江古田学院との交流会が終わると、その次の週は芸術鑑賞会がある。下準備に時間がかかり対戦するため生徒も情熱を注ぎ込む交流会と比べると芸術鑑賞会は四季会としても楽だった。 6月14日 芸術鑑賞会。 当日は日曜日のため、振り替えで月曜日は休みとなる。 毎年催し物は異なる。 今年は、市営ホールで行われる三味線や雅楽といった日本の音楽をあつかったコンサートが聞かれることになった。 大ホールで行われるコンサートは、他校の中学校や高校といった団体も多く訪れる。 市のホールで催し物が行われる場合は、内容を吟味して予定に組み込むことになるが、そういったものがない年は、学園に誰か招くことになる。 その場合は、四季会は休む間もない。 交流会の準備と共に芸術鑑賞会の打ち合わせをしなくてはならないのだ。 「明日は無事に済みそうね」 「そうね。意気込んでいた交流会が終わって力が抜けちゃって、風邪引いた運動部員もいるみたいだけど。おおむね問題ないわ」 小さく笑いながら蘭が園子に同意する。 今日は土曜日。授業はないが、四季会メンバーは登校していた。運動部も部活に勤しんでいるため、グラウンドから声が聞こえる。 「寝ないように、感想レポート必須だしな」 新一が紅茶の入ったカップを二人に配りながらウインクした。 「レポート用紙一枚以上。実際、感想といわれても、難しいとは思いますけどね」 キッドも自分の分のカップを持って新一の隣に座った。お茶をいれる新一を手伝っていたのだ。 「それを書くのが大事なんでしょ?読書感想文と一緒。いかに、掘り下げて書くか!いかに、それっぽいことを膨らませて枚数を稼ぐか。関係ありそうで、実はないけれど自分の考えを書く。筋が通っていると思わせたらこっちのものよ。まさしく、腕の見せ所ね」 おほほ、と口を手に当てて笑いながら園子は持論をぶちまけた。 生徒の手本となる四季会とは思えない発言だが、誰も気にしなかった。 彼らは四季会のメンバーだ。四季会は、帝丹学園をまとめ指揮するの生徒会のようなものだ。選挙ではなく先代のメンバーが自分が相応しいと思う後継者にネクタイを渡して成り立つ。四季会は四人。もちろん四人だけでは人手が足りないため、運動部長、文化部長(部長とは委員長のことである。部長という呼び名が定着している)などその時々において協力を求める。 彼らが譲り受けたネクタイは一般のものと地色が違う。一般的な制服のネクタイは緑色で銀色のストライプが入ったものだが、四季会という呼び名がある通り四季にあわせた色だ。春のピンク色は毛利蘭。夏の蒼色は工藤新一。秋の紅色は鈴木園子。冬の白色はキッド・クローバー。一目見ただけで四季の色は四季会メンバーだとわかる。 そうでなくとも、彼らは目立つ存在だった。入学した時から注目を集め、その才能で求めさせ魅了した。 春の毛利蘭は長い黒髪に白い肌に清楚な顔立ち。背も高く颯爽としている上、空手都大会優勝という凛々しさは女子生徒に絶大な人気を誇っている。 そこから、「春の君」「桜の上」と呼ばれるている。ちなみに、熱烈な女子生徒からは「蘭さま」と呼ばれて熱い視線を向けられている。 夏の工藤新一は絹糸のような漆黒の髪に白磁の肌、整った鼻梁にバラ色の唇、宝石のような蒼い瞳が印象的な美人だ。手足が長く華奢な身体からは匂い立つような色香まであって、少年の身でありながら、世界中を虜にした美貌の元女優である母親の血を色濃く引き、傾国の人として近隣でも有名だ。頭脳は世界的ミステリ作家である父親からしっかりと受け継いで、学年でもトップを争うほどである。全国模試でもトップに名前を連ねるのが常で、高等教育は彼にとって退屈しのぎだ。 そのせいで、「夏の君」「帝丹の姫君」「蒼い女王様」(ブルー・クイン)「蒼穹の宮」「傾国の君」などあだ名が山とあるのだが、通常「宮様」と呼ばれることが多い。 余談だが「宮様」にはお庭番が付いている。 秋の鈴木園子は、肩で切りそろえた茶色の髪に利発な濃い茶色の瞳をしていて、財閥の次女という出自として有している計略に優れている。表で実権を握り裏で陰謀を巡らせ暗躍するのが大好きで、かなりのやり手であるため、「秋の君」「紅の女帝」「緋の女王」「暗躍の帝王」「帝丹王国の女王様」と呼ばれている。が、さすがに本人に直接呼べない名前だらけのため、普通に「園子様」「女帝さま」「女王さま」と呼んでいる。 冬のキッド・クローバーは、茶色混じりの少々癖毛だが柔らか髪と怜悧な紫暗の瞳をもっている。