「どうしたんだ?」 新一が書斎で調べものをしているとクロードが失礼します、とやって来た。奥様がお呼びです、と聞いて側でマジックの練習をしていたキッドと共に付いて行く。 クロードが先に立ち邸内を歩き、ここですと手で示された部屋のドアをノックした。中からどうぞと声がしたのでドアを開けると、そこには予想外に着飾った女性達がいた。 「新一、どう?」 蘭がひらりとドレスの裾を翻して笑った。 「ああ、いいんじゃないか?よく似合う。なあ、キッド」 「ええ。美しいですね」 新一もキッドも素直に称賛する。 蘭は深いワインレッド色のドレスを着ていた。胸元が少しVに開き身体のラインをなめらかに包むデザインだ。スカートの裾は長さが一定ではなく、後ろの部分が一番長い。大人っぽいデザインだが蘭に似合う。 開いた胸元には細い金の鎖が二重になったネックレス。 耳元には鈍い金色で楕円形の下がるタイプのイヤリング。ノースリーブの腕にはルビーと真珠が交互につながれたブレスレット。 靴は細いヒールで黒。 髪は緩く編んでアップしてあり、髪飾りで止めてある。花をあしらった飾りだ。 「あら、私は?」 蘭の隣にいる園子も手を腰に当てにこりと聞いてきた。 「ああ、園子にぴったりのドレスだな。あつらえたみたいだ」 「本当ですね。全体的バランスもいいですよ」 園子のドレスはペパーミントグリーンで腰からふんわりと裾が広がっている。丈は膝を越すくらいだ。袖口の形が変わっていて、花びらのようにひらひらと重なっている。 耳元には真ん中に翡翠をはめ込んで周りを銀で細工した花の形のイヤリング。 腕には細く繊細な銀色のブレスレットがいくつもはまっている。動くとブレスレットがしゃらりと涼やかな音を立てるのが素晴らしい。 靴は銀色でヒールはそれほど高くない。 髪は斜め後ろで縛り、そこに羽の飾りが付いている。小さな羽がいくつも付いていて、中心に薄いグリーン、外側に白色で作られた飾りはドレスによく似合うものだ。 「すてきでしょう?私が着れなくなったドレスがたくさんあるから、着てもらったの!若いコだと、いいわねー」 まるで娘か孫でも見るようにアイリーンは園子と蘭を暖かな目で見て、自慢げに微笑む。 アイリーン自身も一緒になって着飾ったらしい。 彼女はシックな銀色のドレスだ。 金髪もゆるくアップして銀にダイヤモンドが付いた髪飾りで止めている。指には大振りのオパールの指輪。耳元はスクエアカットのルビーのイヤリング。 彼女の上品な魅力にあふれている。 「アイリーンのドレス姿もステキですね。やっぱり着こなしが抜群で。これは経験かな」 「経験でしょうね。優雅さは自然に出るものです」 新一もキッドもアイリーンをじっくりと観察して、心から褒め称えた。 「あら、ありがとう。二人とも紳士ね」 アイリーンが蘭と園子に同意を求めて視線をやり、にこりと笑う。それに蘭も園子もこくんと頷いた。 「育ちは海外だから。日本人男性っぽくないよね、二人とも」 「あの両親だもの。女性を誉めるのは当たり前よね。そういう教育されてるもの。当然、当然!」 「正装なんて、どんと来いよ!私達なんて目じゃないわ!」 「目じゃないどころか、目がつぶれちゃうわ!」 二人して顔を見合わせて人の悪い笑みを浮かべた。 「新一君なら、絶対、似合うね!」 「すごい美女になるのは当然ね〜。傾国だもん」 「美貌の君!帝丹の姫君!蒼穹の宮!ブルー・クイーン!」 「お庭番付き!あれは、間違いなく親衛隊!」 あはははと品なく笑いながら、二人は乗り乗ってぶちかます。 だが、園子と蘭の言葉の数々にアイリーンも新一の全身をみて納得する。 「……シンなら、きっと、すっごくきれいね。ドレスを着せてみたいわ」 うっとりと感嘆をこめて呟いた。 