「さて、いよいよ、今日という日がやってきたわね!」 楽しみだわと、園子が素晴らしくイイ笑顔を浮かべる。企んだような人の悪い笑みだ。 それをちろりと見やって、新一とキッド、蘭は少しだけ斜めに視線を飛ばし肩を落とした。 「やるわよ!大変身よ!」 おほほほと高笑いまでする園子を後目に、三人はさっさと着替えることにした。 中間考査が無事に終わるとすぐに、四季会メンバーの撮影会が行われた。 まず、屋外からはじめられた撮影は、あっという間に噂が広がって見物人がうようよ寄ってきた。ただ、撮影の邪魔にならないように、見物人は一定以上近寄ることはなかった。新一のお庭番がそこに立っていたためだ。 宮様に仕えるお庭番は、四季会の予定を元から知っている。お庭番となるには条件が厳しく、その特権を悪用することはない。だから、四季会、新一の予定は決まるとお庭番の長に予定表が渡されメンバーの全員で確認し行動する。 今回は撮影会のフォロー役だ。 花や木々が茂る中庭での撮影班は、写真部部長の新田、二年生の荒垣と新一年生の細川だ。 新田は部長を努めるくらいだ、全般的に巧い。一瞬を切り取り写真に納めること、アイドルのように人物を魅力的に撮ることなど技術もある上にセンスもある。彼が撮る写真が人気があるはずだ。 荒垣は風景写真が得意だ。人物よりも自然や動物を撮ることが元々好きであるため、自然と一緒に人物を撮るならぴか一の腕前だ。だから彼の写真は定評がある。 新一年の細川は今回大抜擢だ。通常四季会の撮影会に入ったばかりの一年生などカメラマンの枠に入ることなどない。が、彼は部長の推薦で3枠に入った。中学時代から写真が好きで趣味で撮っていた細川は、基本ができている上きらりと光るものがあると新田が認めたのだ。 中庭で順調に撮影をしてから、室内に移り四季会室、図書館と場所を変えて撮影は終わった。三人が何十枚も撮ったというのに翌日検閲に新田が現れた時はさすがに皆驚いた。撮影会が終わった後、即刻現像したのだろう。 そして、一般生徒には内密に行われる撮影会がやってきた。 朝から集まった四季会メンバーは準備に入った。もちろん、部屋の外にはお庭番が立っている。用意ができるまで誰も入れるなと言われているのだ。 写真部は部室でカメラなど準備をしている。撮影が可能となったら、連絡が入ることになっているため、それまで待機だ。 「どう?」 自信満々に女王のように顎をそらした園子に、写真部メンバーは絶句した。 予想以上というか想像以上のものがそこに広がっていた。 「……心臓が飛び出そう」 新田が胸を押さえて唸った。荒垣は目と口を丸くしたままでカメラを落とさないだけが根性だった。そして、前回細川と入れ替えで、今回は2年の江上が参加している。江上はぴしりと固まって石のように動かない。それとレフバン兼雑用要員で新1年生が三人付いてきたが、先輩の後ろでやはり固まっていた。 「園子」 園子の横に並んで蘭がたしなめるように呼ぶ。 男子生徒の制服に身を包んでいる園子と蘭は、とても似合っていた。女子生徒がちょっと男子の制服を着ているというものではない。格好いい男子なのだ。元が女子であるから男性とは骨格が違うのに、姿勢がいいせいか背が高く見える。バランスのよい肢体と端正な顔。 園子は左側の前髪をかき上げ、右側の髪をゆるりと下ろしている。下ろした髪は流れるようにカーブを描き艶やかだ。肩に届く長さの髪は首の後ろで縛り、白く細いリボンを結んである。 蘭は前髪の右側を上げてピンで留め左側はさらりと下ろし、長い髪は後ろで一つに縛っている。赤い組み紐でくるくると裾まで巻いてあるため、いつも女性らしい艶やかな髪は影を潜めているが、すっきとした顎のラインが出ていてとても凛々しい。。 二人とも、やや眉を男性的に太めにし彫りの深さを出すためにノーズシャドウを入れている。メイクは極薄く、だが元々の顔かたちを生かした大層格好いい少年になっていた。 