「どちらに?姫」 「森へ。しばらく雨だったから。そろそろコナンが動きたくて仕方ないみたいだ」 キッドに聞かれた姫は、肩に乗る小動物……竜の頭を撫でた。 「なあ、コナン」 姫の言葉に、コナンは頭を指に押しつけて是の答えを返す。 「そうですか。確かに長雨でしたね」 昨日までルエンは雨が続いていた。これから春を迎える時期はルエンでは雨が多く降るのだ。一雨毎に暖かくなり春が近づく。花も咲き始め、そのうち色鮮やかに咲き誇るだろう。 「だろう?外に出る訳にもいかないから私は書物庫に入り浸っていたけれど。コナンはなー。退屈みたい」 姫がコナンに話しかけると、コナンはきゅーと鳴いた。 たぶん、退屈を肯定したのだろう。 人通りが多く、王城へとまっすぐに続く大通りにある店や露天からは賑やかな声が聞こえてくる中、二人はそんな話をする。 まさか、この二人連れが姫と騎士だとは思わないだろう。もちろん姫は頭からベールを被り首へと流して顔を隠しているしキッドも騎士であろうと目立たない服装をしている。姫のお忍びは日常化しているため、キッドの服装は城中にあっても簡素である。 「失礼します、姫」 キッドはそう断って姫のベールを直す。風によって乱れたベールが姫の美貌を人目に晒す事を懸念してキッドはベールを綺麗に巻き直した。 「ありがとう」 小さく笑いながら姫は己の騎士にお礼を言った。 「いいえ」 短く答えすぐにキッドは姫の隣へと並ぶ。彼にとって姫のために尽くすことは生きていることと同義だ。この国の巫女姫の騎士は唯一の例外だ。普通はいくら誰かに仕える騎士といえど国王の命令は絶対である。すべての公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵が王の下に仕える存在であることはどの国であろうと当然である。が、この国だけは例外だ。巫女姫の騎士のみ、国王より巫女姫の命令が優先される。巫女姫に仕える騎士は現在キッド一人であるが、歴代の巫女姫の中には二人、三人と騎士がいたこともある。 キッドは姫が小さな頃から側に付いていた。成人して騎士となるまで城での生活を共にした。そのせいか、姫がキッド以外の騎士を付ける気は更々ないようだった。 キッドは、クローディヌ家の長男で、父親も国王に直接仕えている。身分は男爵であるが騎士の家系としてはとても古く、歴代の王に仕えていたらしい。 キッドは少々癖のある長い黒髪を首の後ろで一つに縛り、理知的な黒い瞳をした青年だ。光の加減で青紫に見える涼やかな瞳は端正な顔立ちに少しだけ鋭さを加えて城内でも魅力的だと囁かれている。長身と鍛えた肉体は騎士として申し分ない。馬術、剣術、体術など二十三歳という年齢でありながら、相当の腕前だ。 キッド自身は容姿といい性質といい父親に似ていると常々言われている。父親は素晴らしい騎士として国中から認められている人物であるから、キッドとしては否定もできないが、いつかは尊敬する父親を越えたいと思っている。そして、姫を守るのだ。 そのキッドの主である、美貌の姫の名前を、エレオノーラ・シン・ラ・トルラードという。トルラード王国の第一王女であり、神殿に仕える巫女姫だ。現在十五歳で成人一歩手前の少女であり、国内、身内からはシン姫、巫女姫と呼ばれて親しまれている。姫には双子の妹がいて、その第二王女が今のところ第一王位継承者であり、次代の女王である。 シン姫は王位継承権を持たない。それは生まれた時から決まっていることだ。巫女姫であること、それがこの国で一番の価値を持つ。 「そういえば、カリンがお昼を持たせてくれたんだよ。後でキッドも食べてね」 持っていた包みを掲げて、姫が笑うと、 「私もですか?」 キッドが困ったように自分の胸あたりを指さす。 「そう。だって、たくさんあるから。これは二人分だって」 カリンに渡された包みには、パンと焼き菓子が入っている。パンはハムとチーズが挟まっていると言っていたが、とても一人分とは思えない大きさだ。 