「は?」 こんな場で女装させようとするなんて、ちょっとイヤだ。学園なら、仕方ないとあきらめる。両親などでも抵抗など無駄だ。だが、よりによってアイリーンの前でしなくてもいいだろう。 新一は口元がひきつる。 「名案です!やるしかないわ!」 「そうよ。美人中の美人よ!極上品よ。傾国よ、やらないでどうする?」 「おまえら……」 蘭と園子の押しに新一は肩をひくひくとふるわせた。 「新一、今更よ〜」 「そうよ、あれだけの艶姿を見せておいてさ。出来ないなんていわないでしょ?」 昔から新一は女装に縁がありすぎた。完璧に女装するため、誰にも見破れず求婚者さえ年々増える。 「ねえ、アイリーンも見たいでしょ?」 「ええ。ドレスを着せたいわ。こう腕が鳴るの」 願望に忠実になったアイリーンが園子に乗った。彼女の良心の欠片がふっとんだ瞬間だ。 「うふふ、決まりね!行くわよ、新一君」 「やるわよ!」 「いいわね。楽しそう」 女性は集団になると怖い。逆らうことが出来ない。 新一はずるずると手を捕まれて隣の部屋に連れていかれた。それを無言でキッドは手をふって見送った。キッドも女性に逆らうことがいかに無謀であるか身を持って知っている。 ぽつんと残されたキッドに、クロードが椅子を勧める。 「しばらく掛かるでしょうから、お茶をお持ちします。紅茶でよろしいですか?」 「はい。すみませんが、お願いします」 クロードの気遣いにキッドは感謝した。 「綺麗でしょう?」 「美人でしょう」 「傾国でしょう?」 キッドが部屋で待っていると、女性陣が一人の美少女を連れて戻ってきた。 目の覚めるような美しさだった。嘘偽りなく傾国そのものだった。 ミッドナイト・ブルーのドレスはマーメード型で裾も足首にかかるほど長い。スリットから覗く白い肌が魅惑的だ。黒髪は結い上げアップにされ真珠の髪飾りで留められている。きっと、エクステが付けられて長い髪にしてあるのだろうが、外見上は全くわからない。 耳元にはティアドロップ型のブルー・サファイアのイヤリング。新一の瞳の蒼とあいまって、大変麗しい。 薄いピンクパールの目元、元から長いまつ毛はマスカラがたっぷり塗られているせいで目を伏せるとより濃く長い。唇は艶やかな発色のピンク。 細い首、細い腰。長い手足に立っているだけで色香まで漂う美貌は人の目を引き寄せて離さない。その輝く蒼い瞳に見つめられたら視線を外すことなど不可能だ。 さらりと流れるように歩いてくる傾国の君にキッドは微笑んで跪く。 「とても美しいですね、レディ。是非踊って頂きたいほどです」 そう魅惑的な声で囁き手の甲にキスを落とす。 大層、絵になった。 姫君と騎士さながらの二人に見てる女性陣も萌えた。アイリーンはうっとりと満足そうに微笑み手を叩いて喜び、園子と蘭は一緒になって手をあわせはしゃいでいる。 「そうだわ、踊りましょうか?」 「ダンス?」 「ええ。ダンスしましょう?これだけ着飾ったんですもの。どうかしら?」 「いいですね!そうしましょう」 「大賛成!私たち男性のステップも踏めますから、大丈夫ですよ?新一君は女性のステップも踏めるし」 「というか、私達男女のステップ踏めるんです」 「まあステキ!音楽何にしようかしら」 アイリーンは部屋にあるプレイヤーに近づき、少し悩んでからセットする。やがて音楽が流れ出した。 社交ダンスの基礎、ワルツだ。 「レディ」 キッドは新一に手を差し出す。 新一も仕方なさそうに微笑んでから、美しい笑みを浮かべて手を取る。 二人は踊り出した。 「お手をどうぞ」 ゆったりと室内を円を描くように踊る二人へ視線をやって、蘭がアイリーンに手をさしのべる。優雅な仕草がとても凛々しい。 