「さて、七夕祭りをこれより開始します!」 園子が舞台中央で、片手を上げ歯切れよく宣言した。それにあわせて、全校生徒が拍手する。 7月7日は七夕だ。帝丹学園でもそれにあわせて行事がある。 「七夕が今の形になるまでには、いろいろあって諸説があります。が、ここでは一般的な伝説を語りましょう。織姫は天帝の娘で機織りの上手な働き者の娘でした。夏彦……彦星、牽牛と呼ばれる青年もまた働き者で天帝は二人の結婚を認めました。夫婦となった二人はその生活が楽しくて、織姫は機を織らなくなり、夏彦は牛を追わなくなりました。これが天帝の怒りにふれ、二人を天の川を隔て引き離しました。が、年に一度7月7日だけあうことをゆるし、どこからかやってきたカササギが橋を架けてくれ二人は会うことができました。しかし、雨が降ると天の川の水が増し織姫は川を渡ることができずあうことが叶いません。この日に降る雨は催涙雨と呼ばれています。織姫、夏彦が流す涙と言われているのです」 園子は一度言葉を切る。 「幸い今日は晴れです。夜空にこと座のベガ、わし座のアルタイルが輝くでしょう。たまには、夜そっと空を見上げてみて下さい。星のささやきが聞こえてくるはずです」 園子の語りかけに、ほうとため息が漏れる。 この原稿は新一が作った。 簡単にわかりやすい導入部として書いた。本来ならもっと説明すべきことは長いのだが割愛した。 それを巧くスピーチするのが園子の腕だ。 「前置きが長くなりましたが、そんな七夕です。折角なので存分に楽しんで下さい。いろいろ出し物を用意していますから!」 園子の隣にはキッドがいる。だが、口を開くことはない。無駄なことは叩かないのだ。何事も役割分担が存在する。 「では、我が高校が誇る織姫と彦星に登場していただきましょう」 にこりと笑って園子が舞台袖に片手を向ける。 皆が興味津々と視線を向けると、きらびやかな衣装に身を包んだ男女が歩いてきた。二人は、織姫、彦星に扮している。 織姫は、黄緑色の上衣にスカートのようで裙は深い朱色。帯紐を腰で縛って自然に垂らし、腕には桜色の領巾をまといつかせている。 黒髪を左右に編み込んで二十にまるめて結い髪飾りの釵子をつける。耳元には鈴が付いて輪の飾りが動く度にしゃらしゃらと涼やかな音を立てる。 白い顔に目元は少し艶やかな色合いを乗せ、けぶるような睫毛に星の煌めきを詰め込んだ蒼い瞳が輝いている。 彦星は、水色の上衣に濃紺のズボンのようなものを履き、腰には金の縁取りのある帯を巻き垂らしている。足下には黒い沓。細身の身体にゆったりとまとった衣装は瑞々しさがある。 長い髪は首の後ろで一つに縛り、白い紐でくくっている。 端正な顔に涼やかな目元、匂い立ちような凛々しさあった。 わっと、歓声が上がる。 もちろん全校生徒は誰が扮しているか一目で理解した。 なんと、麗しい姿だろう。 宮様の織姫!桜の上の彦星!眼福! 心は一つになった。 彦星扮する蘭は、そっと手を掲げて織姫扮する新一の白い手を取る。ゆったりと雅な雰囲気を漂わせエスコートして舞台中央までやってくると、講堂中から拍手喝采があがった。 熱気が会場を包む。 「では、二人に短冊を付けてもらいます。どうぞ」 微笑む園子の誘導で、新一と蘭は願い事が書いた短冊を舞台横に置かれている笹に吊す。 織姫、彦星が短冊をつるすとうデモンストレーションが大事なのだ。 「一言、いただきましょう。まず彦星」 園子が蘭にマイクを向ける。 「今宵は織姫と会うことができるでしょう、とても幸せです。皆さんも、恋人や家族と素晴らしい夜を過ごして下さい」 蘭は微笑みながら彦星に成りきる。 「では、織姫」 反対側からキッドが新一にマイクを向けた。 「私も彦星さまと会うのが今から楽しみです。これも、皆さんが笹に願いを書いて祝ってくれたおかげでしょう。ありがとうございます。その願いが是非叶いますように。