「竜の眠る国」 白帝の章1ー4






 翌日、シンは書物庫で昔の病に関する記録を調べた。
 城の上階にある書物庫は、細長い部屋で入り口を入るとまず壁面に背の高い棚が作り付けられている。中央にまた中段の棚があって、窓側に広い机と椅子が置いてある。棚には書物がたくさん収まっていて、時代ごとに分けられている。近年の印刷技術で作られた貴重な本もあるが、ほとんどは一枚ずつ手書きで綴られたものをとじ、皮で表紙を付けたものだ。
 紙は基本的に大層貴重なものである。今でも庶民にはなかなか手の届かないものだが……粗悪なものなら庶民も使うことができる……、古代の歴史は紙ではなく動物の皮をなめしたものに記される。言語も古いもので、それを読む事ができる人物は、この国でも数えるほどだ。
 王族は、現在使われる言語以外にも古代語を学ぶ。それが王族の義務でもある。その古代語を教えられる人間はやはり少なく、多くは両親か神殿の巫女長か博士から学ぶ。両親は当然教育を受けているから教えることができるし、神殿の巫女はその特異性から古代語を教えることができる。竜を讃える歌や神殿に書き記され文などは古代語だからだ。そこの巫女長は古代語を極めている。そして、博士であるが、実際博士の称号を持つ人間は時代にも極僅かであるため、それに準じた地位にあるものが教えることになる。
 言語を身に付けるのは、とても難しいから自分より年上の兄弟、姉妹、従兄弟などに教えを請うたりもする。
 そのような今では貴重を通り越したような古代文書があるため、この部屋の管理はしっかりとされていた。
 紙が湿気や虫などで痛まないように時々風を通したり、虫干ししたりしていい状態を保っている。
 シンは部屋に入るなり、窓を開けて風を入れた。窓からは心地いい風が吹き込んでくる。肩に乗っていたコナンが飛び降りて、窓枠に乗って身体を丸める。どうやら心地よい日差しの中ひなたぼっこをする気になったらしい。
 シンはコナンの好きさせておいて、自分は病に関して記述した書物を探すことにした。
 ここにある書物は代々の王が書き記したものが多い。それは古代から変わらない。
 当時起こったことが年代毎に記されていている。
 その年の作物の出来。水害、干ばつ、嵐などの自然災害。国同士の付き合い。どのような外交があったか。
 王位に付いた日から、次代の王に譲るまで。一人の王が一代分を綴っている。
 もちろん、王ではなく文官が残しているものも数多い。法に付いて、税収について。国として決められなければならない事が文官の手によって書かれ、最後に王の印が押されて正式なものと認められる。公爵や侯爵などの領地から提出される知らせ。それをまとめてあるもの。
 公用でない王の日々を綴ったものもある。
 これには、こと細かい生活や王の私的なことが記されている。嬉しいことも悲しいことも苦しいことも困ったことも、そして後悔も。かなり赤裸々に書かれているのは次代の王のためだ。自分のように困らないようにと、残すのだ。
 
 そして、系譜。王族の系譜が細かく書いてある。
 この国は血筋がとても大切で、どんな王子、王女が生まれたか。どこに誰が嫁いだか。国内でもどの家に降嫁したか、国外ならどこの王族なのか。そこにどんな子供が産まれたか。それはとても詳しく、一人も漏らさずに記されている。
 血筋の管理は、他国が全く追従を許さないほど完璧にされている。その理由は「竜に選ばれし者」の誕生を守っていかねばならないからだ。その血を絶やさぬように、たとえば王に世継ぎが王女しか生まれなかったら、血の濃い公爵家から婿を貰って王家の血筋を守る。
 そのため、王女がたとえば公爵家に降嫁したらその子供のすべての血筋がどうなっているのか記されていくのだ。
 傍系の傍系のそのまた傍系まで遡ることができる系譜だ。とはいえ、身分を越えることは希であるため、ほとんどは公爵、侯爵、伯爵と王族との間で婚姻はなされる。こうして、血は決して薄まることなく次代に受け継がれていくのだ。
 そういった事情のため、この国は他国の王族に王女を嫁がせることにあまり積極的ではない。もらうことも嫌煙している。隣の国であるヴェルランドだけは比較的友好でトルラードから王女が嫁ぐことが稀にある。
 国同士で婚姻を結び、より強い結びつきを求めるのが普通だが、トルラードはそういったことをあまりしない国として各国に知られている。
 もし、各国が婚姻による結びつきを強引に求めたとしても、実際はできないのが現状だ。
 この国が基本的に国王は王妃以外の伴侶を持たないのが大きな理由で、国王の子息は必然的に他国の王族に比べ圧倒的に少ない。当然他国へ嫁がせる王女など滅多にない。
 おかげで系譜に関する紙の量は半端ではない。棚の一部がそれを補うもので埋まっているのだ。
 
