「ラン、上手ね」 アイリーンは優雅にステップを踏みながら感心する。女性であるのに男性パートのリードが蘭はとても巧い。慣れている。 「ありがとうございます。私達小さな頃から練習したから、このくらい訳ないですよ。園子だって出来ますし、男性二人も巧いです。見ての通り新一は女性パート、完璧ですけど」 視線で新一を示して、蘭は小さく笑った。 キッドと新一はどこから見てもお似合いのカップルだ。キッドが普段着であるから、多少差し引くとしても、ハンサムな男が美しく着飾った美少女をリードして流れるように踊る姿は恋人同士のようだ。きっと誰も疑わない。 「ほんとうね、ステキ。美男美女で、素晴らしいわ!見ているだけで、うっとりしちゃう」 アイリーンはそれは嬉しそうに頬を染めた。 新一がドレスを着て美しく変身していることを棚上げしている。女装させていることなど全く疑問にも思わず、キッドと美男美女だと言ってうっとりするアイリーンは乗りがよくなったとしか言いようがない。 新一が薄々気づき始めているが、蘭と園子にかなり影響を受けたのが明白だった。 言動が、落ち着いた女性ではなく夢見る少女になっている。 「クロードさん、巧いですね〜」 「ありがとうございます。ソノコさまもお上手ですね」 園子とクロードはとてもにこやかだ。穏やかに会話しながら、ステップを踏む。 「私たち特訓しましたから。小さな頃。四人で男女のステップを覚えるものだから、組み合わせがおかしくて。男女逆で組んだり、女女、男男で組んだり。でも、おかげで楽しかったから、やる気は起きました」 「そうなんですか?素晴らしい練習方法ですね」 「ええ。四人なら何でも出来るような気がします」 あれが原点にあると園子は思う。衝撃的な出会いと、会う度にいろいろ四人で取り組んだ。楽しくて、面白くて、普段は味わえない満足感があった。 「ステキなご友人ですね。それとも仲間といったらいいのか、幼なじみと一言で言ってしまう関係ではありませんね」 「そうなんです!」 何曲も踊り皆が楽しんでいると突然ドアが開いた。 「ああ、失礼。探したよ」 そういって、にやにや笑いながら体格のいい男が入ってきた。 「どんなに呼んでも返事がない。どこかにはいると思ったが……。これでは聞こえないだろうな」 今でも音楽が部屋に鳴っている。 「ルドルフさま」 クロードが園子に失礼といって、男に近寄った。 「申し訳ありません。気が付きませんでした。失礼致しました。お茶のご用意をしますので、リビングへどうぞ」 クロードが謝って、階下のリビングへ促そうとするが、ルドルフと呼ばれた男はそれを手で制し、アイリーンへ視線を向けた。 「それより、義姉さん。ずいぶん可愛らしいお客さまだ。紹介してくれないんですか?」 好奇心いっぱいの目でルドルフが着飾った少女達を見る。 「ルドルフ」 アイリーンが咎めるように呼んだ。 「これでも、義姉さんのご機嫌伺いに来たんですよ。そう邪険にしないでもらいたいな」 後に引かないルドルフにアイリーンは吐息を付く。 「ご機嫌伺いなら、喜んで。でも、来るなら連絡を入れておいてくれると嬉しいわ。出かけることだってあるんですから」 「その時はその時だ。今日は近くまで寄ったから義姉さんの顔でも見ようと思い立ったんです」 「そう、ありがとう」 「喜んでもらえて嬉しいですよ。それで、兄の遺言はわかったんですか?誰かに依頼したらしいじゃないですか」 「どこからそれを」 「それくらい、わかりますよ」 ルドルフはしたり顔だ。 「なにも。彼の遺言状とも決まっていないでしょ?彼は探して欲しいといっただけ。それが遺言状だとは限らない。ただの謎かけのようなものかもしれないのよ?何度もいったけど……」 アイリーンは若干眉を寄せて肩をすくめた。 「でも、どうでもいいものを探して欲しいなどと兄は言わない」 「ルドルフ」 困ったように呼ぶアイリーンを気にする素振りも見せず、ルドルフは背後にいる客人へと視線をやった。 