「竜の眠る国」 白帝の章1ー5





 シンはクロウ公爵家を訪ねてみることにした。首都ルエンから公爵家の領土は馬で二刻ほどかかる。国内の大きさを考えれば、クロウ家は首都から随分近い方だ。
 それでも、折角の遠出だ。シンは遠乗り気分を満喫しようとカリンに昼食用のパンを作ってもらった。途中で休憩してパンと飲み物を取る。
 もちろんキッドも同行しているから、二人分だ。そしてコナンの分。
 朝早くに出て馬を走らせ、途中で休憩を取りならクロウ公爵家の屋敷があるウェーズ地域へと向かった。
 ウェーズは水が豊富なところだ。領地を縦断するように流れる河川は、クロウ邸の裏手を通って進み、やがて首都をかすめて河口へと続く。
 豊かな水のおかげで作物はよく育し、様々なものを船で運ぶことができる利点を生かし、首都へと野菜や果物などの新鮮なものを運んでいる。それは人でも同じで、馬車では運べない人数を船なら運ぶことができる。おかげで、ウェーズ地方は思ったよりずっと首都が近い。
 シンは馬を器用に操って走らせる。シンの馬は月毛の雌だ。名前をイルという。黄色の毛は光によって金色にも見えるなかなかの駿馬だが、何よりこの馬の素晴らしいところは度胸があることだろう。シンは当然コナンを肩に乗せて乗馬する。竜を乗せて平常心でいられる馬は当然少ない。その点、イルは最初からシンを乗せた。今では、なくてはならない相棒だ。
 シンの隣でキッドがこれまた騎士らしく颯爽と黒鹿色の馬を走らせてる。騎士にとって馬は大切な相棒であるから、キッドは馬の世話をもちろん自分でする。何よりこの馬はキッドがずっと調教したといっていい。自分の手足のように動く馬に乗っているキッドはシンよりずっと早く、かつ長く馬を走らせることができるが、シンの速度にあわせている。まったく、巫女姫の騎士らしい。
「見えましたね」
 キッドが前方に見える屋敷を見て取ってシンにちらりと視線をやった。
「ああ。予定通りだな。……行こう」
 シンは馬の腹を蹴った。そのまま屋敷の前まで駆け足で向かい、門の前でひらりと降りた。そしてイルの手綱を引き、立っている門番の前に来る。キッドもシンを習い、馬を下り手綱を引いて後ろに付く。
「まて、何者……?えっ、まさかっ」
 門番は不審者かと胡乱げに目の前に現れた人間を見上げて、そこにあり得ないほどの美貌を見つけて目を見開き言葉を詰まらせた。同じ人間とは思えないほど美しい。
「クロウ公爵はあるか?」
「は、い。……巫女姫様ですか?どうぞ!」
 門番は目の前の人物に心当たりがあった。こんな美しい人、この国で巫女姫以外存在しない。我が国の王妃も跡継ぎと言われている王女も殊の外美しいと聞くが、巫女姫の美しさは比較することなどできないそうだ。門番はそのご尊顔を拝んだことはないが、一目見ればそれがどんな美しさなのかはわかる。
 それに、クロウ公爵婦人は国王の妹であるから巫女姫とも縁続きなのだ。訪ねて来てもおかしくない。たぶん。
 門番は大きな門を開けて中へと促す。
「すぐに、ご訪問を告げますゆえそのままお進み下さいませ。馬はこちらでお預かり致しましょう」
 門番は、中側にいる番人に姫の来訪を主人に告げるように言付け、自分は一歩前に出た。
「お願いします」
「はい」
 シンから馬を預かり片手で手綱を引き、もう片方でキッドの馬をも引く。
「では、遠慮なく進もうか」
 斜め後ろにぴったりと付いて来るキッドへにこりと笑いかけるとシンはすたすたと屋敷の中を歩いていった。途中で執事が現れてご案内しますと先を歩きながら屋敷の主が待つ客間へと連れていった。扉を開けて、どうぞと入室を促されると、そこにはクロウ公爵が立っていた。焦げ茶色の巻き毛に深緑色の鋭い瞳をした壮年の男性だ。立派な体付きをしていて貫禄がある。
「ようこそ、巫女姫様。お元気そうでなによりです」
 優雅に一礼して形式通りの挨拶をする公爵にシンも一応それなりの挨拶をする。
「お久しぶりです、公爵。突然の来訪ですみません。どうしてもお話をしたかったものですから」
 にこり、とシンは微笑む。
「歓迎致しますよ。どうぞ、こちらへ」
 公爵はシンをソファに座らせて、自分は向かいに失礼致しますと言ってから腰を下ろす。キッドはもちろんシンの後ろで控えている。
 すぐに使用人が入ってきて、それぞれにお茶の入ったカップをおいて去っていく。
 厚手で花柄の生地が張ってあるソファに一枚板のテーブル。テーブルの上にある茶器は白磁に青い染め。部屋の調度品のどれを見ても、上質の客間だ。