私も、天の川で祈りを捧げようと思います」 新一も蘭同様になりきって応える。浮かべた笑みはまさしく織姫だ。天帝の娘だ。 「ありがとうございます。それでは、次に移りましょう。まずはコーラス部からです。どうぞ!」 園子がそう促して舞台から袖にさっさと下がる。キッドも、手を繋いだ蘭と新一も急ぎつつも美しく移動する。 コーラス部、吹奏楽部が七夕に関連した演奏をする。 天文学部は図を見せながら星の話をいくつかして、最後に奇術師同好会が簡単なマジックを見せた。 最後に、四季会メンバーから終了の挨拶をして無事に七夕祭りは終わった。 が、実はこの後が問題だった。学園中が歓喜の渦に巻き込まれたのだ。七夕祭りが終わると同時に写真部から通達がなされた。 四季会の新作発表だ。待ちに待った四人全員の新作だ。 それも、想像もできないとんでもない代物だった。見本を見た生徒は絶句して頬を染め呆然とした。破壊力ありまくりの写真だった。 四季会四人の制服姿。極々普通だが、元がいいと素晴らしいことこの上ない。屋外や室内など場所がいくつか種類がある。 そして、大問題なのだ男女逆転の写真だ。 園子と蘭が男子の制服を身につけ、新一とキッドが女子の制服を着ている。 性別逆の制服を着ているだけではない。しっかりと扮装しているのだ。知らない他校の人間が見たら園子と蘭は格好いい男子生徒にしか見えないだろう。ちょっとアイドル系とか、モデル系ばりのいい男だ。 新一とキッドは完全完璧に美少女と美女だった。 誰も性別を疑わないだろう。騙される。うっかり惚れる可能性大。 第一、新一は「宮様」とか「帝丹の姫君」「蒼い女王様」(ブルー・クイン)「蒼穹の宮」「傾国の君」と呼ばれるほどの美貌の人だ。美少女になっても不思議ではない。反対に大いに納得できる。が、キッドは大打撃だった。想像を覆す出来事だった。なぜ長身で元々端正なハンサムが美女になるのだ?奇術師だから?そんなのあり得ないだろう。 疑問が渦をなしても、事実が目の前にある。美女にしか見えない魔術師。魔術師というより詐欺師だ。 先ほど見たばかりの織姫、彦星の艶姿もある。事前に撮ってあったのかと用意周到さに舌を巻く。が、歓迎するしかないではないか! 生徒は写真部に詰めかけた。 その騒動を事前に予想していた写真部は、大量の写真を売りさばいた。3列に並ばせ見本をいくつも作り待っている間に見てもらい購入する写真を決めておいてもらう。長い行列だから、見本も10冊作ってある。 無駄を省くために、新刊セットというものも作った。 全部の写真を買う、大人買い。帝丹制服セット、男女逆艶姿セット、七夕セット。個人のセットもある。春、夏、秋、冬とセット名が簡単に付いている。 高額なセットが飛ぶように売れたことはいうまでもない。 その騒動を視線に捕らえつつ、四季会メンバーは四季会室で休憩していた。 着替えた新一が紅茶をいれている。 今日は奮発して、とある農園のダージリン。かなり高価で手に入れるのは難しい逸品だ。 ちなみに、ご褒美だよなーと、新一自身は思っている。 「お疲れさま」 そう言って皆の前にカップを置く。豊かな香りがふわりと立ち上がって、肩から知らず入っていた力が抜け、疲れがすっと取れる。 「ありがとう、新一」 「新一君、ありがとう、美味しそう」 「新一もお疲れさまです。さあ、休みましょう」 「ああ」 それぞれ感謝の言葉を受け取って新一も腰を下ろす。そして、香りと爽やかな味を楽しんで紅茶を飲む。三人もカップに口を付けて味わった。 「やっと終わったな」 大きなため息が自然に漏れる。 「ええ。ほんとに、写真部は元気ですね」 四季会メンバーでさえやることが多々あって疲れるというのに、今回の写真部は現時点で多忙を極めている。ついでに、これからもしばらく続くだろう。 それが活動の神髄とはいえ、ここのところの写真部は大車輪である。 