 シンは調べる書物を王が記した年代ごとの出来事と、文官が記した各地域から上がってきた出来事などをまとめたものに絞った。
 病によって人が多く死ねば絶対に記してあるはずだ。
 どうしてもわからなければ王の私的なことをつづったものまで読まないとならないだろうが、ひとまずシンは椅子に座り紙をめくって読み進める。
 読んでいくと、いろいろな事がわかってくる。
 国がどんな道を歩んできたか。国の歴史は教師であるアガサから学んでいるが、教えられただけで知ることなどできない事が綴られている。
 どの年代にシンと同じ「竜に選ばれし者」が生まれたか。その人物がどのような人生を送ったのか。もっとも、「竜に選ばれし者」に関してのみ、シンはきっとどの国王より知っている。それは国王が日々私的なことを綴ったように、彼らは自分の数奇な人生を後世のために記しているからだ。同じような運命を背負った次代の「竜に選ばれし者」に少しでも役立てて欲しくて、その時々の巫女姫が自分の人生を飾ることなく記している。
 それは、巫女姫のみが見ることができるもので、神殿の奥にしまわれている。
 それをシンが読んだ感想は、どの巫女姫も平穏な人生ではなかったということだ。中にはどんな空想の読み物だと言わんばかりの事実が語られているものあって、ため息を付きたくなるほどだった。
 あの中には病が起こって困ったというような事は書かれていなかった。
 
 自然災害で命を落とす人間も多い。嵐などで家の下敷きになるもの。川から水があふれ家ごと飲み込まれたもの。干ばつで飢饉になった時。
 そして、時々病で大量の人間がなくなることもある。疫病だ。感染して次から次へと人の命が消えていく。紙には、どこの村で何人死亡と書かれているだけだが、村の規模から考えたら半数の人間が死亡した村もある。
 
 やっとそれらしい病の記述を見つけた時はすでに夕刻だった。
 キッドが「今日はもうお止め下さい、姫様」と端正な顔で微笑みながら迫ってくる。それに逆らう気はしないので、わかったと頷いて、夕餉を取るために部屋へと戻ることにする。
 きっとカリンが用意して待っていることだろう。コナンがお腹が空いたとせがむようにきゅーと鳴いてシンの肩に乗ったので、わかったと頷いて頭を撫で急いで部屋に戻った。
 
 
 
 
 翌日。
 やっと斑点病、黒点病と呼ばれる記述をある程度見つけた。一番最初に記されてるのは、今から五百年も前だ。それが広まった時期がわかれば、その時期の書物を読んでいけばどこかに少しでも記録が残っているはずだ。一端治まってからその百五十年後に再び起こる。そして、今から百二十年前に起こっている。
 何度かこの病は猛威を振るったようである。五百年前は、かなりの死者が出たらしい。百二十年前は、死者はそれほどではなかったが期間が長かった。
 
