一日をかけて、実力テストがある。 5月の行事らしい行事はそれくらいだ。というより他にあったら死ぬ。6月の交流会に向けてやらなければならない仕事がたくさんあるのだ。もしあったとしても、これ以上ほかの行事など構っていられない。 昔は芸術鑑賞が5月にあったらしい。が、今は6月に変更になっている。 それは、やってられるか?という四季会の悲鳴があったからに違いない。 5月ははじめに連休があって只でさえ日数が少ないのである。 あまりの忙しさに、四季会の面々は実力テストを本当に実力で受けることになる。それは恒例行事らしい、と前代のメンバーに聞いていた。皆同じような状況らしい。 園子は思った。ある程度の成績でないと四季会の仕事など不可能だ。もしかして人選に頭の良さという項目があるのだろうか。あるのだろう、たぶん。園子が知る前代も今代も頭脳はトップクラスだ。 ついでに癖がある人間ばかりだったな、前代。 そんな感想を抱いている園子だが、彼らが次代は癖のあるやつばかりだなーと思いながらネクタイを渡したと知らない。 園子がネクタイを譲られた時「がんばって守ってね!」と言われている。前代は本当に力になってもらった。いるだけで問題が起こる人間がいると、誰もが放っておけないのだ。四季会の力を存分に駆使してもらった。 昨年を思い出すだけで、自分たちのがんばりに拍手を送りたい。 本人が一番被害を受けたのだが、いまいちわかっていないような気がする。もう少し自覚が欲しいものだ。ただ隣で守護している騎士が甘やかしているのが悪いのだと時々思うが。 5月29日が名簿の最終提出日だ。試合で出場する人選をして提出しなくてはならないため、その日は提出書類が束となる。 書類に不備がないか確認してからパソコンに入力をして、書式を整えて印刷する。これは、一揃いを江古田に渡し、各主将に配る。試合を行う前にそれを審判に見せて名前を呼び、間違いないかチェックしてから試合が始まるのだ。 どうにか名簿が出来て最終のタイムスケージュールが組まれると、交流会がやってくる。 6月5日。 朝からいい天気に恵まれた。雨も降らず青空が広がっている。 正しく、交流会日和だろう。前日の放課後から準備してあるため、校庭に本部や救護のテントも張られている。簡易な椅子とテーブルなども用意され、あとはそこに人が座るのを待つだけだ。 今日は直接自分が出る試合が行われる学校へ行くことになっている。いったん集合してからでは時間の無駄であるためだ。他校へ行っても自校の責任者がいてくれるため、そこに集って指示に従えばいい。 朝一番に試合がある人間はすでに運動できるよう着替えてここまで来ているし、午後からの予定ならご飯を食べてから着替えることもできるように使われていない教室が更衣室として割り当てられている。 応援として付いてきた人員も、自分がするべきことは言い含められていた。試合が終わったらすぐに報告すること、次から次へと試合があるため、移動すること。タイムスケジュールを書いた紙を持っているから、その通りに進めなくてはならない。 始業の時間が迫ると、開会式を行った。校長が簡単な挨拶を述べるとそれぞれの学校の代表が前に出て挨拶をした。四季会からは新一だ。 「今日までたくさん練習してきたと思います。あとは、試合をすること、応援をすること、全てを楽しんで下さい。一日が終わった後に笑っていられるように」 うっすらとした微笑みで告げる新一に聴衆はほうと息を吐いた。 江古田からは紅子が出た。 「江古田の生徒が持っている力を出せば必ず勝てると信じていますわ。ただ、他校で見苦しい真似はしないで下さい。マナーを守れないなんて江古田の生徒として認めません。わかっていただけて?」 紅子は妖艶に微笑んだ。聴衆は惚けるような眼差しで紅子を見て頷いた。 彼らは思った。こちらでよかったと。帝丹と江古田が誇る美人の共演を拝めるなんて今日を逃したらいつになるか、わかったものではない。希少価値が有りすぎだ。 今日は一日縁起がいいな、と集まった生徒の心は一つになった。 帝丹側の本部には四季会から新一とキッド。江古田生徒会から紅子、服部、青子である。 江古田には蘭と園子が行っている。そして、白馬、本堂、和葉が残っている。 人選は江古田には生徒会長が残るため、副会長の紅子が帝丹に来た。それ以外は試合に自分が出る場合は種目が行われる方に振り分けられ、それ以外は抵当だ。 四季会は、蘭が出場する空手が江古田で行われるため、当然江古田になる。蘭が行くなら園子も一緒に行ってフォローに当たる。帝丹に残った新一とキッドは試合には出ないが、やはりお互いがお互いをフォローできるため、組み合わせとして最善である。四季会以下は、文化委員長が帝丹、運動委員長が江古田だ。 「俺はコナン・ドイルだ」 「工藤は、シャーロキアンかい。俺はエラリー・クインやなー」 「エラリー・クインねえ……服部はクイーンか」 二人は一瞬見つめ合った。そして、ふうとため息を付く。 「俺、アガサ・クリスティも好きやで?」 「ああ、俺も好きだな。『そして誰もいなくなった』は傑作だろ?」 「でもな、『オリエント急行殺人事件』も捨てがたいで?」 再び二人は視線を交わしから、横を向いて吐息を付く。 新一と服部はミステリ好きだと話の途中でわかった。本が好きな人間からすれば、趣味があうことだと思われるかもしれないが、ミステリマニアにとって好きな作家が違うと大きな溝があるのだ。特に巨匠と呼ばれる作家のファン同士は。 