「Colors」2ー10







 翌日新一とキッドは乗馬だ。やっと外乗に出かけた。
 女性達は二人を見送り、バラ園の手入れをすることにした。
 
 

「ラン、この枝を切って」
「はい」
「ソノコは、肥料を根本にね」
「はーい」
 アイリーンの指示に蘭と園子は従ってバラの手入れをする。
 バラは手入れをしないと美しい花を咲かせない。日頃丹誠込めているアイリーンのバラ園は、二人から見ても素晴らしいものだ。
 せっかく昨日大きなバラ園見たので、アイリーンに頼んで園子と蘭はカーティス邸のバラ園に入れてもらった。ただ見るだけではなく、手入れをするのはよりバラに愛情が増す。
「ああ、明日にはアブラムシやダニが付いているから、殺虫剤を散布しなといけないわね」
 アブラムシ、ダニという害虫に、うどんこ病、黒点病など病害と気をつけなければならない事が多い。
 こまめな剪定と肥料も大事だ。
 蘭が今やっているのは根本から伸びた不要な枝を切る、シュートの処理だ。
 園子はこれから秋の花のための肥料やり。
 アイリーンは雑草を引きながら、バラ一株ごとに目をやる。
 種類が違えば、特徴も違う。病気に強い品種もあれば、すぐに虫が付いたり、剪定をしっかりしないと花があまり咲かないものもある。その年の天候によっても左右される。
 しっかしと目を配っていないとバラ園は維持できない。
「もう少ししたら、木バラの剪定をしないといけないわ……」
 木バラの秋の剪定が迫っているようだ。今年咲いた花をばっさりと切り、樹形を整えないとならない。
 草を抜きつつ、アーチに巻き付いている蔓バラも観察する。蔓バラは冬に剪定するものだが、根本はどうだろう?蔓は上手に伸びているだろうか。葉は?虫は?
 
「アイリーン、これでいいですか?」
 蘭が枝を切り終えアイリーンに確認してもらうために呼ぶ。
「いいわよ。上出来だわ、ラン」
 アイリーンは誉めた。何事も愛情をもって行うことによってバラは美しく咲くのだ。
「肥料は終わりました」
「ありがとう、ソノコ」
「いいえ。ほかにやることは?草引きしましょうか?」
 園子は軍手のはまった手をひらひら振って意志表示をする。やるべきことはやりますよ?使って下さいと暗に言っている。
 
「あらあら。嬉しいけれど、一度にやっても駄目よ。今日やらなければならないこと、明日やるべきこと。バラとのつきあいは気長にね。……お茶にしましょう」
「「はーい」」
 蘭と園子は元気よく返事をした。
 
 
 
 バラ園の隅に白いテーブルセットがある。バラがよく見える位置にあり、お茶には絶好の場所だ。
 そこに腰を下ろしティタイムとなった。
「今日のお茶はダージリン。それからアップルパイよ」
 手を洗って、キッチンでアイリーンに言われるようにお茶をいれた。その横でアイリーンはパイを切って皿に乗せフォークを置いた。ティタイムの準備がすべて整うとトレーにカップなどを並べて、それぞれが分担して持ってきた。
「「いただきます!」」
 蘭と園子は手をあわせる。食べ物を食べる時日本人の習慣として、手をあわせるという事実にアイリーンはすでに慣れた。最初見た時は不思議だったが、これが日本式なんですよと話題にされてからは、面白そうに見守っている。
 カップには琥珀色の液体がなみなみと注がれ、皿には大きめに切られたアップルパイ。
 フォークでパイを一口大に切って、ぱくりと食べる。
 さくさくパイ生地に甘酸っぱいリンゴ。シナモンも効いている。
「美味しい。これ、アイリーンの手作りですよね?」
「ええ。そうよ。昼前に作ってオーブンで焼いておいたの。ちょうど出来ていたわ」
 キッチンに蘭と園子が紅茶をいれるために入った時、すでに完成していたのだ。
「やっぱり、美味しいわー。このサクサク感がたまらない」
「ほんとね。パイって難しいのよ。生地を何層にも重ねるんだけどね。あの、私に作り方教えてください!是非」
 蘭がきらきらした目でアイリーンを見た。
 お菓子作りや料理が得意な蘭は是非こつを教えて欲しかった。つい美味しいものを食べるとレシピが知りたくなるのだ。自身で家族のご飯を作るからだろう。母親は弁護士として多忙である上、料理下手だった。味が今一歩どころか三歩くらい足りないのだ。
「いいわよ。明日にでも作ってみる?幸いリンゴはあるし」
「はい!お願いします」
 蘭がぺこりと頭を下げた。
「じゃあ、私も教えてもらおうかな。本当は食べる専門だけど」
 園子が茶目っ気たっぷりに、唇に指を当てる。
「ソノコは食べるのが専門なの?食べることが好き?」
「もちろんですとも!美味しいもの、大好きです!」
 きっぱりと返事をした園子をアイリーンはにこりと微笑んで、それでもいいわねと頷いた。
「料理は出来た方が楽だけど、美味しく食べてくれる人がいてこそ腕を振るおうと思うものよ。私もロバートに食べてもらうのが好きだったの。あの人何でも美味しいって言ってくれて。ただ、何でもいいって言うものだから、本当かしらって思ったわ。でもね、実は苦手なものだってあったの。後で、実はピクルスが食べられないって本音をちらりと漏らした時は笑ってしまったわ」
「へー、そうなんですか。ピクルスか。……実は可愛いって思ったりしました?」
 にやりと笑って園子が聞くと、アイリーンも満面の笑みを浮かべた。
「思ったわ。ロバートって背も高くて体格もいいのよ。スポーツもやっているから筋肉もあるのに、ピクルスが駄目で、情けなさそうな顔で告白するのよ。これが笑わないでいられるものですか!」
 うふふと忍び笑うアイリーンに園子も蘭もお腹を抱えて笑った。
 
