「お手をどうぞ、レディ」 純白のふんわりと広がったドレスをまとった少女は、伸ばされた手に小さな白い手を乗せる。 少女の手を軽くつかんで、黒いタキシード姿の少年は人の波を優雅に避けて、フロアの中央へと移動し少女と向かい合う。左手を腰に当て右手は少女の左手と組む。 室内にゆったりとした音楽が鳴り響く中、二人は一歩を踏み出した。 幼いながらも、軽やかなステップだ。 少年のリードに身を任せ少女は蝶のようにドレスの裾をひるがえす。 くるくると踊る姿は二人の見目が際だっていることから、見るものに微笑ましさを与える。 端正な顔立ちの少年と清楚な美貌を持つ少女だ。 将来は素晴らしいカップルになるだろうと容易に予測が付く。 二人が一曲踊ってそのまま脇へと移動する際、大人たちから拍手が贈られ二人は笑顔で応えつつ廊下へと出た。 「上出来なデビューね」 蘭がころころと笑いながら手を叩く。 「誰も気が付かないのアレだけど、仕方がないよね!完璧だもん」 どこから見ても美少女よ、と園子が太鼓判を押す。 見目麗しいカップルと一緒にダンスフロアを抜け出した蘭と園子は人目を離れると、今まで装っていた猫を脱ぎ捨てて笑った。 「……あのな」 美少女こと新一が、ふうと疲れたため息を漏らした。 「なによ?文句でもあるの?」 園子が腰に手を当てて、胸を反らす。レモンイエローのドレス姿だというのに、大変漢らしい。 「なんで、俺が最初なんだ?デビューなら蘭でも園子でもいいだろ?」 「はあ?そんなの相手がいないからに決まっているでしょ?キッドは新一君としかデビューしないわよ。わかってるくせに、今更ぐちぐち言っても始まらないわ」 ふんと園子は鼻を鳴らす。 「そうそう。新一今日は一段と綺麗よ?さすが有希子さん!」 フォローらしものを蘭も付け加える。全くフォローになってはいないが。 「これ以上新一をいじめないでください」 苦笑をこらえてキッドが新一の腰に腕を回して引き寄せる。 「一言、文句を言いたかったんですよね?女性より先にデビューになったから」 優しい声音で顔をのぞき込むキッドに新一はこくりと頷いた。 別に新一にとって女装することなど今更抵抗はない。物心付く前から両親に可愛らしい女の子の服を着せられて育った。 今日も着飾られてパーティ会場に潜入しデビューしておいでと車に乗せられて門で下ろされたのだ。新一の相手はキッドで、一緒に蘭と園子も付いて来た。雰囲気を味わうためであり、逃げないようお目付役だ。 そう、面白がって遊んでいるだけなのだ。 お茶目な両親も、まさか正式に女性として新一をデビューさせることはしない。お披露目などして後で性別がばれたら面倒だからだ。ここで大事なのは新一の心配ではなく、幼いながらも母親の美貌を受け継いだ子供の将来を容易に想像できたからだ。年齢を重ねれば性別を超越して信奉者や求婚者が増えるだろう。それを最初から女としてデビューさせては今から婚約の話が尽きなくる。断るのが面倒というだけの理由だ。 「今度は蘭と園子だからな!エスコートは俺とキッドがするから、任せておけ。俺だけでは終わらせないからな。まあ、きっと母親は二人を着飾るのも大好きだから、デビューさせるとなったら有頂天だ」 新一が力一杯宣言した。 「……ひょっとして、仕返しですか?」 「ちょっとした憂さ晴らしだ。一方的に玩具になるのは、癪に障るだろ?」 KIDの問いに新一がウインクする。 デビューとはいってもお遊びのようなものだ。正式に社交界にデビューするのではなく、パーティ会場で潜入して踊るだけだ。 「……有希子さんなら、やるかもね」 「新一君のエスコートってのも楽しいしね」 蘭も園子も笑いあった。 彼らは一緒にダンスの練習をした仲だ。幼い頃から教えられ、お互いに相手をしてステップを覚えた。 「だから、近い内にやるからな?今度とかじゃなくて!休み中に決行だ!」 新一が決めた。 彼らは学校が休みの間一緒に過ごす。次回となると再び長期の休みを待たねばならない。今回の休みの間に決行するとなると、すぐに予定を練らねばならない。帰ったら、母親に計画を告げれば喜んで二人のドレスを選ぶだろう。 新一はそう考えると、機嫌よくにっこりと笑った。知らない人が見たら裏のない愛らしい笑みだが、心の中は狡猾だった。 「なら、用件は済んだから帰ろう」 一曲踊ってきたから義務は果たした。これで母親は文句は言えまい。 「そうですね。帰りましょうか」 キッドも新一の手を取って歩き出す。 「まあ、いっか」 「そうね。今度ね」 蘭も園子も二人の後を付いていく。園子が途中でバッグから携帯を取り出し電話を掛ける。これで待機していた車が玄関に横付けされるため、少しも待つことなく帰宅できるだろう。 ひとまず、明日からしばらくは嬉々とした有希子のドレスやタキシード選びが彼を待っている。それをまとってダンスの練習だけでなく食事や買い物に連れていかれるのはのだが、この時はまだ知らなかった。 |