とはいっても、ミステリ談義に花が咲くくらい仲良くなったのは事実だ。 なぜ、こんな風に名前を呼び合うくらい仲良くなったかというと。 本部は何事もなければ暇だ。 同じ場所で無言でいるには、居心地が悪い。顔あわせだけはしても、親しく話したことがない両校の人間は今日はよろしくと挨拶した。その時呼び方を決めたのだ。 「紅子でいいわ」 「私も青子で!」 女性陣は最初「小泉さん」「中森さん」と呼んでいたら、名前でいいよと言われたため、新一とキッドは「紅子さん」「青子さん」と呼ぶことになった。服部は今更直せないので今まで通り名字で呼んでいる。 「俺は服部でええわ。おまえらたくさんあだ名あるんやろ?皆『宮様』とか『騎士殿』とか呼んどる。俺はどう呼べばいいかなー」 帝丹であるおかげで、先ほどからテントにいる新一とキッドに帝丹の生徒が「宮様」「騎士殿」と呼びかけている。それに対して二人ともふつうに受け答えしていることから、常日頃から呼ばれ慣れているとわかる。 「そうですわね。『宮様』と呼ばれていましたわね。似合っていますけど」 紅子もころころ笑う。ちなみに、彼女は江古田で「魔女殿」と呼ばれている人間だ。 「『宮様』?素敵ね!私も呼びたいなー」 青子は天然を発揮してそんなことを言う。 「すみません、紅子さん、青子さんと服部。俺のことは普通に『工藤』でお願いします」 「そうですよ。わたしも『キッド』で結構です」 新一とキッドは切実にお願いした。他校の生徒会の人間からまでそんなあだ名で呼ばれるなんて勘弁してほしかった。 結局男性陣は「服部」「工藤」「キッド」と呼ぶことになった。女性陣はそれに君付けとなる。 それから自然、話が弾んだ。新一と服部は本の趣味が似ていることを知り、マニアな会話になったのだ。 「……なら、日本ものは?」 新一は、腕を組んで首をひねり一応接点を見いだそうとする。ここで決裂するのも忍びない。 「俺は『鬼平犯化帳』やな!『宮本武蔵』もええな。幕末も好きやで」 服部は嬉々としてあげた。 「それミステリじゃねえ。歴史、時代劇ものが好きなんだな、服部は。で、幕末は沖田の影響か?」 新一が悪戯っ子の目で笑う。 「ち、違うわ!関係ない。幕末は劇的やから……」 「まあ、そういうことにしておいてやるさ」 「工藤!」 服部は剣道部に所属している。小学校から道場に通っているため、自分でもそこそこの腕前だと自負していた。 だが、昨年帝丹の沖田総司と戦って負けた。沖田は帝丹が誇る全国に轟く剣豪である。その優しげな風貌と細身の身体から想像できない突きを繰り出す。彼は幕末の新撰組「沖田総司」の子孫であるらしい。血によって受け継がれているとは思わないが、それくらい凄腕だ。 今年こそは勝つ、雪辱を果たすのだと服部は息巻いていた。 服部は自分が途中で抜けて剣道の試合に出ることを最初に告げていた。本部に詰めている生徒会の人間が種目に出ることは認められている。ただ、人手が足りなくなることは申し訳ないため、「それまでは、仕事するから堪忍な」と手をあわせて拝んだ。 「そんなにバリバリ意識していると本番で緊張するぞ?」 「負けへんで!今度は俺が勝つんや」 「……沖田に勝つ?」 新一が小さく笑った。 昨年服部が負けたこともすでに聞いているし、帝丹の四季会として沖田の実力は知っていた。 「もちろんや!」 服部は、どんと胸を叩いた。 「一応俺は帝丹の四季会だから沖田を応援するぞ?だが、まあ、がんばれ」 ぽんと服部の肩に手をおいて新一は柔らかく笑った。 「やっぱ、観戦というか応援に来うへんか?」 服部が新一を誘う。一度話のついでに誘って断れているのだ。 「でも、人手が一人足りなくなるのに、行く訳にはいかねえだろ?」 ただでさえ、服部が抜けるのだ。これ以上の人手は割けなかった。 「いいんじゃないですか?行ってこれば。そして、我らの学校の沖田を応援してこれば?」 キッドが笑いをこらえながら、言う。 「いいでしょう。どうぞ工藤君、行ってらして?服部君も応援があった方が張り合いがあるでしょ」 紅子が援護する。面白がっているとわかる物言いだ。 「そうだね!行っておいでよ。私、剣道のことわからないから。工藤君が行って見てきてくれれば、嬉しいな!」 横から青子まで促す。 「……行くか?」 「おう!」 新一の肯定に服部は手を握ってぶんぶんと振り回して喜びを表した。それを微笑ましく皆は見ている。 なぜ、キッドまで友好的なのか。 それは、服部が幼なじみ曰く朴念仁であるからだ。 彼は、紅子と新一を間近で見ても、美人やなと思うだけだったのだ。通常、何か欲が入った目で見られることが当然である二人にとって、純粋にただそこにある美を賞賛する視線は希有だった。 決して服部ももてない訳ではないのだが、今まで付き合って下さいという告白も断っている。中には可愛い子もいたのだが、服部はごめんと謝った。 幼なじみの和葉からすれば、ほのかに想いを寄せる服部が告白を断ったという事実を聞く度に安堵していたが、反対にまったく人の好意にたいしても鈍感なのが困りものだった。 この、朴念仁!和葉は心の中で何度も叫んだものだ。 男として美人や可愛い子やスタイルのいい子に目が行くのは当然だが……服部もそれは否定していない……如何せん、美しい景色を見るような視線なのだ。和葉がアプローチしても、気が付かないはずだ。 そんな服部であるから、新一は友人としてあっという間に認めキッドも心安らかに見守っていられる。紅子も同様だった。 |