「Colors」2ー5







「やっと、終わったわね!」

 園子が両腕を組んで上に伸ばすと、ぼきぼきと音が鳴った。
「鳴っているよ、園子!」
 くすくす笑って蘭自身も首を回した。園子ほどではないが、ぼきぼきと音が鳴って目を瞬かせる。
「人のこと言えないわよ、蘭」
「ほんとね」
 二人は顔を見合わせておかしそうに笑いあった。
 先ほど終業式が終わったばかりだ。体育館で、全校生徒が集まり校長の話と生活指導の話を拝聴した後、四季会メンバーが夏休みの過ごし方、注意点、休み明けについてなど注意点を語った。マイクをもって話したのは、もちろん園子だ。こういった場合園子が役割を担う。原稿は皆が分担した。
 夏休みの過ごし方、つまり生活の仕方は新一。部活動の注意点は蘭。登校日と休み明けのテストや秋の行事についてがキッドだ。
「おまえら、なんちゅう身体してんだ……」
 紅茶をいれたカップをキッドと二人運んできた新一が、ふうとため息をこぼす。
 まだ、若のに。
 うら若い花の高校2年生の女子生徒なのに。
「疲れたのよ。目まぐるしかったじゃない!」
「……あのな、秋には学園祭があるんだぞ?交流会なんて目じゃねえ」
「わかってるわよ、それくらい。少しくらいいいじゃない。今だけくらい倒れても」
 園子はそうって机に突っ伏す。新一は肩を落として、息を吐いた。
「明日から夏休みですから、多少はいいでしょう。新一も今日くらいはリラックスして、四季会としての責任を肩から下ろしてもいいと思いますよ。それに、夏休み中は四季会はノータッチですし」
 長期の休み、四季会は機能を停止する。
 まさか休みの間中、学校に来て備えることなど不可能だ。四季会は責任あるものだが、強制力はない。四季会メンバーも休みは休むのだ。そうでなければ、誰もわざわざ雑用が多い仕事など引き受けない。
「……そうだな」
 穏やかに諭すキッドに新一も頷いた。
 思わず、駆け足で過ごした4月から7月が脳裏を過ぎる。
 なんとなく沈黙が降り立った室内に、園子の声が響いた。
「あ、そういえば、夏休みどうする?今年、どこに行く?蘭の試合が終わったら」
 昨年も蘭の全国大会へ応援に行って、その後すぐに海外に遊びに行った。暑いから涼しいところがいいな、と北欧へ向かったのだ。そこから移動してドイツまで行き、その地でいろいろあったのだが、いろいろは普段は思い出さないことにしている。
「俺、ちょっと依頼が入っている」
 新一が申告した。
「え?そうなの?それっていつ終わるの?今年は一緒に遊べないの?」
「うーん。どうだろうな。期限は最大で、夏休みが終わるまでか?」
 新一は頭をひねった。
「どこ?新一」
「アメリカ、オレゴン州」
 蘭の質問に新一は即答する。
「なら、新一君が行く側で観光でもしようか?終わったら合流すればいいしさ。あ、キッドは連れて行きなよ」
「そうそう。キッドは一緒がいいね。というか、必ず一緒にいるべきね。新一の安全のために」
「身の安全と健康状態向上のために!」
 園子と蘭は、まくしたてた。新一一人で行動させた場合、とても危ない。傾国の美貌は世界共通なのだから。うっかり惚れたり、犯罪沙汰になる可能性は捨てきれない。否、普通にあるだろう。新一自身が押し倒されても相手をぶっ飛ばす脚を持っているから、被害は少ないが。
「……キッドね。あのな、おまえらも一緒に来ないか?」
「え?いいの?」
「いい。賑やかな方が多分いいんだ。依頼人の夫人は半年くらい前に夫を亡くしている。だから、話し相手になってくれないか?やっぱり女同士でないと出来ないことってあるだろ?蘭と園子がいた方が、絶対に喜ばれるからさ」
 新一は自身で納得しながら、二人を誘った。
「それなら、いいけど?」
「うん」
「キッドもな」
 是の返事に新一は当然のようにキッドへ振った。
「はい」
 新一とともにあることをキッドが否定するなど天地がひっくり返ってもあり得ない。キッドは嬉しそうに笑った。
 
 新一は探偵である。だが、公に知られることはない。人の紹介のみで請け負う探偵だ。
 だから、どれだけ優秀であろうとも一般から依頼が舞い込むことはない。両親や、知人、元依頼人の紹介で新一は依頼人に会い話を聞き受けるかどうか決める。
 
 以前は、至急の依頼も受けたが現在は長期の休みに限っている。ただの学生なら最悪授業を休んでも依頼をこなすことができたが、現在は四季会メンバーであるため自重しているのだ。
 責任ある仕事を引き受けている自覚はあるため、平常勝手に探偵はしない。
 例外は、身内だけだ。両親に幼なじみの彼らに何かあったら新一は動く。ただ、両親は心配していない。一癖も二癖もある父親がどうにかするだろう。
 それに今回の依頼は父親の紹介だ。
 至急な事柄なら現在アメリカにいる父親が駆けつけて解決しているだろう。そうでなくとも時間に余裕があるなら、締め切りの合間に行けばいい。
 だが、父親は新一に紹介した。
 おまえの方がいいのだよ、お前でなければいけない。私では駄目だから。そう父親は意味深に笑っていた。
 どんな理由があるかわからないが、引き受けたからには全力を尽くす。それが新一の信条だ。
 