 コナンはシンの肩から降りてソファの上でくつろいでいる。そして、シンの手から出された菓子をもらい機嫌よく食べて寝そべった。
「それで、どうしました?」
 公爵が水を向ける。シンはふわりと微笑んでから、口を開く。
「最近、この地域で治らない病にかかった人はいませんか?」
「治らない病ですか?」
「ええ。ご存じありませんか?黒点病とも斑点病とも言う病です。最初は風邪のような症状で熱や斑点などが出る程度なのですが、しばらくすると急に黒点が現れ痛み出します。苦しく血を吐き、やがて死に至る。個人差がありますから、これだけではありませんが、すべてに共通するのは効く薬草がないことです」
「なんですと?治らないとは、手の施しようがないということですか?」
「はい。まったく効く薬草がない訳ではないのかもしれませんが、高価で貴重な上、不確かです。今調べていますが、まだはっきりした事はわかっていません。病が人から人へと移るのかどうかもわからないのです。このまま放っておくと被害が広がります。公爵の領地で、そんな報告は聞きませんでした?」
 公爵は眉を寄せ腕を組んで考え込んだ。そして、すぐに執事を呼ぶ。
「聞いているか?」
 詳細を話して聞かせ、執事に噂などが届いているか聞いてみる。
「……そうですね、病で亡くなったといっても、どんな症状でまでかはこちらまで届いていません。少しお待ち頂ければ、屋敷内の使用人に聞いてきますが」
「そうだな。聞いてみてくれ。すぐに報告を」
「畏まりました」
 執事が恭しくお辞儀をして退出した。
「姫。巫女姫はどこまでご存じなのですか?私のところにいらしたと言うことは、国全体に広がっているのですか?」
 真っ直ぐ視線をあわせて公爵はシンに問いかける。
「さあ。そこまではなんとも。しかし、首都ではそのような病人が見受けられました。地方でもその病で亡くなった人間が何人もいると噂は届いています。病人を看たのはアガサ博士ですから、信頼が置けます」
「……そうですか」
 痛ましげな声音で公爵は眉間にしわを寄せる。
「首都まで届いていないだけで、病は広がっている可能性はあります。それにこれ以上広げないようにしなくてはなりません」
「もちろんです。即刻調べますが、治療ができないのは困りました」
「それもアガサ博士に協力を頼んでいます。どんな薬草が効くか。そうですね、できたらこの地域で取れる薬草を博士のところに送って下さい。少しでも見つかる可能性は捨ててはいけませんもの」
「御意。そちらの方はすぐにでも。河から船で送らせます。うちにも薬師がおりますからその者に何を送ればいいか選ばせましょう。どこにでもあるものは送ってもご迷惑ですからね」
「お願いします」
 公爵の迅速な対応にシンは知らず微笑んで、コナンの頭を撫でた。
 しばらくすると執事が戻ってきた。そして、使用人から聞いた話を語った。
「スワンダ村にそのような病で亡くなったものがいるそうです。それから、隣村のエバリでは二人ばかり最近病気で亡くなったそうですが、原因まではわからないそうです。すぐ近隣のクヲート出身の使用人の姉がその病で数日前に亡くなったとのことです。話を詳しく聞きましたら、身体中に黒点が出て最後は血を吐いて壮絶に亡くなったそうです」
「そうか。痛ましいことだ」
 公爵は自嘲気味に息を吐く。
「そして、うちの庭師の娘が、斑点が出ている病気にかかっていると申告してきました。もしかしたら、初期段階かもしれません」
「会える?」
 シンははっと顔を上げて口を挟んだ。
「もちろんです。お会いになりますか?」
「会いたいです。病に掛かっているのに申し訳ないと思いますが、私はまだその症状を見ていません。できるなら、この目で見てお話を聞きたいと思います。そして、どのような薬草を煎じたのか、効いたのか知りたいのです。これを博士にも話して少しでも特効薬に役立てるようにしたいのです」
 シンは率直に希望を述べた。どうしても、シンは自分の目で見たかった。その症状の確認もしたかった。見たこともない病を書物の中から調べるのは難しい。
「では、姫。私も同行させて頂いてよろしいでしょうか?」
 己の領地でのことだ。公爵も知らねばならなかった。
「もちろんです。では、お願いできますか?」
「御意」
 公爵はすぐに病に掛かっている娘がいる家に早馬を出し知らせ、自分たちも出ることにした。馬ですぐの距離だ。小麦畑が広がる村の集落の外れにその家はあった。
 