実際、制服の上着に肩パットを若干足し、靴も踵の高いものにしたりと細かい部分で工夫されていた。 「いかがですか?」 そして、女装組のインパクトといったら、心臓が飛び出るどころか止まりそうだった。 想像が少し拒否をしたキッドの女子の制服姿は、どこからどうみても美人だった。 背の高いモデルのような立ち姿の美女。癖のある髪は梳かされて右横で結ばれている。そこからエクステだろうか同じ色の髪が伸びている。結んである部分で毛先を遊ばせ、胸元までウェーブがゆるくかかっている。 整えられた眉、少し伏せ気味の瞳、淡い色の頬、艶のある唇。 膝までのスカートからは長く白い脚が伸びている。さすがに生足は避けたようでストッキングを身につけている。が、無駄のない筋肉のある脚は女性的とはいえないが、十分に綺麗な脚である。 「キッド、美人だろ?」 そういってキッドの肩に手をかけ寄り添うに立つ新一に、皆は言葉を失った。 アーチを描く眉に、只でさえ長い睫毛に今日はマスカラが塗られている。ピンクのパールが入ったシャドウが瞼に乗せられ、瞬く度にきらきらと輝く。そのおかげが、一層輝きを増した蒼い瞳が強烈な引力で迫ってくる。唇はうっすらとしたピンク。白磁の肌によく映える無駄のないメイクだ。 膝より少し上のスカートから覗く脚は細く長い。細い首と腰。 新一が首を傾げると、腰までの黒髪がさらりと流れる。 誰が見ても、極上の美少女にしか見えない。常日頃から傾国並の美人であるのに、今日ばかりは即刻誰かに浚われそうな風情が漂っている。 「新一には負けますよ」 傾国の美少女に、にこりと笑いかける美女。 とんてもない世界が広がっていた。 「なにを惚けているの?写真部部長、新田明!」 園子が一喝した。 「はっ!失礼しました。あまりの艶姿にうっかり見ほれてしまいました!このような姿を写真に映せる僥倖を噛みしめます。では、皆の者、準備を!」 「「はい!」」 「ただいま!」 新田のかけ声に、写真部部員は一斉に動き出した。 今回は写真部としても、いろいろ準備をしてきた。商売道具のカメラだけだはなく、レフバン、脚立、背景、小道具などなど。 内密に撮影を行うため、場所は四季会室のみとなるため、変化を付けるためのものが持ち込まれている。 分厚い洋書、ランプ、古い地図、時計。そして、椅子。 「では、最初に全員の集合写真を撮ります。四人並んでポーズをお願いします。背景は、こちらの壁が一番映えるので、そこに!レフバン準備!」 新田は指示を出した。 四人は言われるがまま並んだ。左からキッド、新一、蘭、園子の順番だ。 身体を微妙に寄せて、キッドは新一の肩に手を置き優しく微笑み、新一はキッド側の手を腰にゆるくおき蘭側の手を肩に沿え顎を寄せてくすりと笑む。蘭も新一に寄り添うにして綺麗に笑い、園子は蘭に体重を預けるようにして、顎を挑戦的にそらす。 これ以上、注文も付けようのないポーズだった。 男女逆転してるのに、そこにはいつもの彼らの関係が現れている。新田は、撮りますよ!と声をかけカメラのシャッターを連続して押す。 新田の隣で荒垣も写真を撮る。 二人で撮って時間短縮をはかるのだ。一年生と現在写真を撮っていない江上はレフバンを持って彼らの背後にいる。 そうして、次々に写真を撮って次へと移ることにした。 「えっと、写真の種類ですが、まずバストアップと全身、立ち姿、椅子に座っている姿。これは一人ずつ全員。3種類×4人。それから、男装、女装それぞれ二人のもの1種類、男女カップルのもの4種類。つまり合計6種類。枚数が多いので手分けして撮っていきます!では、園子さまは、バストアップからお願いします。桜の上はその後ろでスタンバイ。宮様は全身、魔術師殿は椅子で。あっと、椅子ですが大と小が選んであります。男装組は小さなもの、女装組は大きいものに座って下さい。家具が小さければ、人間は大きく見えるものです。