「Colors」1ー9







「こんにちは!」

 相変わらず元気に挨拶して入室してきた写真部の新田である。
「今回は新作の検閲に来ました」
 間をおかずに、用件を述べて持ってきた写真の束をテーブルに置いた。それに、苦笑しながら座れと新一が勧める。
 はい、と素直に頷いて腰を下ろす新田に園子と蘭が相対する。
「えっと、スポーツテストがあったので、そのあたりの写真です。格好いいんですよ、彼!それから、彼女もすらっとした脚が魅力的で。それと、彼かなー」
 たくさんある中から、今年の有望株を見せながら説明する。
「……ふうん。彼?一番は」
「ええ!浅岡次郎君。運動神経抜群なんです。身長はそれほど高くはないけど、これから伸びるだろうし。まだ、十五歳ですからねえ。顔立ちもはっきりしていて日本人にしては彫りが深いから、もてますよー」
 一番目を引く写真は、上は白いTシャツで、下はトレーニンブウェア姿の浅岡は真剣な顔をしているものだ。これから何かの種目に挑む場面なのかもしれない。
 うっすらと汗を掻いている横顔の写真もいい出来だ。走っている姿はロングだが、躍動感があっていい。
 スポーツドリンクを飲んでいる姿、友人と笑っている姿がほかにも映し出されてる。
「いいんじゃない。きっと、人気が出るよ」
 蘭も写真を手に取り誉めた。だが、園子は眉を寄せた。
「……そうだけど、彼、あれだよ」
「ああ」
 二人の間でわかりあう。微妙な言い回しに、新田もなんとなく察した。
「彼、スポーツテストで一躍注目が集まったんですよね。本当に走っても早い、幅跳びなんて、軽々と飛ぶんです。それに動いている姿が様になるというかキレイなんですよ。カモシカの脚ですよ、彼。ということで、運動部から目を付けられているそうです」
 小さく笑って新田は情報を公開する。
「さすが、情報も早いわね〜」
「いやいや。女王さまには敵いませんよ」
 謙遜するが、新田率いる写真部は情報が命である。誰が人気が出るか。どれだけ人気があって、写真を作ってニーズがあるか。知らなければやっていけない。
 毎年、スポーツテストが終わると、今まで知られていなかった生徒が実は運動神経がいいことがわかって、是非部に入って欲しいとアプローチを受けるのだ。
「彼、どこら辺から目を付けられているか、知っている?」
 写真を指で撫でて園子がにたりと笑った。知っている情報を寄越せという圧力がある。新田も逆らうことは得策ではないので、素直に吐いた。
「俺が知っているのは、バレー部。それから陸上。サッカー部もかな?陸上はあまりにも総合力が高いのでどの種目でも総体目指せるかも、って期待を寄せているそうです」
「……なるほどね。ありがとう」
 園子が微笑んだ。女帝然として人を従える笑みだ。
「で、彼女は?」
 蘭が女子生徒の写真を何枚も見ながら問う。
「瀬川茉莉さん。運動神経いいし、健康美があるでしょう?主に男性陣から人気を集めていました」
 確かに、健康的な少女だ。背も高い。
「……アングルが、あれじゃない?」
「男の視点なんです!別に、このくらいは一般的ですから!」
 蘭の指摘に新田が弁解する。多少、アングルがエッチでも問題程度なのだ。生足が写っているくらいは許容範囲だ。体育座りしている足でも。ちょっと下から撮ったものでも。
「…………ふん」
 蘭が胡乱げに新田を見て不満を含んだ声で肯定しているようで非難した。
 すこし背中に冷や汗が流れるが、新田は知らん顔で乗り切った。
「あとはですね!この彼。背は低くてこれからなんですが、走ると早いんですよ。柔軟性もあって、動きが歯切れいい。顔立ちが甘い美少年タイプ。年上にもてると思うんです」
 次に行きますよ、と新田は話を変えた。
「長沢雅人君です。ちょっとブロマイド風に撮りました」
 笑顔のアップは確かに、アイドルの写真のようだ。何枚も連続して撮ったようで笑顔と静かな笑みと、遠くを見る表情がある。
「アルドルか」
「アイドルね」
 園子も蘭も同意見だった。
「1年生にアイドル!いい人材です。これからたくさん写真を撮りますよ」
 胸を張って新田は宣言する。
 新しい稼ぎ頭の発掘も写真部の仕事の一つである。
「で、検閲は?大丈夫そうですか?」
 新田はお伺いを立てた。
「そうねえ、お勧めは誰でも行けそうだけど。枚数は最初制限した方がいいわね。……浅岡次郎君は特に。これと、これでいいんじゃない?」
 園子が一番写りがいい写真を二枚選ぶ。
「人気が高まったら、新作を増やしていく方がいいよ。写真が欲しいわって思ってもらえるのが大事だものね」
 園子は四季会としての戦略を立てる。
「瀬川茉莉さんは、肌の露出が少ないのにしてね。一枚はいいけどそれ以外は普通のにしてね。男はチラリズムがいいんでしょ?だったら、一枚で十分よ」
 目が笑っていない蘭が新田に丁寧な口調でお願いをした。お願いというより強制だった。
「はい!了解しました。桜の上!」
 怖いと思いながら新田は即刻頭を下げた。
「長沢雅人君はブロマイドいいよ。ばばーんと五枚くらい売ってみて?人気が出たらもっと行こう」
 長沢に関しては問題なしである。蘭も園子の隣で頷くだけだ。
 新田ははいと言いながら、他にも撮った写真も見てもらって大丈夫かどうか待った。
 