「……では、ありがたく」 普段、キッドは森の入り口で姫を待っている間露天などで買ってきたものを食べる。本当なら、食事をしないものなのだが、姫自身が食べるように約束させているのだ。最初己を待っている間、食事を取らないキッドを知って姫が怒ったのだ。自分に付いていることは例外だらけなのだから、そんなところは騎士らしくなくていいと。自分の騎士であるなら、問題はない。そう諭されて現在に至る。 「うん。飲み物だけ買っていこう」 露天で売られている飲み物は水やお茶が主だ。水に果物を絞ったものもある。欲しいだけ皮の袋に入れてもらう。皮の袋は持ち運びに便利で旅にも使われるものだ。 「このお茶にしよう。キッドは?」 露天に並んだ飲み物から一つのお茶を選んだ姫は隣のキッドを見上げた。キッドも少し苦めのお茶にする。キッドが懐から銅貨を取り出し二人分払い、行きましょうと姫を先へ誘った。 「うん」 手にお茶とお昼の包みを持って大通りをそのまま抜けて、城下町を過ぎたあたりにある森へと進んだ。 禁忌の森と人々から呼ばれる場所だ。その入り口でキッドは立ち止まる。姫は包みからキッドの分のパンを分け与えて、じゃあ、後でと手を振って奥へと足を進めた。キッドは姫の後ろ姿をじっと見送る。 ここからは、キッドさえも立ち入れない区域だ。 禁忌の森と呼ばれる場所は、実際とても豊かな森である。緑が多く茂り生き物も多く存在している。だが、誰もここには踏み込まない。立ち入ることは禁じられている。もしそれを破れば、帰れないと言われている。ただ、本当に迷い込んでしまったのなら帰ることは可能である。昔、子供が迷子になり無事に戻ってきたことがあると伝えられているのだ。だが、もし何かの意図で分け入ったのなら、全うには生きられない。生きて帰れないだけではなく、発狂して戻ってきた人間がいると言われている。それは未だ精霊が住むと言われる聖域に無断で踏み込んだ人間に対する罰であると信じられている。 その、禁忌の森に唯一入ることを許されている人間が巫女姫である。姫が許されているというより、森は姫の領域であると言った方がたぶん正しい。 姫は、森の奥へ奥へと進み光が射し込み開けた場所へたどり着く。姫の肩に乗っていたコナンはさっと地面に降りると、一度伸びをしてから一声鳴くと、あっという間に元の大きさである竜になった。姫の肩に乗っている時は小動物にしか見えないが、本当の竜の大きさに戻れば誰の目からでも今は滅んだと思われている竜に見えた。 青い鱗に覆われて、金色の目をした綺麗な竜だ。まだ、成竜ではないためほっそりとして少々小さいが、もうすぐ大きくなるだろう。 「コナン」 姫は竜を呼んだ。 きゅー、とコナンは機嫌よく鳴く。そして、羽根をばたばたと動かし、長い首を左右に振る。元の姿で身体を動かせて、喜んでいるのだ。 姫が、ここに来る理由の一つは竜のためだ。竜をこうして元の姿にできる場所。竜はどこでも元の姿に戻ることは可能だが、注意していないと誰の目に触れるかわからない。竜はこの国の信仰の対象であるから、もし知れても誰も傷つけることはしないだろう。だが、他国は違う。もう滅んだと思われている竜がもし生きているとしたら、捕まえたいと思うだろう。 コナンは奥から流れてくる小川に口を寄せて水をごくごくと飲む。 その楽しげな姿を眺めながら、姫は草が茂る地面に腰を下ろした。 「シン」 名前を呼ばれて、姫ことシンは振り返った。ここには自分以外の人間はいない。つまり、人間ではない人物である。 「アカコ」 森の主である精霊が立っていた。長い黒髪に赤い目という妙齢の女性の姿をしているが、実際は樹齢三百年ほどの樹木の精霊だ。白くて長い衣姿をまとった美人で、男性が目にすれば視線を集めるだろう魅力がある。もっとも、精霊を目にする人間は皆無に等しいから、実証はできないが。 「ちょっと、久しぶりかな?」 シンは少し目元を和ませ首を傾げる。 「そうね。雨だったから。これから春に向けて恵みの雨。私達にとっては大歓迎よ。