「こんにちは、写真部です!」 今日も元気よく写真部部長、新田明が入ってくる。あらゆる部活、クラブの中で一番四季会室に来る回数が多い部である。 「いらっしゃい」 慣れたもので、蘭が笑顔で迎え入れた。 新一もお茶を入れるために席を立つ。キッドが手伝いますよといって一緒に立ち上がって付いていく。 「今日はどうしたの?」 園子がテーブルにある書類を横にまとめて、新田に視線で座るように示す。新田も心得たもので、園子と対面する場所に腰を下ろして鞄から写真を取り出して並べた。 「新作の追加についでです。交流会の第二段なんですが」 現在の新作は、先日の交流会で撮った写真である。 交流会が終わった後すぐに新田は現像して検閲にやってきた。目前に中間考査が迫っていたからだ。機会を逃すと写真の売れ行きは悪くなる。何事も旬というものがあるのだ。 その第二段。 第一段で売る写真はいいものを絞っている。売れ行きを見て第二段では人気のある生徒のものを増やすのだ。 「桜の上の写真は当然ですが、売れ行きぶっちぎりです。空手の型が様になっている瞬間のが一番ですね〜。第二段でもう一枚こっちを増やしたいんですけど?」 新田は一枚の写真を園子の前へテーブルを滑らせる。 「ああ、なるほどねー。いい写真よね」 「でしょう?」 蘭の美しさと凛々しさがあふれた一枚だった。長い黒髪がふわりと空中に舞い、視線は対戦相手を真剣な瞳で睨みつけ、手を繰り出している。 「ほら、蘭。これならいいでしょう?」 隣に座る蘭に園子が見せる。 「よく撮るものよねー。感心するわ。いいわよ」 蘭が笑って了承した。本人がオーケーを出したため、問題はない。 交流会の写真の中で、蘭だけが試合に出場しているため写真が露出した。他の四季会メンバーはまだ定番以外出回っていない。 「ありがとうございます。それから、こっちですね。あと、芸術鑑賞会の写真です。これは掲示板に張っておこうと思って」 交流会で人気のある生徒の写真と芸術鑑賞会の写真を新田は広げる。 弓道部の凛々しい姿、バスケットボール部の躍動感ある姿、交流会で活躍した生徒の写真が何枚かある。 終わったばかりの芸術鑑賞会は、行事として撮ったものだ。舞台を遠目に写し皆が聞きいっている姿が何枚かある。これは学園にある掲示板に写真部が記事を載せるためだ。 「仕事早いわね。一日あれば仕上げてくる」 今日は日曜日に芸術鑑賞会があり振り替えで休日の月曜日翌日、火曜日だ。 何事も迅速に。歴代写真部に伝わる標語である。 「ほら、お茶だ。今日はアッサム」 新一とキッドがカップをもって戻ってきた。部屋に紅茶のいい香りが立ち上がる。 「ありがとう、新一」 「いい香りね。美味しそう」 「宮様、いつもありがとうございます」 新一は小さく頷きながらカップを皆の前に配って自分も座る。キッドがその隣に並んだ。 「ひとまず、飲め。休憩だ」 新一の命令に、そこにいた全員が即刻従った。 美味しいわと顔で言いながら、カップを傾け琥珀色のアッサムを味わう。カップは新一、キッド、新田がロヤルコペンハーゲンのプレーンレース。蘭と園子がジノリのローズブルーだ。 穏やかで和やかな空気で満ちた四季会室に、ほう、とため息がもれる。 紅茶を味わいながら、世間話をぽつぽつとして人心地付いた頃、新田が口を開いた。 「あのですね。……そろそろ四季会全員の写真を撮りたいんですが?」 四季会メンバーは元々絶大な人気がある。その上、今代は見目麗しい人間ばかりだった。 今までは交流会に時間を取られていたが、それが終わった今なら絶好の撮影機会に違いなかった。 どんなに人気があっても、昨年の定番な写真を売るしかなかったのだ。 例外は交流会の毛利蘭だけである。 「うーん、そうね。やるなら、どどーんとやらないとね!」 園子が腕を組んで、にたりと人の悪い笑みを浮かべた。 「ほんとですか?」 「ええ。もちろん。折角撮るんだから、普通の写真じゃつまらないでしょ?」 つまらなくない、と園子以外のメンバーは思ったが、写真部部長である新田は、期待感できらきらした目を園子に向けた。 「驚きが欲しいわよね〜。インパクトが欲しいのよ」 「ええ、そうですね」 大きく首を振って新田は同意を示す。 