中間考査が終わったと同時、24日に通常の制服姿の撮影をして、即刻現像して検閲にやってきた。そして、土曜日27日には男女逆転での撮影。内密のため、写真部も内々に準備を進め当日を迎えた。撮影は順調に進み、日曜日を挟み月曜日にはできあがった写真を検閲に来た。そして、四季会で七夕用の衣装あわせをした翌日7月2日には織姫、彦星の撮影に挑みその翌日検閲。すべての検閲を終えて土日で大量にプリントする作業を終えた。 写真部総勢、14名一丸となって働いたらしい。 今年の写真部は三年生、3人。二年生、4人。一年生、7人だが、フル稼働だ。 「好きなことをやる分には疲れがふっとぶらしいぞ?そう言っていたし」 新田が最後の検閲にやってきた時、新一が思わず大丈夫なのか?と聞いたら充実感たっぷりの顔で、楽しんでますから大丈夫ですよと答えた。 「私たちも日々やることは尽きませんが、写真部も尽きませんよねー。いくらでもさぼれるのに、一切妥協しないし」 くすくすと笑いキッドはその真面目な姿勢を誉めた。 活発に活動しているのは自由であり、義務ではない。適当に写真を撮るだけでも部活動は成り立つが、そうしないのは部長の信念とこれまでの実績によるものであろう。帝丹学園の歴史ある写真部の活動をここで途切れさせる訳にはいかないと部長以下思っているのだろう。 「さすが、帝丹が誇る写真部よね〜。写真の出来もいいし」 園子も小さく笑って、手元にある写真を一枚ぴらりと指で挟んで振った。 そこにあるのは、七夕用の写真だ。織姫、彦星二人が仲良く手を取り合って写っている。今回一連の写真はすべて四季会に提出されている。大々的に四季会がバックアップした企画であるし、四季会のみの写真だからだ。要望があれば、個人的に写真部は必要な枚数だけ写真を献上するだろうが。 「七夕用、時間なかったのに、出来いいね。ほんと、執念を感じるわ」 蘭も写真の束から一枚抜き出して、じっくりと観察する。 園子が鈴木財閥の力を使ってアパレル部門に作らせた衣装が出来上がってきた当日、新一と蘭はすぐに試着した。サイズはわかっていても微調整がある。髪型、メイクいろいろ加味しなくてはならない。 衣装自体は、さすが鈴木財閥が作ったもの。素晴らしい出来映えだった。 織姫の衣装は、奈良・平安時代の女性の礼服を元にしてデザインされた。設定が天帝の娘だから、きらびやかにしても問題ない。 ただ、髪型だけは同じようにするのに難点があった。頭上で二つに結い上げるスタイルは難しい上、新一には似合わないし織姫のイメージでもない。 結局、横で結って巻き付けて髪飾りで留めることにした。 彦星は、仕事が牛追いである。 当然、一般人の地味な衣装である。だが、生徒に夢を見せることに必要性をおいて、青系の綺麗な色合いにした。シンプルでひらひらしていないデザインは蘭によく似合う。 講堂で舞台を見る生徒達にはわからなかっただろうが、実は二人はお揃いの腕輪をしていた。夫婦だから安易に指輪にはせず、腕輪にした。銀色の輪で石が一つはめ込まれている。 写真にはそれが写り込んでいて、見て気づいた人間は細かい設定ににやりとするだろう。 衣装あわせや細かい点を決めて、直しがいらないことが判明した翌日の7月2日、放課後写真部は四季会室へ撮影にやってきた。新田とレフバン要員として荒垣の二名という少数精鋭である。そして、短時間でてきぱきと撮影をこなして辞していった。 まさに早業だった。放課後であるため、時間が限られていたのだ。 彼らはその足で現像したのだろう。そうでなければ、翌日検閲は無理だ。 「腕は確かってことだろ?今期の部長は期待できる」 主な部と全面的に協力体制でいけるのが望ましい。特に写真部の販売する写真は人気のバロメーターだ。四季会は全校生徒から注目を集めているから一番売り上げに貢献する存在だ。