「Colors」1ー10







『四季会よりお知らせです。「調停」のため、男子バレー部、陸上部、サッカー部。以上の部長は放課後四時までに四季会室へ来るように。……繰り返します、「調停」のため、男子バレー部、陸上部、サッカー部。以上の部長は放課後四時までに四季会室へ来るように。来なければ、義務の放棄とみなし第一次処罰とする。以上、四季会よりお知らせでした』

 昼の放送で再び調停の知らせが入った。聞いている人間は、またかと思ったくらいですでに行事と化している。慣れない1年生も初めてではないため、こういうものなのだと納得していた。
 
 放課後の四季会室。午後四時。
 男子バレー部、陸上部、サッカー部の主将がやってきた。
 一列に並んで、静かに調停を待つ面々である。呼ばれるのはわかっていたのだ、彼らは。熱烈に勧誘をしたら、こうして呼び出される。わかっていても、勧誘したい人間がいるのだから仕方ない。
 
「まず、男子バレー部。休み時間の度に通って勧誘をしていた。放課後帰宅するのに正門まで付きまとった。練習を見に来てほしいと執拗に誘った。すでにバレー部の1年生にも、入ってくれるように誘わせた。以上、反論は?」
 園子が腕を組んで、ちろりと見る。
「ありません」
 バレー部主将、皆川が静かに認めた。
「次、陸上部。主将の勧誘は昼休みや放課後行い、同じクラスであることを利用して1年生の部員に誘わせた。で、男子生徒に女子部員で勧誘させた。以上、反論は?」
「……ありません」
 陸上部主将、岸谷が頷く。
 横でそれを聞いていた皆川が驚いた顔をしている。同じように勧誘をしているとは相手だとはわかっていも、内容は詳しくない。
 といより、手段を選んでいない。それは、たぶんその横にいるサッカー部主将も同じ意見だったのだろう。え?という抜けた顔で岸谷を見ている。
 
 園子から視線で受けて、新一がこほんと咳払いをして口を開く。サッカー部は縁があるから、自分が言った方がいいだろうとの判断だ。
「次、サッカー部。朝登校してきた所を待ちかまえて勧誘した。放課後に見学に来るように誘っていた。その際、友人も一緒にどうだと誘い巻き込んだ。以上、反論は?」
「ありません」
 サッカー部主将芥川が肯首した。
 
「校則に従って、明日から一週間の勧誘禁止とする」
 新一は処罰を告げた。
「だが、陸上部はやり方が抜け目ない。使えるものは何でもというのは、嫌いじゃないがそれでも、常識でやって欲しい。今回のペナルティは余分に付けないが今後もし同じように違反をした場合は、厳重に処罰するので注意するように」
 厳しく新一は付け加えた。
 
 
「さて、浅岡次郎君。どうする?」
 部屋の奥で調停を見ていた浅岡は、新一に問われて戸惑った。
「あー、どうしたらいいのか、わからないんですが?」
 どう答えたらいいか、わかならないというのが正直な気持ちだった。
「ふむ。では、この3つの部に興味はある?それともどこか見学に行きたいところがるのかな?」
「俺、身体を動かすのは好きなんですが、何か部に入ってスポーツをやりたい訳じゃないんです。体育の授業でサッカーでもバレーでも陸上でもやれたら満足だし、友達と公園でバスケとかできたら、それだけでいいんです」
「運動部には入る気がないということでいいか?」
「……はい」
 こくりと浅岡は頷く。
 その瞬間、勿体ないとつぶやきが聞こえた。
 部として、これだけスポーツ万能な人間は喉から手が出るほど欲しいだろうが、本人にやる気がなものはどうしようもない。
「なら、文化部はどうだ?君が何か見学したりやってみたいことがあれば遠慮なく言ってくれていい。こいつらが邪魔で他へ行き難かったなら、こちらから声をかけておくが?」
 他の運動部にも邪魔はさせない。新一は約束した。
「俺、俺は室内で本を読んでいる方が好きなんです。活動って言われるものは、あわないと思うし」
 困った顔で浅岡は言い募る。
「本が好き?」
 一方新一は表情を一変させた。目がきらっと光る。
「ええ。好きです」
「ミステリとか読む?それともファンタジー?SF?」
「ミステリは好きです。ファンタジーはあんまり得意じゃないくて。SFは少し。歴史物とかは大好きです」
「そうか。なら、ミステリ研究会とかどうかな?同好会だから好きな時、好きな本を読んで、話しあうだけなんだけど?」
 新一はにこりと笑って誘った。花のような笑みだった。思わず、浅岡は赤くなる。
「え?はい」
 浅岡は頷いていた。
 
