「Colors」1ー13







「じゃあ、行って来るな。何かあったら連絡してくれ」

 新一は立ち上がり、携帯を振ったみせた。緊急の場合は電話、そうでなければメールをもらうことになっている。当然、マナーモードにしてあるため、試合に影響はない。
 武道館で剣道の試合がある。服部はすでに着替えや準備のため向かった。新一も約束通り応援へ行く。
「ええ。いってらっしゃい」
「ああ。紅子さんも青子さんも、よろしく」
「もちろんよ」
「まかせてね」
「はい。行って来ます」
 新一は手を軽く振って歩き出す。
 皆に友好的に送り出された新一は校舎を回って武道館まで急ぐ。剣道の試合が始まるまであと10分しかない。途中で入るのは申し訳ないから、急ぎ足で新一は進んだ。
 
 新一が武道館に着き、中も急ぎ足で進むと歓声が聞こえてくる。試合は始まっていないはずだが、沖田が練習しているのだろう。彼は校内でとても人気がある。もしこれが公のものなら、ファンが詰めかけるだろう。
 新一は扉を開けた。
「失礼します」
 ひょっこり顔を出して中を伺うと、それに気付いた剣道部員が走ってきた。
「宮様?どうしました?」
「イヤ、ちょっと観戦させてもらおうと思って……」
「ほんとですか?皆喜びます。どうぞ、こちらへ」
 いそいそと新一を帝丹側の審判近くに案内し折り畳みの椅子を用意して、どうぞと勧める。新一は心中で苦笑しながら、ありがたく腰を下ろした。本当なら二階席から応援すればいいのだが、四季会のメンバーがそこから観戦するのでは後で申し訳が立たない。応援するなら、しっかりと見えるところで、奮起させなければ意味がない。効果的に自分を使う術を新一はよくわかっていた。
 練習風景を見つめていると、少し離れたところに服部がいた。新一を見て、にかっと笑って片手をあげる。新一もひらひらと手を振り返す。
 やがて試合が始まる。審判の名簿による名前と本人の確認だけは確実にしているのを見て新一はしっかり徹底されていると心中で安堵した。
 
 そして審判が「始め」と言うと先鋒から試合を始めた。
 これは団体戦だ。三番勝負となり、時間は5分、延長3分と今回は決まってる。
 勝つ戦法としてあえて大将勝負を捨てて、他に部内一強い人間を配置することもあるが、見る限り、正攻法のようだ。大将がどちらも強いからだろう。帝丹の大将は沖田、江古田の大将は服部だ。
 先鋒はなかなか勝負が付かない。鍔競り合いが続き有効が奪えないため延長に入り、やっと一本決めて帝丹が勝った。次は次鋒。これは、あっというまに勝負が付いた。江古田の圧勝だった。面、銅、で二本をあっさりと決めたのだ。強いものだ。
 盛り下がる帝丹を新一は応援する。気持ちで負けてはいけない。団体戦は一人だけ強くても駄目だ。チームワークが大事だ。
 中堅は帝丹が、副将は江古田が勝った。それぞれ堅実な戦いぶりだった。
 そして、大将戦。
 会場中、緊張が漂う。
「始め」
 合図によって、両者から気迫がみなぎった。そして、打ち合う。
 今までの試合とランクが違う。
 沖田の突きを服部はよけ、相手の銅を打つ。だか、それも沖田はひらりとかわし、次の攻撃に移る。会場中がしんと静まり返り鬼気迫る一戦を見守った。
 沖田は、五段突きを早業で繰り出した。
 これは、相手の眉間、喉、胸、両肩を同時に突き分ける。突きだけで人を吹き飛ばす威力があるため、食らうと一貫の終わりだ。服部が僅差でよけようとするが、すべてはよけきれず耳をかすめる。その隙に銅を打たれ、一本取られた。
 服部は、息を整えて睨み合った後、渾身の一撃を打った。
 
 
 
