「竜の眠る国」 白帝の章1ー1




 

 ユーノス大陸には大小の国がある。大国と言われる三国といくつもの小国だ。
 三千年ほど昔は、まだ乱世の世で領土は今の形に確立していなかった。今の原型となる小規模の国にのようなものが隣の国と大小の戦いを繰り返し領土の取り合いをした。そんな中、統率力のある人物が現れて小国をある程度の大きさにまとめ大国と言われる国を作った。それが、トルラードとアリメリアとヴェルランドだ。現在でも大陸から大国と認められる国である。

 三国の中でも、アリメリアは南部にあるため気候が暖かく大層過ごしやすい。大きな山は西側に多少あるだけで一年通して雪も降らない。加えて、海に面して港が多く他国との貿易が盛んであらゆる物が行き交う。漁業も盛んで新鮮な魚介類は国に大きな実りを与えてくれる。
 
 トルラードはアリメリアの東北、ヴェルランドの東側に位置する。冬に雪も降り夏も暑い季節の調和がとれた国だ。
 東側沿いに多少の海があり中央に広がる平野と北側に高い山脈とを持つ。
 平野では小麦など農産物が豊かに実る。山脈には鉱山があり金銀や石材が採れる。その金銀の細工が特産品として名を馳せている。その上灰色をした石材はとても硬く強固で、王城を作っているほどの貴重な代物だ。
 
 アリメリアの西北、トルラードの西側に位置するヴェルランドは平野と山の国だ。海はないがその分川が多く肥沃な土地に恵まれているため様々な農産物が育つ。ただ、内陸部のため、三国で一番冬が厳しい。特に国の北側にはトルラード同様山脈が聳えている。
 その北側に位置するデン共和国は山脈が領土のほとんどをしめ、冬は豪雪で厳しい自然活況だ。他にもアリメリアの西側に小国が数多くあり、小さな島々まで数えると二十ほどになる。
 




「姫様ーーー。どこですか?」

 トルラードの首都ルエンに立つ、シルディーア城に声が響く。
 この城は頑丈な石造りだ。灰色をした石材は北部の山脈から切り出されたもので、とても硬く剣でも槍でも通すことはできない。反対に武器の方が刃こぼれをおこす。例え火にあぶられても水に襲われても、千年をゆうに越しても崩れることがない貴重な石だ。
 この石材は普通に日の下で見れば灰色だが、朝の光の中で銀色に美しく輝くため王城は「暁の白銀」と呼ばれて親しまれている。
 その王城は、小高い丘に建っている。丘といってもかなり高い。小さな山のようだ。聳えるように建つ城は、尖った塔が二つあり遠方からでもかなり目立つ。上から見れば長方形をしている城は中も回廊が迷路のように入り組んでいて広く、鍵型になった場所には木々が茂る中庭も有している。大きな庭は城の東側にあるが、そこはどちらかといえば林だ。季節に花や実を付ける木や、背の高い大木、昼寝にちょうどいい芝生、花畑。自然いっぱいで作られた感じがしない庭だ。
 そして、その城の城壁周りには堀がある。堀を門から橋が掛けてあり、門番が常駐している。遙か昔、乱のあった時は城を守る砦だった堀だが、現在は形ばかりを残すばかりである。今大国同士が争えば、世界は混沌とするだろう。
 それに、この国は竜によって守られている国だ。竜によって作られた国。国の建国者が竜と契約を交わした国だ。各国がどこまでそれを信じるかは定かではないが、確かに今も国民は竜を心から信仰している。
 また、首都らしく城を取り囲むようにして城下町が広がり賑やかだ。城を中心としていくつもの道が各地、地方都市へと繋がり、その沿線上に店が並ぶ。一歩町並みから外れれば一面の小麦畑があり、田園が広がる。
 だが、城から少し離れた場所にある森には誰も近づかない。誰も入る事は叶わない禁忌の森だ。竜はこの地上から姿を消して久しいが、未だ精霊が住むとも言われている。もし間違って踏み込めば、無事に帰って来ることは難しい。そう言われている。

