連休が開けると、打ち合わせのため帝丹側は江古田学院へ赴いた。 前回は江古田側が帝丹学園へ足を運んでもらった。今度は逆だ。 二高は所在する市は違うのだが、距離は近い。駅にして7駅。ただ、乗り換えがある。そして、学校までには徒歩で15分。 だから、町中で制服を見かけることも多々あるし、友人がいる場合もあるものだ。もっとも、関係が薄いと関わり合うことがないのだが。 「いらっしゃい」 正門で案内に出てきてくれたのは、すでに顔見せをした中森青子だった。 「こんにちは。今日は、よろしく」 愛想良く園子が一歩前へ出て握手する。こういう時園子が率先して役割を果たす。 誰がやってもいいのだろうが、自然に役割分担をしているのだ。四人は己の得意分野というものを知っているし、誰がやった方が効果的か深く理解していた。付き合いの長さは伊達ではない。 「こちこそ。案内しますので、付いてきて下さい」 青子は前を歩きながら、時々後ろを確認しながら案内する。来客用の入り口から入りスリッパに履き替える。階段を上り長い廊下を端まで歩き、角を曲がって真っ直ぐすすみ一番奥の部屋のドアを青子は開けた。 「連れてきましたよ」 どうぞと青子が中に促すので、四人はそのまま「失礼します」と言って入った。 「いらっしゃい。帝丹学園のみなさん」 白馬が、会長らしく笑顔で迎えた。 「紹介するよ。この間欠席していた、書記の本堂瑛祐君」 「はじめまして、挨拶が遅れましたが書記の本堂瑛祐です。よろしく」 思い切りよく頭を下げた。そのせいか、ごつんと足がテーブルの脚に引っかかって音を立てる。本堂はしまったという顔をして恥ずかしそうに頭を掻く。 「今日来てもらった帝丹の方だけど、四季会のメンバーだ。こちらが鈴木園子さん」 本堂がどこか身体をぶつけるのはよくあることであるため、白馬は気にせず紹介に移る。 「はじめまして」 園子が愛想良く笑う。 「こちらが、毛利蘭さん」 「こんにちは。よろしく」 蘭もふわりと笑って軽く頭を下げた。 「こちらが、工藤新一君」 「はじめまして。よろしく」 新一は綺麗に微笑んだ。愛想が入っている分、見惚れるくらいの威力があった。 「こちらが、キッド・クローバー君」 「はじめまして。どうぞよろしくお願いします。……白馬に君付けされると変ですね」 キッドは愛想笑いをしながら、白馬につっこんだ。 「僕だって、気持ち悪いですよ。仕方がないでしょう?それとも呼び捨てにされたかったですか?」 白馬も遠慮なく返した。 「呼び捨てで結構です」 きっぱりキッドは断言した。 「公の場で紹介する時もですか?建前はあるでしょう?」 「いりませんよ。あなたにされたくありません。それに、私がでは白馬君とか探君と言ったらどうですか?」 「……違和感ありまくりですね」 「そうでしょう」 「わかりました。なら、これまで通りキッドで」 白馬も毒気を抜かれつつ、ふうと息を吐いた。言いたいことを言い合える、理想的な関係と言えるかもしれない。本人達は否定するかもしれないが、気は合うのだろう。 「……キッド。サグルも。もう少し、押さえておけ。ここは江古田生徒会室?なあ?」 二人の間に立ち、それぞれの肩をぽんぽんと叩いて新一は苦笑した。親しい人間に見せる困ったような笑みだが、決して不快に思っていないことがわかる微笑みだった。 園子と蘭は、全く動かなかった。この場合、新一に任せるのが一番なのだ。白馬とキッド二人に絶大な影響力を持つのは新一だけなのだ。 「すみません」 「失礼しました」 白馬とキッドは謝った。 「いいけど。そろそろ打ち合わせに移ろうか?せっかく来たんだし」 「そうですね。では、こちらに座って下さい。話し合いに移りたいと思います」 白馬は長い会議用のテーブルの片方に帝丹の四季会メンバーを座らせ、その反対に対面して江古田メンバーを配置した。 そそくさと、青子と和葉がお茶の用意をして持ってくる。 「では、配置から」 白馬は書類を広げながら、話し始めた。 決めることはたくさんある。 前回、顔合わせの時に大まかに決めた配置場所。 あれから部やクラブの新入部員を含めて人数を確認して、今年も変更なく試合を行えそうだと報告しあった。 部など人数が確保できないと試合が行えないからだ。その上、片方だけそろっても駄目だ。 昨年の配置場所を参考に、問題点を出し合しあう。 校庭を広く使うものは、野球とバスケット、サッカーとバレーと組み合わせそれぞれの学校に分ける。陸上もトラックを使うことが多いため、午後の時間にするなどして調節する。 体育館を使うもの、武道館を使うもの。教室で行うものを公平に配置する。運動部、文化部の比率と男女の比率を考え偏りがないように。 試合時間を試算して、タイムスケジュールを立てる。 そして、救護班。真剣に試合などしていたら怪我をする可能があるため、わざわざ保健室などに行っている時間を短縮するために外にテントを作って校医と参加協力を申し出た生徒で救護に当たる。 本部も外にテントを張って設置し、なにかあったら動けるように待機しておく。同時に試合結果の報告をいち早く受け、ホワイトボードを活用した掲示板に書き込み皆が現時点の結果を一目でわかるように発表する。