 
 
 
「突然、すみません」
 寝ている少女の部屋に入るなり、シンは頭を下げる。
「いいえ、止めて下さいませ。恐れ多い」
 早馬が告げた訪問の請いは少女もその母親も驚かせた。公爵だけでもあり得ないのに、我が国の巫女姫までもだ。狭い部屋がその場だけ輝いているように見えて、少女はぱちくりと目を瞬かせる。
「ご加減はいかがですか?お休みところごめんなさい。差し支えなければ、身体に出たという斑点を見せてもらっても?」
「はい」
 少女はどぎまぎしながら袖をまくって腕を出す。白い腕にはいくつもの赤い斑点が浮き出ている。
「この斑点はいつから出ました?」
 シンの問いに少女は思い出しながら答える。
「えっと、斑点が出始めたのは十日ほど前です。熱が続いているのは三日くらいになります」
「痛くはないですか?痒みは?」
「ないです。痛みも痒みもまったく。ただ、体中に浮き出て、自分でも見るのが嫌になります」
 少女らしい反応にシンはそうですねと頷く。年頃のシンより二、三歳若い少女の身体に斑点が出たら気落ちするだろう。できるなら誰にも見せたくはない。
「斑点が出る前、これといって思い当たることがありますか?いつもと違うこと。何かありませんでしたか?ほんの少しでも構いません。いつもと違うことをしませんでしたか?」
「……いつもと変わらない毎日でした」
 少女が申し訳なさそうにおずおずと告げた。
「……そうですね、これでは答えにくいですね。たとえば、食べ物。飲み物。家族の中で自分だけが口にしたもの。あなたが好きなものなら一人で食べるということもあるのではないですか?」
「ああ。それなら、お茶が好きで。友達がどこか珍しいものだからと買ってきてくれました。変わった味でした」
 ぱっと顔をあげて少女は答えた。
「そう。食べ物とかは?そのお友達からもらって食べたりしなかった?」
「食べ物はなかったですね」
「君の父親はうちで庭師をしているが、君もそういったことをするのかね?植物を育てたり。頻繁にいろいろ触ると中にはかぶれたりするが。どうかね?」
 公爵が隣から尋ねた。シンがどんな事を聞きたいかわかったからだ。原因の追求なら自分もしなければならない。
「私も小さな頃から父さんの手伝いをしています。そのおかげで、かぶれる植物はわかりますから、滅多にかぶれることはありません。それなので、今回は斑点と熱が出て驚きました。今までこんなことはなかったので」
「そうか」
 公爵は考え込む。その難しい顔を横目に見て少女はどうしていいか困る。
「今は熱がるのよね。大丈夫?」
 シンが気遣うと少女は目を大きく見開き、急いで首を振る。
「だ、大丈夫です。昨日より下がっていますもの」
「それならいいけど。普段は風邪とはよく引くの?」
「いいえ。風邪なんて滅多に引きません。身体はいたって丈夫なんです!」
 元気に答える娘に、シンが笑う。その笑みに娘はぽっと顔を赤くする。
「姫様も動物がお好きなのですか?可愛いですよね」
 娘は少し緊張を解き、シンの肩に乗るコナンを見て興味津々という表情を浮かべた。
「ええ。馬も好きだけど。このコは特別ね」
 シンはコナンの頭を撫でながら、ふふと笑いを漏らす。コナンもきゅーと鳴く。
「私も好きなんです。この間猫を拾いました。茶色の猫で可愛いんです」
 嬉しそうな娘にシンも笑い返した。
「それはよかったわね。いつ拾ったの?もう名前は付けたの?」
「先月の末ですから、もう二十日になります。名前はミレ」
「まあ。世話はいつもあなたが?」
「それが約束で飼ってもいいって許しをもらったので。寝ている私に、時々遊びに来てくれます」
「それなら早く治さないとね。お薬は?」
「近所の薬師の方にもらった薬草を。薬湯を毎日飲んでいます」
「それは何かわかるかね?」
「はい。センナンだったと思います。母さんに聞けばもっとわかります」
 公爵はふむと頷き、後で薬師からも話を聞くことにすると呟いた。
「キッド」
 シンが戸口で控えているキッドを呼ぶ。キッドは心得たように側まで寄り、シンに持ってきた籠を渡す。それを受け取りシンは少女にはいと渡した。
「果物なんだけど。食べて栄養を取ってね」
 少女の腕の中に収まる籠の中に入っている果物は見たこともない瑞々しい香りがする果物でいっぱいだ。どれも美味しそうに見える。
「あ、ありがとうございます。姫様」
「お礼は公爵にもね。栄養が取れるようにって肉と卵を持ってきていたから。こんな難しい顔して厳ついなりしているけど、優しい人だから」
 シンが片目をつぶってそんな事を言うと公爵はこほんと咳をして、難しい顔は余計ですと言った。
「公爵。ありがとうございます」
 少女は頭を下げた。
「いや。熱があるのにすまなかった」
 鋭い目をした公爵の意外な一面に少女は、ほっとしながらもう一度、ありがとうございますと言って笑った。
 父親の後を継いで自分も庭師になることが少女の夢だったから。
 仕える主がこんな人だったから夢のようだと思った。
 