 その病の症状だが。
 最初は、斑点が出る。痒くない、虫に刺された訳でもない。結果、かぶれたのだろうかと、気にも止めないで放っておく。
 次に、熱が出る。高熱が出て、一端治まるが、微熱が続く状態。大抵、ここでも風邪かとだろうと思う。
 この間は個人差があって、すぐに黒点が発疹する人間と、潜伏期間が長い人間ががいる。微熱程度だと全く本人に自覚がないため、療養もせず仕事をしている人間がほとんどだ。
 次に、体中に黒点が浮かび上がり、ずきずきと痛む。そして血を吐く。内の臓器がやられる。やがて衰弱して死に至る。
 
 その症状から、黒点病、斑点病と地方では言われ始め、恐れられた。
 薬草をいろいろ試しても症状を止めることができない。
 それが人から人へ伝染するのか、それとも怪我などをした傷口から病気の元となるものが入るのか。まだ原因はわかっていない。
 つまり、解決策がない。
 試した薬草の中で、唯一白星草の効果が認められた。葉と花を干して煎じて飲む方法だ。
 症状が治まった人間が数名認められた。ただ、薬草自体が貴重で手に入らないため、多くの人間に薬湯を飲ますことができなかったため、それが効く人間と効かない人間がいるのか不明。
 手の施しようがないが、そのうちに犠牲者を出しながら収束を迎える。
 
 黒点が出るほど症状が悪化する前に、症状の軽い内に何かできればいいのだろうが。風邪などと似ているため判断が難しい。
 別の書物には、試してみた薬草などが書かれていた。文官が薬師と共に記したのだろうか。薬草の名前とその効果が詳細だ。少しでも効果があったものは、今後調べるようにと丸がしてある。
 これを博士に見せたらどうだろう?シンは思った。
 自分より彼ならば薬草に詳しいから、治療に役立てるはずだ。
 シンがどうせなら薬草の書物も探して博士に見せようかと棚を見回してみると、なんと「薬草効用典」という背表紙が付いた書物があって記した人物を見ると、アガサと書いてあった。
 博士が記してここに寄贈したのだろう。あるいは、シン達の教師をしている間に記したのかもしれない。
 他にはないかと思って探してみるが、かなり古いものしかない。古代語で書かれたものだ。
 使えそうなものを博士に見てもらおう。それが一番近道だとシンは思った。自分は自分ができることをすればいい。
 ひとまず、使えそうな古代語の薬草について書かれたものと、病に試してみた薬草の一覧を博士に見てもらおう。持っていけるものはいいが、そうでなものは書き写さなければならない。シンは必要なことを紙にペンで写していった。
 
 
 