放送部の部員も横で、結果が出る度に校内放送する。 また、ここでは、互いの生徒会が待機する。 半分の生徒が他の学校へ行くのだ。生徒会は責任者として円滑に進めるために引率しなくてはならない。 だから、本部には四季会と江古田生徒会が半分ずつ待機することになるのだ。 試合に欠かせないのが審判だ。誰がやるのか?という問いは教師がやると都合がいい。ただ中立である態度が必要であるため、互いの学校の顧問同士でそこは正してもらうことになる。もし、不満がある場合は、即刻本部へ知らせに来てもらう。 各、応援は吹奏楽部や合唱部が中心となる。部に入っていない帰宅部や試合ができない部の部員も強制参加である。 そして、現段階で、各部、クラブ、同好会の主将の名前一覧を渡しあう。 一度にすべてを決められなくとも、ある程度の目測は立てられる。今日決めたこと、決められなかったことは持ち帰り、また詰めて決定する。どうしても間近でないと確定しないこともあるから、会って決める時間がない時はメールなどのやり取りをすることで合意。 そんなこんなで打ち合わせは終わりを迎えた。 「それにしても、噂の人やったんなー」 服部はしみじみとの吐息混じりにのたまった。 四季会の面々の中で一番目立つ人物を服部は今まで知らなかった。 昨年の交流会では、まだそこまで噂が出まわっていなかった。入学したばかりの6月だったせいだ。 それに、服部は剣道の試合が江古田側であったのだ。あれだけ人目を引くのだから帝丹に赴いた人間は出会う確率もあっただろうか。 そして、関わり合いのある行事は文化祭がある。大概、交流のある学校へ行くものだが、残念ながら昨年は同日に重なってしまった。だから、誰一人として行けていない。 帝丹は10月末から11月初めの間で、その年のカレンダーを見て決めるのだ。毎年同日とは決まっていない。 そんな理由で、江古田と帝丹は同じ日にやったり別の日にやったりする。重ならなければ、互いの高校に遊びに行くことが多い。 間が悪いというか、噂を大して気にもしていなかったためか、服部は四季会のメンバーを誰一人として知らなかった。見かけたことでもあれば、目立つ集団だから絶対に忘れないと思うのに。 その中で白馬とは縁が深そうな美貌の人物工藤新一は、今まで自分が知らなかったという事実を抹殺したいくらいの人間だった。己は、これでも探偵を志しているのに他校とはいえ、これほどの人間を知らないなんて信じられない。周りには目を配っておくべきだとわかっていたのに。まだまだ精進が足りないようだ。 噂だけは実は聞いていた。ただ「宮様」「傾国の人」「お姫様」と聞いても実物を拝んだことがないため、女にすごく興味があるという訳ではないので、気にならなかった。 江古田には、小泉紅子という美女がいたせいだ。 江古田一番の美女紅子を見ていると、帝丹にいる美人も同じようなものなのだろうと勝手に思った。 顔あわせで初めてあって驚いた。こいつは、何だろうと思った。美人は美人でも違うのだ。ついでに男だった。 白馬と親しいことだけはわかったため、帰ってから問いただした。服部だけではなく、和葉も青子も皆興味津々と白馬を囲んで質問した。 何者なの?どういった関係?昔なじみってどんな?出会いは?四季会メンバー全員と顔見知りみたいだけど、どうなの? 質問責めにされて、白馬は話せることだけ口を開いた。多少は情報を与えた方がいいと思ったのだろう。隠されると人間暴きたくなるものだ。 白馬の話を聞いて、女性の方が目をきらきらさせた。和葉も青子も、うっとりして聞き入った。紅子はおもしろそうに笑っていただけだった。事情通の彼女は大まかには知っていたのかもしれない。 「平次、噂にニブいやんか。私も知らんかってんけど。人のこと言えへんわ」 「四人とも美人だよね。顔で選んだの?って疑いたくなるくらい。実力伴っていることはわかっているけど!目の保養〜」 服部の呟きに、関西人らしく和葉がつっこみを入れて隣で青子は天然発言をした。青子は綺麗なものや可愛いものが大好きなのだ。 「そうですね。美人ですよねー」 今日初めて四季会メンバーに会った本堂は惚けて見ていた。美人が誰にかかるのか、彼の視線の先を辿ると一目瞭然だ。長い黒髪の楚々とした美人、「桜の上」だ。 江古田学園の生徒会メンバーの興味と視線を集めている四季会の四人は現在白馬と楽しそうに話に興じている。和やかな雰囲気が漂ってきて、本当に仲がいいのだと理解できる。 声は少ししか聞こえないが白馬が新一に何か包みを渡したのが見えた。新一はそれを受けとり、やがてふんわり笑った。だが、隣にいたキッドが横から何やら言って、白馬と言い合いに発展しそうなところで、新一が間に入って止めた。キッドが新一に何かいって、手から花を取り出し新一に捧げた。驚いた。あれだ、魔術師とあだ名が付いていたはずだ、彼は。 その背後で蘭と園子と紅子が企んだ顔で話している。側で三人が騒いでいても気にもしていない。 服部と和葉、青子、本堂は人間関係の図式を理解した。 これから彼らと付き合いはしばらく続くのだが、あの中に入るのは止めようと心中で誓った。 |