……でも、竜殿は退屈だったようね」 小さく笑いながらアカコはコナンに視線をやってからシンの横に座った。 「うん。外に出られないから、ちょっとな。仕方なく城内を動き回っていた」 コナンは長雨の間、城内をシンと一緒に付いているのに飽きると、上から下まで駆け回った。おかげで、シンはコナンがどこにいるか少しだけ心配した。竜であるコナンに人間が敵うはずはないしコナンを傷つける者などいないはずだが、それでも心配はする。主に人間の方を。 本来竜は雨の中へ出かけても何の問題もない。だが、基本的に竜はシンから離れない。だから、人間であるシンの行動にあわせているのだ。 彼らは生死を共にするものだ。 竜と竜に選ばれし者という、契約者だ。 そもそも、話はこのトルラードの国を創った初代の国王が竜と契約したことまで遡らなければならない。すでに伝説として語られているが、乱世の時期に国をまとめる事は困難だった。小さな国の固まりを一つ一つ統合して、今の原型を創った若者は統率者としての能力があるだけではなく人間として魅力に溢れた人物だった。だから、多数の小国をまとめ上げることができたのだ。彼には志を同じくする仲間もいた。素晴らしい協力者に出会えることも能力の一つだ。 そうして、国を創っている時に若者は竜と契約を交わした。古代、まだ人は竜と暮らしていた。竜だけではなく精霊なども頻繁に見ることができた。そういった生き物からも好かれた若者の周りは、人でないモノで溢れていた。 若者をとても気に入った力のある竜は、彼の血縁者を見守ることを約束した。つまりこの国を守ることを。 やがて、竜の身体から山ができ、川になり、緑が茂り、花が咲き、金銀が生まれた。と後に国の誕生が伝記には記されている。 そう、この国の土地には竜が眠っている。 以来、トルラード王国が崇める神は竜になった。王城の東北にある大神殿には竜の鱗が奉られているという。地方にも神殿はあるが、ルエンにある大神殿が最初に出来た神殿であり竜に最も近い場所だと言われている。 トルラードの一番華やかな祭事は一年に一度催される春の祭りがある。春を迎えるに当たって豊穣を願う祭だ。 この時期、国中が花で埋もれる。大神殿では巫女が舞を奉納することになっていて、この時の巫女は少女と決まっていて15歳以下でなければならない。なぜなら、一般的に16歳から成人と見なされるからだ。 そして、竜は契約を果たした。 王族の中には時々「竜に選ばれし者」が生まれようになったのだ。 それは一目でわかる。生まれたばかりの赤子の左手のひらにうっすらと竜の光が浮かび上がるのだ。赤子が成長するとやがて小さな竜が形となって現れる。通常は肩に乗る大きさで竜というより蜥蜴と栗鼠を足して割ったようなものだ。鱗に覆われて長い尻尾を持った肩に乗る大きさの小動物。自在に大きな竜となることはできるが普段は人の中で暮らしやすいように変化している。 子供の成長と共に竜も成長するが、ある程度育つと、時々元に戻り飛ぶことを本能的に望む。それは当然のことだ。 竜は獰猛だと思われているが、人の言葉を理解し頭がいい。 ただ、自分の契約者である相手の言うことしか基本的に聞かない。 最初の建国者と契約した竜が雄であったため、生まれる契約者は王子である。だが、王子であると諸問題があるため、王女として育てられることに決めたのだ。 それも王女ではなく、巫女姫だ。 国にとって、「竜に選ばれし者」は失う訳にはいかない存在だ。 なぜなら、最初の契約通り竜はこの国を守護している。特に「竜に選ばれし者」が生きている間は恩寵が大きい。まず、水害や干ばつなどの天候による被害が少ない。それは竜が水と密接な関係にあるからだ。そのため、実りも多い。作物はよく育ち、国はより豊かになる。 竜は契約が果たされる間は、国に恩寵を与えてくれる。だが、一度でも破られれば牙を剥く。契約とはそういうものだ。 もし、「竜に選ばれし者」が人間に悪意をもって殺されたら竜は決して許さない。契約の破棄とみなされ竜は守護を止め国を捨てる。