「蘭の全国大会が終わったらすぐに経つから、用意しておけよ。場所や連絡先は今度持ってくる。親に言っておいてくれ」
「了解!」
「うちも喜んで送り出してくれるわ」
「私もですね。どうせ、母親は夏休み中父親のところですし」
 新一の誘いに、三人とも即答する。
 毎年のことである。彼らは帝丹学園へ通う前から長期の休みに顔をあわせ共に過ごしてきた。
 だから、親たちも理解がある。
 折角の休みでも、多忙で子供に構えない事が多々ある両親ばかりだ。子供たちが集うことに否やはない。
「うーん、今年は多分馬に乗れるな。期待していいぞ」
 依頼を果たす必要があるというのに、新一は楽しそうに請け負った。
 
 
 
 

「がんばれ!蘭」
 園子が叫ぶ。
 空手道全国大会の決勝だ。
 蘭は強かった。全身から意気込みが漲っていた。
 剛い眼差しは相手を見据えている。ぎゅうと帯を締め直し、一度目を閉じて瞼をあげた蘭はすでに集中していた。
「蘭!信じろ」
 新一も声を上げる。
 信じるのは、自分だ。ここまでやってきた己の力を信じれば、必ず蘭は力を発揮できるだろう。勝負は時の運だ。それを引き寄せるには、自分で自分を信じるしかない。
「蘭さん!」
 キッドも拳を握りながら名前を呼ぶ。
 三人は客席の一番前、蘭のすぐ側に陣取っていた。
 すでに彼らは蘭の幼なじみとしてファンから認識されているため、嫉妬を向けられることもない。
 
 彼らを囲むようにして、全国から集まった女子生徒が鈴なりだ。空手という人気があるとは言い難い競技であるのに、客席は見事に埋まっている。
 空手をやっている人間は真剣に試合を見つめ、ファンの人間はうっとりと目をハートにしながらも一挙手一投足を見逃さないように見つめている。
 
 ファンのマナーは予想したほど酷くはなかった。
 抜け駆け禁止でも決まっているのだろうか。自分も空手をやっていて全国大会に出場する強者や、地方での実力者が、率先してガードしていた。猛者相手に一般のファンも喧嘩を売るような愚かなことはしなかった。
 おかげで、彼ら三人はそれほど苦労はなかった。試合以外の空いた時間、蘭のガードはもちろんしていたが。
 ついでにプレゼント攻撃も避けた。
 全く受け取らないというのも問題なので、高価でないもの、名前のあるものという条件を付けて、彼らが窓口となった。蘭が直接受け取るとなると際限がなくなるし、それに時間を取られるなんて本末転倒だ。蘭は試合のことだけを考えてほしいのが彼らの願いだったから。
 
 
 緊迫した雰囲気の中、はじめの合図がされた。
 
 蘭が瞬時に攻撃へ出る。技を繰り出すのを見切っていたように相手は避けて無駄な動きなく避け一歩下がる。
 さすが決勝戦だ。今までの試合とは違う。
 相手からの蹴りを避ける蘭。自分からも突きを繰り出す。そして足を振り上げ連続技にする。
 だが、それを相手が避ける。早い。
 はあ、と気合いを入れ蘭が素早く走り寄りジャンプして脚を蹴り上げる。ひざけりだ。腹部を狙った技を、相手は俊敏に動き横に避ける。合間に拳を次から次ぎへと繰り出しそれを避ける瞬間に足技を掛ける。
 目にも留まらぬ早さだ。
 相手もある程度予測していたようだが、いくつかは決まった。
 反撃に出ようとする相手から蘭はすっと離れて間合いを取る。
 攻防は激しい。
 
 皆、固唾を飲んで見守っている。
 僅かな音でも迷惑になるだろうほど真剣な眼差しと切れるような雰囲気が漂っているため、かけ声も控えている。
 
 そして、蘭が仕掛けた。
 あっという間に相手の懐に入り、反撃に隙を与えず蹴りを決めた。
 
 審判が蘭の勝利を告げた。ついに優勝だ。
 歓声が観客からも沸き起こり、おめでとうとお祝いが掛けられる。
 蘭は充実感いっぱいで、満足そうに笑った。
 
 観客にいた三人も抱き合って喜んでいた。
 よかった。蘭はやったよ。そう言い合いながら笑顔で蘭に手を振る。蘭も三人にひらりと手を振り返す。
 今日は祝杯を上げよう。そう決めた。
 蘭が優勝した日に互いに飲まないでどうすると園子が思っていたのだが、新一とキッドは今日は仕方がないなと心中で思っていた。酒癖が悪い二人だ。その被害を受ける男性陣は諦めた。
 
 もちろん、優勝おめでとう!と銘打った飲み会は園子が手配したホテルの一室で行われた。未成年だろうというつっこみを入れるものは残念ながらいなかった。
 
 
 
 
 
 



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