「Colors」1ー8






「そろそろ、今年もこの時期になったわよねー」
 ふふふと園子が人の悪い笑みを浮かべた。四季会室にはいやな空気が漂っている。
「校門にね、他校の生徒とか、いろいろ集まっているって連絡が入ったの」
「……」
「……」
「運動部長が確認してくれたの。有能だわ」
「……」
「……」
 新一と蘭が互いを見つめあって、疲れたようにため息を付いた。
「うちの王子様とお姫様は、ほんとーにもてるから。で、ちょっと、行ってみようか?」
 その女帝を通り越して、悪魔に見え笑みを浮かべる園子に新一と蘭は無言で頷くことしかできなかった。
 まだ、四季会室に現れていないキッドが、どういった反応をするのかと思うと頭が痛かった。
 
 
 
「では、王子様。行って」
 そう笑って園子は蘭の背中を押した。正門の少し前、角で様子を見ている。隣には苦虫を潰したような顔でキッドが立っている。
 四季会メンバーは誰もが顔もよく頭もいい。必然的に誰もがもてて不思議ではない。が、なぜ故に、新一と蘭が二大看板なのか。ファンというか迷惑なほど人に好かれ惚れられるのか。
 つまるところ、比較の問題だった。
 園子は十分に美人で頭も切れて、財閥の娘という立場まであるパーフェクトな人間だが、学園にとって女帝は刃向かうものを許さない非道な人間でもあるため、憧れても惚れるなど恐れ多かった。というより怖いのだ。
 そして、キッドは端正な顔立ちに長身痩躯、物腰柔らかで頭もいい。父親は有名なマジシャンで自身もマジックが上手くて将来有望な人間だ。だが、彼に惚れるお嬢さんはいなかった。彼のことを知らない1年生なら見かけで憧れるかもしれないが、2、3年生は論外だと知っていた。
 彼は確かに優しいが、一番と仲間とその他大勢と明確に区別する人間だった。ぶっちぎりの一番は、生まれた時からの付き合いがある幼なじみ、新一だ。後は、同じく幼なじみの蘭と園子。プラスちょっぴりの人間。それ以外は、範疇にない。
 そんな人間として欠陥がある男を好きになるには無理がある。もっとも、彼が大事にする人間からすれば大変優れた人間であることは間違いない。頭脳も運動神経もよく手先の器用で、素晴らしいことは誰もが認めていても、もてる人間か否かと聞かれたら答えはノーだった。
 優秀なのに、論外認定されている園子とキッドは多大なる好意を向けられもてまくる新一と蘭を守ることを昔から日課としていた。
 
 
「大丈夫、ばっちり警護しておくから。まあ、蘭に敵う人間なんていないだろうけどねー」
 空手部、主将。都大会優勝、全国大会3位の猛者だ。その楚々とした外見からは想像できないくらいべらぼうに強い。
 容姿の清楚さと空手をしている時の凛々しさと優しい性格と笑顔で、女子生徒から絶大な人気がある。昨年からファンを大勢増やした蘭は、試合がある度に黄色い悲鳴で応援されている。
 彼女達からすれば、蘭は理想の王子さまなのである。
 すらっとした長身と長い黒髪は、そこらにいる男子生徒より断然格好いい。
 男子からももてることはもてるが、どちらかというと妬まれる。自分が好きな女の子が蘭のファンなのだ。
 蘭からすれば、全く嬉しくもないが応援してくれる女子生徒を無碍にもできない。
 ということで、他校にも続々とファンを増やしているのが現状だった。
 
 蘭が覚悟を決めて一人歩き出すと、きゃーきゃーと黄色い悲鳴が起こり、女子生徒が後を付いていく。男子生徒もいない訳ではないが、遠巻きに見ているだけだ。自分より強い女である。そんな女性に惚れる場合、Mっけがあるに違いないと推測しては偏見だろうか。
 もちろん、もみくちゃにならないように、しっかりと護衛についている。
 剣道部から副主将水谷と、体操部から主将常田、柔道部から副主将江川である。
 相手が女子生徒ばかりであるため、鍛えているが男臭くない三人が選ばれた。蘭が歩く後を付いてく女子の集団との間に入り歩く男三人が見える。
 園子が、よしと頷いた。
 
「女子が減ったね。さすが、王子さま!もてるわ〜」
 それは、嫌みかと新一は少し思った。
 残る男の群衆は俺か?とつっこみたい。わかっているが、やはり嬉しくない。ああ、蹴散らしたい。心中で文句を言いながら口には出さない。出したら十倍ぐらいに返ってきて、疲れるだけだからだ。行くことに変更がないなら、無駄な体力を使う必要はない。
 