逆に大きければ人間は小さく、華奢に見えるのです。つまり、錯覚を利用する訳です。これで、かなり違和感なく撮れると思います。何か質問はありますか?」 「ないわ。任せるわ」 新田の説明に園子が満足そうに笑った。 「ええ。写真に関しては私たち素人だもんね〜」 「そうだな」 「はい」 蘭、新一、キッドも同意する。 反対に、今日までにいろいろ練ってきている新田に感心する。 「では、荒垣は立ち姿。江上は椅子。レフバンは分かれて!」 3つに分かれて撮影する予定であったから、3人の一年生が来たのだ。レフバン要員は絶対に3人以上必要だった。 「「「「はい!」」」」 歯切れよい返事をしてカメラの位置を決める。そして、こちらへどうぞと四季会メンバーを誘導する。 彼らも、即されるままに位置に付いてポーズを決めた。 シャッターを切る音と指示する声が室内に響く。 「もう少し右を向いて、少しだけ笑って!」 「そうです。左足を少し前に、首をちょっとだけ傾げ、顎は下げて」 「脚はそろえて、手を膝掛け少しだけ重心を」 最初は緊張していたカメラマンも段々と集中して熱心にモデルへ注文を付け始めた。本職でもないのにカメラマンの細かい注文に応えられる四季会メンバーはだが、慣れがあった。この学園に入学してからカメラを向けられること多数。今更である。 「女王さまの如く、挑発的でいいですよ。格好いいですから。こちらに視線を!」 片手をあげて視線を求めてシャッターを押す。 園子も上から見下したような女王さまの笑みを浮かべた。男装しているが、とても似合う。 「女王さまというか帝王でしょうか。素晴らしい!」 園子の醸し出す下々の者をひれ伏す気配を敏感に感じ取り、褒め称えた。 当然でしょ、と園子が思っているとは知らないが感じることはできていた。カメラマンとしては上出来である。 「桜の上!慈愛に満ちた笑顔で!ふんわりとう感じで。癒し系の美少年でいきましょう!」 なんだその注文?と首を傾げたくなる指示に蘭も応える。笑みを浮かべるのは、ある意味商売のようなものだ。 朝飯前というくらいは、完璧にできる。なにせ、四季会メンバー。皆に注目されてる立場の人間だ。ついでに蘭は四人の中で愛想担当でもある。 「いいですね!癒されます〜!」 蘭の笑みに、カメラマンはうっとりした。 「魔術師殿。艶やかにいきましょう。ふるいつきたくなるくらいに、美女!」 キッドは少々難ありの指示に、にこりと妖艶な笑みを口元に浮かべた。美女というより悪女っぽい。簡単には靡いてくれそうにない女だ。 とても普段は魔術師と呼ばれている人間とは思えない艶やかさがキッドから漂う。 カメラマンは、これでいいのか?悪女?あれ?と少しだけ疑問に思ったがそのまま進めた。美女が撮れればいいのだから。 「宮様。薄く笑って下さい。あまり笑うとダメです。やりすぎると、ストーカーが増えますから。出し惜しみするくらいで、ちょうどいいので!」 新一の指示はかなり特殊だった。 誰が撮ってもモデルの力で美少女にしか映らない美貌であるから、それ以上を撮るとなると問題が起こる。過去の経験から、あまりにインパクトが大きすぎると、弊害が生じるのだ。主に男の厄介なストーカーが増えるのだ。さすがに犯罪は防ぎたいので、写真部としては新一の発表する写真はかなり厳選している。 「もうちょいだけ、目を伏せて。……そうです、綺麗です。うっとりします」 憂いを帯びた美貌は、心の奥を射抜く威力がある。ふらふらと知らないうちに近寄っていきたくなる。 「そのまま視線を斜めにやって。顎を1センチ引いて、体重を左にちょっと移動させて!……おお、バッチリです。傾国です!」 目の前の美貌が少しずつ変化する様はカメラマンもレフバン要員も撮影がちょうど空いたキッドも問答無用で視線を釘付けにした。 キッドは大きくため息を付く。 これを売っていいのだろうか。検閲で選別しないと危ないだろうな、と心中で思いながら新一を見ていた。 |