「なら、新一君と蘭よね。二人とも協力してくれる?」 園子が二人に視線を向けた。 こういった場合、新一と蘭に矛先が向くのは致し方ない。二人も今更だ。諦めてもいる。 「……まあ、いいけど。四季会メンバーの義務だし」 「そうだな。でも、園子何考えていやがる?」 承諾はするが、園子の提案は奇抜なものがあるのだ。自然用心するのは当然だった。 「おほほ。人聞きが悪いわね。私は学園のことしか考えていないわよ?」 嘘を付け。 皆が心の中でそう思った。 「もうすぐ七夕の企画もしなければならないじゃない?だったら、それも上手に使いたいの」 7月7日に「七夕」の行事がある。 毎年、大きな笹をいくつか用意してそこに願い事を書いた短冊をつるす。一本に全校生徒すべての短冊はつるせないので、笹は五本ほど準備する。 短冊の色は何でもいいが、大きさは規定がある。 無記名でいいが、一人一枚。7月に入ると体育館の隅、中央玄関、武道館、等々に笹が置かれ、各空いた時間に短冊をつるす。 当日七夕の舞台で吹奏楽やコーラス部が七夕に因んだ曲を披露してもりあげる。 「ということで、織姫、彦星の仮装をして盛り上げましょう」 園子の言葉に、新一と蘭が黙った。 織姫と彦星をやるのは誰だ。その役は順当に男女の性別で行うのか。普通なら新一が彦星、蘭が織姫だが、ここは帝丹学園であり園子が従事っているのだ。それに、蘭が理想の王子さまで新一が美貌の姫であると学園中が認識していた。 「もちろん、新一君が織姫、蘭が彦星ね。うちのアパレル会社で素敵な衣装作るから、心配しないで!」 園子はどんと胸を叩いた。逞しかった。 「「「…………」」」 新一、蘭、キッドは黙った。 新田だけは、歓声を上げた。 「なんて素晴らしいんでしょう!さすが、女王さま!園子さま!」 「おほほほほ。まあね、もっと褒め称えてくれてもよくってよ!」 女王さまの如く園子はのたまった。 「ははー」 新田はすでに、乗りまくって平身低頭だ。女王に仕える家来のようだ。 「あら?これだけじゃなのよ。織姫、彦星の衣装を着た二人は素晴らしいけど、それじゃあ四季会のメンバーの新作にはならないでしょ?四人のあっと驚く写真を撮ってもらわないと!」 「そうですね。では、どうやって?」 すでに新田はうっとりした恍惚の表情で園子を見上げている。 「制服姿よ。でも、男女逆転でね」 「「「…………」」」 「……え?ほんとーに?」 皆の頭の中に男装した園子と蘭、女装した新一とキッドが浮かんだ。 新田が虚を突かれたように呟く。 「魔術師殿が女装……?」 写真部らしくリアルに映像を想像したのか、新田はキッドに視線をやって固まった。 蘭も新一も想像力を駆使してキッドの女子用の制服を着た姿を思い浮かべたが、ミニスカートで挫折した。 基本的に男女の制服の違いはスカートかズボンか、だけだ。上着もシャツもネクタイもデザインはすべて同じ。 昔は女装してもキッドは似合っていた。今でも多少ごつくても美人になるかもしれないとは思う。が、ミニスカートはどうだろう。ぐるぐると悩む新一と蘭を放っておいて、キッドが園子に晴れやかな笑顔を向けた。 企みなんてありません、と言わんばかりの力強い笑みだった。だからこそ、そら恐ろしい。経験から幼なじみ達は知っていた。新田もそれを目にして、背中を悪寒が走った。 「なにかしら?キッド」 「園子さんもチャレンジャーですね。私に女子の制服を着せて何を狙っているんですか?」 「そんなのインパクトに決まってるじゃない。予想外よ。想像の範疇なんてやつ意味ないわ。言っておくけど、キッドに出来ないなんて言わせないわ。あなた、やろうと思えば可能でしょ?ミニスカートから露出する脚が問題なら椅子に座ってポーズを撮ればいいのよ。この際、上手にお化粧してあげる。エクステ付けてピンで留めて、美人に仕上げてあげるわ!感謝してちょだい!」 「……そんなに手間を掛けなくてもいいと思いますが?」 「はん。キッドより私の方が仕方ないから納得しているのよ?なんでよりによって、キッドの美人な女装なんて私が隣に並べなくてはいけないの?女としてのプライドが、本能がイヤだって言っているのよ。でも、四季会としては必要な訳!