長身でしなやかな身体付き、物腰柔らかで丁寧な言葉を使いをしている彼は父親が著名なマジシャンであるため、自身も手先が器用でマジックが得意だ。また、名前からわかるように、外国の血が混じっているせいか、仕草が日本人離れしている。だから、「冬の君」「白の騎士」「魔術師」「蒼い女王の忠実なる僕」とあだ名があるが、おおむね「白の騎士殿」「魔術師殿」と呼ばれていた。 そんな四人は昔馴染み、幼なじみのようなものだったからつきあいだけは長く、互いのことをよく知っていた。結果、阿吽の呼吸で仕事をしている。 「学校集合。バスでの送迎。どこも変更なし。うん、問題なし!」 園子は、新一がもってきた紅茶を一口飲んでから、満足そうに唇の端をあげた。 「アールグレイね。おいしい」 と付け加え新一に、にこりと微笑むことも忘れない。新一もうんと軽く頷く。 「これで問題がある方が問題だって。市のホールでちょうどいい演目やっていて、本当によかったわ。そうじゃないと、私たち死んでいたよ?」 蘭が切実に遠くを見ながらのたまった。 「……ほんとうに良かったな」 しみじみと新一も吐息を付いた。 芸術鑑賞会に誰かを招いて学園のホールで行うなんて、半端なく忙しい。交流会と平行して準備するなど休日や睡眠時間をどれだけ削ったら可能だろうか。 今年も、昨年も、幸いにしてそのような無茶な事態は避けられた。何代か前にあったらしいが、半死状態に陥りしばらく復帰できなかったと噂だけが伝わっている。 「鑑賞会が終われば、中間考査ですしね。しばらく皆おとなしいでしょう」 6月22日から24日まで中間考査だ。試験勉強のため、6月17日から部活動は禁止となる。 25日から答案が返されて、29日が追試の予定だ。 部活動に力を注ぐ部は、絶対に赤点を取るなと部員は厳命されている。追試に時間を取られるなんて、時間の無駄なのだ。それに、部単位で赤点が多いと四季会から厳重注意を受けるのだ。四季会は教師から赤点を取った者の名簿が渡され、部単位でパソコンに入力し部の赤点取得者の割合を出す。そして、該当した部に厳重注意を出す。注意を受けた部は活動が自粛される。教師ではなく、四季会がそれを行うのは、この学園が生徒主体であるという理念に基づいて創立されているからだ。 部活動は、就学の上に成り立っている。好きなことだけしていてはいけない。最低限の勉学をしないで、部活動をする権利はない。そういった基本理念の上に学園生活が成り立っているのだ。 だから、皆必死に試験勉強をする。 「赤点取る訳にはいかないからな」 くすりと新一が笑う。 四人とも成績はトップクラスだ。試験勉強をしなくとも優秀な成績を収めることができる。 特に新一とキッドは高等教育のレベルなど今更である。 四季会のメンバーであると、試験勉強に時間を費やすことは難しい。必然的に元から頭のいい人間が選ばれるのだろう。 「まあね。だからその時期は図書館の自習室は人でいっぱいだし。自力が無理だと、友人に苦手科目を教えてもらったり、部内で成績優秀者に勉強会開いてもらったりするみたいね。涙ぐましい努力よ」 学園にある図書館は蔵書も多いが横に勉強するための自習室がある。机がたくさん並んでいてそれぞれ仕切られているため、他を気にせず勉強できる。試験前の自習室は席を確保するのが難しい。 「そういえば、ノート貸してって言われたわね」 蘭がふと思い出す。クラスメイトが、お願いと手をわせて頭を下げていた。 どうしても、どうしても今度赤点は取れないの、と悲壮な顔で言っていた。事情がありそうだった。 「それは蘭だからだな」 新一がうんうんと納得する。 「そうですね。私たちに言う勇気のある方はいませんね」 「そうだろーね」 キッドも園子も同意した。 この四人の中で一番蘭がお願いをされやすい。もちろん、何でもということはないが、情に訴えるとか正当性が認められるなら、ノートくらい貸すだろう。 新一にそんなことをお願いできる人間は皆無だ。キッドにも言い出し難い。自分でがんばって下さいと言われそうだ。園子に至っては、その見返りになにを求められるかわからない。 多忙な四季会メンバーに個人の生活レベルのお願いは、基本的にできるものではない。 「で、貸してあげるの?蘭」 園子の問いに蘭は苦笑する。 「貸してもいいかなって思う。事情ありそうだったから。でも内緒でね。