そして、世界を呪い二度と戻ってこない。 竜に見捨てられたら、国は滅ぶしかない。 竜の守護なくしてこの国は成り立たない。なぜなら、伝説となって語られていることは本当のことだからだ。金銀は採れなくなり水害、干ばつで作物は育たなくなり民は飢える。そうなったら、国などないも同然だ。最悪、地面が割れるだろう。 今の国民がどこまでそれを知ってるかは定かではないが、王族は別だ。王族、国王には竜と契約した子孫である義務がある。「竜に選ばれし者」が生まれたら、絶対に守らなければならない。その存在は、国王より重かった。 王子として育てた場合、ずっと城内に閉じこめておく訳にもいかない。王子としての身分があれば、外交として他国に赴くことや戦地に行かねばならない。身体が弱いからと偽っても、それが第一王子などであればずっと隠し通すこともできない。他国から王女を娶れと言われても、それも困る。 どこまで、この秘密を打ち明けていいか。もし、王子を殺されたらと考えると不安は尽きない。 その結果、命の危険を少なくするため、王女として育てることになった。巫女姫としたのは、他の国に嫁がせることを防ぐためだ。他国にその大切な身を渡すことなどありえない。それに、実は王子である姫である。性別を偽っているため、絶対に他国へと嫁すことなどできなかった。 巫女姫として、神殿に仕える身であるとすれば公式の場に出ることも避けられる。滅多に見ることが叶わない巫女姫を秘中の姫と他国は呼ぶことになる。 実際、どの時代の巫女姫も絶世の美貌の持ち主だ。三国一どころか、大陸一といっていいほどの人間離れした美貌は、さすがに竜に愛されている者だ。性別を偽って王女と言っても誰も疑わない。その点は都合が良かったが、別の意味で困ったことに火種になった。が、それは国王の手腕によって避けられると信じるしかなかった。 運命をともにする竜と竜に選ばれし者を王家で守る。それが王家の存在意義であるため、王族間で後継者の争いはなかった。この国は、国王が納めていても竜との契約の元預かっているという意識があるからだ。 王家の命題は他にあるのだから王位のみに固執する必要はなかった。おかげで、他国に比べて、王族は皆仲がよく平和の限りだった。 その美貌の巫女姫、実は性別男のシン王女はアカコの前に包みを掲げて朗らかに笑う。 「今日はカリンがパンとお菓子を持たせてくれたんだ。一緒に食べよう?」 「お菓子だけ頂くわ」 「うん。お茶しような」 精霊の主を気軽にお茶に誘う人間は普通存在しない。 元が樹であるアカコは太陽の光と水と豊かな大地があれば生きていける。人間の食事など必要としていない。だが、それを知っていてもシンはアカコと一緒にお菓子を食べお茶を飲むことを望む。 他の人間など知らないからアカコがシンが人間のすべてであるが。 アカコは樹齢三百年の樹木であるが、先代から森の主を継いだのは百年前だ。竜と竜に選ばれし者に会ったのは、彼が初めてだ。 森の主は長く生きるから何代もの竜と竜に選ばれし者を見守るモノもいるが、アカコが知る百年の間には彼らしか生まれてこなかった。 話に聞いていた存在は、アカコの興味を引いた。 それまでは森を守るため人間の侵入を阻んで来た。偶然迷い込んだ子供は記憶を奪って町に返し、何かの意図をもって侵入した者にはそれ相当の罰を与えて。森の生き物を傷つけたり殺した者は容赦なく死を与えた。 アカコにとって、彼らは自分より上位にあるものだ。 ある意味、この森を含むトルラードという国の基盤となる彼らが、未だ精霊が色濃く残る場所で羽根を伸ばすのは必然だ。竜は生き物の頂点に立つ。それに従うのは本能だ。 とはいっても、彼らという存在はあるがままで精霊を使役しようとはしない。竜に選ばれし者はアカコをまるで友人のように扱い接してくる。 そんな彼らをアカコはとても好ましく思い、訪れを楽しみにしていた。 「そういえば、最近何かあった?」 会う度に、シンはこの言葉を繰り返す。口癖といってもいい。