「それで、本当に後ろにいる美しいお嬢さん方を紹介してくれないんですか?私はルドルフ・カーティス。彼女の夫ロバートの弟でね、彼女の義弟だ」 望まれてもいないのに、自分から進んで自己紹介する。 そして、ルドルフは客人を端から眺め、見たことがないほどの美少女を認め目の色を変えた。新一の美少女姿は当然ながら見破られることがない。その美貌は、男にとって年齢を問わず惹かれるものだ。引き寄せられる人間に性差もないのだから、当然といえば当然だ。 「これは、……美しい」 漏れる言葉は本心だとわかるが、問題はありまくりだった。 一瞬でまずい状況だと察し、キッドと蘭と園子は新一の前に立ち姿を隠す。一方隠されて守られている新一は慣れているため、彼らの側でじっとしていた。 「女性のみなさんは、ドレスで素晴らしいですが、どうしたんですか?」 ルドルフはアイリーンに聞いた。アイリーンもドレス姿であるためだ。 アイリーンも一瞬で状況を把握した。ここでダンスをしていたと言えば、ルドルフも参加するというだろう。それは避けたい。 「パーティに行くのよ。誘われたから、ドレスアップして、今ちょうどダンスがちゃんと踊れるか確かめていたの。皆、綺麗に出来たでしょ?これで準備ができたわ」 アイリーンは口から嘘を並べ立てた。もちろん、実現可能な嘘だ。 「パーティ?これから?」 「そうよ。だから、ごめんなさいね。あまり時間が取れないの。これから最終チェックをして、小物も用意するのよ。女性は時間が掛かるから……」 女性がドレスアップするのに時間がかかるのは事実である。それを世の中の男性は知っている。 「なるほど。治すところはないように見えますけど。そういうものかもしれませんなあ」 ルドルフも納得した。 「それでは、今日はこれで失礼しますよ。……今度は、時間のある時に」 そう言って手を振りルドルフは退出していった。その後をクロードが追う。 ぱたんと閉じたドアの音に、ほうと安堵の吐息が漏れた。 「ごめんなさいね。ルドルフはロバートの弟なの。外見上は似ている部分も多いけど、……ロバートの探してほしいという最後の言葉を遺言状だと思っていて、時々様子を見に来るのよ。うちにはそんな財産はないけど、少しでも権利があるのならって」 アイリーンは身内の恥だと思って黙っていたことを申し訳なさそうに、打ち明けた。 まさか、ロバートの実の弟がもらえるなら財産を逃すまいと、ない遺言状を探しているとは言いたくなかった。ルドルフは遺言状だと決めつけているが、そんなはずがないのだ。ロバートはそんな人ではなかった。 「彼は、遺言状がどこかに隠されていると思っているのですか?」 新一が自分が知らなかったことを確認する。依頼に関係することだからだ。 「そう。もしかしたら、自分に何か残すと書いてあるかもしれないって」 「彼は財産があると思っている?」 「そうみたいだわ。うちになんてある訳ないのに。精々、この家と馬と、ここ一帯の土地、彼の勤めていた会社の株くらい?他の株は彼が細々とやっていただけで、数はないのよ。あの人、投資にお金を掛けないのがポリシーだったから。何でもそれくらいやっていないと頭が鈍るっていって」 アイリーンは包み隠さず答える。 「ふむ。それなら、なぜあの方は財産があると思いこみ、自分にも分配があると思ったのでしょう?きっかけはなかったのですか?」 「……想像だけど、株を趣味でやっていることを聞いていたからではないかしら?損はしていなかったから、儲けがあると思ったのね。兄弟だから当然会話に出たのね。それで、数少ない株だからやってもいいと言ったのかも。あの人、そこらへんは大ざっぱだったから」 「そうですね。株だけではなく、土地でも馬でも、人によっては価値観が違いますから欲しいものが他にあるのかもしれません。