精神的打撃はあなたより私の方が受けているの。それなのに、拒否権なんて認めないわ!」 園子は女王様の論理をぶちまけた。 そう、彼女が言ったことはすべて本心だった。嘘偽り一つない事実だった。 幼少の頃、新一同様キッドも親のせいで可愛い少女の姿にされることしばしばだった。園子と蘭が見間違えるくらい完璧だった。女としてのプライドが砕け散っても子供の頃は許せた。成長期に入り背も高くなり青年らしく成長したキッドに安心したのは園子だった。あのまま美少女に成長していたら、園子はキッドを許せなかっただろう。友人、幼なじみの付き合いの気安さや親愛はあっても、きっと時々むかついていたに違いない。 それなのに、体躯がよくても十分美人なキッドなど、できるなら拝みたくないのが、園子の紛れもない本心だった。 心を鬼にして、ずるがしこく頭を働かせた結果なのだ。 キッドに拒否権など与える気は全くない。ちなみに、新一の場合は人外魔境であると認識しているため、怒りの範疇にない。 「……そこまでおっしゃるなら、いいでしょう。美人にして下さいね」 キッドは壮絶に笑った。 「任せてちょうだい!」 園子も婉然と微笑んだ。 何の戦いだ、これは。二人のやり取りを無言で見守るしかない三人は、世にも恐ろしいものを見たと嘆いた。 あれだ、怒らせてはいけない、口喧嘩させてはいけない相手というものは確かにある。園子とキッドなど最悪だ。 新田は胸に教訓を刻んだ。 付き合いの長い新一と蘭は心中でため息を付き、慣れた仕草で互いに目配せをした。機嫌を直せと。この場合の担当は新一がキッド、蘭が園子だ。 久々に最悪のパターンを見たよな〜、と思いつつ新一と蘭は行動を起こした。 「園子、私達男装するんでしょ?男子の制服着るだけでいいの?」 園子の肩に手をそっと置いて蘭がにこっと微笑んだ。 「そうね、少し男っぽくしてみようか?これぞ、男装って!ポーズや表情とかも気をつけて」 蘭の問いに園子は腕を組んで頭を巡らせる。 「そうだよね。私が空手の型を教えてあげる。園子は、うーん、髪型を少し撫でつけて結んでみる?雰囲気変わって格好いいよ」 園子の髪を触りながら蘭が髪型を提案する。 「そう?蘭の方が格好いいよ!ファンが増えちゃう」 「やーねー。これ以上いらないわよー」 蘭はころころと声を立てて笑った。 一方、新一はキッドに優しい声音で話しかけた。 「一緒に女の格好するの久しぶりだなー」 話題は、優しくないが今更だ。新一自身、抵抗しようという気力などすでに皆無だ。 「そうですね。昔は頻繁でしたね」 「親の趣味でな。懐かしい……」 自分から進んで女装したことなど一度もない。が、己の希望など通ったことは全くない。 女の子も欲しかった母親は我が子を可愛らしく着飾らせて楽しんだ。新一の洋服は男女半々だった。父親が、自分の子供の性別を忘れたとは思えないが母親に全面協力だったせいだ。ひらひらしたスカートやレース素材の上着、ワンピースを着せて頻繁につれ回した。 そんな頭のネジが三本くらい抜けてるとしか思えない両親と親交の深かった家族が、同じような奇行に走っても不思議ではない。 キッドも新一と同じように可愛らしい女の子の格好をさせられた。 今思い返しても、似合っていたと思う。 二人性別を違えた格好で遊んでいたことも多々ある。 幼い子供にとって親は絶対的にな存在だ。逆らっては着るものがない。 おかげで、幼心にあきらめということを覚えた。たかが女の子の格好が何だというのだろう。それで両親の機嫌がよく、己の希望が通るなら安いものだ。 そこまではっきり自覚したのは後だったが、齢五歳でも仕方がないということは理解できた。男女の人間の服装なんて、今時文句を言っても詮無きことだ。 これだけユニセックスなのだ。 自分から着たくて堪らないということはあり得なくとも、新一は現在、ある程度の妥協はもちあわせている。それでことが済むなら些細なものだ。 「新一、すっごく可愛かったですね」 「キッドもな」 「ええ、それなりに。初対面で疑われたことはありませんでした」 キッドは潔く認めた。否定しても意味はない。 新一とキッドが少女の格好をして性別が男だと見破った人間は、一人もいない。 なんて完璧なのだろう。