「宮様。それはあんまり……」
「そうそう。ここで自分の方に誘うなんて!それも笑顔付きで!」
「誰でも落ちるって……」
 呼び出された主将達はさすがに声に出していた。目の前で四季会の一員である新一に勧誘されたら、立つ瀬がない。というか、いいのか?それは、と文句の一つも言いたい。
 
「ふん。いんだよ。俺はミステリ研究会に入っている訳じゃないから、自分のクラブに誘っている訳じゃない。遊びに行くことがある程度だ。それに、ちゃんと興味を聞いて相談に乗っただけだ。見ていただろ?違うとでもいうのか?」
 
 文句があるなら、言ってみろとばかりに見つめられて、三人は黙った。
 その視線は人を惹きつける力が強烈で艶まであったのだ。さすが「蒼い女王」「傾国の君」と呼ばれるだけのことはある。一般人は、平伏するしかない。
 
 ちなみに、その誑しっぷりを生ぬるい目で見ている園子と蘭と、渋面を作って眉間にしわを盛大に刻んでいるキッドがいた。
 
 

 
 
 GWは四季会も休みだ。部やクラブは活動もあるだろうが、四季会は休みと決まっている。通常多忙であるため、その間だけでも休暇を取ることに誰も文句はなかった。
「という訳で、書類などは30日までに提出すること」と通達がされた。

 5月2日から6日まで連休であるから、4月30日までに提出された書類を5月1日に仕上げるという予定が組まれていた。
 もし締め切りを過ぎたものは連休明けとなっている。
 重要なものがあったら、絶対に30日までに提出しなくてはならないため各部や委員会など大慌てで四季会に提出に来ていた。
 
