゃんとやってきて下さい」
 光彦は腰に手を当てて元太に言い聞かせる。
「わかったって」
 こくこくと調子よく頷く元太の様子に本当にわかったのか怪しいだろうと、誰もが思った。しかしどんなにやんちゃでも元太の根本が心優しい事を知っていたから小等部からの付き合いである4人は本気では怒らないし、見放さない。
「早く写してしまった方がいいわ」
 結構時間が経っている。1時限目が数学であるため写す時間はあと少ししかなかった。哀は時計を見てそう忠告する。
「本当ですね」
「光彦、貸してくれ!」
「はいはい」
 元太にせっつかれて光彦はノートを取りに席に戻る。それを横目に見て残された3人は顔をみあわせて微笑んだ。
 




「工藤君、荷物お持ちましょうか?」
「うーん、どうしよう」
 新一は白馬の申し出を聞いて紙袋満杯になって上から飛び出ている差し入れ、贈り物に目を落とす。
 差し入れ等は全てもらって来いという園子のお達し通り新一は渡される物全てを受け取った。普段あまり受け取らないのだが……別段、受け取ってもいいのだが如何せん毎日半端な量ではなくなってしまう事が予想できたし、例えば両思いになれるようにお呪いで髪の毛が入ったもの等、怨念のこもった物をもらう可能性があったら自衛処置だった……時々、一ヶ月に数日受け取る日がある。それはいつ、とは言えないのだがそのいつかのために贈り物は常備されているらしい。そして受け取ってもらえる、喜ばれるだろう物の情報が生徒の間では回っていた。
 安全性から、市販されている食べ物。
 あまり高価でない生活雑貨。しかし、お金持ちの子弟だから高価の度合いが一般とは少し違う。
 工藤家内で重宝されるだろうもの。
 園子嬢が喜ぶ物。これはツボを心得ている。
 そして、一番喜ばれる物は本。
 新一が欲しかった本である場合、それはそれは素晴らしい笑顔が相手に贈られるのだ。
「これもって移動するのは面倒だろ?」
 横から快斗もいくつかある紙袋を一つもってみて重さを確認する。
 新一の前に並んだ紙袋は実に5袋あった。一人で持てる量では決してない。
「そうだな。でも、これだけあると一旦家に置きに行くべきかな」
「別にこのまま家に持って来て構いませんよ。校内さえ持って移動出来ればすでに校門に車を待たせていますから」
 休み時間に大量の差し入れと贈り物を貰っている新一を見ていたから、すでに白馬は手配済みだ。
「そうだな。帰りは俺が一緒に送っていくから問題ないし。じゃ、行くか」
「うん、ありがとう」
 快斗が二つ、白馬が二つ、新一が一つの紙袋を持って白馬家の所有する車まで移動することにした。
「さようなら、工藤君。黒羽君、白馬君」
「工藤君、さようなら。気を付けて」
「黒羽君、また明日。白馬君もね〜。工藤君、さようなら」
 後にしたクラスメイトから、歩いてる廊下から、3人にさようならと声がかかる。学園の人気者であるから当然だ。どこにいても目立つ容姿と存在感の3人連れは誰からも人目を引いた。
「騎士様、さようなら。白百合様、さようなら」
「姫様、ごきげんよう」
 新一に対して白百合だの姫だの言う人間もいるのだが、そんな呼び名を新一は正しく認識していなかった。何を言っているのだろうと内心首を傾げながらそれでも、さようならと返す。おかげで何度言われても事実を知らないままである。
 ちなみに、「姫」という名前で呼ばれるのは学園広しといえど、新一だけである。工藤家の人間は花の名前に「君」を付けて慕われているが、新一だけは別格だった。どことなく庇護したくなる、傅きたくなる、守られるべき存在であり守護するように側に付いている騎士がいるから余計に周りから「姫」として認識されているのだ。
 やがて校門に付くと黒塗りの高級車が停まっていた。3人が近付くと中から運転手が出てきて後部座席のドアを開ける。
「お帰りなさいませ、ぼっちゃま」
「ただいま、沢木」
 沢木と呼ばれた壮年の男性は白馬家に長年務めているお抱え運転手である。白馬がにこやかに答えながら新一をさあ、と車の中に促す。
「こんにちは、沢木さん。お世話になります」
「工藤様、ごきげんよう。どうぞ」
 昔から面識がある沢木に新一は微笑を浮かべる。沢木はドアを持ちながら新一を促しつつ手から紙袋を受け取り、白馬と快斗から残りの紙袋を引き受けトランクに入れ車の振動で動かないように固定して閉めた。
「さあ、これでよろしいですね。どうぞ、ぼっちゃま。黒羽様」
「ああ」
「よろしく」
 白馬は助手席へ快斗は新一の隣に座る。
「それでは出発いたします」
 沢木の一声で車は白馬邸へ向かった。
 