「……負けたわ、今年も」
 肩を落としながら、それでも充実した時間を過ごせたせいで服部は満足そうに息を吐いた。
「ま、よかったぞ、試合。沖田は強かった。それだけだろ?」
 帝丹が勝ったので新一は四季会として、当然しっかりと剣道部を労ってきた。夏の大会でも活躍してくれるだろうと期待がかかるが、今日はめいっぱい喜んでいい。
「『剣道は神のお教えの道ならば やまと心をみがくこの技』やからなー。かつんが目的でも、心をみがかなあかんわな」
 高野佐三郎の歌をあげて、服部がにっと笑う。
「夏も来年も機会はある。その剣の道の先は心と技を磨いていれば自然交わる。そうだろ?」
 どこか厳かに神秘的な空気をまとい告げる新一に服部は頷いた。
「そうやな。精進するわ」
 それにしても、だから宮様なんやなーと服部は思っていた。
 
 
 

 
「ただいま」
「おかえりなさい」
 新一が帰ってくるとキッドは笑って迎えた。
「どうでした?服部がいるのに聞くのも変ですが」
「おもしろかったな。うちが勝ったし」
 小さく笑って揶揄する新一に服部が後ろから、悪かったな!と言って背中を押した。それだけで、和やかな雰囲気が漂う。
「お疲れさま、服部君。いい勝負をされたみたいですね」
「すごかったってね!競っていたって聞いたよ!」
 紅子と青子から労いをかけられて、服部は頬をかいて照れくさそうに、苦笑した。
 試合結果は即刻報告されて、すでに張り出されている。
 
「おー、ぼちぼち勝負の結果が届いてきたなー」
 もうすぐお昼だから続々と携帯で江古田側の試合結果の情報も入ってくる。
 次々に勝敗の情報が入ると、ホワイトボードを利用した得点板のようなものに結果を張り付けていく。裏が磁石になった数字を張って、勝った種目を隅に書き込む。
 これで、一目でわかるのだ。
 両校の勝負は現在差がない。
 
 新一がポケットに入っている携帯が振動していることに気付き、ディスプレイで相手を確認するとすぐに出た。
「はい。……園子?ああ、勝った?そっか、よかった。さすが蘭だな。……うん、大丈夫だった?そうか、ならいい。うん、じゃあ、後で」
 ぱちりと携帯を切って、新一はにっこりと花のように微笑んだ。
「空手勝ったって。蘭がぶっちぎりの活躍で」
「ああ、そうでょうね。さすが蘭さん」
「おう!まあ黄色い悲鳴が聞こえまくったらしいけど、ファンの暴動もなく収まったらしい、二階席は鈴なりだったけどな。園子からの報告。あいつ、きっとファンに目を光らせていたんだぜ」
「……新一、それは当然のことでしょう」
「ああ、うん。そうだな。当然だ。園子がやらない訳がない」
 新一はキッドの言いように、おかしくなって目を細めた。
 空手部の試合で蘭が勝つのは必然だ。全国三位の腕の持ち主が、簡単に負ける訳がない。それより心配だったのは、熱烈なファンだ。女子生徒から圧倒的な人気を誇り、王子様と憧れている蘭が試合をする場合、女子生徒が二階席を占領するだろうことは想像に難くない。帝丹と江古田のファンだから、一般の人間が入らない今日は、まだましなはずだ。それでも暴走しないように、園子が仕切っていたんだろう。江古田側には柔道部も行っているから、きっとこき使っているに違いない。
 四季会事情は、他校の目から見るとあり得ないことだらけだ。
 なんとなく聞いていて会話に、服部と青子があれ?と首をひねっている。紅子は大して驚かないのは、帝丹の事情に明るいからだろうか。
 