そうじゃないと借り手が増えちゃうわ」 そこまで面倒見切れないでしょ、と言って蘭は紅茶の入ったカップを傾けた。 確かに、皆がそれを知ったら自分もと手を挙げるだろう。そうなると、蘭の元にノートが返ってくるのはいつになることか。 「ふーん。それは徹底しておかないとダメだよ。それと、今回限りって当人にも言い含めておかないと!」 「うん。そうしておく」 わかってると、蘭は頷いた。 毎回助けてもらえると思ってもらっては困るのだ。 蘭は四季会メンバーであり、そちらが優先なのだから。 彼らが四季会メンバーになって初めての中間考査だ。前回の期末考査は、ネクタイを受け継いだ途端行事と卒業式とを進めなくてはならず、その後の控えた入学式等々の準備まであって、試験勉強など皆無だった。誰かとテストだからと関わっている時間はなかった。 「……でも、どんなに彼らががんばってもトップは変わらないんだよね。なんというか努力が報われない」 蘭が思わず新一とキッドを見た。 「なんだ、蘭。文句でもあるのか?」 「ないって。どんなに不条理でもほんとーのことだもん」 悟ったように蘭は園子と顔をあわせて視線で相づちをうった。 「努力は素晴らしいことですが、それが結果と正比例はしませんからね」 キッドが、世の学生に喧嘩を売っているとしか思えない台詞をさらっと口にした。 正しいだけに反論できない。 試験勉強をしなくても、学年トップの成績を残せるほどの秀才達だ。 高校生活を過ごすために、園子に誘われこの学園に来ただけで、日本の高等学校の教育課程など必要としていないのだ。各国を転々としてその地で優秀な成績を取り、すでに大学レベルにある新一とキッドには日々の授業は暇つぶしのようなものだろう。 「容姿も頭脳も極上品!嫉妬も馬鹿らしいレベルだもんね〜」 ふふふと笑いながら園子が揶揄する。 「羨むとかの次元じゃないから。これに対抗しようなんて思う人間いないよ。ひれ伏すのば落ちよ」 蘭は新一を指さしてからりと笑った。 「……俺はナルシストじゃないから、同意しかねる」 ふんと鼻を鳴らして新一は横を向いた。世界が認めた母親譲りの美貌も価値を置いていないのだ。 「そうですね。過剰な自信は判断を誤りますよね」 にこりと笑顔を浮かべて正論を述べるキッドだが、胡散臭さは拭えなかった。端正な顔立ちと穏やかな外面に騙される普通の生徒とは付き合いの長さが違う蘭と園子は、誤魔化さなかった。 嘘ではないが、本心なのかは定かではない。第一、新一の側に居続ける自信はあるだろう。ついでに邪魔な人間も排除する気満々だ。 過去に蘭と園子、キッドで新一に群がった人間達を追い払ったことがある。だから、共犯者ではあるのだが、如何せん胡散臭かった。 「あ、そう」 園子はひらひらと手を振って流した。揶揄しても堪えないなら、この話題に付き合う必要を感じない。 所詮、彼らは幼なじみ、昔なじみ。 言いたいことを言い合える。 「今日やることは、もう終わりでしょ?帰りにどこか寄って行こうよ」 蘭も話題を切り替えて、にこやかに誘った。 「いいわね!蘭」 「どこに?」 即刻同意する園子に首を傾げる新一。 「この間美味しいって聞いたケーキ屋があるの!そこはどう?」 「いいんじゃない?」 「そうだなー。たまにはいいか。キッドは?」 園子の提案に二人は頷くが、新一はキッドに視線をやった。 「そうですね。ではケーキを食べてから。よろしければ、夕食を作りますが?」 キッドが新一に極上の笑顔を向けた。 「食べる!キッドの料理大好きだから」 即答した。遠慮などないし、申し出を断るなど新一の答えになかった。 「あら?私達もいいの?」 「新一だけってことはないわよね」 二人は苦笑を混ぜながらキッドを見やる。 「もちろんですよ。新一のマンションにしましょうか?」 キッドが腕を振るう場合は新一のマンションか自宅である洋館がほとんどだ。 「ああ。マンションでいい。言っておくが酒は抜きだぞ」 実は酒癖が悪い女性二人に新一が釘を指す。彼女たちは酔うと、日頃の鬱憤なのか、弾けるほどに暴言を吐く。 「ふーん。いいもん」 「明日があるから仕方ないね」 全く堪えていない二人に新一は肩を落とす。 酔っている間、暴言を吐いた記憶がないことが多々あるため、自覚症状がないのだ。 「おまえらは……。もういい。お茶飲み終わったら、出かけるぞ」 はーい、と素直に返事をする二人を吐息を付いて、新一は紅茶を飲み干した。 |