 
 
 
 
「今日は遅くなりましたからお泊まり下さい」
 公爵がシンを誘った。村で少女の話を聞いて、その足で薬師のところに赴きどのような処置をしたか詳細に聞いた。こちらに着いたのが昼過ぎであるから、すでに夕刻を迎えていた。
「そうね」
 すでに日が暮れている。さすがに真っ暗の中を馬で進むことはやめた方がいいだろう。
「では、お願いします」
「すぐに部屋を用意させます。簡単ですが晩餐を用意させます」
「いえ。堅苦しい事は結構です。正式な訪問でもありませんし。私が急に来てしまったのですもの」
 シンはきっぱりと遠慮した。晩餐などとんてもない。肩が凝るだけだ。
「姫様はなかなか面白い方ですね。それなら食事だけ一緒にいかがでしょう?是非、お話を聞かせて頂きたい」
 厳つい顔の目元をゆるめて公爵は笑った。シンは公爵と深く話したことはない。顔をあわせ近況などを話たことはあるが、それでも突っ込んで話たことはない。そんな機会はんかった。叔母であるシエーラの方が王城へ子供を連れて顔を出していたため、シンはよく知っている。
「それなら、喜んで」
「おお、よかった」
 是の答えに公爵は相好を崩して喜んだ。
「その頃には息子も帰って来ますから。同席させます」
「今日、見ませんでしたね。どこへ?」
「私の使いで外出しておりました。あいつも少しは成長しておりますよ」
 それでも、まだまだですがと、父親らしく付け加えた。公爵からすれば、二十歳の若造など、まだ子供なのだろう。
「私も会うのを楽しみにしています。久しぶりですからね、従兄弟殿も」
「はい。我が息子も驚くことでしょう。妻も姫に会いたがっておりましたし」
「シエーラ様も?私もお会いしたいですわ」
「では、後ほど。それまでお部屋でおくつろぎ下さいませ。殿下」
 厳つい顔をにこにこさせて公爵は客間の扉を開け、中へと促してへ去っていった。
「キッド」
 二人の後ろを付いていたキッドをシンは呼んだ。
「はい。姫様?」
 シンは部屋の中央にあるソファに座り、自分の向かいを指さす。つまり、座れと言っているのだ。
 キッドは失礼しますと言ってから向かいのソファに腰を下ろす。
「どう思う?」
「そうですね、国内に広がっていると考えた方がよろしいかと」
 キッドはシンの問いに正確に答える。それは長い間共に過ごしてきた時間がなせる意志の疎通だった。
「だよね。他の地域でも病で亡くなった人がいると思う。さすがに自分だけで見て回れないから、通達を出して確認してもらうしかないか……」
 シンは足を組み、首をひねる。
「陛下にご報告を?」
「うん。曖昧な事を報告する訳にはいかなけど、どうやら悠長にしている時間はなさそうだし」
 シンだけが動いてもどうにもならない事がある。それは国をもってしなければ到底不可能なことだ。
「失礼致します」
 シンが考えていると扉を叩く音がして侍女が二人入ってきた。
「お茶をお持ちしました」
 そう言っててきぱきと一人はテーブルにお茶を並べ菓子もおく。もう一人は抱えていた包みをシンへと差し出す。
「お召し替えを。あちらに、湯浴みの準備は整っております」
 侍女の示す方向に、どうやら湯浴みできるようになった湯殿があるらしい。つまり、夕食前に着替えるということだろう。
 確かに、シンは馬で駆けてきたままである。別に気にはしないが、どんなに身内だけの食事でも、やはりこのままとはいかにらしい。姫という立場にある以上、致し方ないことである。それはわかっているので、シンは鷹揚に頷いた。