「そろそろお昼ですね。しばらく昼食の休憩に入って、1時から午後の部が始まります」
 時刻はあと5分で正午だ。ほぼ、午前行われた試合は終了し結果報告が本部まで入っていた。
「ほんとだ。昼にするか?」
「ええ。紅子さん、青子さん、服部も本部を開けると困るので私達はここで昼ご飯にしようと思いますが、どうしますか?お昼もってみえました?それとも一応学食は開いていますから、ランチだけなら食べられますが?購買ではパンも売っています。まあ、交流会ですから、売っている数は少ないですが」
 学食では限定のメニューで今日は開いている。ランチとカレー。うどん等だ。購買ではいつもより少な目の品揃えでパンが売られている。牛乳、ジュースもそこで売っている。自販機はところどころにあるから、お茶や飲み物は必要な時に買える。
「あー、俺はおにぎり持ってきたで?」
 服部は袋を目の前で振る。
「私はお弁当を持参してきましたわ。飲み物だけ買って来ようと思いますけど」
「私もお弁当作ってきたよ。だから、本部にいても大丈夫。紅子ちゃん、飲み物なら一緒に買いに行こ?」
 持ってきた手提げ鞄からお弁当の包みを見せて、紅子と青子は顔をみあわせた。
「自販機なら、ここから校舎へ歩いて行くと右手にありますよ。お茶とジュースが入っていました」
「そうなの?青子ちゃん、買いに行きましょう」
「うん!服部君はいいの?」
「俺は、ちゃんと水筒も持参やー。試合があるから、水分補給用に持ってきたんやな」
 種目に出る人間は何かあった時のため、いろいろ持って来ている。
「なるほど。なら、行って来るね!」
 青子と紅子は連れだって歩いていった。それを見送って、服部は簡易なテーブルの上におにぎりの入った包みを置いた。
「では、食べましょうか?新一」
「うん!キッドのお弁当〜」
 隣から聞こえた台詞のおかしさに、服部は視線をやるとキッドが弁当を広げていた。だが、それは二人分はありそうなくらい大きかった。
 キッドが弁当箱の蓋を開けて、新一に箸を渡す。
「うわー、美味しそう。さすが、キッド!」
 新一は目の前に広がる弁当箱に詰められたおかずを見て感嘆を上げた。
 確かに、美味しそうだ。鶏の唐揚げ、ささみのチーズ挟み揚げに白身魚のフライ。出汁巻き卵にほうれん草のゴマ和え、トマトの丸ごとサラダ、カニとキュウリの酢の物。御坊のきんぴら。大根の糠漬け。
「どうぞ」
「いただきます!」
 新一は勧められるままにおかずを食べた。
「美味しい……。ささみのチーズ挟み揚げ、すごいいい。あ、トマトの丸ごとサラダって中をくりぬいてアボガドとトマトが入っているんだな!すげー美味しい」
 にこにこと笑いながら新一は頬張る。それに、満足そうに笑うとキッドも箸を付けた。そして、まあまあですねという顔をして食べた。
「……キッドが作ったのか?それ。で、工藤の分作ってきたのか?」
 迷ったが聞いてみた服部である。やはり謎は謎のままになんてしておけない!いや、謎じゃないけど、でも。心中で言い訳して、そっと伺ってみた。
「そうですよ。私の手作りです。昨日から下拵えしておいて今朝作りました」
「キッド、料理上手なんだぜ!」
 新一が笑顔で誉める。
 なるほど。工藤の分を作るのは当たり前なんやな?答える気が回らないくらい。
 少しだけ疲れたが、服部はぐっと気持ちを持ち直した。なんだか、こんなことで驚いていたら今後やっていけない気がひしひしとする。
「あ、キッド、お茶。今日は鉄観音にしてみた」
 新一が自分の鞄から魔法瓶を取り出して、プラスチックのカップに注いでキッドに手渡した。ありがとうございます、と告げてキッドはそれをゆっくりと飲む。味わうようにしてから、美味しいですねと言った。新一も笑い返して、のほほんとして雰囲気が漂う。
 早く、小泉さんと中森さん、帰ってこないやろうかと服部は胸中で願った。
 なんとなく、一人ラブラブの新婚さんの新居に放り込まれた気分なのだ。
 
 二人が帰って来るまで服部は黙々とおにぎりを食べていた。
 
 







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