不在の間に何かあったのか気になるのだ。 「……なにも。変わったことなないわね。ああ、レギの花が咲き始めたわ。祭にはちょうどいい頃だわ」 レギとは春の祭りで使われる花だ。白い5弁からなる花で、聖なる花とも呼ばれている。この花を付け婚礼をあげた女性は幸せになれると言い伝えがあるため、花の時期に婚礼をあげる恋人は多い。 「そっか。じゃあ、祭りの前に摘みに来よう」 レギの花は国中に咲くが、巫女姫であるシンは奉納舞で使う花を自分で毎年森に摘みに来る。シンは現在15歳であり、普通の巫女は大人になったら舞を踊る資格を失うのであるが、巫女姫だけは例外だ。巫女姫は生きている限り、この祭りで奉納舞をする。竜が奉られている神殿である。それは必然だ。 巫女姫がいない時は、普通の巫女達が神殿の側で花を摘む。 「いつもの場所に一面に咲くから。手伝うわよ。他の精霊もシンのためなら喜んで出てくるわ」 大きな籠いっぱいの花が必要だ。シンが舞で使うだけでなく、集まった国民に配る花がいるのだ。できるならたくさんの花をシンは用意したい。ただ、国中、国外からも人が集まるため一人で花を配ることは不可能だ。だから、シンだけでなく他の巫女達も花を配る。 巫女達は神殿の裏手にある山でいくつもの籠を花でいっぱいにし準備する。国一番の祭であるし、神殿が主になる祭事だから責任も重い。 「ありがとう。助かる」 シンのために精霊達は花を摘む。花の精霊ももちろん存在するが、喜んで自分の花を提供する。この森の中に限り人間は手伝うことができないから、精霊達の出番なのだ。 ふわふわとした精霊が白い花を摘む姿は、シンから見ても幻想的でとても美しい。 「いいえ。精霊達も楽しみにしていてよ。ほら、そこに」 きらきらした光が集まり、中から小さな精霊が姿を現した。ふわふわと空中を浮いている羽を付けた少女がにこりとシンに笑った。 シンは手をそっと伸ばし精霊を優しく撫でて、よろしくと笑った。 こちらこそと、言わんばかりにゆらゆら揺れて精霊は森の奥へと飛んでいった。 「精霊もご機嫌ね」 アカコが小さく笑むと、竜殿もだけどと付け加えた。 コナンは羽根をばたばたさせて、小川の水を跳ね上げている。飛沫が散って青い鱗にキラキラと光って、綺麗だ。 このまま飛びたいと金色の目が訴えている。 だが、昼間に竜が飛べば目立って仕方ない。竜を見たと噂になるくらい問題はないし、飛び立ったのがこの森では誰も確かめに入れないだろうから、絶対に駄目ではない。もしもの時は、飛べばいい。竜が飛ぶことは本能だ。それを遮る権利は誰も持たない。 だが、できるなら夜の方がどれだけ飛んでも人の目に触れなくていい。 「我慢してよ、コナン」 シンはぽつりと諭す。コナンはきゅーと鳴いて羽根をたたみ、丸くなった。 人間ならふてくされたというべきか。シンは苦笑して、横に置いておいた包みから焼き菓子を取り出すとコナンに見せた。 「コナン、食べる?」 途端に首を上げ頭を伸ばして、きゅーきゅーと鳴いた。現金である。 「うーん、そのままの大きさだと味わえないから、食べる間だけ小さくなった方がいいんじゃない?」 シンの正論に、きゅーとコナンは一声上げて、小さくなった。食べ物の力は大きい。 そして、シンの膝に飛びついた。シンは手に持っていた焼き菓子をコナンに差し出す。それをコナンはぱくぱくと美味しそうに食べた。 コナンは竜であるが、肉食ではなくかなり雑食である。肉だけでなく、果物とお菓子と何でも食べる。 「アカコも、どうぞ」 そう言ってシンはアカコにも焼き菓子を渡して、皮袋からお茶も取り出す。自分はパンを食べるつもりだ。どうせ、コナンも食べるだろうし。 シンはパンを食べつつ、小さく千切ってコナンに差しだすと、ぱくりと遠慮なくコナンは食べた。コナンは中に入っているハムも好物なのだ。もっと、強請る姿はとても竜には見えない。 アカコが隣で菓子を食べながら、その光景を見て微笑んだ。 心中では、竜殿も食べ物には弱いのですねと思っていたが口には出さなかった。 |