「さあ、新一君。がんばってね。襲われないでよ?キッドも後ろから付いていくしね」
 園子の横でキッドが厳しい顔で頷いている。今回のミッションが決定してから機嫌が悪い。キッドも仕方なく実行することを止めなかった。なぜなら、これは初めてのことではない。歓迎したくないが、確かに有効な方法ではあるのだ。
「ああ……」
 肩を落として、新一は覚悟を決めた。
 ぐっと顔をあげて進もうと思うが、女子が一人もいない訳ではないが男がいっぱいで、視界に入れるのがイヤだった。見苦しいものは見たくない。
 思い切って、そのまま突っ走る気持ちを抑え早足で歩くと、わらわらと新一の後に集団が寄って来る。歩いている間に、前方にも男が回ってきて囲まれそうになる。新一は思わず、走った。囲まれる寸前隙間をぬって、全力で走った。
 
 
「あちゃー。……お庭番が付いているからいいと思うけど。……どう?」
 その光景を遠めに見ながら、園子は携帯を手に取り連絡を待つ。
『……宮様にこれ以上近づけないよう、足止めています。全部は無理ですが……他の人間も追っています』
「そう。よろしく。それで、そいつら、どこの学校かわかる?」
『制服でわかります。が、そうでないものは時間がかかります』
「わかったわ。引き続き、お願い」
『了解です』
 園子は携帯を切る。
 
 

 携帯が軽快なメロディを奏でた瞬間園子は手に取った。
「はい」
『こちら、毛利班。ファンの波を防波堤となって止めています』
「騒動は?けがはない?」
『はい。今まで通りでいけそうです。これから一列に並べて手紙の受け取りをします。一応、女性ですので、手出しはこれ以上できません』
「ならいいわ。よろしく。また、何かあったら報告してね」
『はい。了解しました』
 体操部の常田から連絡が入る。
 蘭の方は大丈夫らしいと園子は安堵の息を吐いた。蘭側は大したことにはならないだろうとは思っていても、やはり報告があるまで安心はできない。こちらは、過去を振り替えても、さほど問題にはなていないが。
 
 
 
「押さないで下さい!毛利さんが、困りますから。ファンなら、節度を持って下さい!」
 剣道部の水谷と柔道部の江川が蘭とファンの間に立ち、無闇に近寄らないように、壁になる。
 蘭につめかけたいファンを、押しとどめて叫ぶ。
「手紙、差し入れを渡したい人は並んで下さい」
「一人、所用時間三十秒。名乗って、渡したいものがったら渡して下さい。ちゃんと短くても時間を作りますから」
 二人からの指示に女子生徒の群は、順序を守れば蘭と話すことが可能であると理解して言われたとおり並ぶことにした。女は現金なのだ。リアリストなのだ。
 黄色い声はなくならないが、それでも暴走する危険性はなくなった。
 水谷と江川は列が崩れないように見張りつつ、女同士の争いにならないように目を配る。
 体操部の常田が蘭の横に立ち、一人ずつ前に出て蘭と話す姿を隙なく観察しながら、時計を持って三十秒を計る。
 
 蘭はにこやかに一人ずつのファンと話した。
 プレゼントや手紙も受け取った。プレゼントはタオルやアクセサリー、携帯ストラップなどなど女の子らしいものばかりだ。
 こうして、マナーを守ってもらえればいい。問題なし。試合へ応援に来てくれる分にはありがたいし。
 心中でそんなことを思いながら蘭はずらっと並んだ女子生徒の長い列を見やって、がんばることにした。
 
 これで欲求も満たされてくれれば、しばらく門で待っていることもなくなるだろう。
 毛利班の三人は女子生徒の様子を見ながら、感じていた。
 
 
 
『こちら、中間地点。第二段階で止めています。数人抜けた模様』
「そう。第一、第二で抜けたのは数人なのね?なら、騎士がいるから大丈夫。そちらでどこの学校の生徒か確認を。いつもの通り、適当に脅しておいてね」
『了解です』
 かかってきた携帯に園子は指示を出す。
 
 園子が話してた相手、お庭番とはつまり新一の親衛隊のことだ。宮様の親衛隊でひっそりと護衛するため、お庭番と呼ばれている。お庭番に入るには厳しい条件の試験に合格しなければ成れない。新一のことを大事にしていても自らストーカーのように迷惑をかけては元も子もない。
 それに臨機応変であること。男達に毅然と立ち向かえること。相手を脅せること。などの条件もある。現在は、2、3年生あわせて十数人だが、半年ほどしたら1年生も加わるだろう。
 
 
 


