「Colors」2ー9







「お天気がいいから、バラ園へ行きましょう」

 上機嫌で誘うアイリーンに否と言える人間などいなかった。
 女性陣は元々乗り気だから新一が依頼をの手を休めれば問題はないのだ。
 
 クロードに車で送ってもらい、五人はバラ園へやってきた。
「広いでしょう?ここはバラ園だけど、国際バラ試験場なのよ。七千株、五百六十種のバラがあるというわ。4.5エーカーの敷地には屋外コンサート場もあるし、公園内の特別区域を借りて結婚式をあげることもできるのよ?花の盛りにはウェディングドレスを着た花嫁がバラに囲まれて写真に写っているわ」
 ポートランドで「Rose Garden」は他にも3つほどの小規模な庭園があるが、ここは全米で最初に作られ、今も最大規模を誇るバラ試験場である。
 NBAブレーザーズのホームアリーナもローズガーデンというくらいバラにあふれた街である。
 ちなみに、1エーカーは約0.4ヘクタールとなるため、1.8ヘクタールほどだ。
 
「へー、ロマンチック」
「バラに囲まれて挙式かー。乙女の夢よね」
 自分のウェディングドレス姿を想像したのか、蘭と園子はうっとりと手をあわせて目を閉じる。
 日本にもガーデンウェディングというものはあるが、所詮それように整えられたものだ。本物には敵わないだろう。鈴木家の庭園がどんなに美しく広大でも、国、気候が違えば雰囲気や育つ植物が違うものだ。
「ええ。ここで生まれて育ったものにはあこがれなのよ」
 地元を愛する人々が住む街。彼らはこのポートランドを心から愛している。
「見て、まだ咲いているわね。盛りは過ぎたけど、多少は花が咲いていてよかったわ!」 園内をざっと見てアリーンは喜ぶ。バラの時期はずれているが、緑濃い葉が茂る中所々バラの花が咲いていた。
 こっちよ、とアイリーンに案内されて小道を進む。
 
「あ、これ小振りなんだ。かわいい」
 蘭が足下にある花を見つけ、しゃがむと黄色の花弁にふれる。小さな花は花弁の先が丸くてとても愛らしい。蘭はくんくんと香りを嗅ぐ。弱いが甘い香りが鼻をかすめる。
「これも、すてきよ」
 園子がアーチに巻き付いている蔓バラを指さした。ピンク色の可憐な花だ。一重で花びらがひらひら波打っている。
 思わず、昔の野バラはこんな感じのはずと園子は思った。ついつい、シューベルトの「野薔薇」が頭の中をかすめていく。もちろん日本語の歌詞だ。
「……さすが試験場、いろんな種類があるなー」
 新一はバラの美しさというより種類に興味を引かれていた。
 試験場というからには、世界中の珍しいバラの株を集め栽培し、品種改良をしているのだろう。ヨーロッパはバラの品種改良が盛んだ。日本にも日々品種改良に勤しみ、品評会へと出品する職人がいる。バラは世界で愛されているから昔から愛で、より楽しむために品種を増やしてきた。
 新一はそんなことを考えながら、みてわまる。
「この品種、欲しいですね。今度探してみましょうか」
 キッドが、一つのバラの前で興味深く眺める。
 三輪しか咲いていないが、ハイブリッド・ティローズといわれる大輪の種類であるとキッドにはわかる。
 純白で剣弁高芯咲きであるため、マジックで人に捧げると目を引く一品である。
 キッドの家には小さいながらもバラ園がある。父親に必要であり母親が趣味にしたバラ園だ。常日頃は母親が、いない場合はキッドが、それでも留守の場合は近所に住む父の古い知人が面倒をみてくれることになっている。趣味が高じて珍しいものも購入して栽培しているため、小さいのに種類が豊富だ。
 そんな理由でキッドはバラの品種や栽培ついて詳しい。
 
 時々、花が咲いている場所で止まってアイリーンの説明やキッドの話を聞くため、花が少なくても皆楽しめた。
 アイリーンの後を付いて歩きながら園内を回るが、本当に広い。
 四人はそう実感した。
 
「そろそろお茶にしましょうか?そうねえ、少し歩いてどこかに入りましょう」
 バラ園はダウンタウンから10分ほどの場所にある。道なりにはローズグッズの店がいくつも並んでいる。
「そうですね」
「そうしましょうか」
 蘭も園子もにこやかに頷いた。新一とキッドも否やはないから、もちろんと言って従う。
 バラ園を後にして、街を歩く。
 途中で見つけたコーヒーショップに五人は入った。珈琲やカフェオレ、ハーブティを注文をして人心地付く。
 たいして歩いていないが、椅子に座るとほっとする。
 
「それにしても、バラ園、よかったわ!満開に見たい」
「ほんとだよねー。バラに囲まれた花嫁さん、見てみたい」
 園子と蘭がうっとりとあこがれを込めて、顔をあわせてにこりと笑いあう。
「そうね。今度は、バラの見頃に来て欲しいわ。最盛期のバラは見応えがあるもの。6月に、ローズフェスティバルが行われるし。一ヶ月かけてイベントが目白押しで、すっごく、楽しいのよ!街中でお祝いして!ポートランドの市民は毎年楽しみにしているんだから」
 アイリーンの熱い説明に蘭と園子が興味津々と目を輝かせる。
「イベントは数あれど、目玉はグランド・フローラル・パレードね。色とりどりの花で飾られた山車(フロート)がパレードするの。マーチングバンドも山車の間に入って、地元だけでなく各地から参加するの。山車は皆で毎年作るの。ボランティアやスタッフが共同で山車を作るけれど、目に見える部分は花、実、種、葉という植物で作るの。賑やかよ」
 一度切って、アイリーンは話し続ける。