「苦手なものって、他人から見るとおかしいですよね。何でこんなものがって思うの。新一君、レーズン苦手だったわよね。あの顔で」
「そうそう。よりによってレーズンね。ほかのものはいいらしい。園子はないね、好き嫌い」
「何でも美味しく頂けるわ!蘭は納豆がだめね」
「まあね、ちょっと口にあわないのよ」
 毛利家では納豆は食卓に並ばないのだ。蘭も母親の英里も納豆を食べている姿を見たくないくらい苦手だ。おかげで、父親である小五郎は自宅では食べられないので飲み屋で食べている。
「アイリーンはないんですか?」
「私?特別思い浮かばないわね。イギリスとアメリカでは食文化も多少違うから戸惑った部分はあるけど」
 首を傾げアイリーンは思案して答えた。園子も蘭もうんうんと同意をこめて頷いた。
「あるでしょうね。国が違えば」
「そうだよね、だって私達だってアジアの食文化で苦手な味とかあるし。国によってはこんなの食べるのって信じられないモノもあるよね!」
「あるわね。すっごいの!さすがにムシは食べられない」
 よくテレビ番組で見る、下手物は遠慮したいのが人情だ。
「あれはムリでしょう。生きているの食べたりするじゃない。貴重なたんぱく源といわれても、無理だよ」
 想像して、二人で乾いた笑みを浮かべた。
 絶対、無理である。
 
「ところで、話は変わるけど、あなた達四人はとても仲がいいわよね。友人とはいっても、特別な感じがするわ」
 疑問に思っていたアイリーンはいい機会だと聞いてみた。
 聞いたら四人のうち誰でも答えてくれるだろうとは思ってはいたが、たまたま言い出す機会がなかったのだ。
「私たち、幼なじみというのが一番近いと思います」
 蘭が笑って簡潔に答えた。
「幼なじみ?そうなの……」
 ああ、だからこれほど気心知れていて仲がいいのだとアイリーンは納得する。
「ええ。ずっと側にいた訳ではないけれど、小さな頃から休みの度に会って遊んでいたから。親同士が知人の関係で、私達は会っていたんです。新一君とキッド、私と蘭は割に近くに住んでいました。私達は日本にいて、彼らがいる国へと毎回遊びに行くのです。だから、たとえ、遠い場所に住んでいても幼なじみなんです」
 園子が詳しく説明した。
「そうなの。いいわね」
 慈愛のこもった笑みでアイリーンが二人を見る。
「はい。すてきな出逢いだったと思います」
「もう、切っても切れないわね」
 これを友情というのか、腐れ縁というのか。それとも家族だと認識すればいいのか。
 幼い頃出会った人外魔境。今でもあの時を衝撃は忘れていない。いろいろあったけど、結局見守るしかない。
 
「こんなお婆さんだけど、私も仲間にいれて欲しいわねえ」
 くすくす笑いながらアイリーンが言うと、園子が断言した。
「もう、仲間だと思ってますよ。年上に失礼ですけど。それに、アイリーンはお婆さんではありませんから!」
「そうそう。こんな綺麗なお婆さんはいません!」
 蘭も力説する。
「ありがとう。二人ともいいコね。もうお友達なら、また遊びに来てね?約束よ」
 学生である彼らが忙しいことはわかっている。どこかに遊びに行くとしても他にも友人がいるだろう。でも、それがわかっていてもアイリーンは願いたいと思ってしまった。
「はい。今度はローズフェスティバルがある6月に。さすがに高校生だと6月に休みはないけど、大学生にでもなれば多少自由が利くから」
「そうね。大学なら6月はテストもないだろうし。平気でしょ?新一とキッドも誘えば、一発だろうし。うん、問題なし」
「ないない。第一あの二人の頭脳なら多少授業休んでも困ることなんてないよ」
「ということで、またお邪魔します」
 二人は阿吽の呼吸で話を進めて、アイリーンににこりと笑った。
 アイリーンは、ええと心から笑い返した。
 
 
 

 
 



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