「もう、なんで俺がこんな目に」
 腹立たしい。むかつく。
 後ろを振り返り、新一は走ってきた足をゆるやかに変えた。
 男達は巻いただろうか?
 新一が、ふうと息を吐いて肩から力を抜こうとした時。
「待って!」
 一人の男子生徒が走ってきた。
 見つかった?
 新一は焦った。
 いや、こうなったら蹴り上げよう。暴力はいやだかが、仕方ない。今まで十分、俺は我慢したと思う。いくら男達をより分けるためとはいえ、我慢も限界だ。
「工藤君。ああ、ほんとうに、綺麗だ。その足が特に麗しい」
 学生服を着た男子生徒は、いやらしく目を細める。結構背が高く体躯もいい。顔もそれほど悪くないと思うけど。でも。
「工藤君……」
 男が新一に近寄って来る。
 ぞっとした。気持ち悪い。新一は身構えた。飛びかかってきたら、蹴ろう!殴るのは手が痛む。ついでに触りたくない。自分の足は殺傷力が高いから、きっと男も痛手を負うだろう。
「僕を踏んでくれる?そのおみ足で」
 だが、男はとんでもない台詞を吐いた。
 にたりと笑う目が欲望を含んでいる。その欲望の方向性が変だ。
 変態?
 踏んで欲しいと言われて踏めるか。変態の欲望を叶えるなんて、気持ち悪い。
「工藤君……」
 男がすがりついて来ようとする。新一は後ずさる。男の手が触れようと伸ばされる。新一が睨みながら後ずさる。攻防を繰り返して。
「キッド!キッド!キッド!」
 新一は力一杯叫んだ。
 すると、ごんと鈍い音がしたと思ったら男が地に沈んでいた。キッドが男を蹴り上げ、腹に一撃を与えている。そして、怯えている新一に近寄って抱きしめた。
「大丈夫ですか?」
 新一はキッドにぎゅうと抱きついて、心の底から訴えた。
「キッド。こいつ、変態」
 地に沈んだ男を視線に入れず新一は指さす。
「気持ち悪い。俺に、足で踏んで欲しいって言って!」
 ぶるぶる震えて新一はますますキッドに抱きついた。男の存在など抹殺したくて、顔をキッドの胸に埋める。
「……そんな変態ですか。早く、行きましょう」
「うん」
 キッドは新一を抱きしめながら、側にいるお庭番を呼ぶ。
「宮園、槙田。佐伯。こいつは、変態ですから。遠慮はいりません」
「「「はい」」」
 即答したお庭番はかなりの実力者だ。
 キッドの言葉には、変態男の処遇がある。
 二度と新一の前に姿を現さないよう。どこの誰だか調べて弱みも握り脅す。
 第一、第二の包囲網にひっかった人間はどこの誰かはっきりさせ、迷惑行為をやめるように促す。それに従えない場合は、それそう等の対応で。
 手紙を渡したいだけだという願いは、お庭番が責任を持って本人に渡すことと決まっている。あまり無碍にすると、変態やストーカーになるからだ。犯罪は未然に防ぐことが望ましい。
 
 
 
「……園子さん、新一と一緒です。ええ、このまま送っていきますよ」
 キッドは携帯で園子に連絡を取った。腕には新一を抱えたままだ。新一も離れたくないといわんばかりに、くっついている。
『わかったわ。こちらは任せて。報告は後日。じゃあ、よろしくね』
 園子の返事は簡潔だった。キッドは携帯を切って新一の顔を覗き込む。
「新一。このまま帰りましょう」
「そうだなー。さすがに、精神的に疲れた」
 はあ、と深呼吸をして新一は苦笑する。
「なら、私が今晩ご飯を作りましょう。なにがいいですか?」
「そうだな。中華がいいな!」
 キッドの誘いを新一は喜んで受け入れた。彼の作るご飯は美味しい。
「わかりました。今日はどちらに帰ります?」
「マンションでいい。屋敷は1週間掃除出来てないから」

 新一の家は豪勢な洋館だ。だが、現在両親が不在のため、一人で暮らすに不都合がないようマンションに住んでいる。マンションは新一のために両親が近所に買ったものだ。とはいえ、住まない家は傷むし豊富な書庫があるため、新一は時々洋館へ行って掃除をする。休日屋敷で過ごし平日マンションとうサイクルが多いのだが、最近やることが多すぎて手が回らなかったのだ。
「材料買って帰りましょうか」
「おう。そこのスーパーでいいよな。デザートには杏人豆腐食べたい!」
 新一が笑顔でリクエストする。
「中国茶もありましたよね」
「あった。それは俺がいれるし」
「お願いします」
 
 さきほどまでの機嫌を直し、新一はキッドと並んで帰途に付いた。
 その日の夕飯はキッドが作ってくれた中華料理だった。海老チリソースにバンバンジー。餃子、麻婆豆腐、ザーサイとモヤシの炒め物。かにとフカヒレのスープ。そして杏人豆腐。
 新一はお腹いっぱい食べてご機嫌になった。
 
 
 






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