プライバシーを尊重しつつ、学園も盛り上げるために、写真部には活躍してもらいたいのが、本音だ。 「使えるから、新田くん」 部長の新田は、注文が多い園子からしてもまずまずの人材だ。 「まあ、これでしばらく四季会メンバーの写真には事欠かないでしょ。次は夏休みの部活や試合を追いかけるから……今年はどこに行くんだろうね」 学園の行事は残り三者面談がある。これから3日間行われるのだが、そこで成績や生活態度の話をして進路についても相談することになっている。一年生ならまだ希望で済むが、三年生ともなると第一から第三希望の大学まで、せめて第三希望には合格できる大学を書かねばならない。それによって、今後の勉強について教師は相談に乗る。 17日に終業式をして18日から夏休みに入る。 当然、夏は大きな大会がある。休みと同時に練習に励むが、すぐそこに試合が迫っているため、夏休みと同時に練習に熱が入る。 写真部は、全国で活躍できると踏んだ生徒や人気がある生徒をピックアップして写真班を作って追う。 部費に余裕があれば、遠方で行われる全国大会へだって赴く。 写真で稼いだお金は、カメラなどの必要経費と撮影班の旅費に当てられる。 その金で大好きな写真を撮りまくる、本当に、趣味と実益を兼ねている部活だ。 「去年は、北海道まで来たしねー」 全国高校学校空手道選手権大会が去年は北海道で行われた。蘭を追って昨年の部長がやってきた。 他にも優秀な部には全国大会まで付いていった。全国大会ともなれば、日本中だ。近場もあれば、遠方もある。人気のある生徒の写真を撮るためなら、長距離を鈍行に乗ってでも行く根性はすごい。 「今年は、静岡だから近いわね」 「うん。……今年も来てくれるの?」 昨年彼らは蘭の応援に北海道まで行っている。 「当たり前じゃない」 「当然だろ」 「もちろんですよ」 園子、新一、キッドがさも当然と頷く。蘭の応援に行くのは彼らにとって必然だった。 「ありがとう。がんばるわ」 蘭は嬉しそうに笑った。 「ま、写真部の遠征先で今年遠方なのは剣道の神戸だろ。あとは、陸上が仙台、弓道が佐賀。全国レベルがいる部はそんなものだな。蘭の静岡は近いから二人くらい来るかもな。……ああ、でも他校もいるから用心は必要だな」 新一が顎に手を当てて首をひねると園子が顔をあげて力一杯同意した。 「そうなのよ!ファンがね、押し掛けないように今年もガードしないと!知名度あがっているから、危ないのよ」 決して大げさな話ではない。蘭には女性ファンが全国にいた。強くて美人という女性の夢を詰め込んだ存在なのだ。 「今年も去年同様、ガードしましょう。対策も練りましょう」 キッドも参戦する構えだ。 「……任せるわ」 蘭はそう言うしかなかった。幼なじみは頼りになる。そして、心強い。 「おう、任せておけ」 「そうよ。これから練習も厳しいでしょ?今からなるべく時間取りたいだろうから、放課後は部活中心にしてね。仕事は三人でするし」 「心おきなく、部活に参加して下さい。何事も助け合いですよ」 大会までの各部のスケージュールは厳しい。夏休みに入ってから本気で練習するのでは遅い。中間考査が一つの山であるから、それを乗り切ると部活動に励むことができる。三者面談は難関だが、それをクリアすれば、大手を振って夏の大会へまっしぐらとなる。 「ごめんね、忙しいのに」 そろそろ各部長から夏休みの予定表が四季会に提出される。それに目を通してブッキングがないか、一つの部に有利すぎないか見ながら一覧表を作り各部長や顧問に渡しておく。夏休み中四季会はほぼ機能しないからだ。 休み前、四季会は事務作業と打ち合わせに追われる。 「どうにかなるだろう。気にするな!」 「そうそう。蘭だって、誰かが出来ないなら協力するでしょ?」 蘭さんの活躍が一番嬉しいですから」 三者三様の返事に蘭は心から嬉しそうな笑みを浮かべた。 「うん!」 絶対に優勝しようと蘭は決めた。 |