 
 
「今日の夕飯は何にするの?」
「今日はね、クリームシチューよ。それとグリーンサラダにアスパラのベーコン巻き。煮込み用の牛肉が特売なのよ!絶対買いよ」
 特売に燃える蘭は機嫌が良く笑う。
「それは是非ゲットしないとね〜。それから今日は何が狙い目なの?」
「トイレットペーパーと洗剤。2割引なのよ。一人一つまでだから、よろしくね。それから鮮魚が夕方30分だけ半額になるから。その時間狙って良さそうなのがあったら買うのよ。肉なら冷凍してもいいけど魚は上手に冷凍して使うの難しいから、買うのは明日使えるもの程度ね。塩サケとかならいいけど……。もし、塩サケが安かったら土曜日の昼にお茶漬けにしよう」
「了解です!」
 園子は蘭の指示に手を上げて敬礼してみせる。
 こと、食事や家事に対しての蘭の処理能力は家族で一番だった。きっと同世代の少女達より抜きん出ていることだろう。なにせ、主婦のように毎日作っているのだから。
「そうそう、今日は4人分でいいからね。新一君は奢られに行くことになってるから。メール来てたよ」
「そう?わかったわ。まあ、メインがクリームシチューじゃあ作る量はたいして変わらないけどね。新一小食だし」
 蘭はくすくす笑う。
 園子と蘭の方が新一より多く食べるのではないだろうか。大皿に盛る料理の場合早く食べないとなくなるという競争原理が働くはずであるのだが、新一はいつも悠長に食べる。園子が一人何個までなんて言わなくても兄弟姉妹はそれほどがっついて食べはしない。
 それでも新一が箸をあまり伸ばさない時は問答無用で園子が新一の皿に置くくらいなのだ。その時の新一の何とも言えない子供みたいな顔を思い出すと笑えてくる。
「新一君は小食だけど、わざと小食な時があるからね」
「わかってるわ。みんなが食べたいだろうからって、遠慮してるもんね。家長だから、長男だからって思ってるのが可愛いけど」
「そうなんだよね、それが可愛いのが新一君だよね。威厳なんてどこにもないけど、ちゃんと家長としての自覚はあるんだよ」
 自分達の兄はつくづく姫体質だと思う。
 誰からも守りたいと思わせてしまうモノがあるのだ。そんなモノを持った美貌の兄はかなりの得意体質だろう。
「あ、それとね。黒羽家からお抱えパティシエ作のケーキが届くらしいよ。新一君どう言ったんだろうね。……いいけどさ」
 新一からのメールにその旨も書いてあった。新一は朝食の場で園子に言われたとおり行動していると思われる。
「へえ。美味しいお店のじゃなくて?」
「うん、それもメールで入ってた」
「黒羽君ところのパティシエって腕がいいよね。私、前にもらったパイとか作り方習おうかと思ったもん。今度レシピお願いしようかしら」
 過去に味わったことのあるスイーツの数々を思い出して蘭が素朴な願いを口にする。
「いいんじゃない。教えてくれるよ、きっと。何て言ってもそれを新一君が食べることに繋がるんだから黒羽君が努力を惜しむ訳ないじゃん」
 男らしくきっぱりはっきりしない割に、黒羽君はマメだからと園子は楽しそうに皮肉る。もちろん目は面白そうに輝いている。
「園子ったら。確かにそうだろうけどさ」
 しかし、否定せず蘭も思い切り同意する。さすが双子だ。息が合っている。思考回路が同じなのだろう。
「食後のデザートがあるなら今日の夕飯は豪勢だね。よし、さっさと買い物して帰ろうか」
「おお!そうしよう、そうしよう。帰ったら私は今日の写真の売り上げの集計だわ!」
 園子は大きく頷いて、意気込んだ。
「そうね、今日も一日ご苦労様よね」
「そうだよ!」
 園子と蘭は顔を見合わせて意志の疎通を計り、大型スーパーに向かって意気揚々と歩いて行った。
 








BACKNEXT