二人とも美形であるおかげである。それとも似合ってしまう美形であったが故に女装を避けることができなかったのかもしれないが、誰も見苦しいものは見たくない。愛情があって欲目のある両親でも、限度がある。 ひょっとして、美形に生まれた性なのかもしれない。 「疑われるような事してねえし」 「そうですね。服装だけではなく、所作まで教えられましたもんね」 いくら子供でも、男女差というものは存在する。 新一の母親である元世界的美人女優は、徹底的に子供に行儀を教え込んだ。そうでなくとも、両親共に世界レベルで有名人だ。パーティから始まって、公の場に出ることもある。必然的に、覚えなくてはならなかった。 「あの頃、疑問を覚える前から教え込まれたもんなー。実は、作戦なのか?」 「……その可能性も否定はできませんね。うちの父親もマジシャンですから、身体、腕、足、指の動きに厳しかったですし」 父親が、その道のプロ。 両親共に仲がよく、一緒にいた子供二人はまるで親が四人いるようだった。それぞれから、学んだことは山のようにある。 教えれば大地が水を吸い込むように、若木が大木になり実が成るように、自分のものにしていく子供達だったから、親も力が入る。 「そうだな。おかげで、女装にはちょっと自信があるぞ」 新一が小さく笑う。 やれと言われれば、完璧にこなせる。それも絶世の美女だ。 うっかり恋した男は、真実を知った時、打撃が半端ない。詐欺だ、とため息をこぼすのが常だが、男でもいいとまといつくファンも多かった。 「ちょっとじゃなくて、大いにもってもいいですよ」 キッドが新一に笑顔を向ける。 新一との会話でキッドの機嫌もしっかりと回復を見せた。室内に、穏やかで和やかな空気が漂う。 園子とキッドがやりあっていた時とはえらい違いだ。 「……聞こえてくる昔話だけで、すごいです。耳がダンボになります。ビック・インパクトです。いやー、新聞部ならインタビューしたいですね〜」 新田が二人のやりとりを見ながら、ほけーと宣った。 「あれはね、すごいのよ。昔馴染みの私達が保証する!」 笑いながら蘭が新田に、太鼓判を押した。 「私達だって、大打撃だったものね。一生忘れない出来事だもの」 出会いは、必然。あそこから始まったといっていい。 「ああ、カメラがあれば!その時知り合っていれば、写真に収めることができたのに!」 新田は、惜しんだ。 もっと前から出会えていれば、素晴らしい写真が撮れただろう。 「そうねえ、いつか見せてあげてもいいわ。その代わり、協力してね」 園子はやはり女王さまだった。さりげなく取引を持ちかける。新田に逆らうことなどできるはずがない。 「もちろんです!」 直立不動で神妙に頷いた。 「撮影は後日。明日から試験期間に入って部活動が禁止だからね。中間考査が終わったらにしようか。24日テスト終了後に、来て。この日は普通の写真を撮ろう。さすがに色物だけは避けたいし。庭園とかでもいいわ。外も中でも。存分に撮ってもらっていいもの作りましょう。男女逆転は、27日の土曜日にしようか。他の生徒がいると困るから。……どう?……まさか、追試になんてならないわよね?赤点の部長とは取引しないわよ?」 「は!当然であります!」 片手をあげて新田は園子を上司のように仰いだ。 「24日はテスト終了後、お昼を挟んで1時でいいでしょうか?27日は指定時間をお願いします。カメラの準備をします。一人では無理ですが少数精鋭で24日、27日はお伺いします」 「いいわ。他の仕事があったら、少し待ってもらうことになるけど」 「それくらい、問題ありません。室内ですと四季会室、図書館、講堂。屋外ですと中庭が候補です。屋外は人目があって、弊害もありますから。下見はしておきます」 「任せるわ」 新田が一気に頭を巡らせて言うべきことを伝えると、満足そうにゆったりと園子は微笑む。 四季会は四人で運営されているが、個々に実力を持ち得意分野がある。一人が決めたことに反対することはほぼない。そのくらいの信頼関係はある。 だが、誰の目から見てもかなり独断であることは明らかだ。もっとも、たとえそうであっても結局、仕方がないと諦めてしまうのだから園子の独断が減る要因はないだろう。 |