 
「シン!」
「ラン?」
 シンがコナンを遊ばせるため回廊を庭へ向けて歩いていると、後ろから突然抱きつかれた。振り返ると、そこに双子の妹であるランがいた。
 シンに似た漆黒の長い髪を結い、青灰色の瞳を輝かせた美少女だ。白い顔は繊細な作りだが生き生きとした表情が、彼女の美しさを増している。
 そして、シンとは違い一国の王女らしい優雅な佇まいをした姿をしている。白と黄色の重ねになった襟元に、腰に結ばれた緑色の帯は左右に垂れている。袖は肘から手首まで広がり、長いスカートが床に広がっている。
「どうしたの?」
 ランの身体を支えつつ抱き返しシンは尋ねた。
「どうしたじゃないわよ。もう……。偶には私の部屋に顔を出してよ」
 頬を膨らませランは抗議した。
「ごめん。ちょっと調べものがあったし、やることがあったんだ。顔を出せなくて悪かった」
 しばらくランの顔を見ていなかった。王族がまさか庶民のように毎日三食の時顔をあわせることはない。別段仲が悪くなくても、個々にそれそれの部屋で取るのが普通だ。個々の部屋といっても、直系の王族は別棟を持っている。わざわざ会いに行くなど意志を持たなければそうそう会えない。今は、ちょうど回廊だからばったりと会ったのだ。
 棟と棟を繋ぐ回廊は外へと続く道でもある。
「シンはそればかりね。……つまらないわ。シンみたいに私も偶にくらい外に出たいわ」
 ランが嘆きながら大きなため息を落とす。
「ラン。第一王位継承者のくせに何を言う?」
 ランの突拍子もない言葉にシンの方が驚く。いくらつまらなくても一国の王女が外へ勝手に出歩いてはいけない。共を連れようともともだ。
 シンは例外だ。それがシンの存在意義なのだから。だからこそ、王位継承権を持たない。
「だって。時々は私も遊びに行きたくなるの。毎日毎日縫い物も作法も古代語の勉強も飽きるのよ」
「遊びにって、ラン。それはいくらなんでも無茶だろう?」
 ランがそんなことをしたら、さすがに国王も心配するし嘆くだろう。
「まあ、シンは自分がお城に閉じこめられていないからそんな事が言えるのよ。私、縫い物も編み物も嫌いじゃないけど、これ以上はたくさんよ。シンもやってみればいいんだわ。デレイのあの澄ました顔で、王女様はこれくらいできて当然ですってしごかれるのよ?ねえ、わかる?この気持ち!」
 ランはシンの肩を掴み、揺さぶった。
 ここまで感情的になっているランは珍しい。よほど腹に据えかねたのだろう。デレイとは王女の教育係の女官長のことだ。悪い人ではないのだが、毅然とした態度といい冷淡な物言いといい完璧を目指すところといい、なかなか難しい性質を持っている。
 シンも幼い頃、多少の指南は受けている。姫らしい行儀などおおよその事を。幼かったから、基本的なことだけだったが、厳しかったことを覚えている。
「ラン!落ち着け。なあ、わかったから!」
 シンは叫んだ。
「要は、鬱憤を晴らしたいだ?気張らしたいをしたいんだ?我慢の限界なんだな?」
「そうよ!その通りよ!」
 ランは大声で肯定した。シンは小さく息を吐いてから慎重に口を開く。
「なら、そうだな。ソノコに来てもらえばどう?いつも遊びに来ているのに。最近忙しかったのか?」
「ソノコはね、ちょっと公爵に付いて隣の国まで行っているわ。なんでもアリメリアから仕入れる布地について交渉があるんですって」
「そう。そういえば、そんな事を聞いたかな……」
 公爵は、なかなか外交が巧い。その柔和な顔と声で心を開け自分の有利な方へと話を運ぶ能力は誰にも真似できない。国王の信頼も厚く、外交を任されていろいろな場所へと赴くのだが、そこへ娘を連れて行くのだ。公爵から見て娘には才覚があるからだろう。
 ソノコは、スーディア公爵家の次女だ。シンとランと同じ年のせいで小さな頃から仲がいい。ランとソノコは親友といっていいほどの何でも相談できる関係だ。実際、彼女は従姉妹であり血の繋がりもある。スーディア公爵は国王の弟なのだ。だからこそ、王城への出入りが可能だった。王と王弟は元々兄弟仲がよく、年の近い娘を連れて行くのは当然といえば当然だった。
 公爵家の中でも指折りであるスーディア家には二人の娘がいたが長女はすでに他の公爵家に嫁している。長女も母方の従兄弟と幼い頃から恋仲で、本来なら公爵家の跡継ぎであったのだが若いうちに婚礼を上げてしまった。残った次女のソノコが公爵家の跡取りとなったのだが、その力は十分に持っていたから公爵が育てようとするのも頷ける。
「ああ。身体が鈍る。誰か相手してくれないかしら?」
 ランが両手を組んで、ぼきぼきと指を鳴らした。王女にあるまじき仕草である。
「……ラン」
「なによ?文句でもあるの?シン」
 きっとランは目をつり上げて睨む。
「ないって。……マコトなら相手してくれるだろう?どうしたの?」
 ランは眉をひそめ、むっつりと黙り不機嫌になった。
「……ラン?」
「マコト師範はガラン師匠と一緒に旅に出たのよ、この間。武者修行ですって。羨ましい!」
 羨ましいって、なんだ。ランは一応王女だろうが……。
 シンは、心の中で叫んだ。
 ランは、本来身体を動かすことが大好きな少女だ。王女とはいえ、何かあった時のためにと体術や剣術や馬術を学んだ。シンも一緒に習ったが、ランにとってそれは天性であるように身体に馴染んだ。結局、ガラン師匠に付いて本格的に習って体術は師範を名乗ることができるほどに上達した。マコトは同じ師を持つランの兄弟子だ。つまり、王女然としていれば楚々とした美少女だが、ふたを開ければおてんばなのだ。
 その唯一の息抜きである相手、マコト師範とガラン師匠が不在ではランの我慢が切れても仕方がないだろう。
「王女でもよ!このままだと私おかしくなるわっ」
 ぎゅうとシンの肩を掴む手に力を込めてランは叫ぶ。力が強いためとても痛い。その痛みを我慢しながらシンは説得する。
「それなら、サグルに頼め。なあ、あいつならランの相手くらいしてくれるよな?あいつ以外で王女に剣を向けてくれる人間はいないし。今度呼んでやるから。話を通しておいてやる。約束する」
「ほんと?」
「絶対だ」
 シンの真摯な声に、ランはしぶしぶ頷いた。
「それに、ランの婿候補だろ?偶には会えって」
 サグル・クロウ。彼はクロウ公爵家の長男である。国王の妹が公爵家に嫁いだため、二人の従兄弟に当たる。家柄と人柄と年齢とすべてにおいて申し分ないため、ランの結婚相手の最有力候補だ。それに、互いに憎からず思っているようで、ほぼ婚約者のようなものだった。
「そうだけど。サグル様もお忙しそうだし」
「それくらいいいだろう。婿候補と交友を深める事は有意義だと思うし。陛下も笑って頷いてくれるって。ランだって会いたいだろ。うん?」
 素直に言ってみろとシンが促すとランは少し頬を染めてこくりと頷いた。自分の妹は素直でとても可愛い。幸せになって欲しいものだ。
「任せておけ。今度、絶対会えるようにしてやるから」
 シンは胸を叩いて請け負った。あの従兄弟ならきっとランを幸せにしてくれると思うから。
 元々病の件で公爵家に赴こうと思っていたところだ。その時に会って話しをして来よう。
「楽しみにしていろ」
 だから、シンはランに微笑んでそう言った。
 