「お疲れ。休憩にしとけ」
 新一がお茶をいれてやってきた。湯気が立つカップをそれぞれの横に置いて、隣に新一も座る。
「あ、今日は珈琲なの?」
「そうだ。時々はいいだろ?人数も少ないからな」
 紅茶が多くなるが、珈琲も大好きな新一は人数に応じていれるものを決める。
「おいしい……」
 うっとりと園子が目を閉じて珈琲を味わう。
「なんて、ラッキーなんだろう。美味しいです。宮様」
 新田も幸運を噛みしめて、珈琲を飲む。お茶をご馳走になることは時々あるが、珈琲は少ないのだ。紅茶も美味しいが珈琲はレアである。
 部屋には新一と園子と蘭と新田しかいない。まだ今日キッドは来ていない。奇術師同好会に顔を出してから来ると言っていたから、もうしばらくは来ないだろう。
「新田さんは、珈琲は好き?」
「好きですよ。紅茶も珈琲も緑茶も飲み物は何でも好きです。うちは、母親がそういうのが好きなので、毎日いろいろ出てきます。この間、紅茶らしいんですが、薬っぽい香りで味もなんというか微妙にまずいものが食後に出てきた時は、困りました。残すと怒るし、でも、まずいんですから!親父も飲めなくて謝っていたので、俺も免れましたけど」
「……それは、海外の紅茶かな?」
「たぶん、ちょっと読めないヤツでした。パッケージも怪しい感じで」
 その袋を思い出しながら新田が首をひねる。
「新田さんのおうちって、お母さんが強いの?お父さん尻に引かれている?」
 話の内容から十分に察することができる。蘭の素直な問いに新田は無言で頷いた。
「そうなんだ。なら、うちと一緒よ」
 蘭がころころと笑った。
 蘭の父親は警察官、母親は弁護士。多忙な二人は喧嘩するほど仲がいいを地でいっていた。が、母親の方が断然に強かった。弁護士に口で敵うわけがない。
「同士ですか……」
 なんとも言えない微妙な顔で、新田は苦笑した。
「嬶天下はうまくものよ」
 園子が隣で意味深に笑った。どこの家庭も同じなのかもしれない。
「そうかもな」
 新一でさえ、同意した。
 そこに、なんとも言えない空気が広がった。世の中女性の方が強いようだ。

「検閲は通りましたか?」
「いいわよ。新作待っているわね」
 すべてのチェックを終えて新田は大きく息を吐いた。
「では、失礼します。忙しい中、ありがとうございました」
 一仕事終えたとう気持ちで新田がお礼を言って辞することを伝える。
 新田が部屋から出ようとしたと同時にドアが外から開く。
 
「遅くなりました」
 キッドがやってきたのだ。新田は小さく笑って、ではと言ってキッドと入れ違いで去っていった。
「写真部ですか?」
 出ていった新田を見送ってキッドは新一へ視線を向けた。
「ああ。検閲。新作出るってさ。園子と蘭がしてたけど、今期も人気が出るヤツがいるぞ。格好いいヤツもいるってさ」
 珈琲を入れていても話している内容は聞こえていたため、新一も知っている。
 
「格好いい?」
「そう。格好いいスポーツマンと健康的な女の子と男性アイドルなヤツ」
 いいながら新一は個性がそろっているものだと思う。
「新一もそう思ったんですか?」
 何か含んだ言い方で目を細めるキッドに新一はわかってしまった。
「……バカだなあ。キッドの方が格好いいに決まっているだろ?」
 指でキッドの頬を撫でて新一は笑う。
「……」
 拗ねているのだ、キッドは。
 新一の一番が自分でないとイヤなのだ。素直には言わないが態度ではっきりきっぱり示す。新一だけの騎士だと知られている所以だ。
 キッドは頬にある新一の指を優しく取って「新一」と呼ぶ。
 甘えているのだとわかって新一は仕方がなさそうにもう片方の指で頭もくちゃくちゃとかき混ぜる。
 それにキッドは気持ち良さそうに目を細めて新一を抱きしめた。
 
「……キッドって我が儘だよね」
 自分たちのことを忘れているとしか思えないキッドに蘭が宣う。
「あー、別にいいんじゃない。だって新一君だけの騎士なんだもの、昔から。お姫様、時々女王様に従うのは騎士の勤めだし」
 園子が、遠い昔を思い出しながら諭した。
 








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