「なんでこんなにあるのかしら?」
 山と積まれた書類を見ながら園子が嘆く。山とは比喩だが、数センチ詰まれていた立派な山だ。なぜなら、山が一つではないし、これからも増えるのだから。
「手を動かせ、園子」
 自身も書類をめくりながら読みつつ、必要な部分にサインを入れていくという作業をしながら新一が注意した。
「文句くらい言わせてよ!ああ、なんでこんなに間際に持ってくるのよ。明日もあるけど、できるなら今日やっておきたじゃない?明日終わらないと帰れないんだから!」
 ぶちぶちと言いながが園子が書類にサインをして、一枚「サイン済み」の山へ移す。
「でも、園子じゃないけど。減らないわ!」
 蘭まで愚痴を漏らした。
「束になった入部届けと、連休中の部活動の予定。試合の日程、それよる校庭や体育館の使用許可申請。それぞれの部やクラブからの学校機材の貸し出しの要請。必要なものはパソコンに入力。……ふざけているの?」
 なんでこんなに仕事があるのだろう。
 連休を休むためとはいうが、休まないとやっていられない、本気で。
 連休中に部やクラブの活動をする場合は、事前に予定を申し出ておかねばならない。顧問が見ていてくれればいいが、何かあった時困るのだ。それに、大丈夫のはずだが、ブッキングしないように予定を組む。校庭や体育館の使用は祝日でも普段と変わらない曜日と時間と決まってる。もし、どうしても使いたければ各部で譲りあうが、そのつもりという曖昧な場合もあるため、四季会でスケジュールを管理しておく。
 練習試合を行う部もあるから、我が校でやるのか相手校でやるのか、きちんと把握しておかなければならない。学校の機材を使う場合もあるだろう。それらに伴い、予定表と申請書を添付して提出される。帝丹学園の部、クラブ、同好会はとても多いのだ。書類が山となるのは必然だった。
「ただいま戻りました」
 キッドが颯爽と部屋に入ってきた。手には嬉しくない書類を持っている。
「目安箱も見てきました。勧誘の調停に関するものはほとんどないようですね」
 キッドは一人でまとめて投書箱を回ってきた。仕事を手分けしているためだ。投書の紙はそれほど多くない。戻って来るまでにざっと目を通してキッドは、必要なことを報告する。
「調停やったばかりだからね。一週間の勧誘停止は堪えるでしょう。しばらくは落ちついているんじゃない?」
 手は動かし書類から目を離さないで園子が返した。
「そうですね。家庭科室の前の蛍光灯が切れている。変えてほしい。……これは用務員の方に伝えておきます。それから、連休中は校舎に入ることができるのか?クラブ活動をしていないけれど。……これは、どうしましょう?入ることは可能ですが、クラブ活動なら顧問がいて見ていてもらえますが。何かあった時困りますよね」
「それは、校長か教頭にも確認しておかないといけないな。こっちで勝手に決める訳にもいかない。責任の所在がなー。用がないなら来るなっていえないし。友達が試合やっているから応援に来たいって場合もあるだろう」
 新一が、考えながら発言するが、結論がすぐに出るものではない。
「仕方ありません。ちょっと職員室へ行って来ます。この投書について、容認していいか相談してきます。良くても悪くても、連休前の朝礼で言ってももらえばいいですよね?」
「いいだろ。任せる」
「はい」
 二人の間で話が付く。園子も蘭も口を挟まない。挟まないということは反論がないということだ。耳には聞こえているのだから、意見があったら言う。
「で、これが追加です」
 持ってきた紙の束をキッドはぽんと置く。それを視界に納め、園子と蘭は嫌そうに顔をゆがめた。新一はすでに諦めている。
 なんとも言えない間が部屋の中を支配するが、ふと、書類から顔を上げて園子が新一を見た。
「そういえば、連休は新一君のところ行ってもいんだよね?」
「ああ、確認するの忘れていた。忙しすぎて」
 蘭も目を見開き、思い出したように新一に視線を向けた。
「いいけど。おまえらこそ、いいのか?」
 新一が逆に首を傾げながら問う。
「当たり前じゃない。新一君の誕生日よ。去年だってお祝いしたじゃない」
「そうよ。こうして一緒にいられるんだから、お祝いさせてよ」
「サンキュ」
 GWの連休中に新一の誕生日が来る。昨年も工藤邸でお祝いをした。
「今年は何のケーキを作りましょうかね……」
 キッドは、当然とばかりにリクエストを聞いた。新一の誕生日をお祝いするのはキッドにとって必然だ。昨年は誕生日らしくスポンジに生クリーム、上に苺をたくさん乗せたケーキを作った。
「去年の王道のケーキ美味しかった!今年は、どれがいいかな。キッドが作ってくれるケーキなんでも美味しいから」
 にっこりと笑う新一にキッドも笑みを浮かべた。
「何でもいいですよ。それに、誕生日でなくても食べたい時に作ります。アップルパイ、チーズケーキ、洋梨のムース。フルーツゼリー、プリン、ティラミス。どれでもいいですよ?」
 並べられたケーキやデザートはどれも食べたことのあるものばかりだ。キッドは手先が器用であるため、料理もお菓子作りも上手いのだ。
「なら、今度チーズケーキ食べたいな、ベイクドの」
「わかりました」
 キッドは新一の希望を喜んで聞き入れた。
 
「じゃあ、私達は別のもの持っていくか。食材とかさ。ご飯作ってもらうために」
「茶葉でも珈琲豆でもいいね」
 園子と蘭がぶつぶつと言い合う。誕生日に欠かせないケーキをキッドが作るなら、女性二人は自分にできることをするしかない。お祝いしたい気持ちを表すのだから。
 
 







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