「パレードではローズクイーンが山車に乗って手を振って花を添えるんだけど、そのローズクイーンとうのは、毎年女子高生が選ばれるのね。そもそも、1907年にローズフェスティバルが始まった時、参加高校の3年生からナンバーワンの女子高生を選んだの。彼女達をローズプリンセスと呼ぶ訳。当時ポートランドには公立私立あわせてもほんの13校しかなくて、その13人から一人を選んでローズクイーンとしたの。それが100年近くも続いていて、現在はポートランド市内に公立だけでも50校以上あるというのに、いまだに13校のみがローズプリンセスを選出する権利を持っているのよ?」
「ええ?ほんとですか?」
「そう。歴史というか伝統ね」
「それってミスコンみたいなものですか?」
「昔は容姿が条件だったかもしれないけど、今は成績優秀であったりボランティア活動をしていたり、いろんな事が選考基準みたいね」
「ほーう」
 園子が大きく相づちをうつ。
 女性であるから、気になるところだ。
「日本ではないよねー。うちの高校なら何でもやっちゃうけど、問題ありそう」
「あるね。美人が多い学校だから」
 紛れもない事実である。
 頭もよく、見目もいい生徒が多いのだ。帝丹学園は。
 もし地域でそんなイベントがあったら帝丹学園の生徒が連続して選ばれる。それはイベントの意味がない。たとえば学園祭で行ったとして、盛り上がることは間違いないが、それを取り仕切る四季会は、多忙過ぎてこれ以上の負担はいらない。第一、四季会メンバーが選ばることも多々ありそうである。四季会メンバーを除外したらしたで、暴動が起きそうだ。特に今代は美貌の主がいるせいで。
 短時間でざっと計算して園子はその案を却下した。
「やっぱり、ここだからこそですね。伝統や文化の違い。ほんとに、実物を見てみたいわ」
「ええ。今度は6月に来てね」
 さっぱりとした園子に、アイリーンが誘う。
「はい!是非」
 元気のよい返事にアイリーンはくすくすと笑う。
「他にも、スターライト・パレードという夜のパレードがあるし。バラの品評会にジュニアのローズクイーンもあるし、カーレース、スキーレースとか山で行われるものもあって。一ヶ月も続くから、見るものはたっぷりあるわ!」
 女性陣の会話を黙って聞いていた新一が、一瞬会話が途切れた瞬間に質問する。
「ご主人との想い出は?」
 アイリーンが新一に視線をあわせ目をぱちぱちと瞬いてから口を開いた。
「そうね、毎年一緒にパレードを見ていたわ。山車作りもボランティアで参加した事があるし、なかなか楽しかった。自分が手伝った山車がパレードしてると感動するもの。バラの花を提供した事もあるわね」
 思い出を胸にアイリーンが懐かしそうな表情を浮かべ話し出す。
「私はバラ園が大好きだし、自分でもバラ園には拘っているから、一緒につきあってくれて、時々バラの世話をしてくれたわ。優しい人だから……」
 バラを上手に咲かせるのは難しい。手間暇がかかる。
「スポーツが好きな人だから、カーレースを見に行った。港に船を見に行くこともあったわね。海や船が好きだから。おかげで私も好きになったわ。……夫婦の趣味って似るのね」
「ほかにはどこにデートに行ったんですか?」
 蘭が話を弾ませるために、口を挟む。新一の意図は理解している。さすが幼なじみだ。
「え?そうねえ。オペラやシンフォニーを聴きに行ったわね。二人とも好きだったから、いろんな演目を見たわ。動物園に遊園地。ポートランドには楽しむ場所がたくさんあるから、出かける場所は尽きなくて、つきあっている時から時間を過ごすことに困らなかった」
「想い出の場所は?」
「よく行ったのはオペラとバラ園。でも、高台から眺める街の景色が一番好きよ。故郷を離れてこの街の住人になって過ごしてきたすべてが視界に広がって、もう、ここが私の街になったんだと実感できるから」
 アイリーンは一瞬目を伏せて、微笑んだ。
「幸せだったの。いえ、今でも幸せだわ」
「ステキなご主人だったのですね」
 新一の横で無言を貫いてきたキッドが笑みを浮かべて口を開いた。
「ええ!私はロバートと結婚して一緒に暮らして幸せなの」
「……アイリーンから見て、ロバート氏はどんな人でした?どんなところ好きでした?」
 新一の質問に、アイリーンは笑顔になった。
「優しくて、暖かくて、自分に厳しいの。でも、熱くなる時もあるのよ。応援しているレースを見ている時なんて手に汗握ってるし。優勝した時は、やった!と飛び上がるの。仕事の愚痴を言わない人だったわね。少しくらいこぼしてもいいと思うのに、そういうの格好悪いって思っているのね。……誠実な人で、遠距離にいた時も手紙を欠かさずくれる人だった。父親に反対されている時も、何度も理解してもらおうと話をしたし。私には最高の人ね」
「そうですか。ありがとうございます。また、たくさんロバート氏のお話を聞かせて下さい。のろけでも結構ですから」
 新一は優しい笑みでアイリーンにウインクした。
「あら、ありがとう。のろけ、たっぷりよ」
「大歓迎ですよ」
 新一は頷いた。
 
 
 
 
 



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