「姫様?巫女姫様?」

 カリンは長く続く廊下を歩く。磨かれた廊下はうっすらと自分の姿が映るほどだ。城の至るとところに使われている貴重な灰色の石材は磨けば磨くほど輝く代物だ。毎日城に仕える者が懸命に曇らないように磨いている。
「姫様ー?」
「なに、カリン」
 姫と呼ばれた人物が右側の道から顔を出した。
 部屋にいない姫を探していたカリンはやっと己の主を見つけてため息を付く。
「どこにいらっしゃったのですか?お探ししましたよ」
「ちょっと、書物庫まで」
 自分が歩いてきた先を姫は指で示す。
 全く悪いなどと思っていない態度に、カリンは小言を漏らす。
「お願いですから、どこかへ行かれる場合はお声をかけて下さいませ。心配致しますわ」「ごめん」
 ぺろりと舌を出して小さく肩をすくめる相手にカリンは細い息を吐く。
「姫様の、ごめんは聞き飽きましたわ。……それで、お出かけですか?」
 すでに毎回毎回同じことを繰り返しているため、カリンは半分諦めている。
 己の主を縛るものなどこの国にはないのだから。それに主としては素晴らしい人物であることは間違いない。幼少の頃から侍女として仕えているカリンは、目の前の主を敬愛している。
 カリンの主は、目にしたらどんな人間でも驚きしばらく見ほれてしまうほどの美少女だ。
 漆黒の腰まで届く長い髪に雪のような白い肌、小さな顔に蒼い瞳と整った鼻梁、桃色の唇が絶妙に配置されている。まるで天が丹誠込めて作った精巧な人形のようだ。
 髪は高い位置で一つに結い背中に流し、衣装は一国の姫らしからぬ動き易いものだ。足首を絞ったズボンに左右に切れ込みが入った赤いスカート。上着は長袖で二枚重ねになっていている。下に着ている白い上着は身体にぴったりとしていて縦襟だ。それが大きくあいた丸襟のゆったりとした上着から出ている。
 赤いスカートに花の刺繍がされてる様が唯一姫らしい。もっとも生地や仕立ては最高のものであるが。
「ああ。これから出かけるつもり」
 姫はにこりと笑いながらカリンの予想した通りの言葉を返す。
「そうおっしゃると思っておりましたわ。では、こちらをどうぞ」
 カリンは手に持っていた包みを姫に差し出す。その包みを姫は両手で受け取りしげしげと見つめた。
「パンと焼き菓子ですわ。パンはハムとチーズが挟んであります。お菓子は姫様の好きな木の実の入ったものです。……ちゃんとお昼を食べて下さいませ」
「ありがとう。カリン」
 嬉しそうに微笑み、姫は素直にお礼を言った。
「いいえ。はい。ベールもお忘れなく」
 カリンは腕に折って下げていた白いベールをすかさず姫に差し出す。そのベールを受け取って姫は頭から被り、
「気が付き過ぎだな。カリンは」
 と言いながら片目をつぶってみせた。
「日頃の行いですわ、姫様。お気を付けて」
「ああ。……おいで、コナン」
 姫は頷くと、自分の足下を歩いていた小動物へと手を伸ばした。その蜥蜴のような生き物は姫の手から肩に掛け登り定位置である左肩に収まった。姫の意志を理解する青い鱗に覆われて尻尾が長い生き物は決して蜥蜴ではない。知る人間は極少ないが竜である。
 姫はコナンと呼んだ竜の背を撫でてから、少し大きな声をあげた。
「キッド」
「はい」
 すぐに答えが返り、若者が現れた。
「出掛ける」
 姫の言葉に、当然のように若者は付き従った。若者は姫の騎士だ。姫の行くところへ付き従うのが常だった。
 

「いってらっしゃいませ」
 その二人の背をカリンは一礼して見送った。









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