「失礼します」
 と一礼して去っていく侍女を見送りシンはため息を付く。着替えの服はどう見てもぴらぴらした裾の長いものだ。ランがよく着ている仕立てに似ている。シンはああと天井を見上げた。
「今宵ばかりは、姫様も諦めることですよ」
 キッドが笑いを堪えながらそんな事をいうため、シンはきっと睨んだ。
「キッド。そんな事いうと今度からおまえの衣装も正装にさせるぞ。ちなみに目立つから私は一緒に歩くことは拒否をする」
 つんと顔を背けてシンは意地悪をする。
「……姫様。それはあまりな仕打ちです」
「笑うおまえがいけない」
「申し訳ありません。でも、姫様の艶やかな姿を見られるのは私にとっても僥倖なことなのですよ?ご理解頂けませんか?」
 キッドは立ち上がりシンの前まで来ると膝を付き、そっと白い手を取って甲に口付ける。にこりと微笑む姿は、世の中の女性をうっとりさせるに十分な凛々しい姿がった。
「キッドが騎士っていうのは天職かな。そのまま素でいくらでも女性が口説ける」
 シンはそっとキッドの頬に指を伸ばし優しく撫でて、にこりと笑う。艶やかさを秘めた笑みだ。滅多に拝むことが叶わない微笑に、キッドの方が驚く。
「口説く女性などおりません」
 きっぱり言い切るキッドにシンは面白そうに口の端をつり上げた。
「うーん。城外でも熱い目で見られているだろう?城内はさすがに私付きって知っているから諦める女性が多いだろうけど」
「……姫様」
「お慕いしていますって、この間言われていなかった?」
 にこり。シンが明るく笑う。その笑みがキッドの胸に深く突き刺さる。なぜ、知られているのかまったくわからない。はっきりしているのは、知られていること自体が己の失態だった。このような隙を見せたことがいけない。自分には巫女姫しかいないというのに。揶揄かわれるにしても、こんな話題では自分の心の臓がもたない。
「どこでそれを。……申し訳ありませんでした。深くお詫び致しますから、もうこのあたりで許して頂けませんでしょうか?」
 キッドが心から懇願するとシンはびしと指をさす。
「悪かったと思っている?」
「はい」
「じゃあ、アリメリアに行ってもいい?」
「は?アリメリア?」
 キッドが目を剥く。
「そう。国内だけではなく、国外でもあの病が広がっているかもしれないし。もしかしたら、特効薬が見つかっているかもしれないから。ちょっと行って来たいなと思って」
「……姫様。よりによってアリメリアですか?ヴェルランドではなく」
「ヴェルランドなら融通が利くもの。それなら、アリメリアの方が情報が入ってこない分、行く価値はあるわ」
「……お止めしても、行くのでしょう?それならお供します」
 キッドにわざわざ行ってもいい?と聞かなくてもシンは自分が思った通りにしか行動しない。それでも反対されることがわかっていたらしく、こんな場で切り出すなんてキッドはため息を付きたくなる。絶対、狙っていたとしか思えない。
「よし!決まり。……では湯浴みでもしてきますか」
 シンは機嫌よく部屋を横切って湯殿へと歩いていった。その背を見送りキッドは深い息を吐き出した。
 
 
 
 





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