アイリーンは嬉しそうに笑って、手を取った。そして、音楽にあわせて一歩踏み出した。 それをよしと見ていた園子に控えていたクロードがよろしければ、と手を差し伸べる。レディを一人壁の花にすることを紳士は許さないものなのだ。 園子はクロードの好意を受け取って、ありがとうと言いながら捧げられた手に手を乗せた。正面を向いてホールドし、音楽にあわせてステップを踏み始める。 三組のカップルが室内を踊る姿は大層美しく、観客がいないことが残念なほどだ。 「久しぶりですね」 「そうだな。昔は四人で練習ばかりしてた」 身体を寄せてくるくると軽やかに踊りながらキッドと新一は会話を交わす。 小さな頃、彼らはダンスの練習をした。両親が著名で公の場に出席することが多々あるせいで、ダンスぐらい出来るようにと習ったのだ。工藤、クローバー、鈴木家の両親は誰でもダンスを踊れたから子供に教えることは簡単だった。 ちょうど四人が集まった時練習が始められ、最初の教師は偶々時間の開いた工藤夫妻だった。 男性は優作に、女性は有希子にステップを教えられた。ステップを覚えると、子供と大人のカップルで踊ってみる。巧い人間と踊った方が勘が掴みやすく踊りやすい。 そして、ある程度覚えたら子供同士で踊って練習だ。 新一と蘭、園子とキッド。一定レベルになると相手を交代する。新一と園子、キッドと蘭。 子供ながら飲み込みのよい生徒に教師たる親たちは、そこで満足しなかった。 今度は、逆の性別のステップを教えたのだ。 そして、新一とキッドが女性のステップ、蘭と園子が男性のステップという男女逆を練習した。男女、男女逆、男同士、女同士、カップルを代えて練習しまくった。 最終的には、彼ら四人は男女両方のステップが優雅に踏めるに至った。 おかげで、こんな場合でも困ることなどない。一応は感謝しておくべきだろうかと思う反面、面白がっただけであるとわかっているため、口に出したことはない。 「あれは、なかなか楽しかったですよ。教師である両親たちって実は少しずつ癖があるでしょう?それが子供も同じような癖が出るのですから、遺伝子か環境か。興味深いですね」 「それは仕方ない。俺とキッドは一緒にいる時間が多いから当然一緒に練習する訳だ。両親も、工藤、クローバー家だけ。それなら相互に似る確率が高い。とはいっても、練習相手がいない場合、実の親が練習相手になるから、親に似るのも道理だ。同じように、蘭と園子が一緒に日本の同じ街で暮らし行き来しているから、あそこも鈴木家の癖が付く確率が高くなる。まあ、楽しかったけどな。久しぶりに会うと上達しているから」 くすくすと新一は蠱惑的な笑みを浮かべる。 「それで、踊って確かめましたね。蘭さんが男性パートがすごく巧くて驚きましたけど。あれは空手をやっているからでしょうか?」 「空手は関係しているかもな。どうも、自分より弱いヤツは守らないといけないって思っていたらしいから。ちなみに、蘭からすれば、園子も同級生の女の子も、俺もキッドも対象者だぞ」 空手を始めた蘭はめきめきと上達して、その技の素晴らしさや精神力に魅了されていた。同じ道場に通うのは男子ばかりなのに、全く問題はなかったらしい。男子と一緒に組み手をするのだと熱く語っていた思い出がある。その後も蘭は女であることなど棚上げして武者修行を行った強者だ。 「……さすが蘭さんですね。あの頃、そう思われていたんですか」 懐かしそうにキッドが微笑した。 「その頃、すでに敵わなかったと思うぞ?」 「今では相手にもなりませんね。全国一の猛者ですから」 「当然だな」 二人は、ふふふと笑いあう。会話が他には知られていないため、美男美女が親しそうに踊る様は目にするだけで僥倖だ。内容を知ったら興ざめる。 |