アイリーンは自分のバラ園が大事で金銭的な価値はなくても誰にも譲りたくないでしょ?馬だってそうだ。だから、もしかしたら、アイリーンが把握していない何かあるのかもしれませんよ。推測ですが。……本当に、特別目的はないのかもしれませんし」 新一はロバートを知らないから、推測を立ててもそれが確かなものであるのか、全くわからなかった。アイリーンに判断してもらうしかない。 「そうね。いいわ、どうせ彼が探して欲しいものを見つけない限りわからないのよ。……ああ、パーティ、本当にしなくちゃ!折角だし、知り合いに電話してみるわ。きっと、パーティになるわよ。ちょっとまっていてね、そのままよ、着替えちゃ駄目よ」 そう言い置いて、アイリーンはうきうきしながら退出していった。 どうやら、本当にパーティに参加することになりそうである。 「えっと、これで?」 新一は自身のドレス姿を見て、呟く。 「ばれないから、平気だよ!綺麗、綺麗。パーティの華間違いなし!」 園子がいらない太鼓判を押した。 「新一、靴どう?痛くない?ああ、ゆったりと髪結ったから、すこし解れているわ、直さないと!」 蘭が細々と新一にチェックを入れた。 やる気満々である。 「……靴は、痛くない」 「そう?なら後で髪は直しましょう。髪飾りとかのバランスを見て」 新一を着飾ることに自分のことより重きを置いている。それは蘭だけではなく園子もである。 逃げられない。新一は胸中でため息を付いた。 今更だが、わざわざ自分から女装して外に出たい訳ではない。第三者に会いたい訳では決してない。談じてない。諦めているけれど……。やれと言われれば完璧にやる。そのくらい教え込まれた。 「ここから逃走はできそうにありませんし、女性に逆らうと後が怖いし、楽しんだ方がいいと思うので」 キッドは新一の気持ちを代弁して、優しい声と表情で笑いかけると騎士のように跪く。 「私と一緒に踊ってもらえませんか?レディ」 新一の手を取り甲にキスを落とす。気障な仕草が様になる。 「……喜んで」 仕方なそうに笑ってから、新一はキッドの手を取る。 キッドがつきあってくれるのなら、多少の精神的負担は軽減されるだろう。 どんなパーティなのか検討も付かないが、第三者と踊ることはなるべくなら避けたい。相手によりけりだが、ばれても困る。声を出してしまうとばれる可能性は高くなる。 新一はばれる可能性を考えてるが、未だかつて男性であると見破った人間はいないのでその心配は杞憂であった。 「ありがとうございます」 キッドは新一を軽く引き寄せて、笑顔を向けた。新一も笑い返した。 「そうだ!キッドも正装に着替えないと!あるかしら?」 「うーん、ロバート氏は大柄な方だったらしいし、キッドにあうものってあるかしら?」「見つけないとだめよ!新一の相手なんだから!見栄えがするのが欲しいの」 「そうよね!あの美貌の横に並べるんだから、適当なのはイヤだわ」 新一とキッドがほんわりとしていると、蘭と園子は別のことで盛り上がった。キッドのことだから、関係ない訳ではないのだがキッド本人の意思を無視している時点で、別のことだった。 「お待たせ」 そこへアイリーンが戻ってくる。 「知人とパーティをすることにしたわ、今晩。車で20分くらいの場所だから、それまでに軽く食事だけして完璧に用意しましょうね」 にっこりと満足そうに微笑むアイリーンに園子が訴える。 「アイリーン、キッドのタキシードどうしましょう?新一君の相手なのに!」 「あら?そうねえ。ちょっとまって。……クロード、そろえられるかしら?」 背後に控えていたクロードは、頷く。 「すぐにご用意したします」 そういってクロードは辞した。 今からどうやってそろえるのか、全くわからないが、それでもそろえるというのなら、信じるしかない。有能な執事らしいから。 そうして正装で向かったパーティで、彼ら四人は大歓迎を受けたことはいうまでもない。 |