 やっと話が終わった事を察して、コナンがシンの側まで近寄ってきた。最初に、ランがシンに抱き付いた時危険を察知して肩から飛び降りたのだ。
「コナン」
 シンが呼ぶと身体を伝って肩に収まる。きゅーと鳴き頬にすり寄るコナンを見て取ってランが顔を和ませる。
「可愛いわね」
 そして、コナンの頭をランが撫でた。コナンは撫でられるままに大人しい。危害を加えないと知っているからだ。それに、なにせ双子だ。シンが生まれた時、一緒にお腹の中にいた人間だ。コナンとしても馴染みがある。そのせいか、シン以外の人間で誰よりも懐いている。
 コナンはランの手に頭を刷り寄せきゅーと鳴いた。ランは相好を崩し、懐から小さな固まりを取り出した。
「はい。コナン。さっきもらったの、好きでしょ?」
 小さな甘いお菓子だ。コナンは喜んでばくりと食べた。そしてきゅるるーとご機嫌に鳴いた。現金である。
「ああ、そろそろ帰らないと。またお説教だわ」
 ランははっとして顔を上げると、
「じゃあ。今度ね、シン」
 と言い置いて自分の棟へと帰っていった。その後ろ姿を見送って、シンは小さなため息を付く。自分の妹にはやはり敵わない。
「……キッド。行こう」
 少し離れた場所でずっと静かに控えていたキッドにシンが声をかけ促す。
「御意に」
 少しだけ笑いながら、優しい顔でキッドが一礼する。丁寧な受け答えは、多分先ほどのやり取りに起因しているのだろう。からかう気はないかもしれないが、それを示唆はしている。
 シンは文句も言えず、予定通り庭へと行くことにした。
 








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